日々雑談~2255~

 11月9日、11.09はいいオークの日なので、年に一度のオーク×女騎士の話をアップ。一昨年はコレで、去年はコレ。一年ごとなので毎回若干芸風変わっているし、日付的にはもう10日になっているけど、そこはスルーしてくれると嬉しいナ!

 

 オークである彼は、固い樫の木で作られた檻の中で、窮屈そうにうめいていた。
「むむむむ……」
 どっかりとあぐらをかいて唸っているだけなのに、空気と檻が震えている。監視役であるエルフたちは、そんな彼を、遠巻きに監視するのがせいぜいだった。
「何をしている!」
 凛とした声が、怯えるエルフたちを叱責する。声の主は、黒肌のエルフである、自警団長だった。
「だ、だって……」
 小柄なエルフたちは、言い訳以前に怯えきっていた。
 基本的に女性しか居ないエルフにとって、このオークの強烈なる雄としての姿は、それだけで恐怖に値するものだった。
「もういい。巡回に行け。後は私が見張る」
 こう言われた瞬間、監視役のエルフはみな、晴れ渡った顔で自警団長の脇を駆け抜けていく。
 自警団長は檻の前に立つと、中にいるオークを鋭い目つきで射抜いた。
「むむむ……? お? アンタは、ビビんねえのか。ありがたいぜ。女にああいうリアクションをされると、無条件で傷つくからな」
 自警団長の存在に気づいたオークは、気安く話しかける。だが自警団長は、ずっと冷徹なままであった。
 彼女は、オークを尋問しに来たのだ。
「答えろ。お前の主はどこにいる」
「主だぁ? あいにく、そう呼べる相手には見捨てられたし今は居ねえな」
「嘘をつけぇ!」
 自警団長は、檻を蹴飛ばす。魔術により強化された丈夫な木製の檻が激しく揺れた。
「魔物使いのことだ! アイツは、脳みそ0のオークや下卑たワーウルフを使い、同胞をさらって売り物にする!」
「そうかー、俺、その脳みそ0のオーク扱いで捕まってたのかー。山でツレとはぐれて、腹が減ってカラフルなキノコを思わず口にしてバターン、気がついたら檻の中。その事情、全然知らなかった」
「しらじらしい……!」
 しらじらしいと言われても、全くもって関係ない話だった。そもそもこのオークは土地のものではなく、世にも珍しい、正式に冒険者ギルドに登録されたオークである。この山に立ち寄ったのも、単なる旅路だ。
 さて、この敵意ありありなエルフに、どう説明したものか。少し考えたところでふと、オークは大事なことを思い出した。
「一つ聞きたいんだが、俺キノコ食ってここの檻に入れられて、どれぐらい経ってるんだ?」
「……」
「それぐらい、教えてくれてもいいだろ?」
「倒れているお前を発見したのは、3日前だ」
 嫌々ながらも、自警団長はオークの問に答える。
「3日かー……不幸中の幸いだったな」
「何を言っている」
「いや待て。俺にとっては不幸でしかないし、そいつにとっては超弩級の不幸で……」
「だから、何を言っている!」
 オークの言葉に苛立ち、声を荒げる自警団長。
「ああ。安心してくれ。たぶんアンタらにとっては、純粋な幸運になるはずだ。たぶん、いやきっと、余計なことをしなければ」
 何のことだと聞くより先に、自警団長の身体を刃が貫く。違う。これは刃ではなく、それだけの冷たさと殺傷性を感じさせる、殺気だ。
 自警団長は腰に付けた弓に手を伸ばすものの、それ以上動けない。殺気は、この部屋の入口にいる、人間の女騎士から放たれていた。
「なんの、プレイですか?」
 柔らかな笑顔であるが、その笑顔のあちこちに血が、返り血がこびりついていた。
「プレイじゃねえから。そんな楽しいもんじゃないし、そういう趣味も無いから」
 固まった自警団長に代わり、オークが話す。
「では、なんでしょうか。まさか、貴方様を囚えているとでも? だとしたら、この集落のエルフは、敵ということになりますが」
 敵と言われただけで、自警団長の身体が震える。“てき”、たった二文字でよく使う言葉なのに、言う人間が違うだけで、こんなにも恐ろしいだなんて――
「ふん!」
 恐ろしいのは、背後の女騎士だけではなかった。檻の中のオークが気合を込めて立ち上がろうとした途端、エルフの里に伝わる秘術で組み上げられた檻は、たやすく崩壊した。単に木で出来ているように見えて、ゴーレムやドラゴンも閉じ込められる強度を持った檻。だが、目の前のオークはそんな檻を力で破壊し、雄々しく仁王立ちしていた。
「これは、治療だ」
「治療?」
「この里の人達は、毒キノコを食べてうっかり苦しむ俺を見つけて、この檻にしか見えない治療機器に入れてくれたんだ」
 オークは女騎士にでまかせの説明をする。仁王立ちも、健康さの筋肉アピールである。
「まあ、そうだったんですの。わたしったら、ついうっかりこの里を滅ぼすところでした」
 ついうっかりという言葉を使うには、大規模すぎる話というか災害だ。女騎士は、オークの強引な話に納得していた。
「納得してくれたのか」
「当然です。わたしは貴方様の妻。疑うことはありませんし、嘘だとしても理由があるはず。理解し、飲み込むのが妻の務めです」
 貞淑な言葉であった。つい数秒前に滅ぼすとか、顔に返り血がついていなければいいセリフなのだが。
「いやあ、妻じゃねえけど……まあ、いいか。ところでその返り血、まさか……」
 今は、余計なことを言うと危ないと、オークは女騎士の発言を許容する。主にそこで固まったままの自警団長たちエルフが危ない。というか、現在進行形で危ないというか、すでに過去形で危なかったというか殺っちまった疑惑がある。
「これは、エルフさんたちの血ではありませんよ? これははぐれた貴方様を探して山をさまよっている際に、襲ってきた魔物使いを倒した時のものです」
 女騎士は、こともなげに答えた。
「えーと、俺みたいなオークを連れたやつ?」
「いえ。貴方様には全然似てませんでした」
「いやでも、オークだし……」
「似てませんでした」
「あっ、ハイ」
「襲ってきた魔物を倒して、魔物使いをアジトごと全部葬った所で、捕まっているエルフさんたちを見つけました。里に帰りたい、お礼がしたいとのことなので、貴方様を探す手伝いをしてもらおうと思い、ここまで来たのですが……まさか里で貴方様が保護されていて、しかも治療を受けていただなんて。情けは人の為ならずですね」
 ニコニコと上機嫌な女騎士。この3日間、山ではぐれたオークを追い続けて、やっとここで出会えたのだ。機嫌が悪いはずもない。
 オークは檻の残骸を蹴散らし、固まったままの自警団長の前に立つ。
「えーとだ。これでつまり、アンタの懸念もまるっと解消されて……不幸中の幸いじゃなくて、一挙両得でもなくて……まあ、結果オーライと言うか、良かったな!」
 喩えを諦めたオークは、大きな手で自警団長の細い肩を叩く。自警団長に出来るのは、コクコクと頷くことだけだった。

 

 というわけで、オークの日恒例のSSでした。次回更新は来年の11月9日です。