デッドプール チームアップ! 魔法少女まどか☆マギカ 後編
届かなかった。また今回も、届かなかったのだ。ずっとではなく、今回も。不可能という言葉を振り払い、暁美ほむらは惨状に立ち向かう。見滝原町で踊り狂う魔女を、止めるために。ワルプルギスの夜と呼ばれる、超弩級の魔女にせめて一矢――。
もはや、この時間軸は破滅に向かっている。これ以上、留まる理由もない。けれども、ここで何もせず、過去に戻ってしまっては、本当に心が折れてしまうかのようで。砂時計をひっくり返すには、まだ早い。
「ふっ。だいたい三ヶ月ばかり更新が無かったせいで、未完疑惑が出ていたものの、デッドプールの名が付いた物は、そうそう打ち切りになることはないぜ! ロブが関わらない限り」
ほむらが居る場所とは、少し離れていて、もっと高い所。今のほむらと同じように、ワルプルギスに向けて、闘志を燃やす赤タイツが居た。三周ぐらい前の時間軸で、念入りにとどめを刺して、川に流したはずの男が居た。何故、ここに。何故、今頃。
「DVD全巻とスピンオフとPSPを抑えていたら、こんなに時間がかかっちゃったよ! 色々目指すところはあるものの、コイツを倒せばまず大団円。マミさんに友だちができて、さやかちゃんが上条くんと結ばれて、杏子ちゃんは寝床と温かいご飯が手に入るわけだ。え? 杏子ちゃん以外無理? とにかく、オレちゃんがコイツを倒して、みんなを幸せにするんだ。ウォー! オレたちの戦いはこれからだー!」
ワルプルギスに、マシンガンの二丁拳銃で襲いかかるデッドプールを、ほむらは目で見送る。ピチュンと、小さく弾ける音がして、ワプルギスに接敵したデッドプールは消し飛んだ。まるで、シューティングゲームの自機のような散り方だ。
眉を軽く歪めたほむらは、なんかもう色々と諦めて、盾状の砂時計をひっくり返した。アレはホント、なんなのだろうか。
また。あの朝に逆戻りしてしまった。病室で目覚める、あの朝に。
カーテンから差し込む爽やかな朝の日差しが恨めしい。この後、転校生の暁美ほむらは、鹿目まどかと見滝原中学で出会う。忘れられない出会いを、いったいこうして何度繰り返してきたのか。ここからしばらく、出会いまでは機械的に。冷徹となった少女の、心を守るための処世術であった。
「よし! 無事にあの日まで、戻れたぞっと。安心しろホムッシャー。ここから先は、オレたちのターンだ! お前がパニッシャー並に血みどろ伯爵になれるよう、任せて安心、ウェイド・ウィルソン!」
見滝原中学の男子制服を着たデッドプールが、何故か部屋に居た。当然のように、五体満足である。
機械的に送るべき、どうでもいい時間に入り込んできた、看過できぬ異常。おかげで、まどかとの出会いが遅れてしまった。もはや、始業には間に合うまい。でもここで、裏山でこうしておこなった作業が、この時間軸において無駄になることは、決して無い筈。
「キミの判断は間違っていないよ、ほむら。彼を自由にさせておいても、誰も幸せになれない。ただ、事態を引っ掻き回されるだけさ」
当たり前のように現れたキュゥべえを、頭にナイフが刺さったままのデッドプール入りの穴に投げ込み、ほむらは更に土をかける。立派な土饅頭の上に使っていたスコップを突き刺し、ほむらは急いで学校へと向かった。
変なのにペースを狂わされたせい。なんてことは、口が裂けても言えない。結局目的を何一つ完遂できなかったほむらは、再び始まりの朝へと戻ってきた。
「我が名は、鳳凰院凶真(偽)! また失敗しちゃったんだろ? ホムッシャー。この孤独の観測者が、時間跳躍と静止限界を横行跋扈で……ニホンゴ、ムズカシイヨ。とにかく、デッドプールさんが戻って来たからには、もう安心だぜ!」
また、スタートの時点で変なのがいた。今度のデッドプールは、見滝原中の女子制服を着ていた。「おそろいだぜ!」と誇らしげなのが、イラっと来る。
「バラバラにして燃やして埋めれば、もう出てこないのかしら」
