Typhoon party
古ぼけた田舎の村の通りに軽快な音楽が鳴り響く。
その音源には陰鬱な街に華やかな気を撒こうとする踊り子の姿があった。
短髪としなやかな体付きは健康美を感じさせ、化粧に頼らずとも魅せられる顔立ちはみずみずしい美しさを感じさせる。きわどく創られた布のごとき衣装は扇情を掻き立てるにふさわしく、腕にはめた半壊気味のブレスレットも鮮やかさの中で逆に際立つ。そして、後ろに控えた大柄な演奏者が奏でる軽快な音に合わせ派手なステップのダンスも息一つ乱さずにこなしてみせる。
街頭で踊るには勿体無いほどの踊り手――しかしである
その目の前に置かれた小銭集め用の空き缶には小銭の一銭も無かったりするワケで。
「ちくしょーこの村のやつら美がわかってねえぜ。オレの踊りみたら普通万札投げ込んでもおかしくねえのによ」
「その内面の色気の無さがバレたんじゃ……」
ジーパンとTシャツという普段着に着替えて安宿のベットに寝転がる先程の踊り子に、大きな身体をちじこませて机で収穫の小銭を数える演奏者が冷たく答える。
「言ってくれるねえロッシュの兄さん。オレの色気は神も惚れるレベルよ? 王にでも見初められたら国傾くよ? 顔も良いし、胸もデケーし、そのわりに身体も引き締まってるし、悪いところねーじゃん。しかし妙な視線は感じたんだがなあ……なんか値踏みするみたいなヤツ」
はすっぱどころか男性と変わらぬ言葉遣いで話す彼女からは、先程の街頭での踊りが嘘だったように色気を感じさせない。
「ま、その色気は認めるとしてもです。現実はこの取り分じゃ宿代もどうしようってレベルなんですよ、色気芳しいアーリィさん」
色気論議なんざ本気でどうでもいいといった感じでロッシュは頭を抱える。2メートルを超える体躯で小銭に悩む姿はなんとなしに滑稽だ。
「マジでか」
「とりあえず別行動のオンジ様任せですかねー」
「あのジジイも駄目だろ、そもそもコッチが駄目でアッチが儲かるなんてスジはオレは認めない」
「どういう理屈ですか」
「そんなもんオレが駄目だったからに決まってるじゃん」
自分が失敗して人が成功するのが妬ましいと言う駄目な論理を公言する自称傾国クラスの美女。そんな中、ビュンとうなりを上げた飛んできた小袋がアーリィのデコにぶつかった。
「痛!」
痛がりながらも落ちる小袋をアーリィはキャッチする。重い袋を開いてみれば、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。
「クックック、この金貨の包みがワシとお前の力量の差といったところだな」
半開きとなったドアから姿を見せる白髪の老人。老人と言っても背筋はきちんと伸びており、力強い口調とあいまって妙なエネルギッシュさを感じさせる。
「すごいですよオンジ様。僕ら駄目だったのにこんなに儲けてくるなんて」
「ふん。まだまだ若さに負けるほど老いてはおらぬよ」
「おのれ、インチキ占い師のクセに生意気な」
アーリィのオンジに向けての嫌味。しかし当の本人は何処吹く風で商売道具のトランプで塔を作り始めた。
「インチキでも客を勇気付けられればそれでよし。たとえ預言者のごとき目を持つ占い師でも明日死ぬだのアンタは一家離散だなんて告げて気を滅入らせる奴なんざ三流よ。気が滅入ってたんじゃ運命の荒波に飲まれるだけ、反面気が張っていれば荒波をも乗り越える力が出せるってものなんだよ」
「ほほう。ならオレは今から昼間のリベンジに踊りに行こうと思っているんだがアンタの占いでは成功かい?」
「んーワシには空き缶に金貨がザクザクと集まる光景が見えるぞ」
「ホント適当だなアンタ」
