邪神邂逅-第七話
旧サイト初の連載作品。
手分けしてカルロスを探す志貴たち。
すでに惨劇が始まっていて…。
通常版
邪神邂逅-第七話
深夜の犬の散歩、本来朝のほうが良いのは解っている、ただ仕事の関係でこの時間帯しか出来ないのは事実だ。
だがこの時間帯の散歩はもう止めようと思う、やはり危険だからだ。
そのことに気付いたのは大きい黒いワニに愛しいペットが食われて、自身の下半身をワニの大口にに飲み込まれたときだった。
「うーん……公園かぁ……」
確率的には何処も一緒と言いながら当たりでないのは肌で感じる、虫の気配も無いし大掛かりな儀式特有の渦巻くような魔力の気配も無い。
ただし何かが居る、だが大した魔力ではない。
彼女から見れば路傍の石……
ドクン!!
「! 」
脳裏に響く巨大な鼓動、心臓音に似ているが、肥大されたその音はステレオの音響並みに脳裏に響く。
直後に響く女性の悲鳴、アルクェイドの足は自然に悲鳴の発生場所へと向っていた。
公園の中心にたどり着くと同時に眼に入る黒い巨大なワニ、その口からは女性の手綱を持った手が見えている。
散歩中に犬ごと喰われたのだろうか? もはやそれを知るものはいない。
がりがりと響く租借音、同時に消えていく手、それと共にワニの体が肥大化していく。
よく噛んで飲む、細切れによる確実な死。それが女性を救出できる可能性が0である事を知らしめ、逆にアルクェイドに冷静さを取り戻させる。
「……ネロ=カオス? 」
公園というシュチュエーションと黒い動物と言う点から分析した敵の正体、しかし何か違うような気がする。
『666の混沌』ネロ=カオスが作り出す動物。そのワニも見たことがあるが目の前のワニはそれに比べ肌の細部に細かい文様がある。
だがそれ以上に不気味なのは成長性、このワニは女性を喰って一気に大きくなった、流石にそこまでの栄養吸収率はネロのワニには無かった――
「ギャルルルルルルル!! 」
方向と共に口を全開にして襲い掛かるワニ、その速度は体の割には俊敏な猟犬のような速度を持っていたが、
「ほいっとな」
宙に跳びアッサリと避けるアルクェイド、かわしざまにワニの上顎を思いっきり刎ねる。
吹っ飛び闇に散っていくワニの上顎、バランスを失った体は思いっきり電柱へと突っ込んでいく。
「あーあ、こんな馬鹿牛みたいなやつじゃあ楽しめないじゃない。さっさと片付けて志貴と合流――!! 」
アルクェイドの眼に飛び込む異様な光景。
上顎が刎ねられ剥き出しになった頭脳の辺りに埋めこめられた女性の体、それは紛れも無く琥珀だった。
アルクェイドの驚きなど意にかえさずにのた打ち回るワニ、下あごですくう様にして地面の土をむさぼり食う。
すると、食す速度と同速のスピードでワニの破壊された上顎が再生を始めた。
見る見るうちに琥珀の体はワニに呑まれていく。
(家事手伝い姉を魔術回路に組み込んで作成したクリーチャーか。まあ確かに感応者の力は確かにエンジンとしては最高だけどね。ただあの馬鹿ワニどっかで見たことが……)
自身の900年という実感なき積み重ねの遠い記憶を探る、あのワニはネロの魔獣等ではない、どこか遠くで見た記憶。現状のキーワードも重ね思考の海を泳ぐ。
(アンリ……南米……ワニ……神……!! )
適当なキーワードの羅列から刺激的に生まれる答え、全てを理解した。
目の前のワニの由来に神の正体、全ての靄が急激に晴れる。
「だとしたら――」
思考にはまっていた内に目の前に近寄ってきていたワニの口を思いっきり両手で掴む。
「最悪じゃない!!」
怒りと共に思いっきりワニの体を反り投げで投げ飛ばす、ワニはそのまま公園の噴水へ飛んでいき、その巨体で噴水を見るも無残に破壊した。
「ああああああああ……」
もはや口から出るのは情けない悲鳴でしかない。
神様、私何か悪い事しましたでしょうか?
