???

 夜のニューヨークを、赤が跳び回る。
 舌打ち。歓声。つばを吐く。手を振る。
 見た人間のリアクションは様々であったが、誰もが彼から目を離せなかった。摩天楼を跳び回る、自称貴方の親しき隣人。スパイダーマンは今日もNYを跳び回っていた。サイレンを鳴らすパトカーを、ウェブスイングで追い越す。
「お先にー。頭上の失礼、彼らは僕が捕まえておくから勘弁して欲しいな」
 スパイダーマンも警察も、同じ車を追跡していた。
 真昼の銀行に真正面から装甲車で乗り付け、金庫の中身全てを奪っていった銀行強盗団、その名をシニスターシックス。
 シニスターシックスがスパイダーマンを恨む最強の敵が組んだ巨悪の集団、だったのは昔の話。今は、衝撃を操るショッカー、飛行可能なコスチュームを着たビートル、高速で走るスピードデーモン、ブーメランの妙手であるそのものズバリなブーメランといった、多少路線が変わった悪のチームとなっている。身近というか、微妙というか。
 そして今回の犯罪に使われた装甲車を作り上げたのは、どんな乗り物でも容易に改造してしまうオーバードライブ。以上5名が、現在のシニスターシックスである。なお、シックスなのにメンバーが5人なのは「一人足りないほうが、最後の一人は誰なんだ!?って想像を膨らませられるだろ? ひょっとして最後のメンバーはドクター・ドゥーム!? ドーマムゥ!?なんてさ」という、彼らなりのイメージ戦略の結果である。決して、決してメンバーが見つからなかったわけではない。
「さて、スパイダートレイサーの反応はと。ああ、そこの角の先で止まっている。ひょっとして、発信機を捨てられた? それとも待ちぶせか」
 警察を随分と追い越したスパイダーマンは、スイングの最後に大きく飛ぶと、ひび割れた古いアスファルトに着地した。何が起こってもいいよう、構えもしっかりとっている。
「注意しておいて、悪いことはない。なら待ち伏せのつもりで! さあ来い、シニスターファイブ!?」
 角を曲がった先の光景を見て、絶句するスパイダーマン。何が起こっていいと身構えてはいたが、この状況は、予想だにしなかった。
 裏道へと繋がる、人通りの元来少ない通り。キルト製のコスチュームの至るところが食いちぎられているショッカー。傾いた街灯に引っかかっているビートル。壁にめり込んでいるスピードデーモン。自身のブーメランで地面に縫い付けられているブーメラン。ロープで縛られ転がっているオーバードライブ。戦闘能力を失ったシニスターシックスを、真っ二つに寸断された装甲車から出た炎が照らしていた。
「凄いな、色々と。でも誰が?」
 確かに最近(笑)な扱いを受けているシニスターシックスだが、決して弱いわけではない。性根が三下気味なだけで、今のメンバーも能力的には十分な物を持っている。ぽっと出の新人が、こうして無残に叩きのめせる存在ではないのだ。そして、見事に二つに割れた装甲車。対超人用の対策が施されているであろう装甲車を、ああも見事に斬れる能力者。ついでに、ショッカーのコスチュームの惨状からして、鋭い牙も持つヒーロー。顔の広いスパイダーマンでも、心当たりの無い存在だった。
「ば、バケモノだ……トカゲのバケモノだ……」
 衝撃吸収用のコスチュームの至るところがほころんでいるショッカーが、うわ言のように何やら呟いている。
「え? リザードにやられたのかい? 君たち」
「ち、違う。もっと、スマートで、マダラで、あんなの見たことが……無い。車で猫を跳ねそうになった次の瞬間、ビルの上から降ってきて、ベルトが光ったかと思ったら、あっという間に俺たちシニスターを……!」
 これだけ言って、ショッカーは意識を失う。コスチュームは大惨事だが、ショッカーの身体自体にはあまり外傷は無かった。
「ああもう、警察につき出す前におしえてもらうよ? 君たちは、いったい、誰に、やられたんだ!」
 意識があるのだろう。ピクピクと若干動いている他のメンバー全員に聞こえる大声で、スパイダーマンは尋ねた。
「強くて……」
「ハダカで……」
「速い……」
「奴……!」
 全員がそれぞれ一言だけ言った所で、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
 何もしないまま片付いたのはいいが、どうにも釈然としない。スパイダーマンは、マスクの上からポリポリと頬をかく。
「つまり、ケイザーみたいな裸の野生児で、リザードとは違ったトカゲ? よく分かんないけど、そのコンクリートジャングルにやってきたターザンに一度会って、お礼を言いたいね。手間を省いてくれたわけだし」
 このスパイダーマンの願いは、やがて数日後、思いもよらぬ形で叶うこととなる。新たなトモダチとして、新たなフレンズとして――。

