「なんでも最近、頭に果物を被ったヒーローが、子供にウケているらしい」
鎮守府に並ぶ艦娘たちの私室。その中で、最も厚い鋼鉄の扉と誘爆にも耐えられそうな外壁を持つ私室にて、姉妹が二人、差し向かいで女子らしいトーク会ををしていた。外面だけは。
「なんでも最近、頭に果物を被ったヒーローが、子供にウケているらしい」
「もうそのヒーロー、今日最終回……び、微妙に遅くない?」
長門型一番艦である長門が突然言い出した女子トーク力ミクロンな発言に、長門型二番艦である女子力満載な陸奥が若干言い難そうに返す。長門と陸奥、鎮守府屈指の超弩級戦艦姉妹である。
「有事の際、駆逐艦を率いる立場としては、あの娘たちに受けるよう、努力しなければいけない」
「別に駆逐艦だけじゃなくて、軽巡も重巡も率いるけどね?」
「ゆくゆくは、駆逐艦のみの艦隊を常時率いる立場になるつもりだ」
「規律正しく欲望だだ漏れね」
パワーはあるが燃費の悪い長門、片や燃費はいいがパワーは無い駆逐艦。艦隊戦でも遠征でも、どの使い方でも微妙に相性の悪い組み合わせが、果たして常時となるものか。提督の額に主砲を突きつけながら交渉してみたら、行けるかもしれない。
「というわけで、こうして果物を用意してみた」
机の上に転がる果物の数々。みかん、バナナ、ぶどう、レモン……よくもまあ、戦地で集められた物だと感心するしか無い量の、多種多様さであった。何故か、明らかに果物ではない、どんぐりや松ぼっくりも混ざっているが。
「集められたのはいいとして、果物を被るというのは、どういうことだろうか?」
「私も詳しくは知らないわ。中をくりぬいて細工すればスイカは被れそうだけど」
「ハロウィンのかぼちゃの要領で?」
「ダメね。やめときましょう」
鋭い目とギザギザの歯を刻んだスイカを被って登場! 同贔屓目に見ても、ヒーローというより妖怪だ。
「妖怪は妖怪で、最近流行っているから……ダメね。しっかり者の駆逐艦に、憲兵さんを呼ばれる未来しか見えないわ」
「ならば、一先ずこうしてみよう」
長門は、陸奥のカチューシャ状なアンテナの先端にみかんを刺した。
「出来れば自分で試して欲しいんだけど……」
「ダメだ。なんというか、正月だ。目出度く見える」
「餅に? 餅に例えた? 二段重ねの?」
陸奥の眼が、少し怖くなってきた。
「ふむ。どうやら何処かで何か勘違いをしてしまったようだな」
「それを言い出すと、根が深すぎて対応できなくなるんだけど」
陸奥はみかんを引き抜き、アンテナをハンカチで拭いている。
「一度、立ち止まって見なおす必要があるようだ」
見直すと言い出されても、その場合果物を被ると言い出すよりももっと前、性癖という妹でも触るのに臆する所に突っ込む必要が出てくる。
「それなら、発想を変えてみよう」
果物を改めて並べ始める長門、その思惑を聞こうとした陸奥の言葉を遮るかのように、甲高い警報が鳴り響いた。
赤城は、構えた弓を無念そうに下ろす。放った矢、艦載機の攻撃は全て相手の対空防御に防がれてしまった。駆逐や軽巡を中心とした敵艦隊、その対空戦力を一手に担っている空母ヲ級は、まず間違いなくフラグシップ艦だ
突如、予想だにしない海域に現れた深海棲艦の一団。何らかの意図戦略があるのか、それともはぐれ艦隊なのか。ハッキリしていることは、この海域からすぐの沿岸には、人里があるということだ。
緊急指令として、鎮守府を飛び出してきた居残り組。問題は、入渠や遠征や出撃と重なった結果、居残り組として出れる艦が三隻しか居なかったこと。幸いは、その赤城を含む三隻が、強者であるということだ。
動こうとした敵艦隊を取り囲む水柱。41連装砲の火力は、暴威の深海棲艦にすら躊躇や慄きを抱かせた。
「第三砲塔、今日は変なコトしてないわね。計画通りよ」
砲撃を終えた陸奥が、赤城と並ぶ。鎮守府開設当初から所属していた、大型艦二人。強者と呼ばれる理由は、練度の高さにある。だがしかし。
「計画通りって、外れてますよね?」
陸奥の砲撃は、全て水面に着弾。高すぎる水柱は、失敗の証である。
「今回は、これでいいの」
砲撃を外したのに、語気には力強さが。陸奥には、何らかの算段があるようだった。若干語気の裏に、やけっぱち感があるのが気にかかるが。
「そ、そうなんですか? でも……ん? 何か、そちらから甘い匂いがしません?」
くんくんと、鼻を鳴らす赤城。
「え?」
「この匂いは、柑橘系の匂いと、お餅?」
