やさしいサンタさん

 クリスマス当日、家に帰ると。
「うん。お帰り」
 玄関の前で、姉さんが芋を焼いていた。枯れ葉と炎の間に見える、銀色のアルミホイル。
 ああなんて、クリスマスっぽくない光景なんだろう。そしてこの人は、適齢期と呼ばれる年代に差し掛かっている姉さんは、このロマンちっくな日になんで一人自宅で芋を頬張っているのだろう。
「どうした? 今日は帰らないって言ってたのに。フラれた? フラれた?」
 姉さんは、ワクワクした顔で負けワンコ仲間の誕生を望んでいた。
「なんでそこで、フッたって選択肢がないんだよ」
「あんないい娘をフルような贅沢者を、弟に持った覚えはないし。付き合ってるってだけで、分不相応なのに」
 チクチクチクーと、火掻き棒代わりにしている枝の先端を向けてくる。この間、偶然街で会った時、彼女のことをえらく気に入っていたからなあ。何故か俺に嫉妬の芽を向けてくるぐらいに。
「分不相応で悪かったな。でも、このまま貫かせてもらうよ。今は一回帰って来ただけだから、荷物を置いたら、改めて集合と」
 担いできたカバンを、玄関に投げ入れる。なんで今日わざわざこの日に、別れの辛さを体験しなくてはいけないのか。だいいちそんな流れを味わってたら、号泣しつつ帰って来ている。
「え? 何処に?」
「なんでソレを聞きたがるのさ」
「若者に気前よく奢る大人、欲しいと思わない?」
 いやゴメン、欲しいどころか、凄くいらない。
「弟が彼女と楽しくクリスマスを過ごす中、私は一人ホールケーキを家で。寂しすぎてウサギでなくても死んじゃいそう」
 だったら、自分も相手を……いかん、これはきっと火に油だ。僕に出来るのは、焚き火を挟んで、姉さんの向かい側にしゃがむことだけだった。
「まだ少し時間があるから付き合うよ。家族と過ごすっていうのも、大事だし」
「……うん。私は、いい弟を持ったみたい」
 姉さんは、嬉しそうに微笑んだ。実はちょっと小腹がすいてるから、芋を頂戴したくなったのがメインで、とは言えない空気だ。まあ芋はいただくけど。
 枝で枯れ葉をかき分け、アルミホイルを見つけたと思ったその時、予想外の物を見つけ、一気に肝が冷えた。
 いやゴメン、流石にコレはないや……。
「姉さん。いくらクリスマスと縁がないからって、コレは無いと思う」
 燃え盛る火の中に見えたのは、残骸。赤と白の長靴とサンタクロースを象ったブローチ、更には「サンタさんへ」との書き出しがある手紙。思い出を処分するのはアリでも、いくらなんでもクリスマス当日にやる事じゃないだろ。
「んん!? いや、違うのよ。これは焼かなきゃいけなかったと言うか、むしろ焼き芋がおまけで、サンタ関係の品を焼くのがメインで。ヒマだからって、押入れの掃除なんてするんじゃなかった」
「即座に焼くほどサンタが忌々しいって、もっと根が深いよ!?」
「うーん……あまり説明したくないというか、知って欲しくなかったんだけど」
「僕だって、実の姉のそんな一面知りたくなかったよ!?」
「ああもう、そうじゃなくて! いいわもう、1から説明するから」
 姉さんは残り一欠片の芋を頬張ると、新聞紙を追加した上で、更に火をくべた。落ち葉の中のクリスマスアイテム一式が火の中に消えて行く。時折突くため息は、最初からこうしておけばよかったと言わんばかりの、後悔を感じさせてくれた。
「この一式はね、サンタクロースへ願いを届ける手段なの。必ず、絶対、届けるための」
 クリスマスの夜、プレゼントを枕元に置いてくれるサンタクロース。そんな善き人への連絡手段。夢の様な話を語っているのに、姉さんの顔は暗い物であった。

 姉さんに差し出された芋にかぶりつく。黄色い芋は、見た目以上に甘かった。
「まず始めに言っておくけど、サンタクロースって……いるのよ」
 同じように、芋を口にする姉さん。なんとなしに自分の食べ方と似ているのが分かる。姉弟とは、こういう細かな仕草が自然と似るのだろう。
「ああ。サンタクロースの正体は、お父さんだとかそういう話じゃないわよ? お父さんたちは代役。サンタクロースの手の回らない家は、そうするしかない。だってサンタクロースは一人なんだもの、世界中の家を一晩で回れるわけがない。あまり知られていない正しいやり方で、お願いできる子供の元を訪れるのがやっとなのよ」
 そりゃあそうだ。サンタクロースはなんで一晩で子どもたちの家全部回れるんだよ!? だいたい生意気盛りな時期に、どんな子供も抱いたり叫んだりする疑問である。
「サンタクロースは優しくて、子供の願いならばどんな願いでも叶えようとしてくれる。正しいやり方で頼めば、寝ている内に近くに吊るした靴下にどんな物でも入れておいてくれる。数が少ないぶん、誠心誠意まごころを込めて、願いを叶えてくれるのよ」