「ヨシ! 初めて口聞いてくれた! でもおそろしく乾いているよ、この女子中学生! どんだけ地獄を見て、心が乾いたのよ。戦いに飽きないの?」
「飽きないわ」
目的を、達成するまでは絶対に。
ほむらは、思いつく限り、今まで学んできたもの全てを、デッドプールの身体に刻みこむ為に起き上がる。
「おーっと、待ってもらおうかホムッシャー。こう言っちゃなんだが、オレを殺すにオマエじゃ足りねえ! オレを殺したければ」
ピスッと、デッドプールの額に風穴が空いた。
「こういう、ピストル以上の火力がないとねえ。だからゴメン、ちょっとその後ろ手に見えるショットガンとか仕舞って。話が進まないから、頭吹っ飛んじゃうと、無駄に再生に時間かかっちゃうから。弾も勿体ないしね!」
考えてみれば、ワルプルギスの夜に立ち向かっても、こうして無事に帰って来た男だ。ほむらでは殺すのに足りないというのは、あながち嘘ではない。
「わかったわ。それで、どうすればあなたは、わたしの目の前から消えてくれるの?」
「すっげー、会話のキャッチボールが豪速球過ぎて、キャッチャーどころかアンパイアも胴体股間を貫かれそうだぜ。そうだね。やることやったら、スーがスーッと消えてデッドプール……駄目だこれ、パーマンだからこそ、成り立つネタだ!」
「会話が出来ないことは、辛いことね」
「善意、善意。デッドプールさんの半分は、優しさで出来ています。行き詰まった女子中学生を救うのが、オレちゃんの使命だって電波がピピッと。安心しろ、ホムッシャー。オレちゃんが、全部まるっと解決して、みんな幸せハッピーエンドに導いてやるぜ! デッドプールだからといって、デッドエンドが好きなわけじゃないよ?」
「嫌と言ったらどうなるの?」
「その時は、しつこく復活し続けて、目に付きそうなところでずっとフラダンスを踊ります。怖いぞ―、コレは。どんなシリアスも滑稽になるから。これを防ぐには、接写で“みんな死ぬしか無いじゃない!”と絶叫するぐらいしか、手がないからね」
話の意味は半分ぐらいしか理解できずとも、彼がある意味キュゥべえや数多の魔女を超えるぐらいに邪魔な存在であることはよく分かった。排除も出来ず、自分の好きなように振る舞えない限り、ずっと居座る気の存在。なんて悪質なバグなのだろうか。もはや、災害と呼んでもいい。
「わかったわ。好きなように振る舞えばいい。しばらくは、進んで排除しないでおいてあげる。あとその変な呼び名だけは、止めて頂戴」
災害は、通り過ぎるまで待つに限る。ほむらは、デッドプールの自由を認めた。好きなだけやらせて、さっさと追い出した方がおそらく早い。勿論、度を越したことをした時には、直ぐに止めにかかるが。
「OK! ホームシャッハ! いいんだよ、中学生なら、こうやって大人を頼ってもさ。よーし。いい年こいた大人が、魔法少女を救うために、頑張っちゃうぞー」
それにひょっとしたら、デッドプールの存在により、煮詰まった事態が好転するかもしれない。塵よりも小さな、ナノ粒子レベルの希望だが。
崩れかけた廃ビルの屋上で、魔法少女と(自称)スーパーヒーローが争っていた。
切っ先と切っ先がぶつかり合い、火花が弾けた。しかし、二人の剣士は、怯むこと無く相手を切りつける。両者同時に刻まれる、右掛け左掛けの、深い袈裟斬りの傷。致命傷となる傷をお互い負っても、二人の斬り合いは止まらなかった。
「コイツ! しつこすぎない!?」
魔法少女となったさやかの傷は、既に回復を始めている。だがしかし、傷が回復しているのは、相手も同じだった。
「じゃあねなんて言わないで~またねって言~って♪」
その上、鼻歌なんて物を歌っている。ベテランの意地でも余裕の演出でもなんでもなく、ただなんとなくデッドプールは歌っている。しかし、まだキャリアの浅いさやかにとって、デッドプールの意図が読めないことが不安となっていた。
