2016年12月24日
/ 最終更新日 : 2016年12月24日
fujii
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※予告に際し、本文序盤をそのまま掲載しております。
開こうとするまぶたが、やけに重い。
まぶただけではない、感覚や手足、身体の全てが重い。
なんとか身を捩るが、その動きにはのそりと言う緩慢さが良く似合った。
ようやく開けた瞳に差し込む、太陽の鋭い光。柔らかな土の地面と、辺りの緑から漂う森の空気。どれも、ありえない。何故なら自分は、人工の灯りの元、清潔なシーツの上に寝ていたはずなのだから。
だが、まあそういうこともあるだろう。この程度の異常には慣れている。
慣れた様子で気を落ち着かせようと、顔を撫でる。その手は、黒かった。それだけではない、全身が黒い獣毛に覆われている。更には、腕周りも足回りも胸周りも、全ての筋肉が一回りどころか十重でも追いつかないくらいに、膨れ上がっている。
そんなカルデア唯一の存在として、数々の特異点をめぐり、人理定礎を修復してきたマスター。そんな人類希望の星は、唐突にゴリラとなっていた――
とりあえず、今のマスターに出来ること。それは、胸を叩き、ドラミングすることだけだった。
◇
とある日の人理継続保障機関フィニス・カルデア。医療部門のトップであり、現在最高責任者でもあるロマニ・アーキマン。そんな彼の、唐突な第一声だった。
「大変だ! マシュ! また凄い英霊がカルデアにいるんだ!」
「そうですか」
自室に駆け込んできたロマニを一瞥したマシュ・キリエライトは、再び視線を手元の本に戻す。
「フォウ」
ふわっとした小動物、カルデアのマスコットキャラポジションのフォウくんなどはロマニを一切気にせず、マシュの膝の上で気持ちよさそうにしている。
「マシュラ面、冷血? いくらなんでも、こんなに焦っている僕に対して、そのリアクションは冷たすぎやしないかい!?」
「もういいですよ……サンタだの、ビキニアーマーだの。申し訳ありませんがドクター、このカルデアには色々な英霊が出てくるので、もう何を見ても驚きません」
そう言って、本を読み続けるマシュ。冷血というより、慣れだった。人間、一年を通してサンタだのハロウィンだの水着だのに接し続けていれば、流石に慣れてくる。異常も定期的に続けば日常だ。
「だいたいドクターは、何度も変な英霊や変な世界をサーチして来ますけど、ひょっとして自分で用意しているんじゃないですか? 本当は黒幕なんですか? ドクター?」
「違うよ! いくら僕でも、カルデアを混沌に陥れるために一手間かけたりしないよ! いいから、来てくれ!」
悪いのはロマニではなく、きのこの人である。
いつも以上に必死に見えなくもないロマニに気圧され、マシュは本を閉じ、席を立つ。フォウくんは眠くなったのか、ベッドの上に移り丸くなっていた。
「それで、今度はどんな英霊なんですか? 先輩に何らかの危害をくわえそうならば……」
人の魂と英霊が入り交じったデミサーヴァントであるマシュは、自身のマスターにして、英霊の座からカルデアに来たサーヴァント全員のマスターである“先輩”の身をまず案じていた。
「わからない。正直、全くわからないんだ。だから、まずはマシュ、君に判断して欲しい。話は、それからだ」
ロマニに先導されたマシュは、ある一室の前にたどり着く。ドアは未だ開いていなかった。
「なるほど。その英霊は、この部屋に居るんですか。もう私は、何が出てきても驚かない。そう言えるだけの、経験を得てきました」
「大半がモニタリングを通してのものとはいえ、それは僕も同じだよ。だからマシュ。君も絶対驚くはずだ」
ロマニはパネルを捜査し、ドアを開ける。
部屋にある机と椅子、その椅子に座っていたのは――
「どうだい?」
「資料でみたことはありますが、現物を見るのは始めてです」
