日々雑談~2311~
ふうむ……Twitterの話題を追っていると、「芸能人吹き替え」「ポスターデザイン」「日本独自の邦題」などの、いわゆる映画に関する話がよう出て来るのですが、個人的な印象としては毎回ファン同士だけでなく、企業含めてすれ違いを感じるんですよね。だからこそ、何度も問題提起されるわけですが。
すれ違いの原因は、多分全員の目的意識が違うからではないかと。良い映画にする、多くの観客を集める、ジャンルの幅を広げる。極限まで行けば成される目的ですが、全て映画の向上でありつつ、その目的や方法にズレがあります。例えるなら、音楽やスポーツで「会場受けする選手」と「視聴率が取れる選手」が居り、それぞれを求める人が違うようなもんです。前者は会場に足を運ぶヘビー層と掘り下げるタイプの専門誌、後者はTVでなら観てくれるライト層に視聴率が欲しいTV局。どちらが正しいとか間違っているとかではなく、目的が違うんですよね。だから、目的や求める成果が違うまま議論をしてしまえば、当然平行線です。
元々、どっちの宣伝が正しいのかなんて、その宣伝をやった世界とその宣伝をやらない世界、同じ映画を別のやり方で宣伝した二つの平行世界が観測出来ないと判別不可能。ファンは博打的なプロモーションを献策できても、生活がかかっている業者は安全策を取らざるを得ない。色々、議論が終わらない下地があるわけですね。俺の立場は映画ファンであり、その視点だと良い映画が観たいの一言に尽きるのですが、だからと言って宣伝会社を一概に否定するわけではないし、ガラガラの劇場は悲しいし、何より“良い”という言葉も人それぞれ。ううむ、難しい。そりゃ議論も問題提起も終わらんわけだ。