「なんでよ!?」
声を思わず荒らげる陸奥。彼女が先ほど立てた水柱は水蒸気も生み出し、敵艦隊を即席の霧で包んでいた。
視界が晴れた瞬間、目の前の的にあらん限りの攻撃を仕掛ける。言葉はなくとも、深海棲艦は本能で繋がっていた。そしてそれは、自然と作戦となり陣形となる。
そして、攻撃の最後を担うのは自分だと、ヲ級は理解していた。航空機を使うには視界が必要、晴れるまで、待つ必要がある。
「グギャ」「ギエッ」
とても短い声が、あちこちから聞こえる。鳴き声とも悲鳴ともつかない声。
「アア!」「ヒッ!」
ガツン、ゴツン。更なる無骨な音が、ヲ級の心をざわめかせる。
有視界上にいる重巡リ級も、不安そうな様相を見せていた。
そんなリ級の前に現れたのは、背の高い女性の影。リ級よりも大きい、戦艦級の影である。
煙とともに現れたその影の手には、松ぼっくりが握られていた。
「ふん!」
リ級の頭に叩きつけられる松ぼっくり。叩きつけるというか、強烈な掌底に松ぼっくりがついているだけである。豪腕の一撃は、リ級を一発で撃沈した。
「発想の転換、頭に果物を被せることで、敵を倒す! これならば、いける!」
煙に紛れ、ゼロ距離レベルまで近寄ってきていた長門が吠える。
ヲ級の視界が晴れる度に、ぷかあと浮かぶ仲間たちの姿が目に入ってくる。どの船の周りにも、どんぐりや松ぼっくりの残骸が浮いていた。そして気づけば、もはや生き残っているのはヲ級だけであった。
「さて、トドメと行こうか。だが、陸奥にせめて食べられないものを使えと言われたせいで、もう手元に武器になる果物が」
持ってきた袋をごそごそと探る、長門。しばらく後、彼女は松ぼっくりやどんぐりなど歯牙にもかけぬ、凶悪な面持ちの、まるでモーニングスターのようにトゲだらけの果実を取り出した。
「フラグシップを葬るには、十分そうな果物だな。よく知らないが、ドリアンという名前の実らしい」
「ヲ……ヲ……」
エリートを超えるフラグシップが怯えている。あんな凶悪なブツを両手で抱えつつ、じりじり近寄ってくる巨女。あの持ち方、上からおもいっきり叩きつける気満々だ。
「ビッグ7の力、侮るなよ」
「ノヲー! ノヲー!」
あまりの恐怖が、ヲ級の言語機能をちょっとだけ進化させる。一つの奇跡であったが、長門の足を止めるには至らなかった。
食事が好きなだけあって、食べ物にはちょっと詳しい赤城がドリアンについて解説する。
「アレ、ドリアンって食べられるんですよ。臭いですけど」
「へえ、知らなかったわ。ホント臭いけど」
水煙が晴れた時、もはや深海棲艦は一匹も残っていなかった。そして、臭かった。あまりの唐突な臭さに、長門も倒れている。
「……使ったドリアンは、この後、赤城が美味しく頂きました」
「いいんですか!?」
「やだ、ノリノリ!?」
喜びが冗談でない証拠に、赤城の眼はキラキラと輝いていた。
次の日、再び長門と陸奥は自室で話し合っていた。
「やはり、他人の真似は上手くいかないな」
「分かってくれたのならいいわ」
「私が悪かったよ。でも、なにもそんなに眉をひそめなくても」
「違うわ。まだドリアンの匂いがちょっと残っているのよ」
「随分と入渠したのだが」
クンクンと、自らの匂いをかぐ長門。自らに付いた臭さを自覚するのは、難しいことであった。
「しばらくは、お休みね。せっかく駆逐艦の娘からの人気が上がったのに、臭いんじゃ台無しよ」
「なに……? やはりあの、果物作戦は有効だったのか!?」
「そうじゃないわよ。普通にみかんやスイカや桃やメロン、食べられる果物を、間宮さんに提供しただけよ。小さい子たちに、優先してあげて下さいって。姉さんの名義でね」
被るだの被せるだの、余計なことを考えず、普通に集めた物をプレゼントしておけばよかったのだ。シンプル・イズ・ベストと言うより、なんでこう余計なことを考えてしまったのか。集めた動機の時点で、色々間違っていたせいだろう。
「ありがとう。これでまた、一歩野望に近づいたぞ」
「はいはい。少し私もつまみ食いしようかとも思ったけど、最近ちょっとだらけすぎだったしね」
最近、少しだけ柔らかくなっていた二の腕を摘み、陸奥はため息を付いた。なんか薄い餅を触っているように思えてくる。
「ところで、果物の次は、車を装備したヒーローが子供達にウケそうな予感があるとか」
陸奥は手で顔を覆うことで、再び神妙な顔をしだした長門を見ないようにした。