単に明日提出必至の宿題を部室に忘れてしまったのに気付いたため、ちょっと学校に侵入しただけ。
そうしたら学校に跳梁跋扈する変な人達に遭遇、問答無用で襲い掛かってきた彼等から身を潜め現在学校のトイレの個室ででスニーキング中。
日頃の鍛錬がよかったのか、とりあえず巻いたみたいで一安心、このまま朝まで待っていればどうにかと……ギシリギシリと響いてくる足音がその甘い考えを霧散させた。
息を無理矢理潜め通り過ぎるのを待つ、少しずつ近づいて来る足音、恐怖もそれと共に増大していく。
幸い気付かなかったようだ、足音は消えて気配も消える、一安心して息を吐く。
……ん? まてよ? コレってよくある怪談のパターンじゃないの? 大体この展開だと――
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
予測どおり身を乗り出し個室を覗き込む変な仮面の男、手には黒光りする斧、それが私が気絶する前に認識できた最後の光景だった。
個室に隠れる少女を見て斧を振り下ろそうとする男、仮面は石でできており、装飾は無色ながらも細かい細工が施しており、いやがおうにシャーマニックな匂いを感じさせる。
少女の命が散ろうととしたその時、窓ガラスを割って飛び込んできた影がいた。
影は勢いを利用し、そのまま仮面男の顔面目掛け飛び蹴りをぶち込む、仮面男は吹き飛ばされトイレの壁に思いっきり叩きつけられた。
影はそのまま華麗に着地、俊足の動きで仮面男に近づき、手に持っていたナイフで体の胸の一点を穿つ。
「アガ……」
断末魔と共に崩れ落ちる仮面男、その死骸はどろどろに溶け消えていく。
しかしそんな光景など見届けずに、影の正体である志貴はやむおう無く女子トイレ個室のドアを切り刻み、気絶した少女の容態を確認する。
目立った外傷も無いし脈もある、どうやら気絶しただけのようだ。
「ふぅ、よかった。でも、何体いるんだろうな? こいつ等は! 」
安堵する間もなく七つ夜を手に持ちトイレの入り口に駆け出す志貴、既に入り口にはそれぞれ違った獲物を持った仮面男が殺到していた。
「あー!! 本気でしつこい!! 」
5回目の再生を始めたワニを見てアルクェイドが思わず叫ぶ。
パワーやスピードや凶暴性よりなによりも再生速度が凄まじすぎる、なんせ頭を削ろうが胴を薙ごうが直ぐに目の前の物を喰って再生を始める、街灯だろうがベンチだろうがお構いなく、しかも土でもよいらしく現に地面を喰らって2回ほど再生した。
別にやろうと思えばコレぐらいの大きさの敵一気に再生の間を与えることなく吹き飛ばせるのだが、その場合は体内に埋め込まれた琥珀の存在がネックになる。
しかも琥珀の体を引きずり出そうとする際は再生力が仇となり、ちょっと傷をつけても直ぐに再生した肉で琥珀の体を埋めてしまう。
決して強くは無いがしつこさは最悪レベルかもしれない。
さっき一瞬放っておいて呪術の主であるカルロスを叩きに行こうと思ったが彼が何処にいるかわからない、学校かシュラインか未だ不明だ。
自分にとっては取るに足らない存在でも一般市民には十分な脅威となりえる、放って置いたら何人食われるかわからない。
「しかたないか」
正直疲れるので余りやりたくなかったが、このままでは泥仕合だ。
しかも琥珀が内部にいるという状況はより一層の微調整を必要として正直やりにくい。
再び方向を上げ迫るワニ、それを冷ややかな眼で見つめるアルクェイド、その直後ワニを拘束するように無数の鎖が地面から湧き出る。
