A+K(ハルク+オーズ編)
空は、どこでも青い。日本でも、外国でも、見果てぬ地でも。地球である以上変わらないし、長い棒にぶら下げるよう掲げたパンツは、旗のようにバタバタ揺れている。風もまた、変わらぬ物だ。
火野映司は、今日もまた歩き続けていた。未だ人の手が多く入らぬ荒野。荒れ果てた地で、前を見ながら歩き続けている。久々にある人と出会うために。
ヒューと甲高い音を聞き、空を見上げる。見れば黒い塊が、自分めがけ飛んで来た。塊は映司の脇を掠め、何度も地面にバウンドし、派手に着地した。
「わっ!? ……また、隕石かな」
隕石なら爆発して、今頃自分も吹き飛んでいる筈だ。映司は、落下物の正体を確かめるため、駆け寄る。落下物は、珍妙なポーズで泥だらけなものの、活き活きとしていた。
「よっ」
「伊達さん!?」
「戦うドクター伊達明、推参! って、この体勢じゃあカッコ悪いかー」
プロトバースに変身していつ伊達が、映司に明るく挨拶をする。変身していたからよかったが、生身なら落下の衝撃でとうに死んでいた。そんなことは分かっていても、伊達は明るく元気なままだ。
「何があったんですか!?」
「いやあねえ、そっちが待ちきれなくて、こうして迎えに来ちゃったよ。嘘だけど。久しぶり! 元気してた?」
「変わらないですね、伊達さんは」
「そりゃお互い様だね」
世界を放浪する研究者と、世界を放浪する医者。映司がここに来たのも、偶然近くの無医村にいた伊達を訪ねるためだ。
「いやあ、でも今日来てくれたよかったよ。大変なことになっててね」
「そんなの、見れば分かりますよ」
「実は、俺のいた村が、ゲリラに襲われてさ。この辺り、治安悪いじゃない。俺達医者が持ち込んだ薬品を狙ってね。でもまあ、こんなこともあろうかと、持ち込んでいたバースドライバーで変身! 装着者も居ませんし、危ない国を回っているアタナにプレゼントです。こんなこと言って、俺にドライバー渡してくれた、里中ちゃんに感謝しないとね」
「なるほど。それでバースに変身していたんですか。って村は!?」
「村は大丈夫! ゲリラも命からがら逃げ出した! でも大きな問題が残っちゃってね。そもそも、ゲリラを追い散らしたのは俺じゃないんだ」
「え? じゃあ誰が?」
ドスン、ドスンと地面が揺れる。まるで巨像が歩いてきているような、リズム良い振動。それでいて、激しさもある。音も振動も、段々こちらに近づいて来ていた。
「追い散らしたのは、彼だッ!」
先ほどのプロトバースの着地よりも、激しく雄々しく。とんでもない質量の怪物が、映司たちの目の前に落ちて来た。地面がえぐれ、ツブテが飛び散る。映司は思わず、目と顔を手で覆った。
「ガアアアアアアア!」
吠えている。緑の巨人が、吠えている。2mを超える身長と緑の肌を持つ、筋肉の塊。パンツ一丁のハルクは、凶暴さを隠さぬ目で、伊達を睨みつけていた。
「いやあ……実は今日、もう一人現地徴用で医者を雇っててね。身元不明で少し暗いところがあるけど、腕も人も悪くないからと思ってたんだけどさ……ゲリラが村に来て、彼がまず捕まって。ゲリラが腹を蹴って顔を踏んづけた瞬間、いきなり大きくなって、ああなっちゃったと。止めようとしたら、ぶん投げられたと」
説明する伊達めがけ、ハルクがゆっくりと歩み寄っている。自然と、立ちふさがる形となる映司。だが彼は、逃げなかった。むしろ逆に、伊達を守るように、筋肉の災厄の前に立ちはだかる。
「落ち着けって言っても、聞かなそうだな」
「ああ。話すにしろ何にしろ、準備は必要だよ?」
「分かってます。まずは、落ち着いてもらわないと」
3つのメダルが、映司が腰に巻くオーズドライバーに装填され、手にしたオースキャナーが、ドライバーをなぞる。
「変身!」
“タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ♪ タトバ タトバ!”