同じ超回復力を持つ、さやかとデッドプールの相性は、最悪だった。なにせ、幾ら傷つけあっても、終わりが見えない。お互い、武器の貯蔵も十分だ。
「わたしの物にならなくていい、そばにいるだけでいい~♪」
刀をポイっと捨てたデッドプールは、代わりにズボンから三叉のサイを二振り取り出す。特殊な形状のせいか、アメリカではそのオリエンタルさがウケている武器だ。
「あの娘にもしも飽きたら、すぐに呼び出して~こわ~れるくらいに抱きしめて~♪」
さやかの剣が、サイにより折られる。隙間で刃を捉え、一気にへし折る。サイには、対刀剣用としての使い方もあった。付きぬ刀を再びさやかは取り出すものの、刃はまた容易く折られてしまった。
眉間数ミリのところに突き付けられるサイの先端。超回復力を自覚し盾にして戦っていても、おいそれと動けるものではなかった。眼球の前で、切っ先がちらついている。
「コレ、某女子中学生アイドルの持ち歌だけどさー。なんであのあふぅは、ここまで成熟してるんだろう。成熟しているのが身体だけと思ったら大間違いだ! でもこの考え方って結構大事なことだぜ? わかるけどね! 一途で思い詰める方が、女子中学生っぽいっていうのは!」
「……何が言いたいのよ」
「んー。本当なら、オレちゃんとさやかちゃんの関係をじっくり描写すれば、前編後編の間に中編が出来るくらい長くはなるんだけど……超シリアス物になって浮いちゃうからナシね! オレ、あの時、誰にも甘えられなかったもんなー。明日死んでもおかしくない上に、女にも逃げられて。最も、オレちゃんの代わりに契約してくれる女の子っていうのは要らないけど。軍と契約して、ミューテイツになってよ!」
デッドプールもまた、行き詰まった人生を契約で塗り替えられた一人であった。契約の相手が、白い小動物か実験部隊かという違いはあるものの、両者ともに無慈悲であることは変わらない。
動けぬさやかと、余裕綽々のデッドプール。片側に傾いた天秤を戻したのは、下から突き出てきた槍の穂先だった。
「え!? ランサー!? やだ、婚約者寝取られる! いないけど」
胸筋と額の一部を削り取られながらも、デッドプールは元気そのもの。槍の主は、自ら開けた大穴から飛び出てきた。
「一つ教えてやるよ、さやか。こういうヤツとは、口を利かない方がいい。なにせ、飲み込まれちまう」
「杏子!? あんた……」
「気まぐれだよ、気まぐれ。だから、気にすんな」
目付きと八重歯はどうにも厳しさを感じさせるものの、なにやら厳しさとは別の物を内包しているようにも思える。さやかが新人ならば、彼女はベテラン。佐倉杏子が、自身の獲物である槍を携え、戦場に現れた。
「あ! レッドビーンペースト!」
「レ、レッド? ビーン?」
「和名:あんこ 英名:Red bean paste 途中区切らないで、流れるようなアクセントで言ってみよう! さあ、自分の名前を高らかに!」
「あんこじゃねえ! てえか、分かりづらいだろ! ……あ」
「ウェルカムトゥザ、デッドプールワールド!」
デッドプールは笑顔で、話にノッてくれた杏子を出迎えた。
「あんたも、口聞いてるじゃん」
「うるせえ! とにかく、さっさと片付けるぜ。コイツと付き合ってると、マジで頭おかしくなりそうだ。行くぞ!」
杏子に続き、気を取り直したさやかも遅れてデッドプールに襲いかかる。二人の魔法少女の猛攻を前に、デッドプールの体力と肉が削れていく。
「さやかちゃんが回復力で、杏子ちゃんが赤、さやかちゃんが不幸で、杏子ちゃんが宿なし。足して2で割れば、オレちゃんにならない? ってことは、女の子同士で子供作れば、きっとオレちゃんみたいな可愛い子の出来上がり……エロ同人みたいに、魔法の力で生やして作ってみない?」
それでも、舌は削れていなかった。
「絶対、似ねえ!」
「いやここは、生えねえよ!じゃないの!?」
飛びかかってきた杏子を弾き返す、デッドプールの頭突き。額の傷から湧き出る毒同然の血が、杏子の目を潰した。まず一人と、刀を振りかぶったデッドプールの心臓を、さやかの剣が貫いた。