しかしワニの暴走は止まらない、少しずつ鎖を千切りアルクェイドのほうへと向かって行く。
「チッ……」
思わず舌打ちするアルクェイド、空想具現化で発生させた鎖の拘束は本来凄まじい拘束力を持つ、しかし内部に琥珀が埋め込まれている状況を考えると全力では締められない。
仕方無しに鎖を解き放ち再度別の手を考えようとするアルクェイドだったが、直前で何かを思いついたかのように腕を軽くワニへと振った。
再び地面から浮き上がる鎖、しかし今度はワニの体全体を拘束する事無く、口の上下のみ厳重に縛りつけた。
そのままワニを迎え撃つように突撃するアルクェイド、すれ違いざまにワニの四肢を絶ち動きを止める。
鈍重な音を立て地面に倒れ伏せるワニ、動きが止まった瞬間にアルクェイドは反転しジャンプ、そのままワニの頭蓋の真上の琥珀が埋まっていた辺りに飛び乗った、そのままツメを思いっきりたて肉を引き裂く、そして徐々に掘り出されてきた琥珀の体を思いっきり手繰り寄せ引きずり出す。
ワニの再生の鍵は喰う事、喰う事でエネルギーを外部吸収して再生を繰り返していた、しかし口を封じられたワニに喰う事は不可能、予想通り再生も一切止まった
そのまま琥珀を脇に抱え跳ぶアルクェイド、同時にワニの体に全力で踏み込みその体を粉微塵に砕いた。
静寂の体育館、ステージに置かれた祭壇にいびき一つ無く横たわる翡翠。
目立った外傷は無い、唯一あるとすれば彼女の手首の動脈に刺さる極細のチューブ、そこから僅かに流れ出す血は下に置いてある無数の石仮面へと少しずつ注がれる。
光が閉ざされた体育館、その状況を打ち払うかのように体育館の扉が静かに開き月明かりが僅かに漏れる。
「UOOOOO!! 」
刹那、体育館のいたるところから漏れる人ならざる声。
一晩で学校に大量発生した石仮面の男たちが20人近く獲物を持って、闇という静寂を打ち砕いた志貴に向い襲い掛かる。
「翡翠!!」
人外の恐怖など眼に入らないかのように大声で叫ぶ志貴、同時に真っ先に襲い掛かった仮面の男が手に持っていた鉈ごとバラバラに寸断される。
そんな事には構わずに次々と襲い掛かってくる男達、しかし剣や斧等の手に持った獲物を使おうとする一瞬の隙を狙い志貴は線を切り裂き点を次々に突いて行く。
学校に突入したときからとうに魔眼殺しである眼鏡をかけられる状況ではなかった、今までに無い長期の線と点の見極め。
かぶりを振り、魔眼の使いすぎから来る頭痛を振り払おうとしたその時、志貴の上空に広がる無数の殺気、
「……冗談だろ? 」
上を見て思わず嘆息する志貴、視線の先には体育館の梁にへばりつく様にした男たちが矢をつがえていた。
「SYAAAAAAAAAAAAA!! 」
奇声と共に放たれる矢、寸前に転がり回避する志貴、力が込められた外れの一撃は乱暴に床を破壊し、逃げ遅れた仮面の男数人を刺し殺す、しかし弓を持った仮面男達はそれに一切動揺することなく第二射をつがえ始めた。
だが動揺が無いのは残りの仮面男も同じ、壁際に引いた志貴に対し怒涛の勢いで襲い掛かる。
しかし志貴も一切動揺せずに間近の鉄柱に眼を這わせ仮面男達にあっさりと背後を見せていた。
無造作に七つ夜で鉄柱をなぞる、アッサリと通る刃を尻目に背後から襲い掛かる無数の刃。
横からのなぎ払いに縦からの振り下ろし、四方八方隙の無い斬撃は回避を不可能に思わせたが、志貴は七つ夜で鉄柱の一部を突いてから垂直に一気に跳んだ。
