夢にまでみた、いい加減さ

「ってワケで安心してたらー……なんと、夢でも包帯女が追いかけてくる! 包丁を振りかざして! 駄目だ、もう逃げ切れない、あー! 三日後、音信不通のまま学校にやって来ない男の様子を友達が見に来たら、男はベッドの中で冷たくなってたってね」
 語り終えた先輩は、得意げな顔でこちらを見てきた。ひょっとして、怖がらないといけないのだろうか。
 暇だから怖い話をしてやる!と先輩が言い出した時から、嫌な予感がしていた。元々、人をグイグイ引っ張っていく、大らかで明るい先輩。大らか過ぎて話の細かい筋が微妙にあやふやで、明るい口調は怖さを半減させる。悪い人ではないんだが、この先輩、怪談の語り手としての素養は0に近い。
 全部話を聞いても、怖いというかあやふやだなあ、こんな感想しか出てこななかった。
 “男が土手を歩いてたら、いきなり包帯女に追いかけられる。なんとか逃げ切ったけど、夢まで追いかけてきた女に殺される”
起承転結の起の半分から先、しばらくスカスカで、結でようやく話としての体裁を整える。こんな感じだ。もうちょっと、女の足の速さや執念深さ、どうやって男が逃げ切ったのか。承と転に力を入れるだけでも、ガラリと変わるだろうに。
「どうも、あんまりビビってないみたいだな。でも、話はまだ終わってないんだ」
 どうにも、あまり怖がってないことがバレてしまったらしい。いや、いくら終わりでないと言ったって、蛇足以上の効果が見込めるオチがあるのだろうか。
「この話を聞くと、聞いた奴の夢にも包丁女が出てくるんだよ! おいおい、やばいよ、やばいよ。今日、寝れないぜ?」
 あなたの夢にやって来る、自己責任とは中々面白いオチを持って来てくれたものの。
「やばいよ、やばいよは流石にないですよ。台無しですよ」
 思わず、そんな余計なことを口走るくらい、台無しだった。

 布団に潜り込み、気づけば土手にいた。真っ暗な、夜の土手。街灯も何もないのに、何故かよく見通せる。真っ直ぐ、走りやすそうな道が土手の上を延々と続いている。
 実にまいった。あんな適当な話で、呪われてしまうとは。どうやらこれから一晩中、走るハメになるようだ。あまりに導入が間抜けだったせいで、やけに冷静になってしまう。さて、包丁女は何処から出てくるのか。先輩の話だと、土手の草むらから、ガサリと出てくると聞いたが。
 そして話の通り、土手脇の草むらが怪しく揺れた。だが、それだけ。揺れただけで、何も飛び出してこない。少しおののきながら、背伸びして草むらを見下ろす。
 なるほど。こういうことだったのか。

