胡蝶の夢に憧れる
気が付いた時、光は皆無だった。
空間を凝視するが先は一切見えず。自分の片目が食い潰されている事に気付いたのは、直ぐだった。目の痛みは不思議と感じない、いや部品ごとの痛みなど感じる余地も無い。
体を蝕む言いようも無い激痛。体中全ての肉が微細な歯に食い千切られ続けている。自分を覆う数多の蟲は、生物ピラミッドを無視し人間である自分を餌だと認識している。死体ならともかく、こちらはまだ生きているのに不遜すぎる。
視覚は死んだのに、痛覚だけは不思議と健常。痛覚が死んでくれていればまだ楽だったものを。
絶叫したくても、舌も無いし喉も無い。ただ、一言だけ、他人が聞いても言葉ではなくうめき声としか認識しないと思うが、こう言った。
喰らうのなら中途半端に喰らうな。俺の全てを喰らえ、蟲よ――
この願いが通じたかどうかはしらないが、蟲達は一層激しく喰らい始めた。
「なあ、セブンよ」
「どうした改まって」
「俺ってさ、ゴキブリの妖怪なワケじゃん?」
「ああ、そうだな」
「猫又みたいに元はただの動物だったのが何らかの要因で妖怪になった。人間がなんらかの要因で妖怪になった。どっちだと思う?」
「つまり元は人間だったか動物だったかの二択か。知らん、どっちにしろオマエはオマエなワケで、前身がどっちだろうと知った事か」
「そうだよな。俺も分からないし」
「分からない?」
「執念ある人間が蟲を体とし生き残ったのか、それとも人の記憶や経験まで喰らった一匹の蟲が妖怪として生まれ変わったのか。何度夢を見ても分からない。実は今の全ては夢で、ホンモノの俺は喰らっているか喰らわれているんじゃないかと、思うときもある」
「胡蝶の夢か?」
「いや、油虫の夢さ――胡蝶より幾分か辛いし美しくもない、な」