そして少し傾いた鉄柱を足場にして一気に仮面男達の背後方向へと跳躍の軌道を変える、同時に鉄柱が揺らぎ根元からスッパリ切れた。
「GYA---------!!」
倒れた鉄柱は地上の仮面男を巻き込み断末魔を上げさせる。
しかし、先ほどと変わらずに平然と矢の標準を志貴に合わせる梁の上の男達、だが直ぐに天井の男達にも平然としていられない事態が起こった。
点を突かれ『死』を迎えた鉄柱は胎動し細部から崩れてゆく、鉄柱が崩れるスピードと共に鉄柱を足場としていた体育館の梁も揺らいで来た、そして限界が訪れたその時、男たちを乗せたまま梁の一部が崩壊した。
豪快な音を立てて崩れる梁であった鉄柱、鉄の轟音と共に肉の炸裂音も響かせ体育館の半分を完全に破壊する。
轟音が止んだその時、体育館に存在する生命は眼鏡をかけ直した志貴と埃一つ無いステージで眠る翡翠だけだった。
「UO-----------!! 」
しかし先程と同じように再び起こる怪声、次々と翡翠の血がかけられていた石仮面から現出する男達、見る見るうちに翡翠の寝ているステージは仮面男たちで埋め尽くされていった。
「そんな……」
リセットされた戦いに一瞬唖然とする志貴、再び眼鏡に手をかけ戦闘体制に突入しようとするが、
「うっ……!! 」
襲い繰る吐き気に思わず跪いてしまった。
魔眼の限界、最近は慣れてそんなに吐き気を感じたことはなかったが流石に限界が来た。
眼鏡を外せないままステージの方を見る、仮面男達は我先にと素手でこちらに向ってくる。
十人単位のリンチ、武器が無くとも殺傷能力は十分だろう。
跪く志貴に殺到する男達、先頭の男が志貴に手が届くところまで着たその時、無数の黒鍵が男の体を貫いた。
「先輩!?」
居る筈の無い名を呼ぶ志貴、彼女がシュラインに向ったのはクジ引きのときに確認した、しかし男をなぎ倒したのは間違いなく彼女の武器である黒鍵――
「コレは別に彼女だけの武器ではない。最も使用する人間は決して多くは無いがな」
背後から響いたのはシエルの声ではなく、無骨で無愛想な男の声だった。
志貴の動揺を余所に黒鍵は次々と仮面男たちを貫いて行く、志貴に向ってきた仮面男を全て撃ち貫いたときに黒鍵の投擲者の正体は志貴の眼前に姿を現した。
長身で軽くウエーブがかかった髪、それは外見の特徴でしかない。冷徹な眼光に鍛えこまれた体は男が只者でない事を予感させる。しかしそんなものより何よりその身を包む神父服がその身分を端的に現していた。
「……教会? 」
「石仮面を媒体にしたクリーチャーか。感応者の血を使うことによって儀式時間の大幅な短縮に加え身体能力に知能の向上、確かにその実を見極められなければかなり厄介な敵ではある、まあ魔術協会と喧嘩になりかけてまで私を無理に呼んだのだ、これくらいの相手でなければ背が立たない」
問いかける志貴、しかし神父は聞いていないのか再び湧き上がってくる敵の分析を愚痴りながら一人で冷静に続ける。
「しかし実を見極めれば大した敵ではないな」
言うや否やステージ上の翡翠に向け黒鍵を放つ神父、その一撃は翡翠の腕に繋がっていたチューブを二つに断ち切る、血の供給が止まると同時に半身が生えかけていた仮面男達は巻き戻すかのように溶けて行き、数秒後にはあっさりと消滅してしまった。
「ふむ、眼が痛いのか? 少し待っていろ、あのメイドの止血が先だ」
志貴に一瞬眼をやったかと思うと直ぐにスタスタとステージに向っていく神父、その言動や行動はひとりよがりという範疇を超えて逆に清清しさをも感じさせる。
