ゴーカイジャーVSギャバン 感想
まず、この作品を観る上で、誰もが考えるのが、ギャバンはどうなのかという事ですよね。出るのは確定、ではどういう出方をするのかという話になって来ます。端役扱いされ、ゴーカイジャーの刺身のツマとされる。価値を落とさぬまま脇役に周り、ゴーカイジャーをサポートする。ゴーカイジャーと並び立つ。最悪、役者とスーツが一緒なだけの別人が出るという、悲しい可能性もあったわけですよ。このリバイバルブームの中、どう見ても別人な過去キャラというのは、少なくない数、存在しています。
結論としてゴーカイジャーVSギャバンにおけるギャバンは「当時そのままでゴーカイジャーと共に主役を張る」という、扱いとしては最上級の物でした。衰えを見せぬ大葉健二さんだけでなく、スタントや脚本に監督といった裏方のスタッフも当時をしっかりと研究した結果、ギャバンという作品が持っていた雰囲気も再現されていました。おそらく、出来ることは全てやって再現した結果が今作のギャバンと言い切っても、過言ではないかと。予算やスケジュールといった、現実的な物を考慮した上で。
そしてゴーカイジャーという今のヒーローを介し、ギャバンを知らない子供たちに、ギャバンというヒーローの存在を伝える。これ実は、自分が同人誌で狙っていることの一つでもあります。流行りを介して、超獣やアメコミのことを伝えられたらばと。そしてこの映画は、その方法の可能性と成功の大きさを教えてくれました。最初は父兄の感嘆が目立っていたものの、クライマックスにおけるギャバンは、ゴーカイジャーと同じくらいの子供たちの歓声を浴びてました。そしてギャバンの価値をそこまで高めながら、ゴーカイジャーの価値も落としていない、むしろ相乗効果で上げている。完璧ですよ。
そういう訳で、自分にとってこの映画は、ただ面白かっただけでなく、色々と実りの多い映画でもありました。クロスオーバーに関わる上で、見本となる作品の一つですよ。
いかん。真面目成分が切れた。という訳で、ココからは砕けた上にネタバレな感じで。ジェラシットさん、大活躍!