東方大魔境 血戦 幻想郷~3~

所変わって外の世界。
「ううむ、たしかこの辺りのハズじゃったか」
カラスに乗って目的地へと向う、目玉の親父。しかしどうにもスピードが出ない。よろよろと飛んでいる。
「コレ、もっとスピードを出さんか」
カーとカラスは応えるが、一向にスピードの出る気配は無かった。全ての能力が、ただのカラスより上の化けガラスであるが、
自分より一回り小さいゲタを背負ってでは、いくらなんでもスピードが出ない。
「くぅ、こんな時に限って一反木綿が里帰りしておるとは」
鬼太郎親子の足兼飛行手段となってくれる、布妖怪一反木綿は地元の九州に帰省していた。しかも敬老会の旅行で子泣き爺と砂かけババアも不在、ぬりかべは葡萄を食べに行ったまま行方知れず、ネコ娘はバイトで遠出と、普段頼りにする仲間の妖怪は皆運悪く不在であった。
「お、あそこじゃ。あそこに降りてくれ」
山間の一角にある寂れた神社を見つけると、親父はそこへと降り立つ。寂れに相応しく、神社には一切人の気配が無かった。
「ふむ、間違いない。この博麗神社こそが幻想郷への入り口じゃ」
幻想郷と現世の境目に存在する博麗神社。外の世界から見るとただの無人の寂れた神社にしか見えない。しかし、見るべきものが見れば、ここが幻への入り口であることが分かるのだ。
「おおーい、誰かおらんかぁ」
親父が叫んでも、やはりなんの気配も無かった。しかし、社の扉が声に応えるかのごとくゆっくりと開く。そしてその緩慢さが擬態だったかのように、強烈な吸い込みを見せた。
「ひゃぁぁぁぁ」
「カー!」
社はカラスごと目玉の親父を飲み込むと、素早くパタンと扉を閉めた。後に残るのはただ静寂、吸い込みの際に散らされた一枚の葉がゆっくりと参道に落ちた。

 

more

東方大魔境 血戦 幻想郷~2~

幻想郷の森の片隅と人間の郷の片隅の間にある、大きな倉庫。誰かが何かしようと作ったのだろうが、頓挫したのか倉庫は長年空き廃屋寸前の建物と化していた。しかも森の木々に覆われたせいで、人間どころか森の妖怪でさえ存在を忘れかけている。だがこの建物は今、廃屋という呼び名を捨て、新たに工場という名の意味を獲得していた。

 

えっちらおっちらと荷物を運ぶ毛玉から荷物を受け取った妖精が適当に箱詰めする。ちゃんときっちり箱詰めとかは無理だ。働いているだけ奇跡なのだから。他にも虫たちがベルトコンベアのように列を作り、大きい荷物を運んでいる。
「意外となんとかなるものだね」
腕に『工じょう長』の腕章をつけたリグル。惜しい事に『場』の字だけ書けなかったらしい。
「そうね、はじめに聞いたときは夢物語と思ってたけど、やってみる物よね」
『工場超』の腕章をつけているのはミスティアだ。全て漢字で書いてみたが、『長』の字を間違ってしまったようだ。
「そうなのだー」
『こうじょうちょう』と無駄に背伸びしていない、ひらがなオンリーの腕章をつけているのはルーミア。出来立てホヤホヤの蒲焼をこっそりと頂戴している。
「ふっ、これでアタイ達は他の妖怪を差し置いて名実共にさいきょーの座に付くワケなのさ。けーざいりょくという力を手に入れることでアタイのさいきょーを疑うヤツもいなくなるはず」
『こうじようちよお』と書かれた腕章を付けて胸をはるのはチルノ。ひらがなは書けても小文字は書けない辺り、他の三人を二馬身ほどぶっちぎっている。微妙に読みにくいし。むしろひらがなをちゃんと書けただけでも奇跡か。流石は女王の貫禄だ、バカの。
「まー確かにねえ、経済力があれば、気兼ねなく歌えて、毎晩捕食者に怯えずぐっすり寝られるおうちが建てられるものね」
「かわしそうな、みすちー。なら私が泊り込みで守ってあげるよ」
「アンタ入れたら、おうちの意味が無いでしょーが!」
そそそと近寄ってきたルーミアをミスティアが全力でかわす。どうみてもこの幼女は捕食側だ。脚が四本あるものなら椅子以外食べかねない。
「まあまあ、いいんじゃない。妖精も虫も日頃バカにされているようなみんなが、ここまで出来るって証明してるんだからさ」
チルノとは少し考え方が違うが、リグルも今の状況に満足はしていた。
「おおーい。帰ったぜぃ」
四人の変革のきっかけとなったネズミ男が、工場へと揚々として帰ってきた。