ずいぶんと高くなったトランプの塔から目を離さないオンジに中指を突きたて、商売道具の入った小ぶりのかばんを手にアーリィはベットから跳ね上がる。そしてドアには向かわずに、部屋の中心の大きな窓を全開にした。
部屋に入る風。その風は空気の新鮮さをとどけるついでに組みあがりかけてたトランプの塔を吹き飛ばした。
「おおう、せっかく組みあがりかけてた塔が全壊!? なにしやがるこんクソガキめぃ!!」
「ははは、ロッシュはジジイの金勘定の手伝いしててくれ。オレ一人でどうにかしてくるからさ」
「はい。夜道に気をつけてくださいね」
「はん! オレがそんなタマかよッ」
一息で窓枠を跳び越し、窓近くにそびえる木に飛びつきそのまま滑り降り、そのまま暗闇に姿を消す。夜道を女性が歩くのは常識上危険だが、二階の部屋から階段も使わずに鮮やかに脱出する女性を心配するのは気の無駄遣いだろう。
「逃がすか!!」
アーリィが消えた暗闇にむかい、オンジは近くに置いてあった空き缶を手に取り投げつける。一拍置いた後にパコンという調子のいい音と「痛!」という声が闇から聞こえてきた。
「ふん。クソガキめ、このワシから只で逃げられるワケなかろうに」
「でも大丈夫ですかね。この村、なんかヘンな気がしません? 閉鎖的というか……」
金貨の詰まった袋を拾うロッシュが暗い顔で呟く。
「ふむ。人が占いを求めるのは重要な決断が迫っている時と、不安が近場にある時だからな。しかしこの村では皆、ワシを見やるだけで占いは求めてこなかったのだよ。なにか、禁忌を隠しているような気がするのう」
「やはりそうでしたか。で、なんでこんな事をしたんです?」
ロッシュは手に持っていた金貨袋の中身を床にぶちまける。みれば金貨は数枚だけで、他は小石ときている。重さをごまかす為に金貨袋に石を詰めてごまかしていたと言う事だ。
「ヤツの悔しがる顔が見たかった。それだけで十分ではないか」
ニヤリと笑うオンジに背を向けさっさと落ちた金貨を拾うロッシュ。このような悪ふさげはこの老人にとって日常茶飯事らしい。
「オンジ様、アーリィをからかうと楽しいのは分かりますが、彼女はある意味で純真なのですから節度を持ってくださいよ?」
「クックック、わかったわかった。しかしアレだワシの経験からすると、実にヤバいぞ、この感じは」
新たなトランプの塔の土台を作りながら、オンジが呟いた。
適当に人通りが多そうな場所に目星をつけて、そこで踊り昼間のリベンジをするだったのだが。いかんせんこの村の夜には人が居ない。村の規模から見て酔っ払いの二・三人とすれ違ってもいい筈なのだが、酔っ払いどころか野良犬の一匹さえいやしない。それにどの家もきちんと雨戸を閉めてしまい光さえ漏らしていない、まるで夜の村に怪物でも徘徊しているかのように怯えを感じさせる。
「まさかここまでとはね」
手近なところで営業用の衣装に着替えたアーリィが嘆息する。息巻いて出て収益0ではかっこがつかなすぎる。しかし客が居ないのでは手のうちようも無いのだ。
「おのれ、こうなったら曲のボリュームを最大にして無理やりにでも」
伴奏用のラジカセの音量ネジを最大まで振り切らせる。夜間騒音を完全に無視した、一歩間違えば悪魔の所業だ。再生スイッチに手をかけようとした瞬間。裏路地から人の気配を感じ、その手を止める。
その気配の主はじいっとアーリーィの方をにらみ続けている、それは昼間に感じた人を値踏みする視線に何処と無く似ていた。
「ん……?」
気配に妙なものを感じた為、その視線の主を確認できる位置まで身体を動かす。そこにいたのはうらぶれた格好の母子だった。ぐすぐすと鼻を鳴らす赤子を抱きしめる暗い顔の母親、あきらかに踊り子を求める人種ではない。
「あ、どうもこんばんわ。邪魔でしたかね、すぐにどきますんで」