黒い獣毛に極厚の胸板と四肢、瞳に宿るは原子の炎。椅子に座っているのは、学名ゴリラ・ゴリラ。間違いなく森の賢者こと、ゴリラであった。
「……ドクター。世の中にはまだ、魔術で解明できないこともあるんですね」
「あ。認める方向に行くんだね?」
「確かにカルデアには人類史の英雄が集まってきます。それにしても、まさかあれほどのサーヴァントがいただなんて。クラス、ビーストですよね?」
実際、サーヴァントにはルーラーやアベンジャーのようなエクストラクラスの枠に、ビーストのクラスがある。人類の災厄となる、黙示録の獣だ。
「ああ。紛れもないビーストだとは思うよ? 出自が人ではない英霊もいるよ? でもさ、違うよね! アレ! 単なる、ゴリラだよね!?」
ロマニは、頑張って目の前の現実と戦っていた。すごく、頑張って
「いくら英霊の座が結構おおらかだとしても、動物をそのまま英霊の座に入れるとは思えません。となれば、ドクター。彼をまず人の魂から生まれた存在だと考えたほうが建設的ではないでしょうか? 毛深い人って、結構いますし」
「そうだね。バーサーカーにああいうタイプ、結構いたような気がするね。ああもう、それで納得しちゃいたいなあ!」
現実さん、そろそろ陥落寸前である。
戦わなきゃ、現実と。なんとか踏みとどまろうとするロマニの心を折るように、別のゴリラがのしのしと二人の背後を横切っていった。
「マシュ」
「なんでしょう、ドクター?」
「ひょっとしてさ、ゴリラってアレだけじゃなくて、複数匹いるんじゃないかな?」
「そうですね。認めざるを得ないようです」
カルデアにゴリラが居るのではない。きっとたぶんおそらく、カルデアに、ゴリラの群れが居るのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 特に警報や機器に異常は無かったよ!? ゴリラ出る予兆は無かったよ!? そりゃ、ゴリラレーダーなんて、流石のカルデアにも無いけど!」
どうやら、自分の意見を否定してほしかったらしく、慌てるロマニ。でもいったいどんな事態を想定すれば、ゴリラレーダーなんてシロモノの開発に踏み切るのだろうか。きっとそれは、今現在のカルデアが直面している事態だろう。
「外から来たにしても、人理焼却中の今では、ゴリラが生存できているとは思えません」
「元々、ゴリラは数を減らしていたしね。カルタゴの航海者ハンノが、野人とされたゴリラに出会ってから現代まで。住処である森林の破壊や、狩猟、また人間から感染した病気で、ゴリラの個体数は減少傾向にあった。彼らにとって、人類との出会いは不幸だったのかもしれないね」
ドクターと名乗り呼ばれる以上、どんなことにも詳しくてナンボである。ロマニはゴリラにも詳しかった。
「ゴリラ豆知識はともかくとして、いったいどうすればいいんでしょう」
「う~ん。そもそも、元と言うか、発生源を断たないとダメだね。一体ドコから入ってきているんだろう」
『おおっと、甘いよロマニ! 黄金率(体)持ち以外は食べたらプロポーションが大惨事と言われている、エミヤ特製砂糖てんこ盛りスイーツより甘い! 最も、私はスキル持ちだし、頭脳が常に糖分を欲しているので食べるけどね! なにせ、天才だから!』
いきなり通信で割り込んでくる、女性の声とビジョン。黄金率(体)を持ち、自ら天才と名乗る才能と自負も持つ人物。数多の英霊集まるカルデアと言えども、そんな英霊は一人しかいない。
「ダ・ヴィンチちゃんですね?」
『イエス・アイ・アム! チッチッ!』
マシュにその名を呼ばれ、景気良く応えるダ・ヴィンチちゃん。
カルデア技術部トップにして、万能の天才たる英霊。美しき美女の体と、男性的な思考を持つ、ホントややこしいレオナルド・ダ・ヴィンチその人である。
『森の賢者がカルデアをうろついている。その状況に思考停止するのは分かる。だが待ってほしい。彼らは、人間よりも大きい。そんな生物が、誰にも気づかれぬまま複数匹、いつの間にかカルデアにいる。この状況、なんかおかしくないかい?』
