邪神邂逅-第六話
旧サイト初の連載作品。
カルロスに敗れた志貴と秋葉。
目覚めたとき事態は悪化して…。
通常版
邪神邂逅-第六話
ぼんやりとベットに寝ている志貴の意識が戻ってくる、外は夜の帳がおりかけている夕方、時間にして遠野屋敷の死闘から半日以上経っている事になる。
「あ、遠野君。気が付きましたか」
部屋の主であるシエルが志貴の方を振り向き、嬉しそうに顔を近づける。
「なんでココに……俺は……」
ハッキリしない頭、徐々に状況を思い出すにつれ冷水を被ったように頭の中が冴え渡る。
「秋葉は!? 翡翠に琥珀さんに……」
全てを思い出し、矢継ぎ早に繰り出す質問。
しかしシエルはそれに答えることなく、人差し指を志貴の口にあてた。
「めっです。落ち着いて周りを見てください、そうすれば今の疑問の一つは解消されます。そんな事も判断できない遠野君には難しいことは教えられませんよ」
なぜか拗ねたような表情で志貴を見つめるシエル、その視線の先には、
「……うーん……兄さん」
志貴の傍らで安らかに寝息を立てる秋葉の姿があった。
ガッ……と声を上げて思わず固まる志貴。
5分後、
「買ってきたわよー……って、どうしたの志貴? 」
両手一杯に蚊取り線香やらノーマッドやらの一般的なものから超音波を使用した新型の退虫装置、古今東西の虫除けグッズを抱え込んだアルクェイドを出迎えたのはシエルに土下座する志貴の姿だった。
「……ご、ごめんなさい」
「別に怒ってないわよねー」
「そうですよ、事情が事情ですしね。流石に意識を失ってまで遠野君にしがみつく可愛い妹を引き剥がすのは偲びありませんでしたし。第一、頭を下げていたら 細かい事情も説明できないじゃありませんか」
蚊取り線香が思いっきり炊かれ、部屋中のコンセントにノーマッドが点いたシエルの部屋。
女二人に土下座する志貴、前情報無しで見ればまるで三角関係の清算の現場のようだ。
恐る恐る顔を挙げ眼が笑っていない二人の前に座る志貴。
直後、それを待っていたかのようにシエルが口を開いた。
「とりあえずここまで退虫グッズをばら撒けば部屋に虫が入ってくる事は無いでしょう。話すことは幾つかありますが……順を追って話していきますので解らない事があれば合いの手を」
無言でうなずく志貴、アルクエィドもそれで了解した事を示すように、お茶請けのカレー煎餅をつまむ。
「まずあの後、つまり遠野君が意識を失ってからどうなったかから話します。意識を失った遠野君と秋葉さんを残しアンリ……いや、カルロスはこれまた意識を失った琥珀さんと翡翠さんを連れて逃亡しました。私たちはお二人を連れ出し、とりあえず退魔結界が貼られた私の家で保護していたわけです」
「! そんな……」
予想していた事ながら改めて聞かされた事で予感が現実となる。
二人の危機。
その志貴の様子を見て煎餅をかじっていた手を止め、空いた手で志貴の肩を押し止めるアルクェイド。
「……離せ」
「駄目。話はまだ終わっていない、大人しく聞かないと……殺すわよ」
持ち前の殺気を全開にする男に本来の力を隠さずに押さえ込む女。
普通の家の食卓で交わされる殺気あるやり取りは女の勝利に終わった。
殺気を何とか落ち着かせ、席に座りなおす志貴。
そのやり取りを無言で見つめていたシエルがやり直すように言葉を切りなおす。
「あの二人でしたら大丈夫です。元々カルロスには体がまともな真祖を相手にするようなカードはさほど無い、大事な人質としての意味合いもある二人を殺す可能性は0に等しい」
「だとしても危険ではあるんだろう? だったら直ぐにでも……」
「探しに行こうですか? 無理ですね。 彼が支配する虫たちは多岐にわたった上に町中に放たれている、虫と言う無限の監視カメラをかいくぐって本体に到達するのは不可能です」
テーブルの下から紙を取り出し広げる、中には三咲町の地図が書かれていた。
「キーワードは神の復活。彼は言いました『我が神は血を好み、日を嫌う』。神クラスの霊を召還するとしたら様々な制約が生まれます。まずは時、これは日を嫌うと言う言葉から夜でしょう、寝ている間に終わると言う言葉からおそらく今夜。そして場所、血を好むと言う一説は呪術召還系の神を連想させます、だとしたら儀式の場としてふさわしい祭壇が必要となります。たとえば何百人もの血を吸った祭壇等……」
すらすらと条件を並べていくシエル、しかし場所の問題に話が移ったその時、志貴が口を開いた。
「ちょっと待った、そんな祭壇なんてこの町には無いぞ。下手すると二人を連れてここを離れて……」
「それがあるのよね。確かに数百人もの血を吸った祭壇なんて気の聞いたものは無いけど……数百人、いやもしかしたら数千人の血を吸った連中が死んで血を流した所なら幾つかある。志貴も心当たりがあるでしょ?」
アルクェイドのこの一言が志貴の忌まわしき記憶を呼び起こす。
――出会ってしまったな、この私と
――クックックックック……
――カットカットカットカットカァァット!!