或る街を回った時に土地の教育ママを名乗る連中に酷い目にあった記憶があるので、母親相手にガンをつけられた場合は素直に身を引く。母親とは、たとえチンピラに脅されてもタダではひかないアーリィの数少ない天敵だった。子を守るという言葉を大義名分にして彼女らはどんな弾圧や暴走も正義で片付ける。
「いいえ、邪魔だなんてそんな。あの、一つお聞きしたいのですが、貴女、旅のお方ですよね」
「ええ、まあ……」
高圧どころか酷く弱々しげな母親の問いにアーリィが逃げ腰で答える。
「ああ! 助かった!」
すると母親は子を抱いたままアーリィに向けひざまづいた。まるで世を救う勇者を見つけたかのように。
「はい!?」
「お願いです、私達を助けてください!」
「いや、あのね、おばちゃん勘違いしてない?」
この類の願いを聞いているのが重厚なヨロイに身を包み大剣を携えた屈強な戦士なら絵になるが、聞いているのがきわどい衣装に身を包んだ踊り子ではあまりに滑稽すぎる。
「いえ、旅のお方にしか頼めない事なのです」
「えーと……」
確かに貧しい身なりだが、その目の焦点はきっちりと合っており、表情には真剣さを感じさせる。どうやら妄想癖やドッキリの類ではなさそうだ。
「この子を連れて街から脱出してください。この街は吸血鬼に支配されているのです!!」
だが、母親の言葉は至極すっとんきょうな物だった。
ロッシュが手元の携帯をいじくり情報を引き出す。
やがて、その小さなウインドウにこのあたりの地図が映し出された。
「どんな感じだい?」
後ろからオンジがそのディスプレイを覗き込む。
「ん……変ですね、政府の地図ではこの辺り安全圏ですよ?」
「下の注意警報も忘れず見ろ。吸血鬼型の目撃証言有りと書かれているではないか」
「あ。本当だ。しかし信憑性は10%以下になってますよ。吸血鬼型の狂化兵士は数も少ないしガセなのでは?」
狂化兵士。世界全土を巻き込んだ戦争の際に生み出された核に変わる新たなる恥じるべき兵器。人体改造や細胞を直接いじることにより、かつての伝説や寓話に登場した怪物と等しき存在となった彼等は戦場でおおいにその力を奮い破壊や蹂躪の限りを尽くした。
しかし戦争が終わり、人々が平和の到来を感じた時。彼等は完全なる邪魔者となった。部隊ごと葬られた狂化兵士も多々いたが、彼らの数多くは兵器としての役割を放棄し、本物の怪物として野に散らばった。
或る者は争いが止まぬ土地へ、また或る者は戦争により荒野と化した大陸に新たなる開拓者として、そして或る者は徒党を組み近場の街を襲う。彼らの生き方は様々にしろ、多くは人が恐れるべき存在へと変貌を遂げた。旅人にとって彼等は避けるべき災害。その分布は逐一地図に記録されていく。
「いや、物事に絶対は無かろう。現に10%でも疑うべきだ。吸血鬼型は得して賢い連中が多い、己の存在を隠す術は十分に知り尽くしている筈だ」
吸血鬼型と呼ばれる狂化兵士はかなりタチの悪い種類だ。彼等は血液を動力源とする為、人を必然として襲う。安い型ならゾンビ同然の血を求める亡者に過ぎないのだが、高級品になると人並みの知識を持ち破壊的な力を持つ。またその身に秘めた疑似ウイルスにより人を血を求めるグールにした上で自分の配下にすると言う能力まで発揮する。しかもグールは己の牙で人を襲い仲間を増やしていく。まさに進歩した科学が作り出した伝説どおりの凶悪な怪物だ。
吸血鬼型狂化兵士一体が小国を滅ぼしたという記録も有る。吸血鬼型は決して看過できない災害クラスの怪物なのだ。
「ここはかつてワシが出合った吸血鬼型の話をしてやろう。ワシがとある村を訪れたとき、村は吸血鬼に支配されていた。その吸血鬼は子供の肉を喰らい、女の血を啜り、老人の骨をしゃぶり尽くすというまさに外道な行いを派手にしていた。だが、ヤツの行いは政府に知られる事は一切無かった。何故だと思う?」
