読解 ワールド・ウォー・ハルク~ハルク追放の是非~前編

ふじい(以下F)「ワールド・ウォー・ハルクの邦訳版が発売され、ついにハルク大暴れ!が容易に手に入るようになったワケだ」

サイレン(以下S)「現状、最も海外コミックスを楽しむ上での壁は、やはり言語だからな。邦訳化は、何よりのブースターだ」

F「初めてサイトで取り扱った時は、邦訳化なんて夢物語と思っていたからね。楽しいから日本でも出して欲しい!という夢と、いくらなんでも厳しいよなあという現実。この数年で、夢を信じられる状況になったのは、本当に素晴らしいことです。満ち足りすぎて、成仏するレベル」

S「お前、地縛霊か何かか。そう言えば、凍結中のワールド・ウォー・ハルクの記事に関してなんだが」

F「ああ。アレね。邦訳も出たので、仕切り直しや廃止も考えていたけど、現段階での放棄は、どうにも後味が悪い。なので、現状の路線で続きを作る方針で。でもその前に一度、邦訳出版により情報も広まった現状、先に取り上げておきたいテーマが一つある。シビルウォーのタイイン邦訳企画の一番手、ロード・トゥ・シビルウォーも出たことだし」

S「ありゃあ、シビルウォーの話でありながら、ワールド・ウォー・ハルクの前日譚でもあったからな」

F「ずばりそのテーマは、ワールド・ウォー・ハルクの根幹“ハルク追放は正しかったのか”だ」

S「そ、そこか! いやでもしかし、これは一個人に答えが出せる話とは思えんのだが」

F「わかっている。おそらく答えは出ないが、ひとまず多角的に分析をして、考えてみようじゃないかと。ワールド・ウォー・ハルクの日本デビューにより、多くの人が情報を共有して考えられるだけの環境も整ったし」

S「ふうむ。多角的に」

F「ああ。ここは、視点を変えてテーマを分けて、とにかく思いつく限りの色々な方向から見てみよう。この事件は、どれかひとつの枠に狭めて考えるには、正直大きすぎる」

F「ではまず“災害としてのハルク”。いるだけで破壊や争いが巻き起こり、人の力で持って抗えない存在」

S「現実における、台風や地震のようなもんだな」

F「うむ。だからこそ、最後の手段で排除できるならやっちまえ。ハルクを災害として作中扱ったのは、ハルク追放の実行犯であるアイアンマン、リード、Drストレンジ、ブラックボルト。そして協力者であるドク・サムソンだな。後は他のヒーロー、ハルクと戦ったヒーローの大半が薄っすらそういう扱いしていたかなーと。あと当然、サンダーボルト・ロス将軍ね。あの人にとってのハルクは、倒さなければいけない災害ならぬ障害だったけど」

S「ロス将軍はともかく、他のヒーローはそこまで冷たかったっけ?」

F「その話は後にするとして。ここで忘れられがちなんだけど、イルミナティとドク・サムソンって、ハルクを落ち着かせる為に色々頑張ってきたメンバーでもあるのよね。チームメイトとして、科学者として、戦友として、抑止力として、主治医として。長年の努力の結果、人でありヒーローであることより災害であることを認めざるを得なかった。作中でも語られた、ラスベガスの事件がきっかけね。アレ、最近ハルク落ち着いてるなあという空気の中での大暴走。強烈なゆり戻しだから」

S「苦渋の結論だな。追放作戦実行時に顔出ししたのは、せめてもの誠意かね。全責任を、自分達が負うとの覚悟」

F「悪の組織に責任をなすりつける、もしくは単に事故を装っての追放でも、良かったんだしな。ただその場合、最終的にバレて、最悪の事態に陥ってたとしか思えないけど。ヒーローとしての最低限の矜持が、地球の命運を繋いでくれた。本来だったら、送り込む先の惑星も、もっとまともな所だったからね。サカールには事故で流れ着いたわけで。目的地は自然豊かで、知的生命体のいない惑星。ハルクが平和に過ごせる惑星。厳選の結果ですよ」

S「……ちょっと待て。そんな平和な惑星に、自分らが災害扱いしたハルクを送り込もうとしてたの?」

F「一応、ホワット・イフの“もしハルクが予定通りの星に辿り着いていたら”で、その後生まれる知的生命体の守り神となり平和に暮らすハルクの姿が書かれたけどね。でも結局は、流刑だよな。災害扱いしつつ、人として最大限の扱いをするよう努力した。この努力による中途半端さが、逆にイルミナティのイメージ低下に繋がっているような」

S「本人たちにその気はなくても、偽善に見えるかもな。フォローも言い換えれば、ハルクと自分自身への言い訳に」

F「あの人達、よくも悪くも、多弁すぎるのよね」

F「続いて、“人としてのハルク”。心情がハルク側に寄っていたのは協力を申し出ようとしていた、世界七番目の天才アマデウス・チョやヘラクレス。イルミナティメンバーでありながら、ハルク追放に反対したネイモア。それと争いを止めるためNY入りしたリック・ジョーンズ。イルミナティを裁くことを口にしたシーハルクってところかね」

