モメンさま
或る女生徒が死んだ。
夕方学校の屋上から飛び降りた彼女は、昇降口辺りに赤く散った。
別に彼女と付き合いがあった訳ではないので彼女が何で死んだのかは知る由も無い。ただ、うっかり彼女が潰れる瞬間を見てしまった僕は、あの光景は一生忘れられないだろう。人が死ぬ瞬間を見せ付けられたのは流石にショックだったが、その後の光景は残虐を通り越してもはや奇異としか表せないものだった。
僕は一生忘れられないだろう。ぐしゃりと潰れた彼女を悼むように、屋上からばら撒かれる色とりどりの布の切れ端。そして、屋上で潰れた彼女を見下ろす謎の人影を――
屋上には彼女以外の人間が居た痕跡は無かった。遺書は無かったが、状況的に自殺としか判断が出来ない。それが警察の出した公式見解だった。僕は一応目撃者として人影の事を証言したが、証言は見間違いということで一蹴された。なお、自殺の際舞い散った布は何らかの要因で心神耗弱した彼女がばら撒いてから飛び降りた。そういう解釈に落ち着いた。
だが、布が散ったのは彼女が潰れてからしばらくだ。いくら人のほうが早く堕ちるとしても、まず有り得ない話だ。ただ自分にそこまで強弁する気は無かった。別に死んだ彼女とは同じクラスで会ったというだけで縁もゆかりも無いのだから。当然彼女の葬式にも参列する気は無かった。葬式の当日、僕は普通に学校に行き一日を過ごした。所詮は他人の死、何時までも引き摺っていてもしょうがない。放課後、教室に施錠し帰ろうとした時まではそう思っていた。
日直は最後に教室の戸締りを確認し施錠する義務がある。当日日直だった僕は独りで作業を黙々とこなしていた。施錠の前の作業として黒板を拭いていた時、誰かが教室に入って来た。生徒が全員教室から出るまで日直は帰れない。今更教室に戻ってきた迷惑者の顔を確認しようとした僕は、彼の顔を見てあの放課後の鮮烈さを思い出した。
ミイラ男。それが僕が彼に抱いたイメージだった。ただ物語で見るミイラ男は白い包帯で身を覆っていたが、彼は色とりどりの布で身を覆っている。青に白に赤、床屋の看板を思い出すような色取りだ。目も鼻も無いただの人型の彼、何故か僕は彼があの時屋上に居た人影だと確信していた。
彼は鈍重な足取りでこちらに近づいてくる。明らかに僕を狙っているが、僕は動けなかった。目も無い彼の眼光で射抜かれてしまったように。
シュルシュルと彼の身を包む布が解けていく。布が解けた後には焼け焦げた身体でもあるのかとも思ったが、解けた後には何も無かった。ミイラ男ではなく透明人間だったのかと余計なことを考えている僕めがけ、布が伸びる。蛇のようにのたうつ布は僕の口にスルリと入る。直後に襲う、凄まじい頭痛。まるで脳みそをかき回されている様な凄まじさ。苦痛の絶叫を上げて、僕は逃げ出そうとするが足がうまく動かない。心は走っているのに、足はのたのたと。でも、布男からは離れられている。自分も捨てたものじゃないなと思った直後に、自分の馬鹿さかげんに絶望する。逃げている先は窓、そしてこの教室は三階、怪物から逃げるために僕は生から逃げようとしているのか。窓枠に足がかかり、そして。
グシャリと頭が弾ける。爆竹か何かといぶかしむが、あったかいものが頭から流れてきて、自分の頭が割れた音だと気が付く。布が解け、自分のあたまがどろどろと、さいごにみえたのはぼくのせいふくのうわぎをちぎりながら、きょうしつのまどでわらうぬのおとこ。
私が歩いていると、男の子が目の前に落ちてきた。キャーと叫んで私は腰を抜かしてしまった。暖かい液体が顔にぺちゃりと付く、確認しなくてもそれが血であることはわかった。ぐちゃぐちゃに潰れた死体を見たくない私は視線を上に向ける。窓が開いた教室、カーテンが風に揺れている。夕焼けの明かりがカーテンに映り、幻想的な光景だ。そんな幻想的な光景に、怪物が浮かび上がっている。
継ぎはぎの布を身にまとった怪人。赤い布は制服のスカーフ、白い布はセーラー服の布地、青い布は制服の襟……毎日着ている制服だ、遠目でも布の正体がわかる。今、怪人は黒い服をビリビリと引きちぎっている。
黒い布が、雪のように舞い散る。まさにそれは絶望の黒雪――