赤、黄、緑。三色の光が、映司の頭と上半身、胴、腰と脚部を染める。眩い光を目にしたハルクが、少しだけ後ずさる。
「ハッ!」
タカの瞳、トラの爪、バッタの脚部。三つの生物の力を宿す、仮面ライダーオーズ。オーズに変身した映司は、目をパチパチ動かす涙目のハルクの前でポーズを決めた。
「あかとみどりときいろ? みどりのハルクより、えらいつもりか!」
たどたどしくも迫力ある言葉が、ハルクの口から放たれる。
「ええっ? そんなつもりはないけど。大体、君にだって、立派な紫色のパンツが」
「うるさい! はでなやつ、うるさい!」
一先ず、傷ついたプロトバースを狙うハルクを止める。この目的は達成した。矛先を、逸らすことで。
ハルクの狙いが自身になったのを自覚し、オーズはハルクの一撃をかわす。かわした筈なのに、風圧で身体がよろめいた。
争いの音しかない荒野に、場違いな明るい歌が響いた。
“サイ・ゴリラ・ゾウ! サゴーゾ サゴーゾ!”
大型動物三種の力を持つサゴーゾコンボに変身したオーズは、ゴリラの如き怪力と、サイとゾウのタフネスでハルクと殴りあう。
「うた、ほんとにうるさい! おまえ、うるさすぎる!」
「歌は気にするな! ……なんてね!」
しかしハルクの怪力は、サゴーゾを上回っていた。むしろ、サゴーゾに合わせて、パワーアップしたように思える。力が、更なる力を呼んでしまったのか。
サイとハルクの頭突きがぶつかり合う。吹き飛んだのは、オーズの身体だった。吹き飛びながらも、オーズは自身のメダルをスキャンし直す。
“スキャニングチャージ!”
ふわりとオーズの身体が、直立のまま浮き上がり、地面を叩く。オーズを中心に展開する重力波が、ハルクを身体ごと引き寄せ始めた。
「ぐぐぐぐ、ぐがー!」
重力に抗うハルクが、怒りのまま地面に手を突き刺す。地面の岩盤が、オーズの放つ引力ごとひっくり返されてしまった。
「スキャニングチャージが中断されるだなんて!」
「すきゃなんとかいらない! ハルクには、ちからがある!」
転がり落ちたオーズを捕まえようとするハルク。手が伸びる寸前、オーズはハルクの手から素早く逃げ出した。手を伸ばしたままのハルクに、触手状の鞭が巻き付き電撃を流す。
「があああああああ!」
「ゴメンよ。けど、これでもまだ……」
タカの頭で制御し、ウナギの胴は手から鞭を、チーターの足は逃げるだけの速度を。いわば、タカウナーター。このように、決まった形態以外にも、自由にメダル=身体を組み替えられるのがオーズの強みだ。
「しびれるの、うっとうしい……うっとうしーい!」
「うわああああああ!?」
怒りのまま、ハルクはオーズの身体を逆に振り回す。振り回されたオーズは、メダルを変える間もなく、地面に叩き付けられようとする。しかし寸前、地面とオーズの間に、プロトバースが割り込んだ。クッションとなったプロトバースは、オーズをなんとか抱きとめる。
「伊達さん!?」
「大丈夫! プロトバースもまだまだ持つ! 廃棄処分の二度目はないぜ!?」
大丈夫とは言うものの、プロトバースの身体のあちこちから火花が散っている。戦闘続行は、もはや不可能に近かった。
「もういいです。ありがとうございます。後は俺が、なんとかしますから」
緑色の三つのメダルが、オーズドライバーに装着される。
“クワガタ・カマキリ・バッタ! ガーッタ ガタガタキリッバ♪ ガタキリバ!”
