デッドプール チームアップ! 魔法使いの夜?編
デッドプールは悩んでいた。
「親愛なる隣人、インクレディブル、世界一の名探偵、鋼鉄の男、クズリのチビ野郎……日本デビューを間近に控えた現状、親しみやすいキャッチフレーズがないのは、スゲエ問題なんじゃなかろうか!?」
すげえ、どうでもいいことで。
「まいったなあ。今のうちにイメージを確立しておかないと、一人称がワガハイで、語尾が~である口調の、珍妙なキャラにされちゃうぜ! 俺ちゃん大ピンチ!」
「……あのお」
「そうだ! 親愛なるクズリなんてどうだろう! 世界一の隣人なんていうのもいいな! なんというか、言葉の意味はわからんが、とにかくスゴい響きだぜ!」
「もしもし?」
「よし、こうなったら銀河美少年デッドプールで行こう! センチネルにでも乗って、颯爽と登場すれば何も問題ないだろ!」
「てい」
ボゴっと、骨が凹むような痛い音。デッドプールの頭に、重量感ある物体が叩き落とされた。
「うぉぉぉぉぉ!? 痛い、痛いけど平気! こうやってキャラ付けしないと、色々誤解をまねくからね。不死身も重要なファクターさ。なんてったって、ヒーリングファクターと言うぐらいだし」
「なんだかよく分からないけど、そこら辺はもう有名なんじゃない?」
デッドプールを殴った女性は、ボストンバッグを持ち直すと辺りを見回した。
「ヘンねー、ここは草原、そして月夜。なのになんで、志貴じゃなくて赤い人が?」
「ああ。ボンクラメガネなら、チミチャンガの食い過ぎでリタイアしたぜ。あと、なんか対戦相手とか自称するうらぶれたピアニストがいたから、こっちで処理しておいたぜ、青い人」
青い人、通りすがりの魔法使いは自体をだいたい理解した。ふらりと現れ、適当に事態を引っ掻き回すか傍観している謎の実力者。要は自分と同じポジションの人間が、主人公の代わりにやってきたのだ。あと、某番外の代わりに。
蒼崎青子は、瞬時に理解した。そして、別のことも理解した。
「ひょっとして、私もスゲエ迷惑なポジションにいるのかしら。他人のフリを見て、新たに分かる新事実」
「あー分かるわ、ソレ」
「同意された!?」
「気にしないほうがいいぜ。実は今の状況が、月姫最終シナリオ月蝕の一枚絵まんまというのも、気にしないほうがいい。作者に絵心があれば再現できるんだろうけどなあ。でも、どうせ誰も知らないよね。リメイク版が出ない限りは」
ベラベラと訳の分からないことを喋りまくる、デッドプール。あまり言及すると、色々な人を敵に回しそうな内容だ。
「よし、黙れ♪ で、結局、なんでここに居るのよ?」
「なんでここに居るのかというのを、よりによって放浪者に聞かれました。実は、蒼崎青子という女性に大事な用があるんだ。だからこそ、ボンクラメガネに、青トウガラシ入のチミチャンガをしこたま食わせてきたわけで」
デッドプールは真正面から青子を見つめると、一枚の白い紙を取り出した。その紙を青子に突きつけ、大事なことを口にする。
「魔法使いの夜の殺人鬼枠は、空いてるのか――?」
「いや、空いてないから。そんな枠、無いから」
大事なことは、即座に断られた。
「えー! タイプムーンって、各作品に殺人鬼枠があるんじゃないのかよ!? ほら! そういうのいなさそうなFateにだって、朽ち果てた殺人鬼が出てたじゃん! ――大丈夫だ、問題ない。こんな感じで、会話文に“――”も使うようにしますから!」
「知らない人が聞いたら、色々誤解しそうな話ねー。ま。合ってるけど」
「認めちゃったよ、このミス・ブルー。というわけで、オレが出ても全く問題ないと思うんだよね。オレだって一応、Fate/EXTRAに英霊として、参戦してたし」
「なんでこう、否定しにくいとこばっかついてくるのかしら」
ちなみに、FATE/EXTRAのサーヴァントは確認未確認合わせて128体いるので、デッドプールがしれっと参加していてもおかしくない。いや、やはりそれはおかしい。
「あー、うん、えーと」