 

more

東方大魔境 血戦 幻想郷~1~

ここは幻想の郷こと、幻想郷。世間での役割を失い幻想となったモノが辿り着く、平和な楽園。自然は豊か、気候も穏やか、生活を脅かすような存在も居ないと言う、妖怪にとって垂涎の土地であった。
そんな土地に似合わぬ、欲深い目をした男の妖怪が森を歩いている。
ボロイ布一枚だけを頭から被り身体に巻いた姿は、まるで薄汚れた身なりの典型のようで。裸足でぺたぺたと地面の上を歩いている。
鼠のようなげっ歯と、長い三本ひげが目立っている。鼠の妖怪と言えば、およそ三千年以上生きた鼠が変化する旧鼠が居るが、三千歳にしてはあるべき威厳を全く持っていなかった。
少女妖怪が大半を占める幻想郷を歩く男の妖怪。男であるだけで目立って当然であった。
彼をからかおうとする、三人のイタズラ妖精がこっそり樹上から覗いている。幻想郷の新参をからかおうとでも思っているのか、それともタダのヒマつぶしか。
木の下に男が辿り着き、さて動こうとした途端。強烈な臭気が彼女らを襲った。鼻が痛いどころか、目までツンツンする。魔女の調合が失敗しても、ここまでの臭いは作れまい。臭いの原因は目標の男から発せられていた、何をどうすればこんな臭いを出せるのか。
妖精が我先にと逃げ出す。相手が何もしていないのに、この被害。もし彼が本気になったら、鼻がもげてもおかしくない。こんな恐ろしい妖怪の相手なんかしていられるか。
「いやースゲえド田舎だ。別荘地にでもして売り出したいねえ」
男はそんな妖精の存在など知るよしも無く、独り言と共に道をぺったらぺったら歩き続けていた。

 

森を抜けた先には、薄い霧に包まれた荘厳な湖があった。霧の向こうに幻のようにチラチラ見える紅魔館が、どことない儚さを演出している。
「さてと、ここらへんにいるらしいんだけどよ」
男は懐から双眼鏡を出すと、空に向けて構えた。霧中の空を舞う、いくつかの閃光。その正体は、といえば。
「アンタみたいなバカ妖怪は氷付けになればいいのさ!」
「アンタにだけは言われたくないわー!」
弾幕ごっこに興じる、氷精チルノと昆虫妖怪リグル。
「いい、ルーミア。あくまで弾幕ごっごであって狩猟とか捕獲とか関係ないんだからね。OK?」
「うん、おーけー」
「って噛み付くなー! これだからルーミアの相手は嫌なのよ、てーか喰われるー!」
やけに殺伐とした弾幕ごっこしている、夜雀ミスティアと闇の妖怪ルーミア。
湖の閃光の正体は、この四人による弾幕ごっこであった。妖精に蟲に鳥によくわかんない妖怪という、どちらかというと小物にカテゴリーされる四人であったが、そこらをプラプラしている只の妖精や雑魚妖怪に比べれば随分と強力であった。ビュンビュンと空を飛び、激しい弾幕が次々と貼られる。静かな湖の空だけ、だいぶ派手であった。
「カーッ、幻想郷の妖怪は派手だねえ。しかしあんだけの実力があるのに、少しココが足りないだけでねえ」
男は己の頭を指差し、脳の辺りをコンコンと叩いた。
「ま。だから小生の出番があるのだがね。さあて、ビビビのネズミ男さまの腕の見せ所だぜ」
ふんと鼻息荒いネズミ男は、袖をまくってから空飛ぶ四人に向け叫ぶ。
頭は悪いが能力はそれなりの子供妖怪と、ずる賢いが能力は並み以下の半妖怪。ある意味しっくりくるモノ同士の出会いこそが、現世の妖怪と幻想郷の妖怪を巻き込んだ大騒乱のキッカケであった。

