不変不変の圣诞节

 周囲に散らばっているのは、もはや人ではなく、ただの肉であった。
 子供と見紛うほどに小柄な兵士たちが、処理した肉を次々と袋に放り込んでいく。
 兵士たちはヘルメットとフルフェイスのマスクを装備しており、その表情は読めない。
 袋を受け取りに来たのは、双子の姉弟であった。
 彼らの格好は、全身フル装備の兵士たちとは違い、それぞれ男女のライダースーツである。
 全身を覆うぴっちりとしたレザータイプのスーツを着た姉が、兵士の一人に話しかける。
 
「オヤジは?」

「屋上です」

「行ってやった方がいいかな?」

「いらんでしょう」

「だよねー」

 ケラケラと笑う姉を尻目に、弟は複数個の袋を一人で担いで下へと運んでいく。
 弟のライダースーツは、当然男性ものである。分厚い胸筋が、襟から覗いている。
 姉弟の服の共通点は、あちこちについた角のような尖った装飾と、色が茶色であることぐらいだ。
 詰め込み作業を追えた兵士たちは、血痕や壁にへばりついた肉の掃除を始める。
 その手際の良さは、まるで熟練のライン工である。

「よっと」

 姉は楽しそうに鉄製の金庫に近づくと、なんとそのまま担ぎ上げてしまった。
 金庫の大きさは姉の身長と同じくらいあり、横幅は姉を越えている。
 それなのに、彼女は鼻歌交じりでかついでいた。

 ドン! とビルが揺れ、全員が思わず上を見る。
 震源地は地面ではなく屋上であった。

「やってるねえ」

 姉がそう言っただけで、他の人間は特にこれ以上の反応もなく、作業に戻る。
 誰もが皆、屋上にいるオヤジを信頼していた。

 

 

 そのオヤジと呼ばれる男は、まるで仁王であった。
 巨大な逆三角形の肉体と、肉体に見劣りせぬ太い手足。
 髪も眉毛もないいかつい顔には、怒りが貼り付けられている。
 ボディービルダーの頭脳による研磨と、肉体労働者の生活による研磨。
 二つの研磨を合わせたかのような見事な筋肉は、くすみきった赤色の革ジャンとロングパンツの下からもその見事さを主張していた。そんな筋肉に見合った勢いのショルダータックルは、屈強なラグビー部崩れの用心棒を一発で吹き飛ばした。

「役立たずが!」

 雇い主である組長は毒づくものの、用心棒からの反応はなかった。
 いくらラグビー部でも、ダンプ同様の破壊力と突進力を前にしては、肉塊になる以外の選択肢はなかった。

 組長はそのはしっこい頭脳で考えを巡らせる。
 このヤクザにとって冬の時代に、ドラッグに手を出したのは間違ってなかった。
 未成年に狙いを絞って、警察に見つからないよう上手く立ち回ったことに間違いもない。
 ドラッグの生産拠点と管理部門を、警察や同業者でもわからないような場所にしたのも間違いない。

 間違いはなかったのに、今現在組長が屋上で相対しているのは、破滅であった。
 このオヤジは、突如この廃ビルに見せかけた拠点に現れたかと思うと、一瞬で三人殴り殺した。
 こちらが反応するより先に、窓や扉からなだれ込んでいくる子供くらいに小さな兵士たち。
 戦闘訓練を受けたであろう兵士により、組員たちはあっさりと全滅させられた

 生き残りの少数と共に屋上に逃げ込んだ組長だったが、追ってきたたった一人のオヤジに誰も勝てなかった。
 組長は悠然とした足取りでこちらへ向かってくる男に、言葉を投げつけた。

「テメエの目的は何だ!」

 組長の言葉を聞き、このビルに現れてからずっと巌の如き表情と沈黙を守っていたオヤジの口が開く。

「商売敵を潰すためだ」

 商売敵と聞き、組長の中で情報が組み立てられる。
 なるほど、この男もおそらく売人だ。
 顔面もよく見れば彫りが深く、目も青い。汚れた肌も、その色自体は白い。
 きっとコイツは、海外の売人だ。
 アジア系ではなく、おそらくロシア、もしくは北欧系だろう。
 おそらく率いている兵士も、フランスの外人部隊のような組織で鍛え上げたのだ。
 一ヤクザとは、格が違いすぎる。

「すまんかったあ!」

 組長は恥も外聞もなく土下座する。
 もはやこうなれば、意地を張っても仕方ない。
 意地と共に死ぬ任侠の美学は、とうに廃れていた。

「二度と、あんたらの商売の邪魔はしない! いや、儲けを全部献上する! 待った待った、俺はあんたらに逆らう気はねえんだよ!」

 男がいくら言葉を重ねても、オヤジの歩みは止まらない。
 このまま土下座している組長の頭を一気に踏み砕く。
 そうしようとしているとしか思えなかった。

「俺には家に待ってる子供が居るんだ! 頼む! 助けてくれ!」

 家族をだしにした組長必死の懇願が聞いたのか、オヤジの足が止まった。
 仁王のわりに、随分と甘いじゃねえか。
 ほくそ笑んだ組長は、笑みを涙に変え顔を上げる。

「あ、ありがとうござ……」
 
 ゴクリと、組長は生唾を飲み込む。
 立ち止まり、組長を見下ろすオヤジの顔は険しいどころの騒ぎではなかった。
 怒りが渦を巻き、その顔に張り付いている。
 こんなの、仁王ではない。仁王とて、これだけの怒りを内包できるわけがない。