悩む青子。勢い任せにぶっ飛ばしても、即座に復活して同じこととなりそうだ。火力と再生力の勝負も面白いかとは思ったが、まさかこの草原を焼け野原にするわけにはいくまい。色々大事な場所なワケで。
「そうだ。いいこと考えた」
青子の思いつき、それは、
「ニックネームに悩んでたわよね。私がいいのを考えてあげるわ!」
話を思いっきり逸らすことだった。
「え!? マジ!? やったー!」
そしてそれは成功した。
「出来れば、『銀河』や『美』や『少年』が入っているニックネームがいいです! 流行り的に!」
出来上がるニックネームが一つしかねえじゃねえかという、デッドプールさんのワガママな提案。
「はい、却下。そうねー、何かいいモチーフがあればいいんだけど」
あっさり却下される提案。実際、それなりのベースがなければ、いくらカッコいい名前を付けても、定着しない。しばし考えてから、青子は指を鳴らした。
「よし、ピンと来た。貴方のいいニックネームを思いついたわ。身体的特徴やイメージカラーにもピッタリなやつが」
「おおっ! 流石は、“マジックガンナー”“アオアオ”“ミス・ブルー”“今冬発売って、もう2月なんですけど!”と様々な異名を持つお方!」
「いやーはっはっは。最後の異名を考えたヤツ、あとで連れて来い」
「おおっ……超カッコいい異名じゃん。なんというか、厨二のにおいもして、そっちの層にも受けそうな名前だ。ありがとう、ミス・ブルー! 本当にありがとう!」
コイツはカッコいいやと、青子が付けてくれたキャッチフレーズに感動するデッドプール。感謝感激雨あられ、青子の手を両手でうやうやしく握り、激しく上下に振る。さんざん激しく握手をした後、空めがけ複数のクラッカーを鳴らした。一体何処に、こんなパーティーグッズを隠していたのだろうか。
「いえいえ、どういたしましてー」
青子も笑顔だった。善い行いをした。そんな気持ちが、顔から溢れている。本人も与えた人間も大満足、これほど良い状況に転ぶとは、誰も思っていなかったに違いない。
「じゃあ早速、この異名を広める為に頑張るよ、オレ! グッバイ! 今冬発売はちょっちキツい人!」
ゲーム間違えたんじゃないかと思うくらいの弾幕が、手を振るデッドプールを焼き尽くした。モクモクと煙が上がり、草原が焼け、巨大なクレーターが出来ている。標的である赤タイツは、久々のテレポートで脱出していた。
「逃がしたか……。いやいや、まだ更に延期って情報が出たわけじゃないしね! でるわよ、うん。きっとこれ以上延期せずに、出る筈! 私は信じてるわよ!」
青子は夜空の星、遠い世界にいるであろう誰かに向けて、真摯に祈った。
黒桐鮮花は荒れていた。表面上はなんとか冷静さを取り繕っているものの、心中は穏やかでない。既にその心中は、隣を歩く師に見透かされていた。
「鮮花。そんなに周りを睨みつけるな。この辺りに、式と黒桐はいないぞ。二人は今日、もっと別の場所に居る筈だ」
両儀式と黒桐幹也。二人は今日、そろって何処かに出かけていた。一般的に、その行為はデートと呼ばれているものだ。
「橙子師、二人は今何処ですか?」
「せめて、気にしてません!ぐらい言えばいいのに。そうも素直でどうするんだ。魔術師を志すならば、容易に感情を表に出すな。涼しい顔をしたまま、睦み合いに乗り込むぐらいのことが出来なければな」
何気に怖いアドバイスをする、橙子。蒼崎家の長女は、妹よりもそういう術は心得ていた。一切人に己を感じさせずに感情を隠し通すことも、魔術師として大事な要素の一つなのだ。
「まあいい、今は私との買い物に集中してもらうぞ。分量を間違えると、財布の金が余計に減る。君の兄上の給金、つまり生活にも遠からず影響することだ。おや? 何か、駅前が騒がしいな」
いつもは静かな駅前に、人だかりが出来ていた。何事かと思うのは人の性か。鮮花も橙子も足を止めて、人だかりの中心にいる人物に注目した。
「いやあ。危ないところでしたよ。オレが全米パイ投げ選手権の練習を駅前でしていなかったら、このひったくり集団を逃がしてしまうところでした。でもおかげで、ムーンウォークからのエキサイト投げという新技を閃くことが出来たので、結果オーライです」
