ヘビィガンナーの憂鬱

 湯けむりで曇るから、ユクモ村と言うのであろうか。集会浴場やあちこちの温泉は、村の人やハンターで常に埋まっている状態。皆、和気藹々と世間話や情報交換を重ねている。
 そんな明るく煙る村で、部屋の戸や窓全てを締切り、僅かな明かりだけで作業している人間がいた。今の彼女にとっては、煙も喧騒も、作業を邪魔する雑事に他ならない。
 太刀の刃に砥石を滑らせ、ほんの僅か、窓の隙間から差し込んでくる光を反射させる。質も良く手入れも行き届いた太刀は、実用品ながらも美術品では出せない、重厚と戦歴に満ちた美しさを思うがまま放っていた。
 太刀を鞘に仕舞い、部屋を覆っていた暗幕を外す。部屋の床は、様々な武器で埋まっていた。片手剣、大剣、ランス、ガンランス、狩猟笛、双剣、スラッシュアックス、ライトボウガン、ヘビィボウガン、弓。ハンターが使うべき武器が、至る所に並んでいる。笛やランスの数が少なく、二種のボウガンがやけに多いのは、持ち主の趣味か。
 自分が所持する全ての武器の点検を終えた彼女は、こう結論づけた。
「ポッケ村とユクモ村、現状武器の技術においてはユクモ村が一歩リードしている。だが、しかし」
 急に落ちる声のトーン。先程までは武器を冷静に分析してたであろう口調だったのに、急に恨みや怒りを感じさせる、怨念溢れる重い口調に変わった。
「ボウガンの技術においては、残念ながらポッケ村の方が優れていると言わざるを得ない。なんて、悲しい話だろうか。これは、悲劇だ」
 彼女の名はヘイヘ。かつて、ヘビィボウガンを友とし、雪深きポッケ村で数々の怪物を狩猟してきた、純粋たるガンナーだ。そんな彼女にとって、優秀なユクモ村の装備群は屈辱的な品揃えだった。
 友であったヘビィボウガンの運用を諦め、ライトボウガンに転向したという事実も、彼女の妙な恨みを加速させていた。

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バレンタインの貯古齢糖

 仕事から帰ってきた姉さんは、三種のチョコレートをコタツの上に投げ出すと、僕が一人でヌクヌクとしていたコタツに冷たい足を遠慮無く突っ込んできた。
「チョコレート三銃士を連れてきたよ」
「チョコレート三銃士!?」
 その上、平然とワケの分からんネタを振って来る、我が姉。
「まずは最もポピュラーなチョコレート、ミルクチョコ」
『うっす、よろしく』
「大人の味がウリのチョコレート、ビターチョコ」
『頑張ります、よろしく』
「甘甘な風味と白さが特徴的なチョコレート、ホワイトチョコ」
『よっす、どうも』
 今日は2月14日、バレンタインデー。男性に女性がチョコを送り、愛を確かめ……まあ、有り体に言えば、チョコを介し、男と女の間に色々ある日に、いったいこの女性は何をやっているのだろうか。裏声まで使って、アテレコして。業務用のチョコがどっさり入った袋を、三つも持ってきて。
「姉さん。普通、ラーメン三銃士なんて、誰も分からないよ」
「うん、分かった。あんたは分かるから、チョコが貰えてないんだ」
 この人。一度、本気で痛い目にあわないものか。
「……ホワイト、貰っていいかな」
「わたしはビターで。肩身の狭い者どうし、仲良くやろう」
 コタツに当たりながら、親族二人でチョコを楽しむ夕暮れ。肩身の狭い者どうしならば相応しい、バレンタインデーの光景だった。

 ポリポリと、冷えたチョコを齧る。飾り気のないチョコではあったものの、どれも美味かった。最近は業務用も侮れない。
「どの店もバレンタインにかこつけて、大量に仕入れるから。仕入れる数が多ければ、相対的に値段も下がるし質も上がる。商売の基本だよ」
「明日になると、もっと安いよね」
「クリスマスの次の日における、クリスマスケーキのようにな」
 翌日のケーキは、クリームが固いのが珠に傷。なんだかんだで、日本人は甘味が大好きだ。古くからある和菓子に、途中参入してきた洋菓子。和洋が混じり合って新たな菓子が生まれ。日本は甘味大国と化した。
「そういえば、来たてのチョコレートは牛の血を固めて使ってると言われて、みんなに不気味がられていたんだっけ。もったいない」
「ああ、貯古齢糖の話か。牛の血を混ぜたチョコは、本当にあったんだぞ」
「え? ……ええっ?」
 姉はまた、唐突に変なことを言い出した。
「リトアニアのヘマトゲナス社が作ったチョコには、牛の血が入っていると記載されている。なんでも、モトは鉄分補給用の薬剤品として売っていたとか。確かに、牛の血には鉄分が多く含まれてそうではある」
「へえ」
 そういえば、コーラも昔は薬として薬剤店で扱われていたと聞いたことがある。薬物と食物、同じ口に入れる物として、類似性は近い。最近の薬には、食べ物同然の味がする物もあるわけで。
「そしてこれは別口の話。明治時代の日本には、本当に牛の血入のチョコレートが出回っていたんだよ」
 話は、いつも通りの怪しい方向へ向かおうとしていた。