志貴の脳裏に浮かぶ忌まわしき声。
「第十位ネロ=カオスの死した公園、番外位ミハイル=ロア・バルダムヨォンの滅びし学校、十三位タタリが消滅せしシュラインと」
場所を口にしながらそれぞれの場所を地図にマークしていくシエル。
「この3つの場所のどれかで儀式は行われます。ただそれ以上の予測は出来ない。ただ、幸いな事にこちらも3人います」
「相手が察知する前に3箇所同時に強襲ってとこ? 」
「まあそれが一番でしょうね、遠野君もそれで良いですか? 」
「ああ」
別に反対する理由も無い、作戦立案などに関しては自分は素人なのだから。
ただ志貴には一つだけ聞いておきたい事があった。
「この病気の原因は……奴の能力なのか? 」
止めを刺そうとした瞬間に屋敷中に偶然正体不明の伝染病が発生した、こんな偶然は隕石に直撃する方がまだ高いぐらいの確率だろう。
「ええ。そうです、私も油断していました……考えてみたら瞬殺されたとは言え前五位だったんですよね。どうも瞬殺のイメージが先行して侮ってついつい…… 数少ない資料では彼の能力は『昆虫支配』と残されています、しかしコレはあくまで彼自身の能力の一端、ようするに奥の手では無かったという訳です。彼の真の能力、それは……」
一度言いよどむシエル、なぜか視線を一端押入れに向けた後に意を決したように口を開いた。
地面に描かれる赤い魔方陣、血で描かれた魔方陣は黒と赤が混じった幻想的な色をかもし出していた。
「ハハハ、もう直ぐです。今月今夜のこの月に神は復活しまース」
魔方陣の中心で笑う男、その笑みは歓喜。
目的が達成される喜びは何事にも変えがたい。
「この仮面に……」
両手に抱えていた巨大で豪奢、南米の精霊図に描かれるようなサイケな仮面を足元、魔方陣の中心に置く。
「この揮発剤と成る血をかけてと」
試験管を懐から取り出し、中に入っていた少量の血を仮面へとかける。
血をかけられると同時に仮面は真紅の輝きを放つ、光は徐々に大きくなり魔方陣をあますとこ無く包んでいった。
「ハハハー!! 大成功でース!! コレでやっと長年の苦労が報われまース!! 」
大声で笑いながら魔方陣の外に横たわる意識無き二つの肢体に眼をやる。
功労者である彼女達に向けて。
双子、身体的特徴に内部構成まで酷似した姉妹。
生まれつきの才覚、感応者としての血の力は二人とも同じ能力、しかしこの二人の内実はかなり違った。
割烹着の琥珀とか言う人物の血は熟れている、きっと産まれて数年の力に目覚めた頃から能力を使い続けてきたのだろう。豊熟なワインの如し血
それに反してメイド服の翡翠の方は初々しいワイン。力の使用の痕跡が殆んど無い、未使用と言うわけではなさそうだが少しは熟れていた方が味があるので問題は無い。
「熟した姉に初々しい妹……彼女達の人生に一体何があったんですかねエ……」
はっきりいってロクでもない理由なのだろう、しかしこのロクでなさのお陰で自分は助かった。本来同一素材ながら熟れ方に天地の差がある血、混ぜ合わせたときの刺激は想像以上の効果を生んだ。本来なら血を全部吸いださなければ揮発剤に成らないと思っていたが、全部どころか献血より少ない血の採取ですんだ。
「まあ……私の歌を聞いてお金を入れてくれましたからネ。殺すのはかわいそうだとは思っていたのですガ……」
できればこのまま志貴と同じように全てが終わるまで眠っていて欲しい。
しかし自分には手駒が無い、代行者と真祖とのハンディキャップマッチをやらかすほど無謀ではない。しかし手は有る、それには彼女達の協力が必要となる。
「下手すると教会の騎士団辺りが急行してるかもしれませン、細工は打って置きたいところでース」
しぶしぶと琥珀と翡翠の元へ近づくカルロス、その手には数枚の石仮面と巨大なワニの彫刻が握られていた。
「そんな……」
全てを聞いた志貴の顔に狼狽が走る、その能力が真実だとしたら能力が全開で発動した時にはネロやタタリ以上の惨劇を引き起こすことになる。
「残念ながら真実です」
シエルの冷徹な顔が冗談であって欲しいと言う希望を全力で断ち切る。
「だとしたら秋葉は……」
脳裏によぎる不吉な予感、今は安らかに寝息を立てているが容態が何時急変するかはわからない。
「ああ、それでしたら大丈夫です。心拍数に顔色に体温も異常無し、ほんとに寝ているだけです。ただ……」
「ただ? 」
「遠野君への過剰な生命力の供給に自身による病気の略奪、これがいけなかったのか眠りが深すぎる、下手をするとこのまま一生起きない可能性も……」
「そんな――」
――なんでそんな事を!?
