近世百鬼夜行~十~
「みんな、逃げるよー! 出遅れたら、普通に置いてくからね」
社長の先導を受け、用意された車に被災者ボランティア問わずどんどんと乗り込んでいく。連絡を受け作業を投げ出してきた現場監督を筆頭とした社長の部下や、有志である消防署長らが誘導を手伝っていた。
「社長、あっちで遺族の何人かがゴネてる。遺体も連れて行きたいと」
「死者を気にするヒマはない! ガタイのイイ連中で無理やりにでも引っ張って来な。恨み言言われたら、私の命令である事を強調していいよッ!」
「わかりました。ガンコもののツラでやって来ますよ、社長の名は絶対出しませんがね!」
「この忠節モノ! それが終わったらこっちも退くよ」
「了解でさあ!!」
監督は指示通りの連中をかき集め、指示通りに動く。入れ替わりに署長が社長の方へ寄ってくる。
「第一陣の用意が出来た。順次発車させるぞ」
「間に合ったねい。これなら、火が来る前に逃げられそうだね」
「ああ。十分に間に合うぞ」
社長が下した決断は逃亡だった。消せない上にワケのわからないもの相手なら無駄な抵抗をせずにさっさと逃げる、被害を最小限に抑えられる実に思い切りの良い決断だった。
「なあに署長さん達が協力してくれたからさ。余所者の私だけじゃ絶対ここまでスムーズに動かせなかっただろうね」
地元民の説得や安全なルートの確保等は署長が一手に引き受けてくれた。彼の協力がなければ、もっと手間取っていたに違いない。
社長は懐から携帯を取り出すと、カメラレンズをゆっくりと炎の方へ向けた。
「何をしている」
「カメラは用意できなかったからね。こうやって証拠を取っているのさ、あとでグタグタ言う連中もコレを見れば黙るだろうからね」
もはや講堂は異質の怪物と化していた。黒い炎に覆い尽くされ、触手のようにそこらじゅうがうねっている。延焼もどんどんと広がっていき、もはや講堂の周りの一帯全てが怪物になりかけている。社長達が居る場所も数分後には捕食範囲に入るだろう。
「この街で生まれ育ってきた者として、言ってはならないセリフなのだが」
署長が悲しげに、忌々しげに、様々な感情を入り混じらせた表情でようやく言葉を続ける。
「我が故郷は死んだ……ッ!」
近世百鬼夜行~八~
普通神社や寺といったものは人が通えるところに作られるものだ。人が踏み込む事もできないような位置では、参拝もクソも無い。参拝客が居ない神社仏閣に意味があるのだろうか。
だが、何かを封ずるのなら話は別だ。人界に近くてはB級ホラー映画のOPのように悪ガキが封印を解いて大変だーなんて話になりかねないし、なにより封印するような凶悪な物が近所に有る状況で日々の生活を営みたくないだろう。つまり、このお堂には何かが封じられていた。
「しかしなあ」
変身したままのGは首を捻る。
街一つ壊滅させるようなモノを封印するには、あまりにチンケすぎるしあまりに山奥すぎる。危険なシロモノを封印する場所としては、定期的に監視するため微妙に山奥で、しっかりと防護できる丈夫さを持った建物がベストなのだが。これでは、只たいした事のないシロモノを厄介払いしただけみたいで、危険度と矛盾しているように見える。
しかし、状況的にどう見ても原因の一端はこのお堂にある。鬼が出るか蛇が出るか、意を決してGは扉を開けた。
「うぉぉぉぉぉ!! 読めぬっ!」
「せっかくそれらしき古文書を見つけたのに、難しくて読めぬとは。無学が恥ずかしいわぁぁぁッ!」
お堂の中には鬼も蛇も居なかったが、自転車の身でありながら器用にのたうち回り号泣するバカ兄弟が居た。輪入道が自分らを温かい目で見るGの存在に気付くのは数分後の話である。
すなかけさん
自転車を忙しなくこぐ中年女性。上り坂の頭に差し掛かった時、一人のみすぼらしい老婆にぶつかりそうになった。少しカスッた気もしたが、急いでいるし、気のせいなら謝る為わざわざ止まるのもめんどくさいと都合の良いように解釈し、無視して坂に差し掛かる。老婆は何も言わなかった。
坂の中盤に差し掛かりスピードが乗ってきたその時、パッと目の前に突如砂が散った。砂は目に入り、完全に視界を殺す。この自転車のスピードで視界を殺される事は、己の死に直結する。ブレーキを全力でかけるが止まらない。ハンドルもぶれ、高速で身体が自転車から弾き飛ばされる。地面に投げ出され体中の痛みに耐え切れず唸る。ようやく徐々に視力が戻ってくる、薄っすらと見える先には、こちらに向かい突進してくるダンプカー。坂の終いは、大通りに直結していた。
老婆はケケケと笑い、事故現場を坂の上から見やる。そんな中、後ろから歩いてきた青年が老婆にぶつかった。完全に注意力を坂下の事故現場に全てやっていた老婆は無様に転倒するが、青年は謝りもせず変な身振りをして立ち去ろうとする。老婆は恨めしそうに懐から砂を取り出した。