「お前を待っている子供などいない。お前は今、ついてはいけない嘘をついたのだ」

 組長には家庭がなく、子供も居ない。組長の嘘を、オヤジは確信を持って見抜いていた。
 こちらの本拠地だけでなく、家庭環境まで抑えているだなんて、この男はどれだけ用意周到に調べてきたのだ。
 組長の身体がガタガタと震える。
 つららで頭から尻まで串刺しになったとしても、ここまでの冷えは感じまい。
 オヤジの図太い足が、足元の組長を床のコンクリートごと踏み抜いた。

 

 
 
 沢山の袋と金庫を積んだトラックに乗り、オヤジ率いる一団が帰ってきた。
 アジトとなるおもちゃ工場の中に、直接車を乗り入れる。
 この工場はいまだ稼働を続ける、生きた工場であった。
 決してカモフラージュのための廃工場ではない。むしろ、この工場が潰れたら終わりなのだ。

 荷台に乗っていた兵士たちは、まず回収してきた袋を燃え盛る炉の中に放り込む。
 石炭を燃料とする炉は、悪人の残骸を放り込まれ、更に激しく燃え上がった。

 続けて兵士たちは装備を脱ぎ捨てる。
 装備の下にあったのは、真緑のファンタジックな服装であった。
 兵士たちは靴を先の丸まった革靴に履き替え、血で汚れた手袋を脱ぎ捨てる。
 尖った耳のせいで、ヘルメットを脱ぐ時は多少苦戦していた。

「石炭より悪人のほうがやっぱ燃えるな!」

「炉の勢いに負けず、俺たちも頑張るぞ!」

 おう! と一斉に返事をして、彼らはそれぞれ作業台に散らばって行く。
 トンテンカンとあちこちから聞こえるにぎやかな音。
 先ほどまでは武器の使用、今からはおもちゃの製作だ。
 もはや納期は、目の前に迫っている。
 彼らの本業は、兵士ではなくおもちゃを作る妖精であった。

 トラックの運転席から降りてきた姉弟は、いまだ荷台に乗ったままだった金庫を降ろす。

「うんうん、中から、世界の恵まれない子どもたちに使うべきお金の匂いがするよ。寄付もちゃんとしないとねー」

 姉がダイヤルに手をかけようとするより先に、弟の一撃が金庫の上部を引き裂いた。
 壊れた金庫から飛び散る札束を見て、姉が呆れる。

「あんたねえ。これから本番なのに、蹄を傷つけるようなことしてどうするの? 最近は直接ソリを引かないとはいえ、いざという時に困るから。さっきまでは副業、これからが年に一度の本番なんだからね」

 ガミガミとしかる姉に、しゅんとする弟。
 二人の顔は、人間の顔から前に突き出た口と赤鼻を持つ、角ある異形に変貌していた。
 人はその顔を、トナカイと呼ぶ。
 今だ人の体で二足歩行のままなものの、手足は蹄に変わっていた。

「そう言ってやるな。お前たちの頑張りは、いつもワシの励みになってるよ」

「オヤジ!」

 最後にトラックから出てきたオヤジは、トナカイ顔の姉弟の頭を愛おしそうに撫でる。

「たとえおもちゃを作る原資や乗り物が変わったとしても、お前たちが可愛いことにはかわりない」

「へへっ、ありがとう。でも、オヤジも変わってないよ?」

 くすぐったそうな姉の発言に合わせ、弟もこくこくとうなずく。
 オヤジは少し落ち込んだ様子で、自嘲する。

「だが、今のワシにはヒゲもないし、服も違う。誰が見たって本人だと分かるものか」

「それはイメージを壊さないためでしょ? ヒゲが付け髭でも、正式なコスチュームを着るのが一年に一回でも。中の人がそのままなら、変わってないよ。わたしたちと、おんなじ」

 ニコニコとわらう姉弟を見て、オヤジの顔もまた柔らかくなる。
 オヤジは自室に向かうと、白い付け髭とカツラを装備し、服も真っ赤な衣装に着替える。
 昔はずっとこの衣装で、1年のうちおおよそ364日ゆっくりできた。
 だが今は、364日の間、子供を食い物にする悪党を退治し、ついでにおもちゃを作る金も手に入れねばならない。

 まったくもって、時代は変わった。
 子どもたちへの贈り物として、プレゼントとドラッグが競合するだなんて信じられない。
 だが、変わらないものも確かにある。

 ドアが派手に開き、本来の姿に戻ったオヤジが出てくる。
 妖精も作業の手を止め、みな微笑む。姉弟は服を脱ぎ二足歩行も止め、トナカイそのものになっていた。

「We Wish You a Merry Christmas!」

 サンタクロースが高らかに叫び、妖精やトナカイも歓声やいななきを上げる。
 今日は彼らが本来の仕事に戻れる、365日の中で唯一の日。それがクリスマスであった。