クワガタのツノ、カマキリのブレード、バッタの足。昆虫三種の力を使える、緑のガタキリバコンボ。まず頭のホーンから放たれた雷が、ハルクに襲いかかる。
「しびれるの、なれた。おなじみどりになっても、はるくのほうがつよい……!?」
ハルクですら驚く、オーズの姿。一人が二人、二人が四人、四人が八人。瞬きする度に、増えていくオーズ。幻ではない、オーズは増え続けていた。およそその数は、50人。ガタキリバ固有の分身能力、ブレンチシェイドの力だ。
「ハッ!」
同じ掛け声と共に、50人のオーズが一斉にハルクめがけ攻撃を始める。斬撃、打撃、蹴撃、様々な攻撃がハルク一人に積み重なっていく。まるで、象が沢山の蟻に襲われているかのような光景だ。数の暴力が、強大な力を侵食していた。
「ちがう! ぞうは、ありにまけない!」
両手を大きく広げたハルクは、全力で柏手を打った。衝撃が全方位、全てのオーズを弾き飛ばす。だが、50人のオーズは、既にオースキャナーに手をかけていた。
“スキャニングチャージ!”
吹き飛んですぐ、オーズたちは高く跳ぶ。全員の片足に、緑の光が宿る。
「セイ、ヤー!」
50人のオーズが同時に叫び、一直線の跳び蹴りを全方位からハルクを狙い放つ。多数のオーズによる必殺キック、ガタキリバキックが次々とハルクの肉体に突き刺さる。緑色の肉体が、血で染まり、土煙がハルクを隠す。
「やったか!?」
余計なことを叫ぶ、動けぬプロトバースのままの伊達。彼の期待に反するように、煙が晴れた後、出て来たのは、血に汚れても倒れぬハルクとスキャニングチャージの連発で疲れ、一人に戻ったオーズだった。
「落ち着いたかい?」
無言のハルクに、オーズが優しげに声をかける。
ハルクは、怒りではなく喜び、大きな顔でにんまりと笑った。
「おまえ、おもしろい。ハルク、きらいじゃない。うるさいのにもなれた」
ようやく落ち着いたハルク。映司も伊達も、ここでようやく一息つけた。自分たちが戦ってきた相手以外にも、とんでもないのが世界にはゴロゴロいる。先輩ライダーが戦いを通して実感してきたことを、二人もじっくり噛み締めることが出来た。
「それじゃあ仲直りだ。でもゴメンね、その紫のパンツ、ボロボロになっちゃって」
ウナギやクワガタの電撃にカマキリのブレード。ハルク唯一のコスチュームであるパンツは、焦げてズタズタになっていた。
「ハルクのパンツ、じょうぶ。じょうぶなパンツだめにした、おまえすごい」
「他人のパンツをダメにするだなんて、俺とんでもないことしちゃったなあ。あ! そうだ!」
オーズはあることを思いつき、思わず手を叩いた。
生身に戻った映司は、再び荒野を歩いていた。ただし今度は、一人ではない。
「明日の俺のパンツが、よく伸びるパンツでよかったよ」
花がらのパンツを穿いたハルクに、映司が話しかける。
「おまえのパンツだからのびるんじゃない。ハルクがはくと、ぱんつがのびる。ふしぎ!」
映司のパンツを譲り受けて穿いたハルクは、無邪気にはしゃいで手を回した。
「ととととーお!」
ハルクに掴まれた傷だらけの伊達が叫ぶ。上機嫌のハルクは、伊達を運ぶことをあっさりと了承していた。出来れば背負うや抱えるのような優しさがほしいところだが、ハルクではサイズが合わず、逆に大変だ。むしろ大きな手で掴まれている方が、安全と言える。
「ちょちょ、ハルク! 危ないからさ!」
「あぶない? でもコイツじょうぶ。だから、へいき」
「丈夫なのは、自他共に認めるけどさ……バナーちゃん、いつ元に戻るんだろ」
危なっかしいまま、三人は元の目的地と本拠地である無医村をめざし、荒野を歩いていた。
紫色の、だるんだるんに伸びきったボロのパンツを掲げながら。