喉に出掛かっていた言葉を強引に押し込む志貴。
理由は解っている、自分を助けるためにこんな無茶をしたのだ、のうのうと助かった自分がそれを口にする事は秋葉への冒涜に過ぎない。
「その件に関しては私もなんとも言えませんので教会の方に援軍と一緒に専門家の派遣を頼みました、心霊治療は一通りのことは出来ますが専門ではないので見る人が見ればあるいは……って、何をさっきからゴソゴソとやっているんですか、アルクェイド? 」
「んー? 暇だからくじを作ってたのよ――できた! 」
地図の上にでんと箱を置くアルクェイド、箱は空のティッシュ箱を改造してあり、中に紙の切れッ端が3つ入っている。
「紙にはそれぞれ地名が、引いた所にそれぞれ行くのよ」
「肝試しじゃあるまいしこんなんで良いのか? 」
「そうですよ、もっと確率や何かを考慮して……」
流石に異を唱える眼鏡コンビ。
「確率? そんなもの無駄でしょ。公園は広さが大掛かりな儀式をやるのに適しているし、学校は入り組んでいてトラップが仕掛けやすい、シュラインは血が流れた時間が他の二つに比べて新しいし、こんなもん頭使うより運任せでしょ」
妙に理知的な反論をするアルクェイド、流石にここまで言われては肝試しみたいだろうが箱のつくりが思いっきり雑だろうが反論は無い。
箱に向け手を伸ばしたのは三人同時だった――
音も無く忍び寄る無数の黒尽くめの影、その影達の双眼が見つめるものは一点、派手な衣装に身を包んだ過去の亡霊。
亡霊は自身が描いた魔方陣の一点を見つめ影に向け背を向けている。しかし影は動かない。
機会は一度、しくじりは死を招く。
静寂の時間、それを切り裂くように雲を晴らす突風。
刹那、影達は動き亡霊に向け一斉に小剣を付き立てた。
ハリネズミと化す亡霊、声一つ無く崩れ落ちる姿は生に妄執した亡霊にしては簡易すぎ哀れみも浮かばない……
「おおーブラボー!! 素晴らしいお手並みデシタ、教会の暗殺者の皆さん!!」
真面目な雰囲気を崩す能天気な声、声は正体を明かさずに影達に話し続ける。
「音も無く忍び寄り一撃で標的の命を獲る! いいですねー、でももうちょっと標的を見たほうが良いですヨ? まあ見抜ける魔術系の才能が有れば暗殺者みたいな切り込み隊長の鉄砲玉には選ばれませんがネ」
ごわごわと音を立て崩れる亡霊の死体、布の隙間から偽の亡霊の体を構築していた蟲が湧いてくる。
「ハハハ、私はここでース」
魔方陣から少し離れたところから姿を現す亡霊。
否、標的のカルロス=サントがうやうやしく頭をたれ姿を現す。
しかしその姿はいつものラテン衣装の格好ではなかった。
ピッタリとしたスーツにきちんと締められたネクタイ、ワイシャツにも目立ったシワは無い、長髪もきちんと整えられており、その姿はどこぞのエリートサラリーマンのようだ。
「ハハハ、正装でス。なにせきちんと名を戻しますからネ……カルロス=サントの名から……アンリ=カルロックへと」
力を溜めたセリフが終わるや否やアンリは影の一人に向け一足で近づいた。
そして背から取り出したバイオリンの弦で一気に喉笛をかき切る。
プシューという噴出音を上げ血を吹き出し倒れる影、血が止まぬ内に一番近くの影をバイオリンの本体で思いっきり凪ぐ。
喰らったという自覚が無いままに影の頭は横へ吹き飛び地面へと転がっていった。
「暗殺者は隠れないと駄目ですネ、まあ戦士だろうがなんだろうが関係有りませんが、私は今、最高にハイ!! ですかラ」
ほうに付いた血を指に付け舐めながらの言葉は美しさも含めた狂的な光景、思わず影たちの足が後ろへと下がる。
「さあ、神に祈りましたカ? ハハハ、教会所属の暗殺者の利点といえばその権利ぐらいでしょウ? まあ手早い襲撃には敬意をしめしますが……教会も手広くなりましたネェ? 昔はハポンなんか東洋の辺境と見て相手にしていなかったのニ。まあ真祖が長期滞在しているところですから注目はあったのでしょうガ」
影を囲むように寄る虫たち、その円陣には一片を除き隙間無い。
「この対応のスピードから見ると騎士団は絶対今晩中に来ますネ、魔術協会のほうも感知してるかモ……本番に向けて体慣らししなければ駄目ですネー」
一片の隙間から円陣に入り込むアンリ、同時に影の一人が蟲に喰われ絶叫した。