耳をすませば

「わたしね、死んだおじいちゃんの声を聞いたの」
 山で数日迷い、山小屋に辿り着いたことで助かったクラスメイト。
 奇跡の生還と騒がれて数カ月後、もうみんなが忘れ去った頃、彼女は僕に、こう囁いてきた。
「暗い森の中で、もう駄目なんだ、死んじゃうんだって諦めていた時に、おじいちゃんの声が聞こえたの。こっちだよ、こっちだよって。最初は幻聴かと……ううん、ぜんぶまぼろしだったのかもしれない。それでもわたしは、その声がする方に向かって、歩いていって助かったの。だからアレは、亡くなったおじいちゃんの声なんだ。おじいちゃん、わたしに優しかったもの」
 本人が信じている以上、僕に言えることは何もない。助かったという現実を前にしては、たとえ心霊否定派でも口ごもるしかないだろう。彼女は僕の目をじっと見て、再び語りかけてくる。
「追い詰められた時に、死んだ人の声を聞いて助かった人って、けっこういるんだって。雪山で遭難して、洪水で車に閉じ込められて、地震で瓦礫に飲み込まれて……そんな時に、居ないはずの人の声に導かれたり励まされたりして助かる。なんだか、ステキだと思わない? ああ、あの人は見守ってくれているんだ。そう考えるだけで、あったかくなるよね。謎の声に騙されて、危うく死にそうになったって話に比べて、助かった話はずっと多いし。世界は優しいね」
 そう言って、彼女はにっこりと笑う。時刻は放課後、場所は夕日の差し込む教室。きっと、彼女が想う暖かさとは、夕日のやわらかな明かりに照らされる、その笑みのようなんだろう。なんだか、僕の心も暖かかった。

 

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