魔法少女F~1~
※以前唐突にアップした、
魔法少女F~A~
魔法少女F~B~
魔法少女F~C~
この3話と大体地続きです。
陽の光と小鳥のさえずりを目覚ましに起床。シェフの用意した朝食を優雅に口にし、悠々とお見送りの車に乗り込み登校する。この街で最も裕福かつ名士としての名声を持つハナカゲ家の当主であるハナカゲ・シズナは、こんな朝を迎えているだろう。最も陰鬱な彼女には似合いませんが。口さがない同級生たちは、嫉妬混じりでこんな陰口を囀っている。
当然ながら、彼女はこのような優雅な朝を迎えてはいない。だがきっと同級生たちが彼女の朝を見たら、まず仰天するだろう。何故なら彼女の朝は真逆すぎるのだから。
「498、499、500!」
規定の回数を終えたシズナは、腕立て伏せを止め汗を拭う。腕立て500回、本来1000までは行きたい所だが、今後の予定が詰まっている以上、仕方ない。
この時間、太陽は未だに登っておらず、部屋は人工的な明かりで照らされている。だが、この部屋はそもそも何時になろうとも陽が差さない。彼女は地下で一人、黙々と鍛錬を続けていた。篭った空間で、汗は蒸気となり生暖かい熱気となっていた。使い込まれた様々なトレーニング用具が、嬉しそうにテカっている。
スポーツブラとスパッツという軽装のまま、シズナはトレーニングスペースの脇にある巨大なコンピューターの前に座る。映画館のスクリーンもかくやと言ったモニターに浮き上がる、様々な街の情景。首に巻いたタオルで汗を拭いながら、シズナは写った景色を一つ一つ確認する。せいぜい、裏通りの見つけにくい所で酔っぱらいが寝ているぐらいで、他平和な物だ。シズナは匿名で警察に酔っぱらいの事を通報した後、目的の物が見つからなかったことを再確認する。安堵と失望、感情は半々であった。
コトッと、分かりやすい音を立てて置かれる皿とコップ。皿の上に乗るのは、新鮮なレタスが添えられたスクランブルエッグとトースト、コップになみなみと注がれたのは牛乳であった。
「……これは?」
「朝食です」
朝食を持ってきたメイドは、眉一つ動かさず答える。
「朝は時間が惜しい、だからゼリーやレーションで良いと言いましたよね? それに、飲み物はスポーツドリンクが良いと」
「駄目です」
「駄目?」
主の希望は、一言で切り捨てられた。
「お嬢様は食事も鍛錬の一部に加えておりますが、本来食事とは癒やすものです。あのような味気ない食事の一貫、例え神が許して本人が許容しても、私がこの家の台所を預かる限り、絶対に認めません」
「でも」
「認めません」
シズナより一回りだけ年上なメイド。だがその言には、並の年長者を容易く越える威厳と強さがあった。シズナはしぶしぶと、望まぬ朝食を舌に乗せる。
「おいしい」
思わず出た言葉、スクランブルエッグは好みである半熟、トーストはカリッとしつつホワっとしており、牛乳も疲れた身体を癒してくれる程よい暖かさ。
自ら口にした言葉に気づき、シズナはハッ!とメイドの方を見る。彼女は、満面の笑み、してやったりな笑顔を浮かべていた。
「いったい、どれだけ一緒に居たと思っているんですか? お嬢様の好みは熟知しています。勿論、栄養面にも気を配っております。私に全部お任せいただければ、きちんと毎食おいしい上に、鍛錬に応えるだけの栄養補給も出来ますよ」
「考えておきます」
シズナはコップを手にし、プイっとメイドから顔を背ける。本音ではその方がいいと分かっていても、独立独歩、自らのイメージや目指した物を優先したいシズナにとって、こうも手のひらに乗せられるのは我慢が出来なかった。
「分かりました。汚れたお召し物は、シャワールームの洗濯カゴに突っ込んでおいてください。シャワーをしている内に、新しい下着と制服は用意しておきますので。そうそう、カラスの行水でシャワーを終えて、私の準備を出し抜いてやろう。なんて事は考えないようにして下さいね?」
「そんなこと、考えていません」
声は平静を装っているが、その裏の裏には悔しさが僅かにある。十年来、付き合ってる人間でないと分からないぐらい奥に。20代にて、ハナカゲ家の家事全てを一人で取り仕切るアカネ・リンとはそんなポジションの人間だった。幼い頃から共に育ち、姉のようにシズナを見守り続けた末ついに彼女の無茶も認めた彼女は、シズナがシズナであるために欠かせぬ人間である。
食事を終えたシズナは、手を差し出したリンの手にタオルを渡す。
「後片付けは、しておきますので」
そう言うリンに後を任せ、シズナは広大な地下室を後にする。
自宅のワインセラーや倉庫であった地下の空間をぶち抜き作った、大広間の如き空間。鍛えるためのトレーニングスペース、コスチュームや武器を収めた保管庫、装備をアップグレードするための研究場、街を見渡す目となり耳なり頭脳にもなるコンピューター。この空間全てが、シズナが魔法少女であるために、必要な物だった。