「そうだね。ゴリラってことで、思わずゴリラレーダーなんて言ってしまったけど、よく考えればおかしいことだ。普通に大きな生き物、黒い怪物として、カルデアの防衛機構が一切反応しないとは思えないし、職員も見逃すはずがない」
『ゴリラレーダーが所望なら、工房にあるけどね。でもこんなにゴリラまみれな今、対象が多すぎて役に立たないだろうけど』
ゴリラレーダー、既にあんのかい。そもそも、なんで作ろうと思ったのか。きっと聞いても「天才だからね」で済まされるから、ロマニは聞かなかった。
マシュはそんなことに構わず、ダ・ヴィンチとロマニの発言を咀嚼していた。
「ゴリラの侵入を見逃したと言うわけではないとしたら……もしかして、カルデアに元々居た英霊や職員がゴリラに変わった……?」
異次元めいた、とんでもない見解。
『流石マシュは賢い。そのとおりだ!』
でもその見解を、天才が認めてしまった。
「ありえない! と言うか、あってはならないだろそれー!」
ロマニは抵抗するが、微妙に筋が通っているのでタチが悪い。あってはならないことという意見には、誰もが同意間違い無しだが。
『いやいや。もうスキャン済みだからね。今現在、カルデアに居る英霊の大半がゴリラになっているから。職員はみな無事だけど、職場がいきなりゴリラ塗れって、全く無事じゃないよね』
「わーお! それドコ情報!? って、ダ・ヴィンチちゃん情報か! コードか!」
「でも、私は今のところ無事です」
マシュは己の身体をしげしげと眺める。今のところ、黒い剛毛も生えていないし、パンプアップもしていない。
『マシュはデミサーヴァントで、私はまあ色々身体を弄っているから。でもこのままだと、カルデアの機能がストップしちゃうね。なにせ、みんなゴリラだ。人類を救っている場合じゃない。だってゴリラだしね! 早急にゴリラ化現象の原因が探らないと、そのうちみんなゴリラになってしまウッホ』
「なりかけているから! 身体を弄っている人も、なりかけているから!」
冗談なのか本気なのかわからないものの、危なすぎるダ・ヴィンチの語尾だった。
『それにだ。もっと重要なことがある。二人共まだ、今日はマスター君の所に行っていないだろ?』
そしてその発言は、更なる危険を煽るものだった。
サーヴァント化したマシュは片手に持つ巨大な盾の存在を一切気にせず、部屋のベッドを容易く持ち上げていた。ベッドの下は、非常に清潔でホコリ一つ溜まっていない。定期的に、忍び込む英霊が居るせいだが。主に、清姫とか清姫とか静謐とか清姫とか。なお、何処かの源氏の大将は、上からガバッといく派である。
「そんな……」
顔が青くなるマシュ。部屋の探索はマシュに任せ、ロマニは部屋の入口で現状を確認していた。
「この現象に気づいた時には、既に部屋から消えていたってことかな?」
『おおむね、その通りだ。幸い君たちより先に、異変の深刻さに気づけたからね。その時点で、この自室から、マスター君は消えていたんだ』
現状、カルデア唯一にして、何度も人理崩壊の危機を救ってきたマスター。このカルデアにいる数多の英霊の主となる存在が、いつの間にか寝ていたはずの自室から消えていた。
「考えられるのは……」
『まずよくあるパターンとしては、既に異変を解決するため、独自に動いているパターンだね。本人の意志が無かったにせよ、巻き込まれて居なくなるパターンは、そうそう珍しくない』
ダ・ヴィンチが通信を介し、見解を述べる。
トナカイになったり、監獄塔に意識だけ飛んでいったり、高僧のお供として天竺を目指したり。今まで本来のカルデアの業務とは関係なく、マスター単独で何処かにレイシフトしてしまい、変な騒動に巻き込まれた例は多々ある。だいたい、数カ月に一度のイベントペース。パターンと称されても、仕方ない。