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魔法少女は救えない~全部、終わってしまった~

 ここは、極彩色の地獄であった。
 中国の女官によく似た使い魔、群れる彼女らの布陣を火線が一直線に切り裂く。続けざまに放られた手製の爆弾が、使い魔を焼いた。
 続けざまに降り注ぐ、矢の雨。回避不可能の豪雨を、彼女は時間を止めることでくぐり抜けた。回避成功を祝うかのような交響曲が戦場に響く。暁美ほむらは、息切らせ、辺りを見回す。彼女を取り囲む、使い魔の群れ。ももいろさんと呼ばれる弓を使う個体。ただ曲を奏でるホルガー。踊り続けるクラリッサ。多種多様な使い魔が、彼女一人を見下ろしていた。
 暁美ほむらという少女の心は、極厚の包囲を目にしても揺らがなかった。この程度で心を揺らがせていたら、この地獄をくぐり抜けることは出来ない。
 そんな、彼女の心を搖らがせる為に現れたのは、使い魔の主達であった。クラリッサを踏み潰し現れる、人魚の魔女オクタヴィア。虚ろな蹄の音とともに現れる、武旦の魔女オフィーリア。異形である青と赤の魔女は、それぞれが持つ武器の切っ先を、ほむらに向ける。動こうとしたほむらの足が、何かに引き止められた。
 片足に絡みつくリボン。いつの間にか背後に居並んでいる、赤色の髪と槍を持つ、使い魔あかいろさんの軍団。一体のあかいろさんの手の上で、小型の魔女、おめかしの魔女キャンデロロが揺れていた。
 時間停止を以ってしても、このように地面に繋ぎ止められてしまっては、脱出不可だ。オクタヴィアが剣を振りかざし、オフィーリアの馬が鳴き、使い魔が一斉に武器を構える。絶体絶命と呼ぶべき状況。それでもほむらは、悲鳴の一つも上げなかった。嘗ての仲間の殺意を、一身に浴びても。
 放たれた矢が、キャンデロロを貫く。小さなキャンデロロの身体が、あかいろさんの手から落ちる。消滅していくキャンデロロを見て、ももいろさんの一人が泣いていた。
「ごめんなさい……マミさん……」
 ももいろさんではなく、とてもとても、ももいろさんに似た少女がももいろさんに混じっていた。鹿目まどかは、矢を放ったままの姿勢で泣いていた。魔法少女の宿命を負ってから、何度泣いたことか。
「跳んで! まどか!」
 キャンデロロの拘束が解けたほむらが、まどかに指示を飛ばす。
 指示通り、高台から飛び降りたまどかが居た場所を、ももいろさんとあかいろさんの一斉攻撃が襲う。何故か主と共に消滅しなかった使い魔たち、熾烈な攻撃は旧友に殺された主の怒りに見えた。
 まどかだけではない、ほむらに襲い来るのは、オフィーリアの突撃とオクタヴィアの攻撃。彼女が選んだ選択肢は簡単なものだった。自分が所持する、爆発物の一斉投擲。爆風と爆炎が、歪んだ世界とその場に居る者全てを包み込む。
 爆煙が風に流され、無傷のオフィーリアとオクタヴィア、細かな傷と土埃にまみれたほむらと寄り添うまどかが現れた。時を止めても、自爆まがいの攻撃からの完全なる回避は不可能だった。使い魔は、爆発の範囲外に居たせいか、殆ど数を減らしていない。
 魔女二人は、ゆっくりと動き始める。だが、二人の魔法少女が、動くことはなかった。
「これで、いいんだよね!?」
「ええ。これでいいのよ」
 まどかとほむらの目線は、魔女ではなく地面に向けられていた。輝く緑色の地面に、ヒビが入っている。先ほどのほむらの自爆は、この大地を搖らがすためにあった。
 この大地は、牢獄。ただ一人を捕らえるための、鉱石の牢屋。この地面の下に囚われている人物を開放する。それが、多数の魔女と無数の使い魔を突破し、ここまでやって来た二人の魔法少女の目的――。
「でも、まだ少しだけ、足りなかったみたい」
 ほむらは、矢を拾う。先程、キャンデロロを貫いた、まどかの矢。足元のヒビめがけ、矢を突き立てるほむら。亀裂から光が漏れ、大地が隆起する。光の柱が、大地に現れる。柱の正体は、牢獄を破壊し現れた男の軌跡であった。力と速度が、軌跡を奇跡同然の光景へと進化させる。
 地割れから逃げた二人も、魔女も使い魔も、宙に浮く奇跡の男を見上げていた。
 赤いマントが、風に揺れている。優れた肉体を覆う、青の衣装。胸部には、黄色の逆三角形の上に、Sと書かれたエンブレム。人を超えた者、超人。原初にして最強と呼ばれる超人こそが、彼。
 彼の名は、スーパーマン。

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デッドプール チームアップ! 魔法少女まどか☆マギカ 後編