志貴の脳裏にシエルの言葉が思い出される、『心霊治療の専門家を呼んだ』確かに翡翠の腕の止血をアッサリとやるところから見て腕は良いようだ。
「さて、次はお前だ遠野志貴。眼の治療と共に妹の容態についても話してやろう」
こう言う人物に口を出しても無駄な事はなんとなく経験で知っている。志貴は大人しく、翡翠を抱えステージから降りてくる神父を待ち受ける事にした。
「まず妹の容態についてだが……」
話しながらも赤い布を志貴の眼に巻き付けて行く神父。
布の詳しい由来や効果等の説明は一切なかったが、眼痛みと共に頭痛が治まっていくのは感覚で解ったので志貴は黙って神父の治療とやらを受けていた。
「安心しろ、命に別状はない。三日ほど眠り続けるだけだ」
「そうですか……」
「ヤツが手加減していたのが幸いしたな、もし遙か昔に教会の一軍が全滅させられていた病気をばら撒かれていたら私でも無理だった」
「……先輩が言ってました、『二人が助かったのは運がよかっただけです』って」
シエルが出掛けに言ったアンリ=カルロックの真の能力、全貌はハッキリとは言わなかったが伝染病をばら撒くくらいの事はアッサリとできるらしい。そのせいで自身と秋葉は瞬時に病気にさせられた。
「そうだな、奴が分別のある男でよかった。この町に伝染力が強い病を無差別に撒かれていたら100人単位の死者ではすまなかった」
何か含みのある神父の言葉、まるで100人単位以上の死者を望んでいたかのようだ。
「そういえば公園の方にはアンリ=カルロックは居なかったそうだ。ただブービートラップとして『全てを喰らうワニ』が居たらしい」
「全てを喰らうワニ? 」
聞いた事の無い単語に思わず疑問符を上げる志貴、それを聞いた神父は軽い侮蔑の表情を浮かべ志貴を見つめる。
「……七位から聞いていないのか 」
「全然」
それを聞いた神父は侮蔑の表情から元の鉄仮面へと戻り
「ふむ……まあ仕方ないな。では話してやろう」
話を一度止め志貴の眼に巻かれていた布を外す、痛みが完全に治まった志貴の前には仰々しく立つ神父の姿があった。
志貴が眼鏡をかけると同時に神父の口が不愉快そうに開かれる。
「――邪神の正体を」
「『全てを喰らう鰐』マセワル、フェイクとは言え南米神話伝説の魔獣を倒すお手並み。流石ですね」
マセワルという名のワニがアルクェイドに粉々に打ち砕かれたその直後、草の陰から出てきた宝塚にでもいそうな男装の麗人はいきなりこう言った。
「……あんたが教会の援軍? 」
ぶしつけに聞くアルクェイド、目の前の女性の体に渦巻くのは魔力、つまり彼女は魔術師、その抑え方や大きさから見て中々の腕前のようだ、はっきり言ってここまでの魔術師は教会より魔術協会の方が身に会うだろう。
「いえ、私はちょっとした手伝いです。腐れ縁の旧友が人手不足で悩んでいたものでしてね、用件で近場に居た私が」
苦笑しながら呟く女性、もし仮にこの女性が魔術師だとしたら人手不足で悩んでいる教会の人間を助けるのは不自然だ。よほどそのくされ旧友とやらの縁は深いのだろう。
「しかしメキシコ系統の呪術とは珍しいですね、あのラインはアステカ帝国の崩壊と共に完全に途絶えたと思ってましたが」
「まあ聞いたところによると元々アンリは芸術から生物学に魔道知識と魔力容量が低い替わりに幅の広い人間だったらしいからねー。どうも死んだといわれてた期間あっちに潜伏していたみたいだから……その時に憶えたんじゃない? 」
外傷の無い琥珀をベンチに下ろし軽く答えるアルクェイド、女性は直後に琥珀の方へ寄っていき軽い治療を施す。