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デッドプール チームアップ! 艦隊これくしょん~艦これ~ その3

前回

 

デッドプール「強い、デカい、ビッグセブン!」
長門「どうにも小馬鹿にされているような気もするのだが、ここは褒められていると受け取ろう」
デッドプール「艦隊の鉄壁にして大火力、アベンジャーズで言うなら……ハルク。長門はハルクだぜ!」

天龍「あれ? デッドプールは?」
長門「あの全主砲斉射に耐えられたのなら、そのうち漂着するだろう。本調子でないのに、余計なことをしてしまった」

Hulk(意味):廃船の船体、大きくて扱いにくい船、不格好な船、ばかでかい人

 

「鎮守府復興はスカウトから!」
「どういうことだよ?」
鎮守府の廊下を並び歩くデッドプールと天龍。意気揚々と先行して歩くデッドプールの様は、数時間前まで頭と胴体の半分が消し炭になっていたとは思えない姿だ。
「例えてみよう、俺ちゃんはある日ピザを頼みました。ピザ配達員が来るまで部屋で小銭入りの瓶を抱きつつのんびりしていたら、誤報によりパニッシャーが部屋に来襲、飛び散る血漿、飛散する小銭、詩人は警官隊の銃弾に倒れ、犬はワンワンと吠え、猫はニャーニャーと鳴き、そしてコウモリは黙して語ることがなかったのであった!」
「おい。その詩人や動物たちは何処から出てきた?」
「俺ちゃんの言葉だけは、風にのるのさ。でまあ、色々あって街の一区画が灰になった後、ピザ屋が来るわけですよ。さて、払うつもりだった小銭は瓶ごと消し炭となった。ピザ食べられない、俺ちゃんのライフプランはここで崩壊! 人生真っ暗。ああ、あの思わぬ事故がなければ!」
「食べ物一つで、真っ暗になるのかよ、お前の人生……」
純粋なのか安いのか、良く分からない人生だ。
「で、なんの話だったっけ?」
「ここまで話しておいて、ソレかよ!?」
意味があるように見えて、実は意味が無い。逆もまた然り。つきあってしまった天龍は悪くない。正しいデッドプールとの付き合い方を熟知しているのは、世界広しといえども、未来から来た傭兵ぐらいのものだ。
「ああまあ、つまりはね、ここの鎮守府は今、物資が無くてカツカツ。というか、当て込んでいた収入が無くなって火の車。出れるのは、燃費のいいテンルーちゃんや駆逐艦ぐらい! でも、でも! 駆逐艦の大半は今、遠征から帰れない状態。帰ってくるのを待っていたら、破綻しちゃう! だから、状況を一変させられる臨時艦隊を作りましょーと。残っている連中、癖があったり、燃費が悪くで出せない連中ばっか。なので、早急に新たな駆逐艦が必要って、カンペに書いてあるよ?」
「あるよ?って言われても……だいたい、理由はわかったけどさ」
「いきなり近海に湧いてきた深海棲艦の謎を解明しないと、下手すりゃ遠征期間組が狙われちゃうし。だから、遠征組はみんな待機で帰ってこれないと。俺ちゃんたちは、特命艦隊として解決に挑む! 旗艦でエースは、当然テンルーちゃんで」
「だから、て・ん・りゅ・う! でも、いい響きだよなーエースって。この最新鋭の装備を腐らせずにすむってだけで、ありがたいぜ」
実はあまり最新ではない己の装備を、天龍は嬉しそうに撫でた。
「というわけで、オレちゃんは長門の手助けの結果先行して海に出て、新たな戦力を連れてきた。世間では漂流とも呼ぶがシャラップ!」
「え? いやスカウトって、普通俺たちが海に出て」
「座しているだけの提督なんてもう古い。非暴力に用はない! 平和の道は血祭りの道、逆らう奴は地獄に叩き落す! これがオレちゃんの提唱するガンジー2。じゃなくて、真提督スタイルだ。オレちゃんは、戦場に橋を掛けに行く側なんだよ!」
死にかけて漂流していたヤツが、勢いだけは偉そうなことを言っている。
大きな扉の前についた二人、この扉の先は、外海へと繋がるドックであった。重々しい扉が、ゆっくりと開いていく。
「紹介しよう。鎮守府の新たな仲間、スティーブとバッキーだ!」
「ヲ級とイ級じゃねーか!」
鎮守府の入り口にして急所に、なんか敵が入り込んでいた。露出度の高い少女の上に、クラゲのような物体を乗せた空母ヲ級に、魚雷に目と剥き出しの歯をつけたかのような怪物然とした駆逐艦イ級。艦娘どころか、バリバリの深海棲艦である。
そもそも、近海に何故かいる、場所に不釣り合いなヲ級みたいな連中をどうにかしようという話ではなかったか。
「ぷかぷか浮いているオレちゃんによってきて、がじがじ甘咬みした後付いてきてね。なんとも感動的な出会いだろ?」
「エサと思われていただけじゃねーのか」
「こっちの駆逐艦バッキーは、改装するとソ連艦になって、改二になるとアメリカ艦になってスティーブの互角と性能になる出世頭なんだぜ? 響みたいなんだぜ?」
「だぜ?って言われても知らねえよ! こちとら、まだ改二も無いんだ!」
「ヲ……ヲヲ……」
ヲ級の口から、特徴的な鳴き声が漏れる。
「おいおい、スティーブが驚いてるじゃないか。ついこの間まで、氷山の中で眠っていたせいで、まだ頭ボヤけているんだぜ?」
「北方海域生まれなのか? とにかく、帰ってもらえ。アンタなら言葉通じそうだし、穏便に」
「ワオ、意外。ここで決着をつけてやらぁ!ぐらいのこと言うかと」
「ここは鎮守府だからな。戦いは、外でやるべきだし、決着は戦場でつけるべきだ。お前らも、他の連中に見つからないうちに早く出て行け。ま、外で会ったら容赦しないからな?」
シッシッシと追い払うように手を動かしながらも、その表情は困惑で、嫌悪感は無い。好戦的かつ強さを誇るように見えて、独自の優しさとおおらかさを持つ。総じて評するなら、天龍とは男前な艦娘であった。
イ級もヲ級も、天龍の意を察したかのように、静かに退いていく。デッドプールが話すまでもなかった。
最後にヲ級が、絞りだすようにして言葉を発した。
「……テンリュウ……マイフレ」
「それは止めろ。マジで」
「バイバイ バタフリー! 今度また戦場で会おうぜ! トーチにトロ!」
「名前変わってるじゃねえか!」
ここに至って、どうにも忙しい天龍であった。