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 届かなかった。また今回も、届かなかったのだ。ずっとではなく、今回も。不可能という言葉を振り払い、暁美ほむらは惨状に立ち向かう。見滝原町で踊り狂う魔女を、止めるために。ワルプルギスの夜と呼ばれる、超弩級の魔女にせめて一矢――。
 もはや、この時間軸は破滅に向かっている。これ以上、留まる理由もない。けれども、ここで何もせず、過去に戻ってしまっては、本当に心が折れてしまうかのようで。砂時計をひっくり返すには、まだ早い。
「ふっ。だいたい三ヶ月ばかり更新が無かったせいで、未完疑惑が出ていたものの、デッドプールの名が付いた物は、そうそう打ち切りになることはないぜ! ロブが関わらない限り」
 ほむらが居る場所とは、少し離れていて、もっと高い所。今のほむらと同じように、ワルプルギスに向けて、闘志を燃やす赤タイツが居た。三周ぐらい前の時間軸で、念入りにとどめを刺して、川に流したはずの男が居た。何故、ここに。何故、今頃。
「DVD全巻とスピンオフとPSPを抑えていたら、こんなに時間がかかっちゃったよ! 色々目指すところはあるものの、コイツを倒せばまず大団円。マミさんに友だちができて、さやかちゃんが上条くんと結ばれて、杏子ちゃんは寝床と温かいご飯が手に入るわけだ。え? 杏子ちゃん以外無理? とにかく、オレちゃんがコイツを倒して、みんなを幸せにするんだ。ウォー! オレたちの戦いはこれからだー!」
 ワルプルギスに、マシンガンの二丁拳銃で襲いかかるデッドプールを、ほむらは目で見送る。ピチュンと、小さく弾ける音がして、ワプルギスに接敵したデッドプールは消し飛んだ。まるで、シューティングゲームの自機のような散り方だ。
 眉を軽く歪めたほむらは、なんかもう色々と諦めて、盾状の砂時計をひっくり返した。アレはホント、なんなのだろうか。

 また。あの朝に逆戻りしてしまった。病室で目覚める、あの朝に。
 カーテンから差し込む爽やかな朝の日差しが恨めしい。この後、転校生の暁美ほむらは、鹿目まどかと見滝原中学で出会う。忘れられない出会いを、いったいこうして何度繰り返してきたのか。ここからしばらく、出会いまでは機械的に。冷徹となった少女の、心を守るための処世術であった。
「よし! 無事にあの日まで、戻れたぞっと。安心しろホムッシャー。ここから先は、オレたちのターンだ! お前がパニッシャー並に血みどろ伯爵になれるよう、任せて安心、ウェイド・ウィルソン!」
 見滝原中学の男子制服を着たデッドプールが、何故か部屋に居た。当然のように、五体満足である。

 機械的に送るべき、どうでもいい時間に入り込んできた、看過できぬ異常。おかげで、まどかとの出会いが遅れてしまった。もはや、始業には間に合うまい。でもここで、裏山でこうしておこなった作業が、この時間軸において無駄になることは、決して無い筈。
「キミの判断は間違っていないよ、ほむら。彼を自由にさせておいても、誰も幸せになれない。ただ、事態を引っ掻き回されるだけさ」
 当たり前のように現れたキュゥべえを、頭にナイフが刺さったままのデッドプール入りの穴に投げ込み、ほむらは更に土をかける。立派な土饅頭の上に使っていたスコップを突き刺し、ほむらは急いで学校へと向かった。

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ゴリラとなんかちっこいの~プレビュー版~

 5月5日のCOMITIA100新刊「ゴリラとなんかちっこいの」の、序盤数ページ分を公開します。
 予告を断片的に流すとしても、二次創作どころか初公開なオリジナル物では、雲をつかむような話に。だったら、いっそ序盤をちょぴっとだけ公開しちゃおうぜ!と、こんな話でして。このプレリュードで、大体のノリを理解して頂き、なおかつ興味を持っていただければ幸いです。それでは、短いですがプレビュー本編をどうぞ。

 地方都市ウェイドシティ。
 先行き不透明なまま進めた都市計画の結果、おもちゃ箱のように乱雑に建物が並んだ街。
 人が多く集まるものの、善き者が稀有で、悪しき者がありふれている街。
 日常生活に、犯罪がごく当たり前のように組み込まれた街。
 今日もまた、誰かの嘆きが聞こえてくる。そんな市民の声を聞きつけたのは、おそらくたぶんきっと、ヒーローと呼ばれる存在だった。

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デッドプール チームアップ! 魔法少女まどか☆マギカ 前編