「ごぶぅ!」
わざとらしいまでの血を吐き、デッドプールが悶絶する。デッドプールは息も荒いまま、胸の辺りにしまっていた手榴弾を取り出し、手榴弾に軽くキスをした。
「……いいよ、一緒にいてやるよ。さやかちゃん」
デッドプールの自爆に巻き込まれそうになったさやかを、杏子が腕ごと身体を引っ張り、救出する。何処かで聞いたような台詞を残し、デッドプールは一人で爆散した。
あれだけしつこかった身体も舌も、粉微塵になってしまったのか。爆発の跡には、何も残っていなかった。
「なんか今、すっげー大事なものを汚された気がする」
目を拭きながら、杏子が呟く。
「それって、デジャヴってやつ?」
「さあてね。それより、アイツから取り戻したい物があったんだろ」
「そうだった! さっき戦っている時、あの歪んだロッカーに入れてあるって、口を滑らせてた!」
「だだ滑りすぎねえか? アイツの口」
さやかはロッカーに駆け寄り、急いで扉を開ける。元々この戦いは、デッドプールが持って行ってしまった、大事なものを取り戻すための戦いだった。
「え? いや、コレって……」
そんなロッカーにあった物を見て、さやかは喜びの表情ではなく、怪訝そうな顔を浮かべた。
「どうしたんだい? ……それ、あたし?」
「う、うん。これ、杏子の人形? しかも、なんか沢山ある」
「取り戻したかったのって、この人形だったのか」
「嬉しそうな顔しているトコに悪いけど、違うから。うん、ゴメン。だからといって、そんな落ち込んだ顔をされても困る」
ロッカーにあるというのが嘘だったとしたら、いったい本物は何処に。悩むさやかの足元に、謎のメモが落ちていた。先に気づいた杏子が、メモを拾って読み上げる。
「なになに。えーと、ロッソ・ファンタズマ?」
「あ」
タイツが吹き飛んで、ホットパンツオンリー着用のような姿になったデッドプールが、さやかの目の前で、ビルの屋上から飛び降りた。手には、人一人入りそうなくらい、大きなトランクを持っている。
生きていたの? しかもあのバッグ、超怪しい。さやかが自らの考えを口にするより先に、杏子人形満載のロッカーが、大爆発を起こした。屋上が丸ごと、吹き飛ぶくらいの。
「ダイ・ハード!」
爆発炎上する屋上を背に、デッドプールは地面に着地する。降下のために使った消火用ホースを投げ捨て、嬉しそうにトランクをブンブンと振り回す。
「後は、コイツをどうするか。定石は宇宙だけど、宇宙はマズいなー、インキュベーターに回収される未来しか見えねえ。となると、時点は深海。でも地球上じゃあ、アブねえなあ。よし! なら異次元だ! ネガティブゾーンで預かってもらおう! 魔女や魔法少女よりヤバイ連中がウヨウヨいるけど、なあに、目的は果たせる! じゃあ早速GOと行きたいところなのに、なんでいつの間にかカバンが消えてるのかなー。しかも、逃げ場の無いよう、クレイモアが設置されてるんですけど。ああ、これ、ベアリングが痛いヤツだね。スパイダーマンをもミンチに出来る、パニッシャー仕様の」
終わらぬ言葉を遮り、逃げ場のないベアリングの猛射がデッドプールをミンチに変える。喉も舌も吹き飛ばされ、デッドプールの言葉もようやく止まった。
クレイモアの設置主であったほむらは、時間を止めて奪ったトランクの蓋を、静かに開けた。中に入っていたのは、目と口をテープで塞がれた、鹿目まどかだった。
「少し眩しいから、覚悟してね」
限界まで痛くないよう気を配り、ほむらはまどかのテープを剥がした。
「だ、誰……?」
「わたしよ」
「ほむらちゃん……よかった……」
涙目のまどかは、力なくほむらに寄りかかった。
「怖かった、怖かったよう……グラグラ揺れるし、外から凄い音が聞こえてくるし」
「大丈夫よ、まどか。もう全て、終わったわ」
ほむらは弱っているまどかを、優しく抱きしめ続ける。