 

more

オーバー・ペネトレーションズ#3-7

 クイックゴールドは倒れ、彼の配下であったマネー・セントやアインも捕縛され。一人の男の速さに支配された時代は、終わりを告げた。一人の男により抑圧されていた世界に、先のことを考える余裕が生まれようとしている。
「心通じる……まさかアイツも、俺と同じことを思っていただなんて」
 地下の自室にて。ボーイからゴールドの死に様を聞いたヒカルは、力なく俯いた。
「お前がやるべきことは、こんな薄暗い所に篭って妙な機械を作るのではなく、陽の下で、クイックゴールドと話し合うことだったな」
 タリアならともかく、オウルガールの物言いには、遠慮と加減というものがなかった。
「相変わらず厳しい。昔を思い出すよ」
「私が言えた義理ではないが、あまり他人を他人に重ねない方がいい」
「そうだな。分かってるさ」
「ああ。この世界に来て、この結果を見て。それでも学べないのなら、死んだ方がいいな」
 自らが歩みかけていた道の、最悪の末路を目の当たりに出来た。この報酬に比べれば、アインの相手など安すぎる。
「俺も学びました。自分が何故、バレットボーイであるのか。クイックゴールドのことは、絶対に忘れません」
 自らを見失い、暴虐に走った、もう一人の自分。悪夢とも思えるクイックゴールドの存在を、ボーイは心に刻み込んだ。彼は反面教師であることを望んで死んだ。ならば、都合よく、彼のことを忘れるわけにはいくまい。
「そう言ってもらえると助かる。ありがとう、二人共」
 勝手な召喚に怒ることなく、彼らはクイックゴールドに満足な終焉を与えてくれた。バレットとしても、スメラギ=ヒカルとしても、まず頭を下げることが必要だった。
「わたしにはありがとうはないんですか?」
 憮然とした表情で部屋に来たアブソリュートは、頭を下げるヒカルを見て、いきなりそんなことを要求した。
「ああ。特に無理を聞いてくれて、ありがとう。しかし、随分と不機嫌だねえ?」
「帰る前に調整してもらおうと思ったら、散々文句を言われました。死ぬ気か、正気かと。ああもう、それはそれはネチネチと。あれなら、帰ってからキリウに頼んだ方がマシでした」
 なんて嫌味な、なんて分からずやな。愚痴りたい気分であったが、全部自分に返ってくるので、アブソリュートは自重した。
「まあまあ。よし、これで三人揃ったわけだ。帰る準備は出来ているな? 機械の起動は助手に任せている。帰還のポイントは、この世界にワープした時に居た場所で。だいたい、同じ所に出るようにするから」
 この世界のアブソリュートであるヒナタは、ヒカルの優秀な助手ということになっていた。オウルガールとボーイに説明すると、また色々と面倒くさいことになる。転移装置やアブソリュートの手術も行える、正体不明で優秀な助手だ。
「ああ。それでOK!」
「私も問題ない」
「ここに来た時の屈辱を思い出せば、別に何処でも。ん? そういえば、あの足手まといのご令嬢は? 邪魔すぎて放り出しましたか? 金以外役に立たない人間なんで、ウチの世界的にも要らないですけど」
 ふいに、アブソリュートの姿が消えた。帰還の一番手となったのは、彼女だった。
「何故先に戻した?」
 アブソリュートに飛びかからんとしていたオウルガールを、ボーイが羽交い締めにして必死に止めていた。光速の羽交い締めだ。
「いや……アレ以上突っ込まれて、お前さんの正体がバレてもいいんなら」
「大丈夫だ。此方のアインを殴りまくることで、人の記憶を消去する術を学んだ」
「アレ機械だから! スタンガンでタコ殴りにしたら、人は死ぬから!」
 二人のバレット総がかりで、オウルガールのツノを収める。ある意味、バレットとボーイの初共闘シーンだ。
「まあいい。帰ってから、痛めつければいいことだ」
 どちらにしろ、この世界にいる間は休戦協定を結んでいたのだと、オウルガールは納得した。帰ってからの反動が、恐ろしいことになりそうだが。
「あー、そうしてくれ。あくまで、ヒーローのルール内で。よし、次はノゾミだ。順繰りだぞ、順繰りー」
「こっちの世界に丸投げかよ……でもヒカル兄さん、俺達が行っちゃってもその、大丈夫なのか?」
「ん? ああ、こっちの世界のことね。なあに、なんとかなるさ。元々、既に世界を揺るがすような能力を持つ連中は、殆どゴールドに狩られ済みだし。生き残りのアインとセントも、どうやらもう、まともに動ける状態じゃあらしい。この世界は、超人のいない世界になる。それだけさ。ああ、精神的ね。精神的に、恐怖で動けない。お前らが、殺っちゃったわけじゃないから」
 なお、大やけどで病院に担ぎ込まれたインパクトは、存在自体を忘れ去られている。少なくとも、ヒカルの言うところの超人にはカウントされていない。
 このままゴールドがただ死んで、アインやセントが支配を引き継いでしまうよりはずっと良い。この先、この世界がどうなるかは分からないが、おそらくそれは、二人のヒーローとヒロインの意思では、どうにもならないことだ。
 ひょっとしたら、ゴールドを満足に死なせてやっただけで、抑圧されながらも平穏だった世界を、かき乱してしまっただけなのかもしれない。答えを知るだけの時間は、無い。
 だが、彼らオウルガールとバレットボーイが、敢然と悪に立ち向かう様は、多くの人々の目に映った。正しいヒーローの姿が人々の心に焼き付いていれば、多少はマシな流れに向かう。そうであってほしいし、多少信じてもバチは当たるまい。
「そうだなあ、またやばくなったら……呼ばせてもらっていいか?」
「それでもいいけどさ。ただし、今度は都合を聞いてからにしてくれよ? 兄さん」
 アブソリュートに続いての帰還者、二番手としてボーイが消えた。
「最後は私か。先程も言ったが、良い経験をさせてもらった。何より、お前の顔は懐かしかった」
「俺もだよ、オウルガール。いや、タリア。数年の誤差がある筈なのに、俺と違って君は変わっていない」
「そうだな。私は、変わらぬことに固執しすぎていた。だから、歳をとっても、オウルガール。ガールなんて、年不相応な名をずっと名乗っていた。死人が、帰って来る筈が、ないのにな」
 オウルガールとヒカルは同時に手を差し出す。二人は、固く手を握り合い、別れの挨拶とした。お互い、姿形や存在が一緒でも、それぞれ共にいた者ではないのだ。両者ともに、納得できぬ悲しさを、理解してしまっていた。
「ありがとう。おかげで色々吹っ切れた。奥さんを大事にな」
「気づいていたのか?」
「当然だ。私は、名探偵とも呼ばれた女だぞ」
 何故かやりきれない顔を垣間見せ、オウルガールも二人に遅れ、自分の世界へと帰っていった。