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デッドプール チームアップ! 魔法使いの夜?編

 デッドプールは悩んでいた。
「親愛なる隣人、インクレディブル、世界一の名探偵、鋼鉄の男、クズリのチビ野郎……日本デビューを間近に控えた現状、親しみやすいキャッチフレーズがないのは、スゲエ問題なんじゃなかろうか!?」
 すげえ、どうでもいいことで。
「まいったなあ。今のうちにイメージを確立しておかないと、一人称がワガハイで、語尾が~である口調の、珍妙なキャラにされちゃうぜ! 俺ちゃん大ピンチ!」
「……あのお」
「そうだ! 親愛なるクズリなんてどうだろう! 世界一の隣人なんていうのもいいな! なんというか、言葉の意味はわからんが、とにかくスゴい響きだぜ!」
「もしもし?」
「よし、こうなったら銀河美少年デッドプールで行こう! センチネルにでも乗って、颯爽と登場すれば何も問題ないだろ!」
「てい」
 ボゴっと、骨が凹むような痛い音。デッドプールの頭に、重量感ある物体が叩き落とされた。
「うぉぉぉぉぉ!? 痛い、痛いけど平気! こうやってキャラ付けしないと、色々誤解をまねくからね。不死身も重要なファクターさ。なんてったって、ヒーリングファクターと言うぐらいだし」
「なんだかよく分からないけど、そこら辺はもう有名なんじゃない?」
 デッドプールを殴った女性は、ボストンバッグを持ち直すと辺りを見回した。
「ヘンねー、ここは草原、そして月夜。なのになんで、志貴じゃなくて赤い人が?」
「ああ。ボンクラメガネなら、チミチャンガの食い過ぎでリタイアしたぜ。あと、なんか対戦相手とか自称するうらぶれたピアニストがいたから、こっちで処理しておいたぜ、青い人」
 青い人、通りすがりの魔法使いは自体をだいたい理解した。ふらりと現れ、適当に事態を引っ掻き回すか傍観している謎の実力者。要は自分と同じポジションの人間が、主人公の代わりにやってきたのだ。あと、某番外の代わりに。
 蒼崎青子は、瞬時に理解した。そして、別のことも理解した。
「ひょっとして、私もスゲエ迷惑なポジションにいるのかしら。他人のフリを見て、新たに分かる新事実」
「あー分かるわ、ソレ」
「同意された!?」
「気にしないほうがいいぜ。実は今の状況が、月姫最終シナリオ月蝕の一枚絵まんまというのも、気にしないほうがいい。作者に絵心があれば再現できるんだろうけどなあ。でも、どうせ誰も知らないよね。リメイク版が出ない限りは」
 ベラベラと訳の分からないことを喋りまくる、デッドプール。あまり言及すると、色々な人を敵に回しそうな内容だ。
「よし、黙れ♪ で、結局、なんでここに居るのよ?」
「なんでここに居るのかというのを、よりによって放浪者に聞かれました。実は、蒼崎青子という女性に大事な用があるんだ。だからこそ、ボンクラメガネに、青トウガラシ入のチミチャンガをしこたま食わせてきたわけで」
 デッドプールは真正面から青子を見つめると、一枚の白い紙を取り出した。その紙を青子に突きつけ、大事なことを口にする。
「魔法使いの夜の殺人鬼枠は、空いてるのか――?」
「いや、空いてないから。そんな枠、無いから」
 大事なことは、即座に断られた。
「えー! タイプムーンって、各作品に殺人鬼枠があるんじゃないのかよ!? ほら! そういうのいなさそうなFateにだって、朽ち果てた殺人鬼が出てたじゃん! ――大丈夫だ、問題ない。こんな感じで、会話文に“――”も使うようにしますから!」 
「知らない人が聞いたら、色々誤解しそうな話ねー。ま。合ってるけど」
「認めちゃったよ、このミス・ブルー。というわけで、オレが出ても全く問題ないと思うんだよね。オレだって一応、Fate/EXTRAに英霊として、参戦してたし」
「なんでこう、否定しにくいとこばっかついてくるのかしら」
 ちなみに、FATE/EXTRAのサーヴァントは確認未確認合わせて128体いるので、デッドプールがしれっと参加していてもおかしくない。いや、やはりそれはおかしい。
「あー、うん、えーと」
 悩む青子。勢い任せにぶっ飛ばしても、即座に復活して同じこととなりそうだ。火力と再生力の勝負も面白いかとは思ったが、まさかこの草原を焼け野原にするわけにはいくまい。色々大事な場所なワケで。
「そうだ。いいこと考えた」
 青子の思いつき、それは、
「ニックネームに悩んでたわよね。私がいいのを考えてあげるわ!」
 話を思いっきり逸らすことだった。
「え!? マジ!? やったー!」
 そしてそれは成功した。
「出来れば、『銀河』や『美』や『少年』が入っているニックネームがいいです! 流行り的に!」
 出来上がるニックネームが一つしかねえじゃねえかという、デッドプールさんのワガママな提案。
「はい、却下。そうねー、何かいいモチーフがあればいいんだけど」
 あっさり却下される提案。実際、それなりのベースがなければ、いくらカッコいい名前を付けても、定着しない。しばし考えてから、青子は指を鳴らした。
「よし、ピンと来た。貴方のいいニックネームを思いついたわ。身体的特徴やイメージカラーにもピッタリなやつが」
「おおっ! 流石は、“マジックガンナー”“アオアオ”“ミス・ブルー”“今冬発売って、もう2月なんですけど!”と様々な異名を持つお方!」
「いやーはっはっは。最後の異名を考えたヤツ、あとで連れて来い」