「さあ?」
「恐怖での統治。無垢な人から残酷に血を啜り、反逆の意を示したものはそして人々を従順な羊へと仕立て上げるのだよ。もとより閉鎖社会の田舎を自己の意のままになる王国へと変える。賢さと力を持った吸血鬼にのみ許される娯楽だな」
恐怖という感情は人間の感情の中で最も強力な感情だ。
幼子の頃に体験した恐怖を年老いても覚えているというのは多々あること。統治される側にはたまったものではないが、統治の側にとって恐怖政治というのは有る意味完成された統治なのだ。
「ではワシの武勇伝に戻るぞ。そんな定めから私を助け出してくださいとワシに身を委ねる薄幸の少女。ああ、燃えるワシ。だがそう決意した瞬間、こもっていた部屋の窓ガラスが割られ」
オンジが昔の冒険譚を喋り始めると同時に、パキンと安宿の窓ガラスが割れた。
「恐怖から吸血鬼の走狗となった村人達が部屋に乱入し」
割れた窓から梯子をかけて部屋に村人達が侵入し、部屋のドアも蹴り破られそこからも村人が殺到した。
「そして彼女とワシの首に突きつけられる凶器、というわけだ」
二人の周りを囲む村人達。その手にはクワや包丁などの、なんとか武器になりそうな生活用品が携えられている。
「……なんでそこまで経験していて学ばないんですか」
ハンズアップし自分の首に添えられた鎌に視線を向けロッシュが嘆息する。
「いやあ、だってまだしなだれかかる美女来てないよ? 重要なフラグが省略されてね?」
経験済みのせいか、余裕しゃくしゃくで自分の首に突きつけられたスキの先を指で突っつきながらオンジが言う。
両者ひとしきり笑った後にゆっくりと立つ。
老人であるオンジはともかく、巨躯を誇る若者であるロッシュの迫力に自然と村人達に緊張が走った。
「安心せい。ソイツは余程の事が無いと暴れんから」
「そうですよ。僕は元来平和主義者ですから」
ニコニコと笑う二人を訝しげに思いながらも、村人の一人が顎でドアを指す。
二人は全く抵抗せずにそれに従い、いきなりベートーベンの第九を奏で始めた机の上の携帯を尻目に部屋を後にした。
「あー!!肝心な時に役に立たないなあの男共はッ!!」
自分の携帯を全力で投げ飛ばす。唸りを上げて飛ぶ携帯は、目の前に迫っていた男性の顔面にめりこんだ。
あおむけにブッ倒れる男性。しかし彼女らをかこむ人垣は一人倒れたところで崩れることはない。
「ああ……もう駄目だわ。もうこの子ともども血を抜かれる運命なのね」
子を抱いたまま膝まづきシクシクと泣き始める母親。
彼女が旅人であるアーリィに自分と子を旅の移動のドサクサにまぎれて村から連れ出して欲しいと全てを話した瞬間。辺りの家々のドアの全てが開き、暗い顔をした村人達が三人を囲んだ。全てはこの街を支配する吸血鬼の手の内だったのだ。
「この子だけでも助かればと思っていたのに、この子だけでも……」
「あきらめるなッ!」
アーリィが気弱な母親をどなりつける。
「チクショウ、正直めんどいなあと思ってたのに……ここまで用意周到にやられたら腹たってきた!」
本音で怒鳴りつけるアーリィの怒声にかまわず村人達がロープを持ってにじり寄る。そして一斉に襲い掛かり三人をあっさり捕らえた。
「旅人はこちらに連れて来い。その二人はいつもの場所へ連れて行くんだ」
リーダー格らしい老人、多分村長だろうが、の言葉で三人が引き離される。
いつもの場所が意図することは分からないが、裏切り者を処刑する場の事だろうか。
「ふざけやがって……おいお前等顔覚えたからな、あとで一人づつヤキ入れてやる!! 後悔すんなよ!!」
「黙らせろ」
口が止まらないアーリィに噛ませられる猿ぐつわ。
「ムググー!!」
何を言いたいのかは分からないが。しかしその言葉は間違いなくうつむいて連行される母親にむけられていた。