デッドプール チームアップ! 艦隊これくしょん~艦これ~ その2

前回

 

鎮守府で最も重要であり、艦隊を率いる頭脳の役割を果たす場所。それが、提督の部屋である。この部屋の決断が艦隊の方針を定め、強いて言えば艦娘の人生をも左右する。聖地となるか地獄の門となるかは、提督次第である。
秘書艦となった天龍の目の前では、聖地でもなく地獄でもなく、口憚られる何かに変わろうとしている提督の部屋であった。
「ウィーウッシュアメリクリマス♪ ウィーウッシュアメリクリマス♪」
クリスマスのテーマソングを口ずさみながら、檜風呂できゃっきゃと遊んでいる謎の赤い男。登場時にあったケーキがあるならまだしも、何処からか持ってきたアヒルちゃんで遊んでいる時点で何がしたいのかさっぱりわからない。そもそも、この不審人物は、何故提督の部屋で我が物顔で遊んでいるのか。
そもそもあの檜風呂、高額かつ家具職人が居ないと貰えない物なのに、勝手に作ってしまっていいのだろうか。
「アンドハッピーニューイヤー!」
「痛てえ!」
叫ぶ天龍。油断していたら、濡れた温い節分用の豆を顔面に投げつけられた。結局、何時やねん今。
「ども、恐縮です、デッドプールですぅ! 一言お願いします!」
「はあ!? うーうんと、お、俺の名は天龍、怖いか?」
「えーと、バスタオル、バスタオル」
「無視かよ!?」
身体を拭いた後、提督の白い軍服を着たところで、謎の変人は己の名をようやく名乗った。何故か、カタコトである。
「えー、この度は、ワタクシことデッドプールが臨時で提督に就任することとなりました。よろしくおねがいします、テンルー=サン」
「て・ん・りゅ・う! 天龍だからな、テンルーじゃなくて! って、提督!? お前が!? アイツ、何処行ったんだよ……」
「いやねえ、先日、急な襲撃で、物資ヤバくなったじゃん? 今、鎮守府カツカツだからさ、提督の座をオレちゃんに任せて、外に行っているわけよ」
「外って、補給要請をしに、直に司令部に?」
「いや。クレジットカード無いから、コンビニにウェブマネー買いに」
「どっちも聞いたことねえし!?」
コンビニにウェブマネー、天龍の聞いた記憶のない二つの単語であった。
「この二つの単語の意味が把握できるなら、きっとソイツはオレちゃんの領域に辿り着けるのだろう。さっきドックで見た、あの自称アイドル。オレちゃんに一番近いのはアイツかもしれん。ゲームだって、分かってやがるからな……末恐ろしい」
「よく分かんねえけど、辿り着かない方がいいのはなんとなく分かるな」
天龍は、本能で危険性を察した。
「とにかく、提督が不在の間は、オレちゃんが提督と! まあアイツもさ、オレちゃんが飽きたら……じゃなくて、やることやったら、帰ってくるって!」
会話中、バタンといきなりタンスの扉が開き、中から白袋が転がり出てきた。口がしっかり紐で締められた袋は、もぞもぞと動いている。まるで、人一人ぐらいなら入れそうな、大きな袋だ。
「な、なんだよソレ?」
「あーうー……そうそう、豚、豚。赤城の夕飯としてね、着任の差し入れに! 決して、人が入っているとかじゃないから! 提督は、外にいるから!」
「いやー、それは無理だぜ?」
