THE TASKM@STER2
「「ストーカー!?」」
765プロの事務所に呼び出された、デッドプールとタスクマスターの声は、見事にハモった。
「ええ。最近、ウチのアイドル達がストーキングされているみたいでして。それで、お二人の力が借りられればと」
対面に座っている律子は、悩みぬいた表情で二人に依頼する。どうやら、この二人を呼ぶにおいて、律子の中で相当な葛藤があったらしい。
「なるほど。理解したぜ、リッチャン! つまり、あと数時間以内にそのストーカーを全員取っ捕まえて、この机の上に生首を晒せと」
「この国は法治国家なので、出来ればもう少し大人しいやり方でお願いします」
「このデッドプールさんを呼んでおいて、血の一滴も出ない展開。それで視聴者が納得するとでも……?」
タスクマスターは、ナイフを取り出すとデッドプールの両手首の頸動脈をいきなり掻っ切った。
「ギャー! 血が、血がピューピューと!? なにこれ、水芸!? 年末に向けて、かくし芸のバリエーション、一つ増えちゃった!?」
「これで貴様の気もすんだだろう。だが、コイツの言う事にも一理ある。我輩たちを呼ぶというのは、金銭的にもオススメできない。税金を払っているのだから、ここは官憲に相談すべきである」
「警察には相談したんですけど、ストーカーの尻尾もつかめなくて。もし本当にストーカーがいるとしたら、証拠の隠し方がプロのやり方だと警察は言ってました」
「証拠集めには定評がある、日本の警察がプロと断言する相手。それならば、我輩たちを呼び出したことも、過剰対応ではないな。で、結局誰がストーキングされているのだ? 複数人だな?」
「ああ。それは」
「オレのあずささん以外の誰かだな? 誰だ? 少子化問題推進委員長のマコトか? お姫ちんなら、おそらくNASAの連中だから、ストーカーじゃないぜ?」
血がようやく止まったデッドプールは、いきなり断言した。そしてついでに、ひどい事を言った。
「なんで、あずささんじゃないって断言するんですか?」
「うん。最近、チームアップの更新がなくてヒマだから、アイドルに何かあってはいけないと、オレ、あずささんのおはようからおやすみまで見張ってたんだよ! 見た感じ、ストーカーなんて怪しいヤツは居なかったぜ? 居たのは、愛するジュリエットの寝姿を見守る、ロミオだけだよ!」
スパーンと、カッ飛んで行くデッドプールの生首。タスクマスターは、刀をしまいながら生首をキャッチ。律子と自分達の間にある机に、ドンと置いた。
「これで、問題解決である」
「ですから、この国は法治国家と言ったじゃないですか……」
だんだん律子も、デッドプールの扱いに慣れ始めていた。
情状酌量で首を繋げてもらったデッドプールとタスクマスターは、もう一人のストーカーに悩まされているアイドルの、野外ロケ現場に来ていた。
「こんにちは! 天海」
「チェンジで。ぷっぷくぴー」
「ええっ!?」
デッドプールは、元気よく挨拶してきた春香を、言葉で切り捨てた。
「相手が名乗る前に、チェンジを差し込むとは。貴様鬼か?」
「うるせー! アメリカに、ヒーローが名乗る文化はねえ! ぷっくぷぴー」
気の抜けた語尾がずっとつきまとっているデッドプール。原因は、鼻に刺してある二本のピロピロ笛だった。息をするたびに、ぷぴーぷぴーと鳴いている。
「あの、なんで鼻にピロピロを付けているんですか」
「説明しよう! さっき、生首だった時、765のツインズが鼻にこのピロピロを刺しやがったんだよね。正式名称吹き戻しを。おかげで、言葉に変な擬音が入って、やりにくくてしょうがない! 抜けねえし!」
いくら蘇ること前提とはいえ、生首に直接イタズラをする子供二人というのは、中々にミザリーな光景だ。それでいて、誰も止めないし。但し、生首キャッチボールをするなら事務所の中でとは、注意されていた。
「おい。今、あのぷっくぷぴーという音が入ってなかったぞ?」
「ぷっぷくぴー」
「平然と追加しようとするな!」
タスクマスターは、デッドプールの鼻から吹き戻しを無理やり引き抜いた後、一本をロケ隊のゴミ箱に投げ入れた。あっさりとした超ロングスローの成功に、遠くにいる休憩中のロケ隊が驚いていた。
「これが、個性ッ!?」
ついでに、よく分からないポイントで無個性呼ばわりされているアイドルも驚いていた。
「しかし、まさかの、のヮのさんですよ。オレ、てっきりミスドリラー辺りが被害者だと思ってたよ!」