「おおっ……超カッコいい異名じゃん。なんというか、厨二のにおいもして、そっちの層にも受けそうな名前だ。ありがとう、ミス・ブルー! 本当にありがとう!」
 コイツはカッコいいやと、青子が付けてくれたキャッチフレーズに感動するデッドプール。感謝感激雨あられ、青子の手を両手でうやうやしく握り、激しく上下に振る。さんざん激しく握手をした後、空めがけ複数のクラッカーを鳴らした。一体何処に、こんなパーティーグッズを隠していたのだろうか。
「いえいえ、どういたしましてー」
 青子も笑顔だった。善い行いをした。そんな気持ちが、顔から溢れている。本人も与えた人間も大満足、これほど良い状況に転ぶとは、誰も思っていなかったに違いない。
「じゃあ早速、この異名を広める為に頑張るよ、オレ! グッバイ! 今冬発売はちょっちキツい人!」
 ゲーム間違えたんじゃないかと思うくらいの弾幕が、手を振るデッドプールを焼き尽くした。モクモクと煙が上がり、草原が焼け、巨大なクレーターが出来ている。標的である赤タイツは、久々のテレポートで脱出していた。
「逃がしたか……。いやいや、まだ更に延期って情報が出たわけじゃないしね! でるわよ、うん。きっとこれ以上延期せずに、出る筈! 私は信じてるわよ!」
 青子は夜空の星、遠い世界にいるであろう誰かに向けて、真摯に祈った。

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次回予告的なシロモノ

「ある女性が不法に所有しているマジックアイテムを奪ってきて欲しいのです」
 そんな依頼を受けて、冬木市を訪れたタスクマスターの前に現れる、良く知った厄介な人間。
「ヘイ、タスキー! いくらマブカプ参戦が決まったからって、まだまだ日本での主役を一人で張るのは無理ってもんだぜ! 現在日本各地で話題沸騰、マブカプ3で人気爆発確定の、デッドプールさんも話に混ぜな!」
「なんでお前がいるんだ……」
 奇しくもコンビ結成となった二人の前に、屋敷の主だけでなく、駆けつけた弓の英霊が立ちふさがる。
「なあアンタ、何処の日焼けサロンに行ったんだ? 髪まで白くなるって、絶対事故かなんかだから、しかるべきところに連絡した方がいいんじゃない?」
「シィーッ! 黙っといてやれ! きっと多分、本人はオシャレだと思ってるんだから!」
「……全身赤タイツと、骸骨男に言われたくはないがね」
 魔術による模倣、技巧による模倣。アーチャーとタスクマスター、二人の贋作者による、模倣の祭典。そんな中、とんでもない事態がおこってしまう。
「おい、タスキー! 目的のアイテムを手に入れたぜ! なんか血ぃたらしたら、えらいことになっちゃったけど。今度からデッドプール改め、魔法少女カレイドプールと呼んでくれ!」
「お前、一片足りとも少女じゃないだろ」
「どうやら、見誤ったようだ。あの男は私ではなく藤ね……もとい、藤村大河の管轄だった」
 魔法少女となったデッドプール改めカレイドプールは、カレイドステッキの力を悪用し「冬木市民総デッドプール化計画」を実行に移す。頑張れ二人の贋作者、冬木の平和は君たちにかかっている!