「大した外傷ではありませんね。ところでミス・アルクェイド、これで彼が召還しようとしている神の正体が確定しましたね」
この格好でこんな言葉遣いでは多分男性より女性にもてるのだろう、彼女の悲しい定めに軽く涙腺を押さえながらアルクェイドが答える。
「まあね、メキシコ神話関連で血を喰らう強力な神……奴しかいないじゃない? 」
「……軍神テスカポリトカ、主神であった太陽神ケツァルクアトルを追放した最狂の神。自身を主神とした王国であるアステカ帝国で生贄を慣習化させ長き力を保ってきた神。しかしコルテスのアステカ帝国侵略で帝国は崩壊し血の供給と共に力を徐々に失い消滅したはず……」
「まあ話には聞いてたけどね、大昔の南米に太陽をも退けた死徒に連なるバケモノがいたって。まさか復活させようとする阿呆が出て来るとは思わなかったけどね」
「まあそれは仕方が無い。ところでお渡しするものが有ります」
そう言って女性は後ろから幾枚かの紙を取り出した。
「コレは? 」
「私が友人から手渡されたものですが元々は今回の件を知った教会上層部から送られて来た物だとか」
紙を受け取りパラパラとめくるアルクェイド、一通り見て溜息をつく。
「メレム……確かに無理すればできるけどさあ、私にも限界があるんだって」
ブツブツ文句を呟くアルクェイド、文句が途切れたのを見計らって、女性がタイミングよく口を開いた。
「アンリ=カルロック、彼が保有しているデーターは魔術師協会にとっても貴重なものです。当時、中世のレベルの高い魔術師達がヨーロッパ中を放浪する彼を捕縛しようと試みたのですが全て失敗。彼とまともなコンタクトが取れたのはかの宝石翁ぐらいと聞いています」
「まああの爺さんなら不可能は無いと思うけど……」
アルクェイドの脳裏に蘇るは笑顔で島一つをアッサリ吹き飛ばす自身の後見人の姿。
「彼が病気をばら撒く事は古い資料にも書かれています、ただその伝染手段が不明だ。虫を媒介にしているという仮説もあるが退虫対策をしっかりとしても病気が発祥したらしい。ミス・アルクェイド、あなたは彼の伝播手段に心当たりは? 」
「ないわよ」
あっさりと答えるアルクェイド、一瞬女性が鼻白むがマイペースで平然として言葉を続ける。
「ただシエルは予想がついてるっぽかったけどね……」
瞬間、空気が震えアルクェイドの言葉が一瞬途切れる。
聞き入っていた女性も驚愕して波の発信源、三咲町では珍しい超高層ビル『シュライン』に慌てて視線を移す。
「こ……この凄まじいまでの魔力……まさか本当にテスカポリトカが復活を……」
女性のセリフが終わらぬうちに駆け出すアルクェイド、走るというより跳ぶといった方が正しい足運びで遠くに見えるシュラインめざし跳んで行く。
「ちょ……ちょっと!?」
「そこの家事手伝いの面倒ヨロシク!! もしなんかあったら17つに体分割されるわよ!!」
慌てて引き止める女性に琥珀の世話を押し付け消えるアルクェイド、残された女性は唖然とした後に嘆息し琥珀の寝ているベンチの端に座る。
「……ふう。なんで私の周りに居る連中はなんでみんな自分勝手なんだ? しかし、まさか古代の邪神がこれほどまでとは……いくら人手不足でも援軍を待ったほうがよかったんじゃないか? 戦争も始まっていないのに監督役と参加者の一人が死んでしまったら笑い話だぞ? 言峰……」
苦笑する女性、そのルーン石で出来た古めかしいピアスがその彼女の宿命を知らしめるように悲しく光った。