「おはよー。さやかちゃん、仁美ちゃん」
「おう! おはー……!?」
 朝の通学時、美樹さやかは、鹿目まどかの肩に載っている小動物を見て驚愕した。不可思議な白い生き物が、きゅうと鳴いて手を振っている。
「なんでいるの、それ!?」
「大丈夫、私達以外には見えないみたいだから」
 ヒソヒソ声で話す二人を、志筑仁美は不思議そうに見ている。彼女には、まどかの肩に乗るキュウべえが、本当に見えていないようだった。
「なら、安心だけどさ」
 魔法少女のマスコットと言うのは、そんな技も心得ているのか。さやかは素直に感心していた。
 ひょいと、赤いタイツとマスクを被った、全身真っ赤なオッサンがキュウべえを回収するまでは。
「あ、あれ?」
「へ?」
 二人が驚いている間に、オッサンはキュウべえを手持ちの檻に回収してしまった。かちりと、鍵までかけている。
「危なかった。なんか、図鑑に載ってない小動物が、キミの首筋にまとわりついてたぜ? 毒や毒舌とかあるかもしんないから、拾っても勝手にペットにしちゃダメだからさ。もしかしたら、この生き物アライグマより怖いかもしれない。なにせアアライグマは宇宙にも進出していやがる。ひょっとしたら、この白いのも。じゃあ、そういうことで、アディオス」
 オッサンは自分の言いたいことだけ言って、檻入りのキュウべえを持って、さっさと何処かへ行ってしまった。魔法でも少女でもないのに、なんでアレは、キュウべえの姿を確認していたのだろうか。
「今の方は、鹿目さんの肩から何を取ったのでしょうか? しかも、空の檻に鍵までかけて」
 どうやら仁美視点では、空気を捕まえて空気を檻に入れて立ち去ったようにしか見えなかったらしい。
「えーと」
「さ、さあ!? なんなんだろうね!?」
 見えている二人も、とりあえず見えていないフリをする。
「あの赤い方、不思議な方でしたね……」
「う、うん」
「春先には、ああいうの多いしねえ」
 まどかもさやかも、どうしようとお互いの心中で思うものの、キュウべえの居ない今、ただの女子中学生である二人は、テレパシーで会話するような能力を、生憎持ち合わせていなかった。

「わけがわからないよ」
「君はいったいなんなんだい?」
「悪いけど、君と契約する気はないし、そもそも出来ないよ?」
 山と積まれた檻から、無数のキュウべえの声が聞こえてくる。いくら捕まえても、この怪生物の存在が、尽きることはなかった。
「こんなにウルセーのに、役人は“全部、空の檻じゃないですか”なんてコトを言いやがる。野良の動物を一匹捕まえるごとに、歩合給。小遣い稼ぎには、いいバイトだと思ったのになー」
 いつものようにふらついていたら、路銀が尽きた上に、クレジットカードもストップされるという危機的状況に追い込まれていたデッドプール。偶然たどり着いた街で目にした、動物衛生局のバイトを始めたものの、状況は芳しくなかった。
「せめて一匹なら、AIMにでもヒドラにでも売り払えるのに。こんなに働いたのに、給料は最低賃金。しかもこうやって、余計な出費まで」
 デッドプールは、檻の山の周りに、買ってきたガソリンをゆっくりと撒いていく。
「わけがわからないのは、オレちゃんの方ですよ。まったく」
 マッチが投下され、キュウべえの山が燃える。デッドプールはアルミ箔製の簡易フライパンをタイツから取り出し、火に入れた。フライパンにはポップコーンのロゴが書いてある。
「ポンポンポポポン、ポップコーン! 捕まえて燃やして、また捕まえて……あれ!? コレひょっとして、夢の永久機関じゃね!? まさかまさか、こんなところでデッドプールさんが人類の夢を実現させるだなんて! いつかうん、やるとは思ってたけどね! 夢のQB機関として特許を」
 ボカンと、あまりの火勢にフライパンが爆発した。ついでに火が、デッドプールの全身に燃え移る。
「ギャァァァァァ! 熱いのおぉぉぉぉ! 駄目だ、永久機関失敗! いちいち実施者が燃えるとか、どんだけ面白機関だよ! 面白いなら、オイシイ? オイシイどころか、ポップコーンも消し炭だよ! グッド塩味、ノット炭味!」
 さんざんのた打ち回った後、未だくすぶるデッドプールは宣言をした。
「でもそれって、根本的な解決にならないですよね? いいぜ、お前がそうだと思っているなら、オレはその幻想をぶち殺す! 乗りかかった船? しゃらくせえ! 勝手にシージャックしてこその、残念! かわいいデッドプールちゃんでしたって話よ!」
「余計なお世話っていう言葉もあるよね」
 またぞろ湧いて出てきたキュウべえの眉間に、ぽっかり穴が開いた。

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