- 2012.03.20 Tuesday
- 小説
「おはよー。さやかちゃん、仁美ちゃん」
「おう! おはー……!?」
朝の通学時、美樹さやかは、鹿目まどかの肩に載っている小動物を見て驚愕した。不可思議な白い生き物が、きゅうと鳴いて手を振っている。
「なんでいるの、それ!?」
「大丈夫、私達以外には見えないみたいだから」
ヒソヒソ声で話す二人を、志筑仁美は不思議そうに見ている。彼女には、まどかの肩に乗るキュウべえが、本当に見えていないようだった。
「なら、安心だけどさ」
魔法少女のマスコットと言うのは、そんな技も心得ているのか。さやかは素直に感心していた。
ひょいと、赤いタイツとマスクを被った、全身真っ赤なオッサンがキュウべえを回収するまでは。
「あ、あれ?」
「へ?」
二人が驚いている間に、オッサンはキュウべえを手持ちの檻に回収してしまった。かちりと、鍵までかけている。
「危なかった。なんか、図鑑に載ってない小動物が、キミの首筋にまとわりついてたぜ? 毒や毒舌とかあるかもしんないから、拾っても勝手にペットにしちゃダメだからさ。もしかしたら、この生き物アライグマより怖いかもしれない。なにせアアライグマは宇宙にも進出していやがる。ひょっとしたら、この白いのも。じゃあ、そういうことで、アディオス」
オッサンは自分の言いたいことだけ言って、檻入りのキュウべえを持って、さっさと何処かへ行ってしまった。魔法でも少女でもないのに、なんでアレは、キュウべえの姿を確認していたのだろうか。
「今の方は、鹿目さんの肩から何を取ったのでしょうか? しかも、空の檻に鍵までかけて」
どうやら仁美視点では、空気を捕まえて空気を檻に入れて立ち去ったようにしか見えなかったらしい。
「えーと」
「さ、さあ!? なんなんだろうね!?」
見えている二人も、とりあえず見えていないフリをする。
「あの赤い方、不思議な方でしたね……」
「う、うん」
「春先には、ああいうの多いしねえ」
まどかもさやかも、どうしようとお互いの心中で思うものの、キュウべえの居ない今、ただの女子中学生である二人は、テレパシーで会話するような能力を、生憎持ち合わせていなかった。
「わけがわからないよ」
「君はいったいなんなんだい?」
「悪いけど、君と契約する気はないし、そもそも出来ないよ?」
山と積まれた檻から、無数のキュウべえの声が聞こえてくる。いくら捕まえても、この怪生物の存在が、尽きることはなかった。
「こんなにウルセーのに、役人は“全部、空の檻じゃないですか”なんてコトを言いやがる。野良の動物を一匹捕まえるごとに、歩合給。小遣い稼ぎには、いいバイトだと思ったのになー」
いつものようにふらついていたら、路銀が尽きた上に、クレジットカードもストップされるという危機的状況に追い込まれていたデッドプール。偶然たどり着いた街で目にした、動物衛生局のバイトを始めたものの、状況は芳しくなかった。
「せめて一匹なら、AIMにでもヒドラにでも売り払えるのに。こんなに働いたのに、給料は最低賃金。しかもこうやって、余計な出費まで」
デッドプールは、檻の山の周りに、買ってきたガソリンをゆっくりと撒いていく。
「わけがわからないのは、オレちゃんの方ですよ。まったく」
マッチが投下され、キュウべえの山が燃える。デッドプールはアルミ箔製の簡易フライパンをタイツから取り出し、火に入れた。フライパンにはポップコーンのロゴが書いてある。
「ポンポンポポポン、ポップコーン! 捕まえて燃やして、また捕まえて……あれ!? コレひょっとして、夢の永久機関じゃね!? まさかまさか、こんなところでデッドプールさんが人類の夢を実現させるだなんて! いつかうん、やるとは思ってたけどね! 夢のQB機関として特許を」
ボカンと、あまりの火勢にフライパンが爆発した。ついでに火が、デッドプールの全身に燃え移る。
「ギャァァァァァ! 熱いのおぉぉぉぉ! 駄目だ、永久機関失敗! いちいち実施者が燃えるとか、どんだけ面白機関だよ! 面白いなら、オイシイ? オイシイどころか、ポップコーンも消し炭だよ! グッド塩味、ノット炭味!」
さんざんのた打ち回った後、未だくすぶるデッドプールは宣言をした。
「でもそれって、根本的な解決にならないですよね? いいぜ、お前がそうだと思っているなら、オレはその幻想をぶち殺す! 乗りかかった船? しゃらくせえ! 勝手にシージャックしてこその、残念! かわいいデッドプールちゃんでしたって話よ!」
「余計なお世話っていう言葉もあるよね」
またぞろ湧いて出てきたキュウべえの眉間に、ぽっかり穴が開いた。