「だよね! よし! テンルーちゃん殺して、オレちゃんも死ぬ。なあに、後でよみがえるし、オレちゃん的には問題なし! 一種のリランチ!」
「豚一頭ぐらいじゃなあ。赤城じゃおやつがせいぜいだぜ」
「そっちか! その辺りは、おいおい考えよう! この事は、シリーズ終了あたりまで忘れていてね!?」
白袋を無理やり担ぎあげたデッドプールは、動く白袋を元のタンスに押し込んで、今度は錠前で鍵をしっかりと掛けた。
「話を無理やり変えると、今、鎮守府は未曾有の危機です。謎の襲撃者をどうにかしないと、ご飯も食べられないと。代理提督とはいえ、なんとかしなきゃ!という使命感に燃える真面目なオレちゃん。キャー、カッコイイ。というわけで、テンルーちゃんを、秘書艦に任命します! パチパチー」
「悪りぃ。断る」
「え!? この流れで!? どうせ行数無駄に増えるだけだから、ここはウンと言っておこうぜ!? 容量削減!」
手拍子どころか途中カッコイイポーズまで取ってしまったのに、ソレはないだろうと、必死で食って掛かるデッドプール。天龍は申し訳無さそうに、そして若干照れくさそうに頬をかく。
「期待してくれるのはありがたいよ。でも、ここの鎮守府の提督はお前じゃなくてアイツなんだ。未曾有の危機なら、アイツはきっとすぐに戻ってくる。そういうヤツなんだよ、ウチの提督ってさ。だから、お前には悪いけど、きっと今秘書艦になっても、三日天下ってやつさ……うるせえなあ、ソイツ」
ガタガタと、先ほど袋を入れたタンスが揺れていた。
「このSSの更新速度なら、確実に三日以上は持つと思うけどな。そういうことなら、残念だけど諦めるかー。きっとテンルーちゃんなら、この間、一緒に色々した“死の天使”ばりの相棒になってくれると思ったんだけどなー」
ぷーと残念そうに頬を膨らませるデッドプールの言葉を聞き、天龍のケモミミに似た頭飾りがぴくりと動いた。
「人類最後の秘密を知る不老不死の探求者」
ぴくぴく。
「二次元として三次元で生きる、次元の超越者」
ぴくぴくぴく。
「息をする事が恐怖となる女」
ぴくぴくぴく!
「体重自由自在」
「あ。それはカッコよくない」
飾りが、ピタリと止まった。
「オウシット。まあこんな感じでね、オレちゃんと組むと二つ名とかついてきちゃうかもしれないのよね! でもねーテンルーちゃんはこういうの嫌いみたいだしなー。代わりに木曽にでも」
「ちょ、ちょっと待った!」
「えー、もういいわ。木曽は改2までいけるし、実はあの海賊キャプテンキャラのほうが、今後のこのSSの展開的には」
「分かった! 頼むから待ってくれ! たとえ三日でも、全力投球することは悪くないよな。秘書艦として、頑張らせてくれよ」
異名の存在は、天龍の心底にある中二心をドキュンと刺激していた。心底にあるわりには、普段からダダ漏れな中二心だ。
「そこまで言うなら、使ってやらないこともないぜ。テンルーちゃん」
はっはっはと、鷹揚に振る舞うデッドプール。喜ぶ天龍に気付かれないよう、小声でつぶやく。
「メンバーの異名や宿命だけはカッコいいよな、グレイト・レイクス・アベンジャーズ
ヒーロー史上最も権威のないチームであるGLAの補欠メンバーでもあったデッドプールは、強いけど残念な正規メンバー達に、初めて感謝した。