「ち、小さなことからコツコツと。まどかちゃんを、ワルプルギスが来る前に見滝原から遠い所に無理にでも持っていけばいいと思って」
喉と舌が復活したデッドプールに、火炎瓶が投げつけられた。
「あれ? 何か、燃えてる? 人が、燃えてるみたいに炎が」
「燃えていないわ。きっと、まだ目が慣れていないから、ちょっとした灯りが、轟々と燃える成人男性に見えるのよ」
少し離れたところでデッドプールが炎上していることを、ほむらは力ずくで誤魔化した。
「王子様に救われることにより、王女様は王子に並々ならぬ信頼や愛を抱く。まどかちゃんとホームシャッハは、本来の予定以上に早く、仲良く出来た。だから、悪いドラゴン役として、オレちゃんは頑張ったんだ……」
焼けた喉と舌で喋り続けるデッドプールに、第二第三第四の火炎瓶が飛んできた。
ごうんごうんと、音を立てて生コンがドラム缶に注ぎ込まれる。既に先客が居たドラム缶が満杯になり、カチコチに固まるまでに時間はかからなかった。速乾性と謳っているだけことはある。
「まどかちゃんに、あんま荒っぽい手段をとっちゃいけないならいけないで、早く言ってくれないと。よし! この反省点を踏まえて、次はもっと上手くやるぞ。次はマミさんをアイドルにするところから始めようか」
「遺言はそれでいい? あと、次はないわ」
ドラム缶のコンクリ詰めにされても、デッドプールは元気だった。頭以外全部固まっているのに、元気だ。埠頭の端ギリギリ。これからドラム缶ごと夜の海に投棄されるのに、元気だ。
「殺すのではなく、生かしたまま動きを止める。こう、考えを変えてみたのよ」
「助けて! プリンス・ネイモア! でもアイツ、寝取りがいのありそうな人妻を代償にしないと、絶対助けてくれないよ! ……じゃあ、アウトじゃん、オレ!? ホームシャッハ、待て、待つんだ。大人に出来ることは、もう一つあった。それは、人に頼ることだ。自分ではできない、手に負えないなら、素直に他人に頼る。これも、大人の条件の一つなんだぜ!?」
突風が、ほむらの身体を揺らした。人が吹き飛びそうなまでの風、空が割れて歪み、世界が丸ごと揺れる。
「あーれー」
揺れと風のせいでデッドプール入りのドラム缶が海に落ちたが、それどころではなかった。
「そんな。早すぎるわ」
いくらデッドプールが引っ掻き回したとはいえ、ワルプルギスの夜が来るまでの時間は、まだまだある筈。だがこの異常は、ワルプルギスの夜襲来時の天災に良く似ている。しかも今回は、今までにないくらい、幾度もの経験においても感じたことのないくらいの激しさがある。一人の男の出現が、魔女を怒り狂わせたのか。
雲を割り出現する、巨大な顔。バケツのような兜を被った、男の顔。出現したのは超弩級の魔女ではなく、別の超弩級の存在であった。
『話はデッドプールより聞いている。素養において問題はなし、性格面と年齢で多少問題があるやもしれぬが、所詮は多少。この強大なるギャラクタスの前では、意味なきものに等しい。よって、合格だ』
宇宙魔神ギャラクタスは、エントリーシートとほむらを見比べ、評価を下す。手のひらの上の豆粒どころか、彼にとってウイルス以下の大きさのエントリーシートを、よくも読めるものだ。
「合格? いったい、何に」
『暁美ほむらよ。我と契約して――』
星喰らいの巨人は、一人の小さな少女を見定めた。
契約を維持したまま、再び時間は遡り。
暁美ほむらが転校生として教室に入ってきた時、教室は大きくざわめいた。フォローすべき担任教師も、いったいどう説明したらいいのか分からず、上手く言葉が出ない。そもそも、理由をよく知らなくてはフォローも出来ない。確か、宗教上の理由と聞いてはいたが。
誰もが疑問を抑えたまま、ほむらをクラスメイトとして迎える。聞くべきか聞かざるべきか、みんな悩んでいる。勇者が誕生したのは、二度目の休み時間のことであった。
「暁美さん」
勇者となったのは、鹿目まどかであった。なにせこのままでは、授業に差し支える。