床には人骨が散らばり、壁には血痕が残る。そして逃亡を防ぐ鉄格子。
絵に描いたような末期的な牢屋の中央にオンジとロッシュはいた。
「どうも思っていたより深刻みたいだのう」
「見て下さいよこれ。『ツマトタビノトチュウ、ゲドウノムラニツカマリヤ』辞世の日記ですかね」
床に雑に彫られた文章を読んでいこうとするが、所々磨り減っている為文字が読めない。じいっと壁を見れば幾度も爪で引っかいたような痕がいくつも見える。実にバイオレンスだ。
ツカツカと足音が聞こえ、鉄格子の錠をあけ三人の若者が入ってくる。その一人の手には極太な針をそなえた家畜用の注射が携えられていた。
無言で二人がロッシュの両脇を抑える。そしてその首の血管に注射針を突き立てた。
男は血を吸い取りワインに、女はしかるべき処置の後にメインデッシュに。
これは旅人が来るたびに行われる恒例行事。
旅人を差し出すことで村の人々の安寧を計るという方法は村が支配された瞬間に暗黙の了解となった。男は牢にとらえ、その血液を荒々しい手法で一気に奪い取る。そして女は手間をかけて調理する。
どうしても始めはそれに抵抗感があった。人が他人を贄にして生き残るというのは道徳観から見ても外道だ。決して許されるものではない。
だが、作業を重ねているうちにそんな道徳観は薄れていった。
最初は言葉で謝りながら作業を進めた、しかし作業を重ねていくうちにそれを無駄に感じ謝るのを止めた。謝っても結果は変わらない。そして自分たちへの恨みが無くなる訳ではない。
それに皆がなんと無しに気づいた時彼らの中から罪悪感は無くなっていた。
哀れな旅人が家畜同然に見えた瞬間、この村という集合体は他者を喰らう怪物と成ったのだ。
抵抗する人間を二人がかりで抑え、一人が牛馬用の注射器でギリギリまで血液を吸い取る作業。ギリギリにとどめておく事で、生贄を生かし、次の新たなる旅人が来るまで血を採り続ける。無言で行われるこの作業は回数を重ねるうちに短時間でしかも効率的に行われるようになってきた。
だが、今日の贄は――
「クックックッ……ソレから血を抜きたいのならそんな柔い針では無理だ。せめてクジラ用のモノでも持ってこんとな」
オンジが高らかに笑う。
今まで何人もの血を吸い取ってきた注射針は見事にひん曲がっていた。
決して仕損じではない。ロッシュの血管を覆う筋肉を突き抜けなかったのだ。人間の部位の中で最も筋肉の壁が薄い箇所ともいえる場所なのに、だ。
当の本人はぽりぽりと虫に刺された痕をかく様に刺された場所をかいている。精一杯片腕を押さえつけようとする屈強な若者をぶら下げて。
「あ……」
苦悶の声をあげて注射針を持った若者が後退する。それを見てロッシュの両脇を抑えていた二人の若者も、その手を放してしまう。
この感覚をかつて彼等は味わっていた。それは村が人外の者に支配されたと判った時。その自分達がどうあがいても勝てない怪物を初めて見た時のあの感覚に至極近かった。
「うわああああ!?」
誰が発した声なのか。それも判別せぬうちに三人は牢から我先に逃げ出した。
「人をバケモノみたいに……不本意ですよ」
「仕方あるまい。常識を遥かに超えるものを見たのだ。常識外=恐怖の対象よ」
鍵も開けっ放しで逃げた若者達にロッシュが憮然とする。
そしてその開いた鉄格子から外に出ようとするが。
「まあ。待て」
自分の身体をまさぐりながらオンジがそれを止めた。
「男二人にさえこの仕打ちだ。街に一人で出たアーリィもなんらかのトラブルにあっていると考えていい」
「……でしょうね」
危機に瀕している友の姿を想像し、考え深刻そうにうつむく二人。
「大暴れだろうなあ」
「ええ。八面六臂で大暴れですよ絶対」