more

オーバー・ペネトレーションズ#3-6

 アブソリュートが作った氷の防壁を、セントの硬貨は突破することが出来なかった。逆に、セントが硬貨で作った防壁は、アブソリュートの火炎に耐えられなかった。
「ふうむ。これはまいったね」
 こんなことを言いながらも、セントは余裕綽々だった。見栄にしては、やけに実がある。
「降伏すれば、同じ悪役のよしみで、半殺しですませてあげます」
「おお。怖い、怖い。だがアブソリュートよ、貴殿が死んでいるうちに、このような物が出来たのだよ」
 セントはなんと、懐から紙幣を取り出した。まさか、紙幣を汚らしい紙と言い切る男が紙幣を持っているとは。しかも、取って置きとばかりに出してくるとは。ついでに言うならば、紙なんてものは、良く燃えるのだが。
 超能力で操られた紙幣は、氷の防壁を容易く破壊した。更に紙幣は、アブソリュートの火炎を完全に防ぎきった。紙幣の嵐に防壁ごと切り裂かれたアブソリュートは、地面に角が刺さっていた紙幣を拾い、自分の勘違いに気がついた。
「金属!? 金属製の紙幣ですか、これ!?」
 あまりに馬鹿らしい、そもそもコレを紙幣と呼んでいいものか。紙のように薄く作られた、金属製の板。紙幣型の硬貨とでも呼んでやればいいのか、とにかく馬鹿らしい。なにより、セントの肖像画が刻み込まれているのが、最も馬鹿らしい。
「我輩がゴールド様に従った理由はこの極限の金属紙幣よ! ゴールド様は、この紙幣を作るためのバックアップだけでなく、流通の手はずまで整えてくださった! いくら造形が優れていても、流通せねば貨幣にはならぬ!」
 見れば流れ弾ならぬ、流れ貨幣を野次馬が争い奪い合っている。彼らの必死さや貨幣に刻まれている数字を見る限り、流通どころか、おそらく世界屈指の高額貨幣だ。
「なんかもう、バカですか。みんなバカなんですね」
 この金額ならば、切り裂かれたコスチュームの修繕費に十分足りる。思わずそんなことを考えてしまった自分も含めての、アブソリュートのバカ負けだった。