 

次回

デッドプール チームアップ! 艦隊これくしょん~艦これ~ その1

事件は、主力艦隊の帰港間近、鎮守府近海にて発生した。
「Shit! 提督に貰った大切な装備がッ!」
「下がれ、金剛!」
中破した金剛の前に、長門が割り込む。己の肉体と重装備で金剛を攻撃から庇うものの、長門自身もあちこちに損傷を負っていた。
「長門型の装甲は伊達ではない……と言いたいところなんだがな」
全ての艦娘が満身創痍であり、弾薬も枯渇同然。これが、艦隊の現状であった。装甲や弾薬は、出征先の西方海域で使い果たしてきた。戦果や得た資源を曳航し、後は帰るのみ。この段階、作戦達成間近で、有り得ぬ敵が仕掛けてきたのだ。
せいぜい深海棲艦の駆逐や軽巡しか存在しない鎮守府正面海域。ここで疲弊した艦隊を待ち構えていたのは、戦艦や空母に分類される、強敵たちだった。万全なら勝てる相手でも、今の状況では、もはや生き延びるのが精一杯だ。
「警備の手抜かりで済む話ではない。いったい、海で何が起きているんだ!?」
旗艦である長門の叫び。海からの返答は、まるで怪物の鳴き声のような、深く重い音であった。

 

入渠と遠征により、人の気配が薄れた鎮守府。そんな建物、廊下のど真ん中を堂々と歩く艦娘が居た。
何やらメカニカルな髪飾りは、狼の耳でも模しているのか。身体の線にぴったりと張り付いた黒基調ネクタイ付きの制服は魅力的だが、迫力を感じさせる左目の眼帯は添え物としては強すぎる迫力を醸し出していた。
自らの名を冠するカテゴリー、天龍型軽巡洋艦の一番艦、天龍。それが彼女の名前であった。
「いやー……遂に出番が来たかぁ。でも、喜んでいられる状況じゃないな、アイツにナメられないよう、しっかりとしないと」
現在、鎮守府は危機的状況にあった。近海に居るはずのない、謎の深海棲艦による襲撃で、主力艦隊は大きなダメージを追った。幸い撃沈は避けられたが、大破続出の上、持っていた資源物資の大半を持って行かれてしまった。修繕に使う物資もあって鎮守府は急遽火の車に。
資源を得るに最も簡単な手段は軽巡洋艦と駆逐艦による遠征、本来天龍はこちらに回されている人材であり、当然早急に遠征に向かうこととなる。と周りも本人も思っていたのだが、今回、遠征に行くよう指示され、駆逐艦の面倒を見ることとなったのは姉妹艦の龍田だった。それだけでなく、空いた天龍は、指揮官である提督が最も信頼し、最も近くに居る秘書艦に任命された。
危機的な状況の中での、秘書艦就任。これはどうにも、提督からの期待を感じざるを得ない。あまり喜ばしい状況ではないが、期待されていると思うと、どうにも嬉しいものが湧き出てくる。複雑な、心持ちであった。
顔を何度も叩き、緩みそうな顔を引き締める。
「天龍、秘書艦、着任したぜ……?」
提督の部屋の扉を開けた天龍を出迎えたのは、提督ではなく、バカにデカいケーキであった。段々の洋風なバースデーケーキ。鎮守府の巡洋艦全員で食べても、中々難儀であろう大きさのケーキだ。
「なんだコレ? 長門の注文品? それとも赤城のおやつか?」
疑問符ばかりの天龍の耳に、妙な音楽が聞こえてくる。妙にテンポよく、妙に艶かしい、聞いたことのないミュージック。そんな音楽のリズムに合わせて、部屋の真ん中にあったケーキが割れ始めた。
ドンドコドンドコ、ズンズンズン。ケーキの中から現れたのは、赤いマスクを被ったビキニパンツ一丁の男であった。リズムよく腰を振り、ケーキの中から徐々ににゅっと出てくる。
「ハァッ!」
ケーキが完全に割れ、ミュージックが終わったところで男は決めポーズを取る。汚い肌と尻が、どこからともなくいつの間にか出てきたスポットライトで照らされている。
動けない天龍と、しばし目の合う謎の男。ただの不審者ではなく、超弩級の不審者。衛兵隊を呼ぶにも、どう説明すればいいのか。
ドンドコドンドコ、ズンズンズン。再び聞こえてきたミュージックに合わせ、男はケーキの中に戻っていく。全て逆回しのように、割れたケーキも再び閉じようとしていた。
「待て! 戻るな……いや、また出てこられても困るけど! とにかく、俺に何が起きたのか説明しろ!」
言われた方も困るぐらいの困惑さを隠さぬまま、天龍はひとまずケーキの割れ目に手をかけた。
この謎のストリッパーもどきであるデッドプールが、臨時に鎮守府提督となったと知らぬまま。