「今ここを出たら絶対に巻き込まれるぞ、ワシら」
「そうですね。君子危うきになんとやらですから」
再びロッシュは牢屋へと戻り、鉄格子の戸を閉めた。そしてオンジの目の前に座る。
「ま、事態が落ち着くまでここにいようや。えーと、七ならべなら勝負になるんだよな、おぬしとは」
「ポーカーとかは駄目ですよ。オンジさま強いんですから」
何処からともなく取り出した商売道具のトランプをオンジが配り始めた。
中央の血の匂いがかんばしい長机に両手を固定した上で仰向きにして寝かされたアーリィ。
彼等に連れられて着いたのは村の中央に位置する教会。吸血鬼の晩餐会場が教会とはミスマッチにも程があるが、別に吸血鬼型の強化兵士は十字架を見た瞬間に目が焼けるとかの症状は無いので教会を根城にしていても別段問題は無い。この場所を晩餐会場にしている意味は最も教会が使いやすいのか伝説上の吸血鬼に対する嫌味なのかのどちらかだろう。
そして彼女をここまで連れてきた村人達が去ろうとした時に、息せき切った若者が教会に飛び込んできた。若者は村長に近寄りひそひそと耳打つ。それをうなずきながら聞いた村長はアーリィの口に咥えられていた猿ぐつわを取った。
「貴方の連れはバケモノだとこの男が言っているのだが本当かね」
バケモノ。つまりはロッシュが強化兵士であるのかどうかを老人は聞いている。強化兵士であるのならそれは立派な脅威。支配者と相談してしかるべき手を打たねばならない。
「そうそう。アレは朴訥そうに見えて希代の殺人鬼だから、お前等皆殺しにしてオレを助けに来る前にオレを逃がした方がいいぜ」
アーリィの言葉を受けて村人がざわつく。
そんな中、急に教会の大扉が開き件の殺人鬼の乱入かとざわつきが止まるが入ってきたのは先程とは別の若者だった。その若者も再び村長に近寄り耳打ちする。
「今入ってきた報告によると、お嬢さんが言う希代の殺人鬼は牢が開いているのにもかかわらず連れの老人と7ならべに興じているらしいが……本当に殺人鬼なのかね、アレは」
村長の顔に動揺が見える。長い人生の経験をもってしても、自分たちで捕らえている珍囚人がなんなのか理解できないのだろう。
「チャンス、希代の殺人鬼と歴史的詐欺師をまとめて葬るチャンスだよソレ。とりあえず油断している内に建物の扉を溶接して外に出られないようにしてから建物ごと火をかけるのがベストだと思うんだけど」
自分をあっさりと見捨ててトランプに興じる仲間達を、それ以上にあっさりと売り払う。薄氷の信頼関係とはこのようなモノを言うのだろうか。
「なるほど……良いアイディアだ。それならば我らに被害は出ないだろうしな」
「だろ? そのアイディアに免じてオレを助けるわけにはいかない?」
「もうすぐ支配者様が来る。大人しくしていれば心安らかに死ねようぞ」
村長を先頭にぞろぞろと村人達は教会を後にする。あとにはぽつねんと中央に置かれたアーリィだけが残った。
「……なんてケチな連中なんだよ、コンチクショウ」
「しかたがないですわ。もし逆らえば喰われるのは自分達なのですから」
教会のシンボルである巨大な十字架の方から聞こえる女の声。カツカツとハイヒールの音を鳴らしこちらに近づいてくるその女性はとても上品な身なりだった。
真紅のドレスに身を包み、髪もきちんと整えたその姿はまるで王侯貴族がダンスパーティにでも出かけるかの様な優雅さを感じさせる。
「フフフ、どうも、私がこの村の支配者です。お見知りおきを」
スカートを押さえての優雅さに満ちた礼。
狐につままれたような顔でこちらをみやるアーリィを見て、吸血鬼の顔に愉悦が浮かぶ。
「ああ、獲物の困惑と恐怖と同様が入り混じった顔がたまらない。この表情の為なら、あんなボロを身にまとって演技するぐらい耐えられますわね」