 アインは、チェーンソーに変形した自身の両腕を振るう。蠢く刃を、なんとオウルガールは拳でさばいた。接触する度に起こる電撃が、アインのチェーンソーを焼き切った。
「アイン対策は万全。なんてことが言いたそうなツラだな、おい!」
 オウルガールのナックルには、高電圧スタンガンが装備されていた。電撃を纏ったパンチは、アインの鋼鉄の身体と内部部品にダメージを与える。
 無表情を装いながら、オウルガールはこの世界の自分に感心していた。この装備は思いつかなかった。あちらの世界に帰ったら、早速導入しようと。
 アインの火力を恐れぬまま、オウルガールは一心不乱に殴り続ける。
「こ、コイツは……これだから苦手なんだよ! しょうがねえ、奥の手だ!」
 脚部が展開し、ジェット噴射で空を飛ぶアイン。逃がすものかと、マントを広げたオウルガールの動きが、唐突に固まった。
 広場に設置してある、クイックゴールドの巨大石像、そんな趣味の悪い石像の胸部がぱっくり開いている。穴に見えるのは、明らかに石製ではないメカニカルな輝き。空飛ぶアインは、怪しげな石像の穴に、自らの身体をはめ込んだ。
 開いていた胸部が閉まり、石像が大きく揺れる。石の外装にヒビが入り、石像の中に隠されていた物が姿を現した。
「見たか! オレ様の最強ボディ! こいつがありゃあ、テメエなんざグッチャグチャのペシャンコよお!」
 自由の女神サイズの巨大アインが、ゆっくりと動き始める。意味もなく石像を建てたとは、初めから思っていなかったが、この中身は想定出来なかった。
「……頭が痛い」
 この程度の頭痛や予想外は、逃げ出す理由にならない。逃げ出す市民を背に、オウルガールは巨大アインめがけ構えた。

 山を越え谷を越え、僕らの街も越え。海ですら走り抜けるボーイとゴールドにとって、地球は平地と変わらなかった。二つの光速の輪が、地球を何度も囲む。
「破壊、硬貨。あの二人の純愛は理解が出来る。だからこそ、途方もない夢を叶えてやった!」
「お前が愛しているのは速さか!」
「俺の手元に残ったのは速さだけ。ならば、速さに全てを捧ぐしかないだろう!?」
 走りながらも、時折殴りあう。言葉と拳をかわしながら、二人は走り続ける。
「世界同士、自分同士の最速決定戦。悪くない、勝てそうなのだから、更に悪くない」
 光速と語るしかない速さ、言葉に出来ぬ速さであったが、二人を比べた場合、ゴールドの方が僅かに先行していた。全てを速さに投げ打ったと言っているだけあって、彼の走りは洗練されている。更に、彼にはボーイに無い武器があった。
 ゴールドの両腕部から、殺傷力の高そうなブレードが姿を表した。
「ありかよ!?」
「悪いが俺は、なんでもありだ」
 慣れた動きで、ゴールドはブレードを振るう。大きく身体を動かしボーイは回避に成功するものの、当然体勢は崩れ、速度も僅かながら遅くなる。
「そして、これで終わりだ!」
 ゴールドは片方のブレードを、もう片方のブレードで叩き斬る。割れて地面に落ちたブレードが、脇を遅れて走るボーイの足元に落ちた。ブレードを避けるものの、足がもつれてボーイは転んでしまう。しかしボーイはここで無理に立ち上がらず、転がり続けた後、自然な動きで戦列に復帰した。
「なんという収拾力……」
 勢いを殺さず転がり、めげることなく立ち上がり、走り続ける。動きもガッツも、大した物だ。
 自分がほくそ笑む間もなく復帰したボーイの姿に、ゴールドは半ば感心する。ブレードを落とす動作とこの驚きのせいで、再び二人は横並びとなってしまっていた。
「お前、アインはともかく、キリウやオウルガールは知らないんだろ!?」
 殴りかかりながら、ボーイが聞く。
「キリウは知らん! オウルガールは、バレットの情けなさの原因だろ!?」
 ゴールドはボーイの殴打を捌きながら答える。彼にとっての二人は、見たこともあったこともない、軽い存在だった。
「そうだろうなあ。キリウと競って、オウルガールに絞られりゃ、これぐらい誰でも出来るさ!」
 ボーイの一撃が、ゴールドの頬を捉える。ゴールドは歯を食いしばり、揺らぐことなく耐え切った。横並びの状況は、何ら変わらない。
 自らを縛る枠をぶち壊すことで、新たな可能性を手に入れたクイックゴールド。
 枠の中で必死に耐え続け、自らを高め続けたバレットボーイ。
 二人のスメラギ=ノゾミは、互角のまま、地球を回り続けた。

more