S「この件に関して、ネイモアさんの判断は完璧だよな。人道的にも間違っているし、戦友を追放することは看過できない。それにハルクは必ず戻ってきて、追放した者にに復讐する。だから反対。事実、ネイモアさんの予想通りになったわけで。この時期のネイモアさん、結構キレキレだよな」

F「あの人、判断基準がわりと個人にあるしな。アベンジャーズやりながら、Drドゥームと仲良くやれるのは、この人ぐらいだと思う。で、他のヒーローにとっての人としてのハルクの重さなんだが、残念ながらちょっと軽いかなあと」

S「さっき、災害の時にちらっと口にしていた話ね」

F「ああ。ワールド・ウォー・ハルクの前、シビルウォーから繋げて考えてみるとどうしてもな。超人登録法により、ヒーローは賛成派と反対派に分裂。結果、反対派のトップであるキャプテン・アメリカが投降。その後、キャップは暗殺され、賛成派であるアイアンマンが権力の座へ。反対派のメンバーは、潜伏を余儀なくされる」

S「その辺りは、ハルク来襲で有耶無耶になったな。社長も協力者への恩赦を口にしているし」

F「登録法の理念は、正しいんだよ。正しいから、超人登録法は推し進められた。その正しさによる抑圧や被害を反対派は知っているのに、個人の正しさで追放されたハルクに殴りかかるのマズくね?」

S「あー……形としては、同じ正しさの被害者と」

F「個人名を出すとしたら。例えばインビジブル・ウーマンも、シビルウォーの際、家族を壊されたとアイアンマンに食ってかかっている。なら家族を殺されたと激昂するハルクに対し、夫であるリードを庇う以上の行動が必要なんじゃないかな。そんなシビルウォーの体験があったからこそ、リードを大事にしたいって考えなのかもしれないけどさ」

S「状況によるけど、夫に頭下げさせるのも、妻の仕事だわな」

F「なんつーか、今までハルクの抑止力となっていたブラックボルトの姿=今までにない強さのハルクと、ハルクのNY破壊宣言を聞いて、パニック起こしているとしか思えんのよ。今まで、止めたり戦ったりで、ハルクの驚異が多くのヒーローに染み込んでいるのは分かるんだけど。分かるんだけど……」

S「もう少し、優しさがあればと」

F「ハルクめっちゃキレてる!という前提での対抗だとしても、NY市民の避難をさせるための24時間の猶予や、ウォーバウンドの穏健派であるコーグさんを先乗りさせる(未邦訳のWWH:Front Line掲載)とか、ハルクそれなりに理性的よ? だいたい、ブラックボルト死んでないじゃん」

S「本気で見境無くキレてるとしたら、猶予も生命も無いか。交渉の余地、結構あるかもしれん」

F「うん。アイアンマンとリードの、倒されてから“宇宙船の爆発とか知らねえよ!”な態度はどうかと思うんだ。いやいや、全力全開で負けておいてのそれは、どうみても言い訳にしか見えないじゃないですか。惑星爆破を故意にやってないのであれば、きっちりそれを説明して、停戦交渉に入りなさいと。何故、身に覚えのないことへの責任まで背負おうとしているのか」

S「ちょっと心当たりや可能性があったんかなあ……」

F「叩きのめしてクールダウンさせることで、交渉する。一応これはアリだけど。少なくとも俺は、正しさに翻弄された経験がある以上、まずイルミナティに頭を下げさせる方向で動くヒーローが、シーハルク達以外にももっと居て欲しかったなと。ただ、この理由は分かるんだ。世界観的な都合じゃなくて、物語的な都合!」

S「第二次シビルウォーとか、さすがに読者が満腹すぎて腹裂けて死ぬよね」

F「そういうことよ。この同情路線を貫くと、今度はキャップの代わりにハルクが入っての、シビルウォーになっちまう。ヒーロー大戦ではなく、ハルクの戦い。理解されない怪物の姿を書く以上、ある程度の冷淡さは仕方ないと。最初俺がWWHに惹かれたのも、一人のバカ強いヒーローVS他のヒーローという、対決路線の作品に見えたからだし。原書を読み、更に邦訳も読んだことで、そんな単純な話でないことには気づいたけど」

S「小説フランケンシュタインの最後、北極における怪物の叫び。ハルクの怒りはあの叫びに似ていると、以前お前は言ってたな」

F「過ぎた怒りと深い哀しみは、表裏一体なのよ」

F「話が長くなったので、一旦区切る。後編では、ヒーローとしてのハルクやある重要ポイント、そして総括なんてものが出来れば」

S「しかし、本当難しい問題だな、コレ」

F「政治的な問題だけでなく、一個人の追放という人道の問題もあるので、シビルウォー並に善悪定からぬ事件かもしれん」