着飾ってはいるものの、吸血鬼の顔は間違いなく先ほどの赤子を抱いた貧しい母親と同じものだった。
ただ餌を喰らうだけの環境に飽きた時から、彼女の娯楽は始まった。自分が獲物より弱いものになりきり、獲物に助けを求める。
「助けてください」と。
獲物は困惑しながらも弱者への哀れみから、どうにか彼女を助けようと試みる。だが、彼女と接触した瞬間から獲物の動きは逐一見張られており、村人が獲物を包囲し捕獲する。
そして全ての真相を明かすのだ。全ては、自分の戯れであったと。
自分が騙されたと知った瞬間に獲物の顔は憤怒とも絶望ともとれぬ耐え難い表情となる。彼女はそれを見るのが何よりも好きだった。
心が折れた獲物のなんたる美味なことか――
吸血鬼の細い指先がアーリィの首筋をなぞる。
「なんて綺麗な肌でしょう。それに血の通りも素晴らしい。野蛮な言葉遣いを聞いた時はどうかと思いましたが、貴女は私が見た中でも最高レベルの食材……」
首筋から上半身へ、そして下半身から足へ指を這わせ体つきを確認する。
だが、アーリィの体はピクリとも反応しない。普通ならば恐怖でガタガタ震えるか、せめて身だけでもちぢこませる物なのにだ。
「あら、どうしたんですの……死人ではあるまいし少しは悦んでくれないと」
指だけでは不足なのかと膝を付き舌を這わす。だが、それでもアーリィはまったくと言って良いほど反応しない。
強情な獲物にはたまにある反応だ。どんなに絶望的な状況になろうとも己の誇りを最後まで崩そうとしない。所詮、最後には屈服するのにだ。
現に、その肌を嘗めているうちにだんだんとアーリィの体が小刻みに震えてきた。
「よかった。ようやく感じてくれましたのね」
獲物が屈服したのを確認し、その血をすする牙が首筋の血管を狙う。
「ンなワケねえだろ変態が!!」
今にも血管を突き破ろうとしていた牙を腕につけていたブレスレットで受け止める。いつの間にかアーリィの両の手に付けられた手枷は外れていた。
ブレスレットを吸血鬼の牙から引き抜き、空いたもう一方の手でその顔を思いっきり張り飛ばす。
「グッ……!?」
ただの人間のビンタ。だが、その鋭いビンタは人外の吸血鬼を張り飛ばし地面に這わせた。
思わぬ窮鼠の一撃に動揺しながらも、吸血鬼はその窮鼠へと視線を向ける。
「ハン! 無様に転びやがって。所詮吸血鬼型だろうがなんだろうが中の人が三流なら三流だ! 」
仁王立ちで先ほど寝かせられていた台の上に立つアーリィ。その仕草には恐れなどなく、瞳にはなみなみならぬ闘志の炎が燃えていた。
「貴女も人外でしたのね。無力な人の振りをして私の出方を待っていた、という訳ですね」
その自信あふれるアーリィーの姿から、吸血鬼は目の前の獲物が鼠などではなかった事を素直に認める。正体は不明だが、アーリィも人を捨てたものであるという事も認めて。
「いや。別に出方なんてこれっぽっちも」
ブンブンと手を振り吸血鬼の推論をアーリィは否定する。
「ただ、あんなあからさまなヤラセで人を陥れたと勘違いした馬鹿がどんな勝ち誇った馬鹿ヅラ下げて出てくるのかなーと」
「……!?」
吸血鬼の品のある顔に冷や汗がたれる。
彼女は最初から気付いていた。それは吸血鬼にとって誤算だった。
演技力には自信があるし、村人達の行動にも自分の正体を察知させるようなヘマは無かったはずだ。
「臭うんだよ」
アーリィがポツリと呟く。
「アンタの演技にヘマは無かったし、利用してたガキや村人にも落ち度は無かった。ただ、オレの勘が良すぎたんだ。なあに恥じる事は無い。素人さんAやBなら十分にごまかせる田舎芝居さ。この田舎なら十分に誇れるだろ?」
すべてを見破られた驚きで支配されていた吸血鬼の頭が、アーリィのこの一言で別の感情へ塗り替えられる。