ぐわあ、と開く口。お菓子の魔女は、己の執着をあますとこなく吐き出そうとしていた。巨大で可愛らしい、黒い大蛇が姿を表した。
あまりの欲望に気圧され、誰もが呆然とする。魔法少女と魔女の戦いを見守る二人の少女も、当の魔法少女である、巴マミも。お菓子の魔女シャルロッテは、敵であるマミを一呑にしようとしていた。
ギザギザの歯がむき出しとなり、マミを狙う。魔女の歯は、硬い頭ではなく、柔らかく千切りやすい首を狙っていた。
残虐が具現化する直前、かみ合わされる直前、光が魔女の世界を包み込む。強烈な瞬きの後、口を閉ざしたシャルロッテに猛射が襲いかかる。怪物は可愛らしく両目をつむり、少し退いた。
「後輩に、カッコ悪いところは見せられないものね」
見切りによる、寸前の回避。生存者は愛銃を片手に、驚くまどかとさやかにウインクした。
「誰だアンタァァァァッ!」
「え? マミさん。ティロでフィナーレなマミさんだよ〜?」
「嘘だ! マミさんはそんな面白おかしいポーズで名乗ったりなんかしない!」
「さやかちゃん、色々間違ってるよ!」
確かに、マスケット銃を構え、可愛らしくも動きやすいドレスで身を固めた姿はマミさんだ。でも、中身が違う。マミさんの足はすね毛が生えてないし、焼け爛れたようになってもいない。そして何より、マミさんは赤いマスクなんか被っていなかった。胸にバレーボールっぽい詰め物がされている、スカートがやけに短くなっている。この辺りはなんというか、イラっとくるポイントだ。
いつの間にか、食われかけていたマミさんの中身がデッドプールにそっくり入れ替わっている。恐るべき怪奇現象であった。
「スタングレネード投げて、その隙に入れ替わっただけなんですけどね。おおっと! ここでネタバラシ!」
「じゃあ、本物のマミさんは何処に?」
ぐっちゃぐっちゃ、げふう。シャルロッテが何かを食べて、満足そうにしていた。
「マミさんは、既に安全な所に匿ってあるぜ!」
ぐっと力強く、デッドプールは親指を立てた。
「いや、嘘でしょそれ」
「オレはマミさんの意思を継ぎ、このマスケット銃を憎き敵の脳天に……使いにくいなあ、コレ! なんでオートマチックじゃないんだよ! カッコいいから? ならしょうがない! でもテヤー!」
「お、折っちゃったー!?」
落ちていたマスケット銃が一丁、デッドプールの膝で真っ二つに叩き折られた。
「痛い、痛い! 鉄の部分、超硬い! ご都合主義スーパーヒーローパワーで二つに折れたけど、俺の膝の皿がブロウクン! その気になれば痛みなんて消しちゃえる……わきゃねーだろー!」
「なんで、あたしにキレてんのよ!?」
デッドプールが、現状本人に身の覚えが無い罪をさやかにぶつけている内に、再びシャルロッテの渇望が獲物を狙う。おそらく食べたら腹をこわすだろうに、魔女は構わず、手近なデッドプールを狙っていた。
捉えにくい高速の蛇行めがけ、デッドプールは折れたマスケット銃を両手にしたまま高く跳ぶ。ちょうどシャルロッテが食いやすいような位置に、デッドプールはわざわざ跳んだ。
喜ぶ魔女の口が開いた瞬間、デッドプールの姿が消えた。テレポートした彼は、少し上、魔女の口をギリギリで避ける位置にワープしていた。
すれ違う魔女と赤タイツ。シャルロッテは、痛みに耐えかね激しく蠢く。魔女の片目に、折れたマスケット銃が突き刺さっていた。もう片側の目の近くにも、同じように刺さっている。デッドプールは、空となった手を軽く叩いた。
「両目を潰すつもりだったんだが、膝に矢を受けてしまってな……」
手負いのシャルロッテは、更に激しく無軌道な動きでデッドプールを狙う。余裕を見せていたせいで、今度は避けられず。シャルロッテの口は、デッドプールの一部をもぎ取っていった。
「赤い人ー!?」
「大丈夫だ! たかがオッパイをやられただけだ!」
胸の詰め物と、服の一部を持って行かれた。無傷ながらも、傷だらけの生肌が露出している。
「はっ! キャー! さやかちゃんのH!」
デッドプールは可愛らしく、自分の胸を両手で隠した。非常にイラっと来る。
「だんだんさ。アレを一発殴れるんなら、その条件で契約してもいいんじゃないかなって気に」
「落ち着いて、さやかちゃん!」
マミさんが、本物のマミさんが戦っている間は居たはずのキュウべえを探し始めるさやかを、まどかは必死で止めた。
一方、シャルロッテはデッドプールから奪った詰め物をうれしそうに噛んでいた。カチリと、口中の詰め物から音がする。誰かが不思議がるより先に、お菓子の魔女は爆散した。
「トリックオアトリック。奴はそう、オレちゃんのオッパイをどうにかした時点で、死んでいた。こうなることを予見して、あの詰め物の中にはありったけの爆弾を詰め込んでおいたのサ!」