「そして、もう一つあるとしたら」
『ああ。マスター自身もゴリラになっているということだ』
このマスターの自室に来るまで、何度もゴリラとすれ違った。ひょっとしたら、あの中に当人がいたのかもしれない。
「せ、先輩がゴリラに……!?」
マシュは思わずショックでクラリと倒れそうになるものの、自身の盾を支えに踏みとどまった。デミサーヴァントとなった当初ならともかく、今のマシュには英霊ガラハッドより託された力と願いがある。先輩と共に人理を救ってきた経験が、倒れることを許してくれない。
でもできれば、こういう強さの発露は、ゴリラと関係ないシリアスな局面でしたかった。
現状を把握したロマニは、改めてカルデアの責任者として、今後の指針を述べる。
「方針を絞れない以上、二つのミッションを並行して進めていくしかないね。まず、不可思議なレイシフトがあったのかどうかを確認する。そしてもう一つは、現在カルデアの中にいるゴリラを調べる。まずはマスターの安全を確保しないと、カルデアは終わりだ。根本的な解決策を探すのは、それからだよ」
「ゴリラを調べると言われても、いったいどうすればいいんでしょうか……」
「少なくとも見分けはつくようにしないとね! さっきすれ違った、大きなゴリラとその肩に乗った小さなゴリラ。今のままじゃ、アレがアン&ボニーなのか、エウリュアレ&アステリオスなのかもわっかんないし! ひょっとしたら、ステンノ&メデューサかな!?」
『はっはっは、こんな状況でなかったら、ミンチになるどころか……うん。ミンチだね。細切れはドコまで言っても細切れで、ミンチもミンチだ』
「怖いこと言わないでくれよ!? 僕もヤケなんだから! いつもは人類史を救うグランド・オーダーだけど、今日この日だけは、ゴリラ・オーダーだ! さあ、ゴリラ・オーダー開始だ……!」
GRANDではなく、GORILLA。Gの頭文字が合っているからって、世の中やっていいことと、やってはいけないことがあるのでは。だが、実行しなければ、カルデアも終わり、人類も終わる。
マスター不在のまま、前代未聞のゴリラ・オーダーが発令されてしまった――
カルデアをうろつく、無数のゴリラたち!
「似た四匹ということは、似た四人。カルデアに同時に四人存在する英霊は、そんなにいない。該当する英霊は、クー・フーリンだ。おそらく、長い棒を取り合っていたのが、ベテランのクー・フーリンと若いクー・フーリン、つまりランサーのクー・フーリン二人。何やら呪文らしきものを唱えていたのは、キャスターのクー・フーリン。最後遅れてやって来た凶暴な個体は、きっとバーサーカーの」
「あの! ドクター!? 熱弁はいいのですが、こんなことをしている場合ではないんじゃないでしょうか!?」
だが、ゴリラまみれの世界に、順応する者も居た!
「いいねぇ……足柄山ン時のことを思い出すぜ。ベアーがお馬の稽古なら、ゴリラは相撲の稽古だ!」
「トータのおにぎりも美味しいけど、たまにはバナナもいいわよね。甘露、甘露」
「やはり食事は質より量、在庫がありましたので、こうしてポテトを用意しました。やはりゴリラとなれども、王は王。生前、文句の一つも言わず食していたものの方が良いかと思いまして」
ゴリラのコミュニティにて求められる、新たなボス!
「御仏の加護、見せてあげる!」
「主よ……しばし目をお瞑りください。ハレルヤ!」
「ラ・ミスティコさん! ルチャのお力、お借りシマス! ラ・ミスティカ~!」
「……女子プロレス!?」
やがて事態は、カルデアの外まで及ぶ。始まる、大冒険!
『やあやあ、今回のサポート役はこのダ・ヴィンチちゃんが勤めよう。まず目的は……』
「先ほど、目的を果たして黒幕を確保しました」
『早いね今回!? バトル抜きのクエストオンリーなのかい!?』
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