 次回デッドプールチームアップ、Fate編改めカレイドルビー編。リクエスト次第で近日更新、お楽しみに!

「参ったなあ。空も飛べて、高火力となると、苦手な相手だ。ここは本家魔法少女にどうにかしてもらうか。決して、ヨゴレに関わって自分のイメージを落としたくないってワケじゃないぞ?」
「わたしだって嫌よ! それにだって、ステッキ持ってかれちゃったしね。いくらなんでも、ステッキ無しでの変身は無理だから」
「安心しろ凛。こんなこともあろうかと、あのステッキを投影しておいたぞ」
「おっけー、分かった。変身してやろうじゃない。そして絶対誤射してやる」

デッドプール殺人事件

 孤島の屋敷で、男が殺されていた。自室に篭っていた男は、頭を撃たれて死亡。床に巨大な血溜まりを作っていた。後頭部から額を貫いた銃痕に、この出血量。確認せずとも、男が死んでいるのは明白だった。
「さ、殺人事件だと!? 嵐で島が封鎖された状況でか!?」
「まるで小説か漫画のようですわ……」
 メイドの叫びを聞きつけてやってきた、屋敷の人びとがそれぞれ呟く。
「この男は、一番最後に島にやってきた男ではないですかな。ずっと怪しい覆面を被っていた、あの」
「確かに見覚えがない顔ですなあ。いやはやそれにしても、酷い素顔だ。これならば、覆面を脱がなかったのも納得です。確か、食事の時も脱いでませんでしたな?」
 大火事にでもあったのか、薬品でも被ったのか。とにかく、男の素顔は醜いものだった。自室だから、気を抜いて素顔でいたのだろう。まさか彼も生前、その素顔をこうやって衆目に晒すハメになるとは、思ってもいなかったに違いない。
「とにかく皆様、一度ロビーに戻りましょう。ひょっとしたら、彼を殺した殺人鬼が、まだうろついているかもしれません」
「殺人鬼だなんて、恐ろしい!」
 屋敷の支配人が提案し、全員ロビーへと向かう。
「殺人鬼だなんて……わたしたちも早く行かないと」
 発見のショックで気絶していたメイドを介抱していた少女が、最期まで残っていた少年を促す。だがしかし、少年は動かなかった。
「どうしたの? 早く行こうよ」
「殺人鬼なんて、ホラー映画の存在がいるわけない。これは殺人事件だ」
「……それってつまり!?」
「ああ。犯人は、あの中にいる!」
 正体不明の殺人鬼などではない。もっと狡猾で残酷な犯人は今、リビングで一般人の皮を被って震えたフリをしているのだ――。

 探偵役の少年と少女も立ち去り、被害者以外無人となった部屋。
 むくりと、唐突に起き上がる死んだ筈の被害者。血で汚れた服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる被害者。シャワーを浴びた後、パンツ一丁の格好で冷蔵庫のコーラを飲む被害者。一息ついてから、部屋を見渡す被害者。とりあえず、本当に殺人鬼が歩き回っていると危ないので、ドアや窓の鍵をきっちり締め直す被害者。すっかり忘れてたと、脱いでいたマスクをかぶり直す被害者。
「いやー、孤島で殺人事件だってさ。なんとなく空気を壊しちゃいけないなって、思わず死んだふりをしちゃったぜ! しかしアレだなあ。一体オレは、誰に殺されたんだ?」
 被害者のウェイド・ウィルソン氏、すなわちデッドプールはコーラを飲み干し、率直な感想を述べた。
「この事件こそが、後に名探偵デッドプールと呼ばれる男にとって、900番目の事件だった……」
 後々不安になるようなナレーションを、わざわざ自分で付け加えて。

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