「アンタは預言者か」
諸葛孔明が逆立ちして酔っ払って二日酔いの後に迎え酒、それぐらいしてようやく予見できるような展開だ。
「オレの出番はここまで。デッドプールはクールに去るぜ。意外にマスケット銃っていうのも悪くないなー、厨二心が揺さぶられる! まあ真の厨二は、オートマチックの拳銃にも心を揺さぶられる物ですし。少なくとも、オレちゃんはそうだった。現在進行形で厨二病ですけどね。厨二病じゃないと、いかんせんコスチューム着れないからね。ヒーローの職業病?」
ぶつくさ言いながら、デッドプールはテレポートで消えた。
「いやあ、時折こうして使わないと、故障しぱなっしって誤解されちゃうからね! キャラも弱くなっちゃうし!」
余計な一言を残して。
再び残された二人は、何か言おうとするものの言葉が出ない。そのおかげで、「ううっ……」といううめき声を聞き取ることが出来た。
「マミさん!?」
「無事だったんですね!」
さやかとまどかは、物陰で倒れていたマミの元へと向かう。デッドプールの言うとおり、巴マミ本人は安全な目立たぬ場所に匿われていたのだ。
「魔女は……魔女はどうしたの……? そして……私、なんで裸……?」
ただし、全裸で。でもこうして生命が助かっただけで、きっと彼女にとっては幸いなのだろう。たぶん。きっと。
「キュウべえー! 何処行ったー! 願い事が出来たから、出てこーい!」
魔法少女になる決心を固めたさやかが叫ぶものの、この絶好のチャンスに、何故かキュウべえは出て来なかった。
「どうしたの、美樹さん!? 鹿目さん。私に何があって、美樹さんにも何があったの!?」
「わたしの口からは、なんにも言えません……」
まどかはただ、泣いてた。
「君はまだ、その恰好なんだね」
「そりゃねえ、入れ替わった時、あのチーズ好きの魔女にタイツくわれちゃったからね。チーズ好きの魔女って、バター好きの犬と一緒に並べると、エロく見えるよね」
未だに巴マミの格好をしたデッドプールは、川に架けられた大橋の欄干によりかかり、黄昏ていた。ヒモ付きの檻、キュウべえが入った檻をゆらゆらと揺らしながら。
「ところでアレ、魔女退治。大学生もいいな、高校生もいいな、魔法少女もいいけど〜♪ トロけそうなデッドプールさんなら、もっとスマートかつ面白おかしく魔女を倒せますよ? 追加料金も貰えば、いいように踊らされてもタップダンス! 今なら、魔法少女もキッチリ育成してくれる、プロのガイコツもプレゼント!」
「悪いけど、君では意味がないんだ。それに、育成なんて手間のかかる過程、考えたこともないしね」
「てい」
チョッキンと、デッドプールは檻のヒモを斬る。檻は自由落下し、キュウべえごとぶくぶく泡を立てて川に沈んでいった。
「参ったねえ。あの小動物の仲間になって、内からの絶滅を狙う大作戦がパーですよ、パー! 次のグーやチョクなんて、そうそう思いつかないし。オレがまっとうに仕事をするため、一生物をなんとか絶滅に追い込まねば。せめて、巣穴がわかればなー」
「分かっても、どうしょうもならない物はあるわ」
背後から、聞き覚えのない少女の声が聞こえてきた。
「ぶはぁ! な、何があった!? 作者が寝ぼけて、段落すっ飛ばしたのか!?」
胸に刺さったアーミーナイフを引きぬき、デッドプールは水面から立ち上がる。気づけば、余すとこなく銃弾を浴びた挙句に爆破され、念入りにとどめを刺された状態で川流れしていた。あまりのダメージに一回死んだとしても、やけに記憶が飛び飛びだ。どうにもおかしい。
最も一番おかしいのは、当たり前のように生き返っている、デッドプールという存在のあり方だが。
「パニッシャーって、日本が実家とかそういう設定あったっけ? ウルヴィーじゃあるまいし。それにしても、まるで時を止められて、その間にボッコボコにされて橋から落とされた気分だぜ! きっとそんなありきたりな能力者バトルみたいなことはないだろうけどよ」
そんなこんなで、だいぶ川に流されていた。さっきまで居た橋が、やけに遠くに見える。デッドプールが居た場所に、黒髪で細身な少女がいた。
またも出てきたキュウべえと二言三言交わした後、少女もまた、キュウべえの眉間に丸い穴を空けた。デッドプール好みの拳銃をしまい、少女は橋から立ち去る。
「なんてこった……パニッシャーに隠し子が居るだなんて。あの乾ききった目なんか、超そっくり! 人種違うけど、アレきっと娘だよ! こうしちゃいられないぜ!」
こうしちゃいられないぜと言いつつ、意外と勢いがある川に、デッドプールは流され続けていた。
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