一日一アメコミ~10~

ネメシス

 緻密で大胆な計画を立てることができ、自らが持つ莫大な財産を使いこなしてみせる頭脳。周りを多数の敵に囲まれても、素手で制圧してみせるほどの武力。無理と思われる状況でも決してひるまず、勝利へと邁進してみせる胆力。ネメシスと呼ばれる男は、スーパーヒーローに求められるであろう能力をすべて持っている。問題は、その能力が悪行へと向けられていることだ。
 実力、人気、品位を兼ね備え、アメリカ最高の警察官とまで呼ばれる名警部ブレイク・モロウ。そんな彼の元に、日時が指定された殺害予告が届く。送り主の名はネメシス。日本を始めとする諸国で数々の警官殺しをおこなってきた、謎の犯罪者である。予告状を皮切りに、アメリカ各地でおこる目を覆いたくなるような犯罪の数々。エアフォース・ワンが市街地に墜落し、大統領が誘拐される。ペンタゴンに毒ガスがばら撒かれ、核の起動コードが流出する。どれもこれも、数万単位の命を奪う犯罪である。
 良心の欠片もない上に、わざわざ大きな被害を起こすように仕組まれた犯罪に翻弄されるブレイク。だが彼は、ついにネメシスの正体と思われる男にたどり着く。男の名はマシュー・アンダーソン。若き日のブレイクにより父の犯罪を暴かれ、地位も家族も失った御曹司である。ブレイクは逆に罠を仕掛け、ネメシスの逮捕に成功する。謎が解けてしまえば、最悪の犯罪者もただの復讐犯でしかない。
 しかし、ネメシスもまた、計画を練っていた。自分自身の逮捕も組み込んだ、災禍の如き計画を。ブレイクの心身と無辜の人々に襲いかかる、ネメシスの悪意。果たして、これだけの悪意を持った存在が人なのか。本当に彼は、マシューなのか。ネメシスの真意と正体が明かされた先に、ブレイクと読者は何を見るのか。ネメシス、お前は何者だ?

 

 

 ウォンテッドに続く、原作マーク・ミラーはとんでもねえな!シリーズ第二弾。スーパーヴィランが勝利した世界の次は、一人のスーパーヴィランが大暴れする話である。まず開始数ページが、ネメシスに狙われた日本のとある名警部の悲劇。囚われた警部を救うための特殊部隊はまったく間違ったビルに着き、ビルと共に爆散。少し離れた場所、高架にある線路上に放置された警部は電車に轢かれ、警部を轢いた電車の先には倒れたビルと途切れた線路。このネメシスによる悪意まみれのピタゴラスイッチ、これになのか感じたならページをめくれ、嫌になったら読むのは止めて棚に戻せ。なんという、親切なコミックなのか。もともと扇情的であり露悪的な作風とも評価されるマーク・ミラーですが、ネメシスはおそらくその中でも、悪意をじっくりコトコト煮込んだ作品。これが大丈夫なら、マーク・ミラーの作品は全部大丈夫! スピリタスをストレートで飲めるなら、どんな酒もいけるって!って感じだけど。

 この作品のキャッチフレーズ候補の一つに「もしバットマンがジョーカーだったら?」というのがあったそうですが、このキャッチフレーズほど、わかりやすいネメシス像も無いと思います。ジョーカーにバットマン並の有り余る能力と財産があったなら、そりゃこうするでしょのオンパレード。一人を誘拐するために飛行機を落とし、なぞなぞでからかうためにスタジアムを爆破しペンタゴンに毒ガスをばら撒く。悪にはタガがなく、正義にはブレーキがある。ネメシスの大暴れを観ていると、このことをひしひしと感じると言うか、暴力的なアートでずっと叩きつけられます。

 悪のバットマンといえば、オウルマンにプロメテウスにバットマン・フー・ラフズにダークナイツの皆様、他社も入れるならマーベルのナイトホークなんてのもいますが、やはりネメシスの嫌らしさはここらのメンツと並べても遜色ないですね。一冊完結全4話って環境も、こういうキャラを活かすには向いてるのかもしれない。

 日本の創作の環境と海外の創作の環境を比較する話は定期的に出てくるけど、ネメシスやウォンテッドのような日本でも出すのに躊躇するタイプの作品があるのは考慮すべきだと思うのよね。純粋な悪党が主人公かつ最後がハッピーに終わる作品や、とにかく無慈悲に人が無残に尊厳を陵辱されて死ぬ作品。グロ描写や性的な描写も含め、こういう作品も在るって知っておくのは大事かと。お子様の教育に良くないアメコミだって、そりゃたんとあるよ!