「あんな机をバンと叩いたらひぃ!と言いそうな人間をストーキングするのは、鬼畜の所業だろ。リモネシアの外務大臣相手ならともかくとして、机を叩くのは良くない」
「追い詰めるところまで追い詰めたら、スコップ使って相手を撲殺しそうだよな。ああいうタイプは追い詰めると怖いって、以前スコップぶち込まれた時に思い知ったよ。うん」
デッドプールは右側頭部を愛おしくさすった。スコップの殺傷能力の高さは、第一次世界大戦で証明されている。
「声変わりのアイドルは置いておくとして。で? ストーカーねえ。コミュでよく有りそうなネタだよな。主にBとかAランク辺りで」
「お前、もう黙れ。具体的な被害は出てるのか? 私物を盗まれたり、直接襲われたり」
「うーん。そういうのはないんですけど、なんかずっと、誰かに見られている気がするんですよね。撮影中や通勤中、ずっと」
「今も?」
「今はそんなに感じないですけど、一人でいる時は……」
「ふうむ」
誰かに見られている。それだけとなると、少し弱い。アイドルである以上、人気美貌共に衆目を引くのも当然と言えるし、最悪気のせいということも有りうる。警察も見つけられなかったようだし、気のせいというオチも十分有りうる。
もし本当にその道のプロがストーキングしているとしたら、なんで1アイドルをそんなに執拗につけているのかが分からない。
「気のせいじゃないのかなー。シシュンキには、よくある話だぜ? オレも中学生の頃からずっと、この星は宇宙人に狙われている!という妄想に取り付かれているもの。まあ、オレちゃんの場合は妄想じゃなかったけどね! 宇宙人、マジで地球狙ってるから」
「深刻ですね、元プロデューサーさん」
別のアイドルを付けていた男が、平然とのたまっている。世界は広い。こういうイカれたプロが、他にいても、おかしくはない。
ふと考えこむタスクマスターは、自らの周りを舞う赤い虫の存在に気がついた。振り払おうとする前に、虫ではなく赤い灯り、レーザーポインターである事を理解する。ポインターは移動し、タスクマスターの眉間に照準を合わせた。
「ちょっと待てぇぇぇぇ!」
上半身だけを逸らし、タスクマスターは飛んで来た弾丸を回避した。地面に、立派な銃痕が出来上がっている。玩具ではなく、本物の狙撃だ。
「ストーカーさん!?」
「違う! どんだけ嫉妬が捻くれても、人を狙撃するストーカーはいないわ!」
「いないの!?」
「意外そうな顔をするな、デッドプール!」
ストーカー事件だと思っていたら、暗殺者に狙撃された。何を言っているのか分からないと思うが、結局誰もそれを理解できるものは居なかった。
「まあいい。既に奴は行動不能。取っ捕まえて直接話を聞けばいい」
狙撃手が潜んでいるであろう方向から、「ぷぴー」という音が聞こえてくる。タスクマスターがかわしざまに投げた吹き戻しが、狙撃手の鼻に突き刺さっている証だった。逃げない辺り、気絶してしまっているのだろう。まだ研鑽中だが、ブルズアイの投擲術はやはり便利な技だ。
「いや、まだ終わりじゃ無いぜ!」
デッドプールは刀を振り回し、降り注がれる銃弾を全て叩き落す。タスクマスターは盾を構え、春香をガードしにかかった。だが何故か、弾は春香の方へ、全く飛んで来なかった。
「流石は一流の傭兵二人!」
「だが、天海春香を奴らの手に渡すわけにはいかん! 特にタスクマスター、貴様にはな! 我々の面目を、これ以上潰されてたまるか!」
銃器を手にしたロケ隊は、必死の形相で二人を睨みつける。彼らは全員、撮影スタッフになりすましていた自らの正体を明らかにしていた。変装を解いたり、マスクを被ったりしている。
「げっ!?」
彼らに心当たりがあるタスクマスターは、とても嫌そうな声を出した。それは、相手が自分の知り合いであることの、何よりの証明だった。
「なんだ、全部タスクマスターさんのせいだったんですかー」
「本当にタスキーはトラブルメーカーだなー。じゃあオレ、はるかっかと先に帰るから、後ヨロシク」
デッドプールは春香の肩に手を回すと、久々のテレポート装置で一緒に消えてしまった。
「全責任を押し付けられトラブルメーカー呼ばわりされた上に、反論の機会もないとは!? こうなれば、貴様らで憂さを晴らすのである!」
長剣と盾を手にしたタスクマスターは、再び攻撃をしかけてきた敵めがけて突貫した。
「え!? ストーカーじゃなくて、引き抜きだったんですか!?」
唐突な死闘をくぐり抜け、事務所に戻って来たタスクマスターは律子に事の真相を告白していた。