駅前でTV局のインタビューを受けているのは、デッドプールだった。デッドプールの足元には、パイまみれの若い男女が転がっていた。
どうやら、ひったくりをしていた連中を、偶然通りすがりのデッドプールが捕縛。別口で街頭インタビューをしていたTV局のクルーが緊急取材。こういう筋書きらしい。
ただし、既にTV局側のインタビュアーの姿は消えていた。デッドプールが一人マイクを持っての独演回状態だ。ところで、パイまみれの一人が、アナウンサーらしきスーツを着ているのは気のせいだろうか。
「やあやあ、日本のミナサン、コンニチワ! 本場アメリカのスーパーヒーロー! “傷んだ赤色(スカー・レッド)”デッドプールさんの来日だ! この“傷んだ赤色”って言うのは、日本の魔法使いが付けてくれた異名なんだ! オレもとってもお気に入りさ! さあみんな、オレの新しい愛称を高らかに呼んでくれ! せーの、傷んだ?」
ぽつぽつと群集から声が上がってくるものの、声はまだ小さかった。
「オイオイオイ。声が小さいぞー、もう一回! 傷んだー!」
「「「「赤色ー!」」」」
今度は大きな声が、あちこちから聞こえてきた。ノリ易い性格なだけあって、デッドプールは人を乗せるのも上手かった。
「いいぞいいぞ、もう一回! 傷んだー!」
「「「「赤色ー!!」」」」
更に大きな声どころか、拍手まで聞こえてくる。デッドプールは感涙したまま両手を掲げ、拍手に身を捧げた。いつの間にか、傷んだ赤色と書いてあるタスキまで身体に巻いている。まるで、選挙に当選した政治家のようだ。
「ありがとう! サンキュー! ありがとう! これからも、傷んだ赤色ことデッドプールさんをヨロシク! マブカプ3で絶対みんな使ってくれよな!」
デッドプールの傷だらけの醜い身体は痛み、デッドプールの赤いタイツはそのまま赤。合わせて“傷んだ赤色”となる。何も間違っていないし、本人も気に入っている。何も問題はなかった。今のところは。
ブチリと何かが切れた音が聞こえた。ああ、怒りで血管が切れると、こういう音がするんだな。鮮花は音の主が誰であるか、本能で察していた。
「はっは、なるほど、なるほど。傷んだ赤色と、私を呼んだヤツは例外なくぶち殺す。だから、自称するヤツを差し向けたと、そういうことか。面白い、その巫山戯た戯言ごと、ぶち殺す」
橙子は、鮮花が今まで見たことがないくらいに荒れ狂っていた。殺気がビシバシと、身体中から発散されている。街路樹に留まっていた小鳥が、泡を吹いて気絶した。
自分が止めなければ。命は惜しいものの、弟子として止めねば。ワケも分からぬまま、鮮花は悲痛な決意を固めた。
「あ、あの! 橙子師! 魔術師は、容易に感情を表に出してはマズいのでは!」
ギロリと、橙子の眼が動く。ああ、これは死んだな。橙子の手が自分に向け動いた時、鮮花は真剣に死を覚悟した。兄まみれの走馬灯が見えるくらいに。
橙子は殺気を維持したまま、笑顔で優しく、鮮花の肩に手を置いた。
「鮮花さん?」
「はい!?」
穏やかな口調と微笑みという、橙子の外面用の顔が、ヤケに今日は怖かった。
「あの言葉には続きがあるのよ。魔術師は、容易に感情を表に出してはいけない。しかしながら、出す時には憂いを持たずに発散させること。そして今が……発散させる時だッ!」
鮮花を離した橙子は、標的をじっと見据える。目線にあわせ、自然と人ごみに裂け目が出来た。強烈な殺気は、人を平然と射殺す。本能が自然と、無関係な人の足を動かす。
「え? 地方紙の一面? 『スカー・レッド、颯爽と参上!で』お願いします! やべー、オレの異名、想像よりスゲえ勢いで広まるかも。綺羅星!」
そして標的は、そんな殺気も異に介さず、やってきた地方紙の記者に、綺羅星なポーズを決めていた。
後日、橙子不在のワケを兄に聞かれた鮮花は、疲れた顔で答えた。「阿鼻叫喚って、ああいう光景のことを言うんですね」と。