 ああなるほど、さっきのアイテムは、その正しいやり方に使うためのアイテムなのか。この際、なんでその正しいやり方を姉さんが知っているのかは問うまい。ウチの姉さんは、そういう人なのだ。
 だがしかし、
「その話、本当かなあ? だって、なんでも願いを叶えてくれるんだろ? 焼く意味、無いじゃん。それに、姉さん願いを叶えたことあるの?」
 子供が対象とはいえ、なんでも願いが叶う魔法。焼いて捨てる意味は無い。親戚にだって知り合いにだって子供はいる。こっそり教えてあげればいいのに。そしてその手法を知っていると言う姉さんが、そんなおまじないをしているのを見たことがない。願いを年一で叶えていたんなら、ウチはもうちょっと、アラブの石油王並に大金持ちでもいいはずだ。
「アンタが小学生の頃、お母さんのダイヤの指輪で遊んでいて、それを水道に流しちゃったことあったじゃない」
「あったっけ?」
 嫌なことは忘れたというか、本当に記憶が無い。そう言えば、そんな事があったような。でもアレは、最終的に姉さんが拾ったと言って僕がゲンコくらって終わりだったような。水道に流した記憶もあるが、きっと勘違いだったはずだ。だってそれなら、姉さんが拾って返せる筈がない。
「アレ、ちょうどクリスマスの日の話だったから、夜に私がサンタさんに正しいやり方で頼んだのよ。弟が無くしたお母さんの結婚指輪を返してくださいって。そしたら、朝、靴下に入ってたのよ」
 ちょっと待った。アレ、結婚指輪だったの!? 何してんの、過去の僕!?
 しかもこのサンタ話がマジ話なら、僕はもうサンタに足を向けて寝られない。いや待て、サンタって何処に住んでるんだ? 北? とりあえず北?
「サンタさんは優しいから、子供がちゃんと願えば、名前が刻まれた世界に一つしか無かったはずの指輪もプレゼントしてくれるの。ただ、サンタさんっていい人すぎるのよ」
 パチパチと火勢が強くなる。姉さんが、枝で炎を引っ掻き回していた。
「わたしも当時、若くてね。それ、自慢しちゃったのよ。学校で」
 若くてねって、そりゃなあ。俺の記憶が正しいなら、姉さんその時、小学生ですよね。そりゃ若いよ。
「学校でこの事自慢しちゃって。そしたら、いつの間にか居たよく知らない二人に嘘つきって悪口言われちゃって。当然、そんなことないよ!って私は言い返すし、向こうはじゃあやってみせてよ!って言うし。最終的に、サンタさんへのお手紙の書き方教えるから、二人がやりなよって話になってたのよ。やり方教えて、道具まで全部渡して。今考えると、最初からあの二人、それが知りたかったのね」
 あー。つまり、ノセられたと。この人、鷹揚に見えて、感情的だからなあ。むしろ、あまり付き合いがない相手の事をそこまで知っていて利用した、その子供二人の賢しさが凄い。若干ずる賢いやり口なので、褒めたくはないが。
「次の年、わたしはすっかり忘れてたんだけど、その二人はちゃんと覚えててね。サンタさんへの手紙、書いちゃったのよ」
 ため息をつく姉。どうやらこの二人がサンタさんに連絡をとったことが、今日の焚き火の理由らしい。
「あーもしかして、悪い子の言うこと、サンタさんが聞かなかったとか?」
「サンタさん、馬鹿にするんじゃないわよ。あの人は、そんな小さいことはしないわ。子供の書いたことなら、どんな願い事でも叶えてくれるのよ。どんな、無茶でもね」
「無茶ねえ」
「無茶だと思うわよー。いっせんおくえんくださいって」
 いっせんおくえんって、一千億円!? え!? サンタさん、それをくれたの!? じゃあ今その娘、大富豪か億万長者!?
「さっき言ったけど、サンタさんは吊るした靴下にプレゼントを入れてくれるのよ。逆に言うと、絶対に靴下に入れてくる。ギッチギチに固められた一千億円なんて、紙幣として通用すると思う? 無理よね。人智を超えた力で靴下に入れるため固められた、新物質としか思えない物体なんだし。ところで、一千億円の重さって知ってる?」
「10キロぐらい?」
「それじゃ1億ね」
「10000キロ!?」
 1000キロが1トンだから、10トン!? お金って、そんなに重いのか。
「そんな物が枕元にポンと置かれて、どうなるか。死んだわ、あの子。寝ている所に、10トンの物体が落ちてきてね。なんでそんな所だけ、子供だったんだろう……」
 姉さんを賢くノセておきながら、いっせんおくえんを要求してしまう幼さ。二つあってこその、子供なんだろう。
「もう一人の子も、“いなくなったお母さん”なんて、なんで書いちゃったのよ」
 パチパチとよく燃える火、気づけば白煙から黒煙に変わっている。肝心要の物が、本格的に燃え始めたのだろう。
  サンタさんは、やさしすぎる。