オーバー・ペネトレーションズ#3-7
クイックゴールドは倒れ、彼の配下であったマネー・セントやアインも捕縛され。一人の男の速さに支配された時代は、終わりを告げた。一人の男により抑圧されていた世界に、先のことを考える余裕が生まれようとしている。
「心通じる……まさかアイツも、俺と同じことを思っていただなんて」
地下の自室にて。ボーイからゴールドの死に様を聞いたヒカルは、力なく俯いた。
「お前がやるべきことは、こんな薄暗い所に篭って妙な機械を作るのではなく、陽の下で、クイックゴールドと話し合うことだったな」
タリアならともかく、オウルガールの物言いには、遠慮と加減というものがなかった。
「相変わらず厳しい。昔を思い出すよ」
「私が言えた義理ではないが、あまり他人を他人に重ねない方がいい」
「そうだな。分かってるさ」
「ああ。この世界に来て、この結果を見て。それでも学べないのなら、死んだ方がいいな」
自らが歩みかけていた道の、最悪の末路を目の当たりに出来た。この報酬に比べれば、アインの相手など安すぎる。
「俺も学びました。自分が何故、バレットボーイであるのか。クイックゴールドのことは、絶対に忘れません」
自らを見失い、暴虐に走った、もう一人の自分。悪夢とも思えるクイックゴールドの存在を、ボーイは心に刻み込んだ。彼は反面教師であることを望んで死んだ。ならば、都合よく、彼のことを忘れるわけにはいくまい。
「そう言ってもらえると助かる。ありがとう、二人共」
勝手な召喚に怒ることなく、彼らはクイックゴールドに満足な終焉を与えてくれた。バレットとしても、スメラギ=ヒカルとしても、まず頭を下げることが必要だった。
「わたしにはありがとうはないんですか?」
憮然とした表情で部屋に来たアブソリュートは、頭を下げるヒカルを見て、いきなりそんなことを要求した。
「ああ。特に無理を聞いてくれて、ありがとう。しかし、随分と不機嫌だねえ?」
「帰る前に調整してもらおうと思ったら、散々文句を言われました。死ぬ気か、正気かと。ああもう、それはそれはネチネチと。あれなら、帰ってからキリウに頼んだ方がマシでした」
なんて嫌味な、なんて分からずやな。愚痴りたい気分であったが、全部自分に返ってくるので、アブソリュートは自重した。
「まあまあ。よし、これで三人揃ったわけだ。帰る準備は出来ているな? 機械の起動は助手に任せている。帰還のポイントは、この世界にワープした時に居た場所で。だいたい、同じ所に出るようにするから」
この世界のアブソリュートであるヒナタは、ヒカルの優秀な助手ということになっていた。オウルガールとボーイに説明すると、また色々と面倒くさいことになる。転移装置やアブソリュートの手術も行える、正体不明で優秀な助手だ。
「ああ。それでOK!」
「私も問題ない」
「ここに来た時の屈辱を思い出せば、別に何処でも。ん? そういえば、あの足手まといのご令嬢は? 邪魔すぎて放り出しましたか? 金以外役に立たない人間なんで、ウチの世界的にも要らないですけど」
ふいに、アブソリュートの姿が消えた。帰還の一番手となったのは、彼女だった。
「何故先に戻した?」
アブソリュートに飛びかからんとしていたオウルガールを、ボーイが羽交い締めにして必死に止めていた。光速の羽交い締めだ。
「いや……アレ以上突っ込まれて、お前さんの正体がバレてもいいんなら」
「大丈夫だ。此方のアインを殴りまくることで、人の記憶を消去する術を学んだ」
「アレ機械だから! スタンガンでタコ殴りにしたら、人は死ぬから!」
二人のバレット総がかりで、オウルガールのツノを収める。ある意味、バレットとボーイの初共闘シーンだ。
「まあいい。帰ってから、痛めつければいいことだ」
どちらにしろ、この世界にいる間は休戦協定を結んでいたのだと、オウルガールは納得した。帰ってからの反動が、恐ろしいことになりそうだが。
「あー、そうしてくれ。あくまで、ヒーローのルール内で。よし、次はノゾミだ。順繰りだぞ、順繰りー」
「こっちの世界に丸投げかよ……でもヒカル兄さん、俺達が行っちゃってもその、大丈夫なのか?」
「ん? ああ、こっちの世界のことね。なあに、なんとかなるさ。元々、既に世界を揺るがすような能力を持つ連中は、殆どゴールドに狩られ済みだし。生き残りのアインとセントも、どうやらもう、まともに動ける状態じゃあらしい。この世界は、超人のいない世界になる。それだけさ。ああ、精神的ね。精神的に、恐怖で動けない。お前らが、殺っちゃったわけじゃないから」
なお、大やけどで病院に担ぎ込まれたインパクトは、存在自体を忘れ去られている。少なくとも、ヒカルの言うところの超人にはカウントされていない。
このままゴールドがただ死んで、アインやセントが支配を引き継いでしまうよりはずっと良い。この先、この世界がどうなるかは分からないが、おそらくそれは、二人のヒーローとヒロインの意思では、どうにもならないことだ。
ひょっとしたら、ゴールドを満足に死なせてやっただけで、抑圧されながらも平穏だった世界を、かき乱してしまっただけなのかもしれない。答えを知るだけの時間は、無い。
だが、彼らオウルガールとバレットボーイが、敢然と悪に立ち向かう様は、多くの人々の目に映った。正しいヒーローの姿が人々の心に焼き付いていれば、多少はマシな流れに向かう。そうであってほしいし、多少信じてもバチは当たるまい。
「そうだなあ、またやばくなったら……呼ばせてもらっていいか?」
「それでもいいけどさ。ただし、今度は都合を聞いてからにしてくれよ? 兄さん」
アブソリュートに続いての帰還者、二番手としてボーイが消えた。
「最後は私か。先程も言ったが、良い経験をさせてもらった。何より、お前の顔は懐かしかった」
「俺もだよ、オウルガール。いや、タリア。数年の誤差がある筈なのに、俺と違って君は変わっていない」
「そうだな。私は、変わらぬことに固執しすぎていた。だから、歳をとっても、オウルガール。ガールなんて、年不相応な名をずっと名乗っていた。死人が、帰って来る筈が、ないのにな」
オウルガールとヒカルは同時に手を差し出す。二人は、固く手を握り合い、別れの挨拶とした。お互い、姿形や存在が一緒でも、それぞれ共にいた者ではないのだ。両者ともに、納得できぬ悲しさを、理解してしまっていた。
「ありがとう。おかげで色々吹っ切れた。奥さんを大事にな」
「気づいていたのか?」
「当然だ。私は、名探偵とも呼ばれた女だぞ」
何故かやりきれない顔を垣間見せ、オウルガールも二人に遅れ、自分の世界へと帰っていった。