「……何かしら」
「その、ボード? なんなのかなって。すごく大きいよね」
ほむらは、自分の身長よりも大きい、銀色のサーフボードを肌身離さずずっと持ち歩いていた。
「ごめんなさい。黒板が見えず授業の邪魔というのは分かっているわ。席替えは申し出ているから」
「別に、ボードだけ後ろにおいておけばいいんじゃないかな」
いやいや、学校に持って来ないで、家に置いとけよ!と、聞き耳を立てている誰もが内心ツッコミを入れた。勇者まどかが口にするには、直截すぎるツッコミだったが。
「そういうワケにはいかないの。このサーフボードを肌身離さず持つこと、他人においそれと触らせないことは、契約なのよ」
「契約? た、大変だね」
まだキュゥべえと出会っていないまどかにとって、契約とは遠い言葉であった。
「そうでもないわ。前の契約相手より、自由に振舞わせてくれる人よ。これ以外は」
そうでもないと言っておきながら、ほむらはずっと、半分机に伏せたままだった。
デッドプールは、公園のベンチに偉そうに寄りかかってお菓子を貪り食っていた。
「うんまい棒のコーンポタージュ味、超うまい。アクセントがちょっとおかしいから、いっそうまい棒を名乗ってしまえばいいのに」
「わけがわからないよ」
デッドプールの脇には、檻に入ったキュウべえがいた。いつも通り無表情だが、どうにも覇気が無いように、いつもの悪徳営業マンみたいなガッツが無いように見える。
「わけがわからないって、アレのこと? 暁美ほむらがギャラクタスに引きぬかれて、ヘラルドになったこと? そりゃオメエ、釣った魚にエサやらなきゃ、逃げるに決まってるだろ。一回限りじゃないぞ? ちゃんと報酬を恒久的に与えて、心身のフォローもバッチリと。オマエのとこ、ブラック企業じゃん。そりゃホムッシャーもホームシャッハもほむほむも逃げますよって」
惑星を主食とする魔神、ギャラクタスに力を与えられし者をヘラルドと呼ぶ。ギャラクタスへの反逆を考えないこと、ギャラクタスの空腹を満たせるような惑星を定期的に探すこと。制約はいくつかあるものの、基本的に自由な上、与えられる力も強大と、仕えることに納得出来ればいい職場だ。ギャラクタスは、様々な意味で大物なのだ。
「わけがわからないよ」
「ああ。オマエの母星の辺り、ギャラクタスに食われたんだってな。アイツ、星の生物や文明が発展していればしているほど美味いって公言しているから。まあ、オレらにとって、余所の星のこととかあんま関係ないしー。悪徳金融会社がマフィアに潰されて、債権者であるオレちゃんたちは超ラッキーぐらいの気持ち? ご愁傷様でした。ついこの間まではうじゃうじゃいたインキューベーダーも、随分減ったって? カワイソー。逆にギャラクタスは幸せだよね。ワルプルギスの夜も、おやつつ代わりには中々良いと言ってたし。あれだけ災害的なモンだと、食えちゃうんだねえ」
リンゴをがぶりがぶりと荒々しく食いちぎるデッドプール。ギャラクタスは、星を相手にして、このように喰らうのだから恐ろしい。ほむらが、迷わずギャラクタスをキュウべえたちの方へ誘導してくれてよかった。地球だったら、大惨事だ。
「で、オレちゃんは、宇宙的希少生物となったキュウべえを売って大儲けと。これぞ三方一両得! さーて、AIMが本命として、ヒドラ辺りに売っぱらうか! 魔法的な面を推すなら、ストレンジやドーマムゥ相手にも話持ちかけてみようか! あー、そう言えば、まどかちゃんやさやかちゃんはともかく、もう既に魔法少女になっちゃってるマミさんやレッドビーンペーストちゃんはどうしよう……タスキーに纏めて預けりゃいいか!」
ウキウキ気分で、携帯のアドレス帳を確認するデッドプール。兎にも角にも、平和になった見滝原はほのぼのとしていた。代わりに、とある銀河系が一つばかし滅亡の危機を迎えているものの、インキューベーダーが地球人のことを顧みぬように、デッドプールや地球人が顧みるべきことではなかった。