 

後に、ここから始まる一部始終を聞いた、天龍の姉妹艦である龍田は語る。
「天龍ちゃんでよかったですね~。私だったら、きっと出会って早々、もいでましたし」
何処を? 何を? その時の龍田には、詳細を聞けぬ迫力があった。

 

次回

うかんじゅ

 昔一度、この家に来た時はもっと綺麗だった。こんな風に、庭が雑草で埋まっていたりはしないし、散水用の蛇口も錆びていなかった。
 駆けまわるのに不自由しない広い庭、今だけではなく数十年後のことも考えた間取りの邸宅、駅にも学校にもスーパーと生活に必要な物は徒歩圏内にある立地、たとえ主の人となりを知らずとも、家族への深い思いが伝わってくる家だ。
 かつてこの家に住んでいたのは父親と妻と息子、そしてペット一匹。今住んでいるのは、以前と同じ父親と同じペット、もとい父親と一匹の息子だ。
 ため息を隠さず、玄関の戸を開ける。中では既に、スタッフが忙しなく働いていた。作業服の人間が駆け回っているだけで、考えぬいて作られたファミリー住宅が、一気に非現実的なセットか何かに見えてくる。
「一階の調査終わりました」
 女性スタッフの一人が、声をかけてきた。
「ああ。そう」
「……」
 気のない返事を聞いた彼女は、少しだけ不機嫌そうな顔をしたまま動かなくなった。
「?」
「指示をお願いしたいのですが」
「ああ、そういえばそうだった」
 責任者は、今日から自分になったのだった。寝室に繋がるふすまを手荒く開ける。主の寝室に引かれた布団の上に、大きな卵が転がっていた。
「この卵、どうしますか?」
 かつての責任者、自分の上司でもあった男の卵を、彼女は汚物を見るような眼で見つめていた。
「いや。ちょっとこのままにしておいてくれ」
 家族が居る限り、自分が美少女の誘惑に転ぶことはない。息子が連れ去られ、妻が自殺して、残った犬を家族と思い込んでいた上司。
 ちなみに現在、犬は行方不明。このように、家族が行方しれずの状態で父親が美少女の誘いに乗るかと言われると……結構誘いに乗った事案が多いのはさて置いて。性欲を完全に家族愛に置き換えていた狂人がこの状況でなびくとは到底思えない。
 家の獣臭に、糞の状態から見て、犬が居なくなってから、そんなに時は経っていない。家族の長い不在から心身衰弱で魔が差す段階とは言えないだろう。
 いったい何故上司は、誘惑に負け卵になってしまったのか。それを知ることは、残されてしまった者の義務に思えた。

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