魔法少女F~A~

魔法少女F~B~
魔法少女F~C~

 にゃあと、猫らしい声だった。
 にゃあ、にゃあ、にゃあ。猫が鳴く度に、猫の前に居る幼女は身を震わせる。
 廃ビルの一室、ひと気のない一室に黒猫と女の子の差し向かい。窓からの月明かりが、一匹と一人を照らしている。
 猫は鼻を鳴らしつつ、女の子の元へ向かう。ずりずりと、座ったまま退いていく女の子。どんと、小さな背に当たる壁。女の子が止まっても、猫が前進を止めることは無かった。
 ふにゃあ。より一層、甘えた声。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 猫の好意に対し、女の子は謝り続ける。ぶるぶると震えながら謝る姿からは、恐れしかない。猫の目が、ぎょろぎょろとせわしなく動く。バスケットボール大の、巨大な猫目が。
 大きな猫であった。異常なほど、大きな猫。ライオンよりも大きな身体は、体毛が逆立つことにより、更に大きくなっている。大鎌のような爪に、意志ある蛇のようにのたうち続けるしっぽ。異形異質で形作られた、怪物そのものな猫。パジャマ姿の女の子は、ワケも分からぬままベッドからこの廃ビルへ、連れて来られていた。
息がかかるような距離、フンフンと鼻を鳴らす猫から、女の子は逃れようとする。横へ逃げようとする幼児の細い腕を、黒い大人の手が掴んだ。
 まるで、影がそのまま人になったかのような、黒い人。所々から覗いているのは、白い骨。影を纏った骨達がケタケタと笑いながら、女の子の逃げ場を塞いでいた。
 前門の猫、後門ならぬ全方位の怪人。進退窮まった幼子に出来るのは、震えることのみ。
 救い主は、煙とともに現れた。
 女の子の視界を包む白煙。視界だけでなく、何故か意識も薄れていく中、幼女は確かに見た。
 廃ビルに不釣り合いな黒と白のドレス。色鮮やかな服装で、自分と猫、自分の怪人の前に割り込む二人の少女の姿を。

 何者かの手で、自宅から誘拐された幼女。通報から数時間後、自宅から離れた廃ビルで発見された幼女の話を聞き終えた老刑事は、ひたすらに困っていた。廃ビルの外での聴取、女の子と両親をひとまず帰した後、老刑事は廃ビルの中にいる若手の刑事と合流する。
「聞けるだけは聞いてきたけどよ。でっかい猫にさらわれて、変な人に囲まれて、きれいなお姉ちゃんたちが助けてくれたねえ……」
「報告書にそのまま書きますか?」
「書きたくないが、書くしか無いんだろうな」
 いったい、どこのアニメや漫画の話なのかと。
 このストーリーをまともな書類に真面目に書く。中々にハードな仕事だ。
「怪物を倒す少女たち。これじゃまるでアレですね……魔法少女?」
「俺の昔の頃は、みんなの幸せや自分の恋のために頑張る女の子だったぞ。魔女っ子」
 世代差による、埋めようのない認識の違い。そもそも呼び名からして違う。
「最近は女だけじゃなくて、女の子からして強いのかよ。おっと」
 暗がりから転がってきた缶を、老刑事は蹴飛ばしてしまう。これだけ荒れたビル、空き缶の一つや二つ転がっていても、おかしくないのだが。
「あれ? これって……」
 若い刑事は何かに気づき、暗がりに戻っていた缶を追う。柱の陰に転がった缶に手を伸ばすが、手はむなしく宙を切る。暗がりから、更に変な所に転がり込んでしまったのだろう。
「どうした?」
「いや、いまの空き缶。なんかちょっと」
「気になるなら、鑑識呼んでくるか。あいつら物を拾うの上手いし、ライトも持ってるからな」
「あ。僕も行きます。前に頼んだことが2~3ありまして」
 二人の刑事は、連れ立ってこの場から去っていった。

 柱の陰の更に奥、狭い隙間に入り込んだ空き缶を、男性の手がひょいと掴み上げる。その腕は、崩れかけのコンクリートの隙間から、廃ビルの外から突き出されていた。キャップとレバー付きの円筒状の空き缶は、そんな何者かの手により、あっさり迅速に回収されてしまった。