「なんでも、天海春香を付けていた連中はその……彼女の素質をかったボスの依頼を受けて、監視していた連中のようで」
「961ですか? いやでも、春香は黒井社長が好むタイプのアイドルじゃないし、引き抜きで一度失敗しているあの社長が、見え見えの同じ手を使うとは」
「961なんて名前は無かったぞ。とりあえず、組織全部をメモしてきたから読み上げるぞ」
“全部の組織?”と律子が聞くより先に、タスクマスターはメモに載っている組織を読み上げ始めてしまった。
「AIM、ヒドラ、シークレットエンパイア、ULTIMATUM、ローズ・オブ・ザ・リビングライティング、サンズ・オブ・ザ・サーペント、サイボーグニンジャズ、ブラックチョッパース、トレンチコートマフィア、MILITIAMEN、INQUISITION、ザ・ハンズ、H.A.M.M.E.R、ラトヴェリア公国、メフィスト一派、キングピン・ファミリー」
「もし、自分が不勉強なら申し訳ないんですが。その事務所、どこも聞いたことがないんですけど……」
「コイツらが芸能事務所の運営に専念してくれれば、世界はだいぶ平和になるだろうな。我輩の仕事は半減するが」
タスクマスターが口にした団体名は全部、世界征服や国家転覆を真顔で口にできる悪の組織ばかりだ。特に名前がない一団を、便宜的に呼んでいる物も混ざっているが。
「てーか、そんなにつけられてたんですか。春香は」
「うむ。みんな裏で牽制しあっていて、直接手を出せる状況では無かったようである」
「そもそも、なんでそんなに悪い人たちが、春香をヘッドハンティングしようとしているんですか」
「色々なところのボスが、ドラマで春香が悪女を演じている姿を偶然目にして、ティン!と来たらしい。アレには、自分の後を引き継げる後継者のオーラがあると、ティン!と。どうやら我輩も、スカウトマンの一人に間違えられたようで」
残弾0の銃に、折れた長剣に、半分割れた盾。ボロボロのタスクマスターではあるが、それだけの人数を一人で倒してきただけ、大したものだ。
「ピーン!と来たからと言う理由でスカウトするのは、ウチの社長だけで十分なんですけど」
どうやら何処の組織のトップも、本気で人材を探している時は直感に頼るらしい。
「わかりました。今後、適役だと思っても、春香にそういう仕事をさせないようにします」
「頼む。今回は全員なんとかしたが、今後、もし何処かの組織のボスにでも出張って来られたら、勝てる気がしない。それにしても」
頭を抱え、落ち込むタスクマスター。その仕草は、声をかけるのも躊躇われる程に深刻だった。春香のことを、ここまで心配してくれるとは。律子は765プロの代表として、この男に礼を述べねばと思い始めていた。
「我輩だって、ここまでの数の組織に注目されたことはないのに。半分がせいぜいだよ……」
「その落ち込み方は予想外ですよ!?」
感謝はツッコミへと代わり、律子の口から出た。
「フリー稼業は、どんな形でも名前が売れれば勝ちなんだよ! たとえ、命を狙われるという名目だとしても」
「いやいや、信用も同時に売ってこその営業ですよ!?」
「こうなったら、金払ってもいいから、天海春香に悪を惹きつける力を教わるしか無いか!?」
「習っちゃうんですか!? そっちが!?」
「流石に無断で盗めるようなものではないわ! 何処だ、天海春香!? 先に事務所に戻って来ているんだろう!」
席を立ち、大股で事務所内を歩くタスクマスター。焦っているのか混乱しているのか、やかんの蓋を開けている。そこにはまず、春香は居ないだろう。
「え? まだ春香は戻って来てないですけど。そちらと一緒に行動しているものかと」
「え? いや、デッドプールと一緒に、先に事務所に帰った筈だが……」
そういえば、デッドプールのテレポート装置は故障しやすい代物だ。タスクマスターがその事を思い出したのは、数分後のことだった。
暗黒世界ネガティブゾーン。強靱や邪悪な生命体が宇宙全体を覆う、危険な異次元である。地球や銀河で暴れ狂った挙句、この世界に追放された者も跋扈している、危険地帯だ。
「わけがわからないよ」
眼下でひざまずくアニヒラスの大軍勢や地球産コズミックビーイングことオンスロートを見て、デッドプールは率直な感想を述べた。
彼らが忠誠を誓っているのは、デッドプールにではない。デッドプールが偶然連れて来た、美しくカリスマ性にみちあふれた、新たなネガティブゾーンの女王に敬意を払っているのだ。
デッドプールの隣にいる、ネガティブゾーンの黒き閣下。その名は――。