それは憤怒。この忌々しき女は高級なる吸血鬼型を侮辱している。狂化兵士の中でも最高級であり高貴な吸血鬼型の淑女を下賎な踊り子が侮辱しているのだ。それはあってはならない事だし、高貴側の人間が許してはいけない行為なのだ。
「おいおい、額にアオスジ出てるぞ。田舎貴族サマ?」
プツリと何かが切れた。
もういい。この獲物は食らうに値しない下種だと判断した。
「その戯言……微塵になっても言えまして!?」
縦横に振るわれる吸血鬼の手。その手から放たれた無数の真空波が教会のモニュメントを粉みじんに切り裂く。
散漫な標準だったそれはやがて集中し、台の上に立ったままのアーリィめがけて収束した。
砕け散る台と、地面の石畳が埃を巻き上げアーリィの姿を覆い隠す。この破壊の収束の中で生き残るのは人どころか熊でも無理だろう。
「私としたことが、熱くなりすぎましたわ。上流階級らしくも無い」
口を上品に扇子で覆い隠し吸血鬼はその場を立ち去ろうとする。
忌々しい下賎な者の残酷な死体に背を向けて。
その時、一閃の疾風が彼女の脇を通った。
風の感触を感じ、後ろを振り返る。それと同時にボトリと何かが落ちた音がした。
それは彼女の腕。細いその左腕はドレスの袖ごと扇子を持った形で綺麗に断ち切られていた。
綺麗な切り口であればあるほど、その感覚は遅れてやってくる。徐々に体に浸透していくその感覚。それは紛れも無い“痛み”。
「あ……ああ……!!」
吸血鬼は傷口を押さえ苦悶する、久方味わった事の無い弱者の感覚に。
「慣れてないね、アンタ。戦慣れしている吸血型だったら、腕の一本や二本でガタガタ言わないから」
その感覚を与えた強者は、紅い半壊の天使だった。
人外の力を得た狂化兵士にも様々な種類がある。
吸血鬼型の様に人と変わらぬ外見の者や、あきらかに人を捨てた姿を持つ者。また、平時は人だがもしもの際には怪物へと変身する輩も居る。
そして、『装甲』と呼ばれる物により人を超えた力を得る者。
『装甲』とは簡単に言えば変身である。普段は指輪やベルトなどのアクセサリーの姿をとっているが、ひとたび合図があればそれは主を守る鎧へと姿を変える。
『装甲』の特徴としては手術の不要が挙げられる。鍛えこまれた人間が『装甲』を使い人外と渡り合える力を持つ。俗に『装甲持ち』と呼ばれる彼らは中は人ながらも戦時中には十分に強力な戦力に成り得た。
教会のシンボルである巨大な十字架の前に立つアーリィ。その格好はさっきまでの頼りない踊り子の服ではなく、所々を紅い装甲で覆った姿となっていた。
頭には所々部分が欠けた額あて。胸から指先までの全身を覆う細工が施された甲冑は、右肩の破壊痕からの部分が丸々欠けて素肌を見せている。下半身に付けられた薄い鋼鉄のスカートも、綺麗な形ではなく欠けた部分が多々ある。背中に背負う天使の羽も、バランスが悪い片翼。
その姿は数多の戦場を見守り続けてきた、いや数多の戦を駆け抜けてきた戦乙女を連想させた。その天使は戦場の苛烈さを示すように、所々が傷ついているのだろう。
「吸血鬼型を名乗るなら、その腕を今すぐくっつけてみろ。アンタが一流ならばそんな事簡単なはずだ。さあ、さあ、さあ、さあ!!」
目の前の吸血鬼を煽るアーリィ。その慣れた物言いは彼女の身に刻まれた経験を自然と感じさせる。
それに対し、目の前の吸血鬼はあまりに未熟だった。
狂化兵士の中でも高級型である吸血鬼型。たしかに彼女はそれに改造された。だが、改造が終わり自分の強大な力を確認したときには戦争は終わっていた。
人知を超えた力も与えられながらも、振るうべき機会は与えられず。不要の高級品として放逐された彼女は自分の力に慣れることもせずに、支配者として小さな村に君臨した。
今までの虐殺は経験と呼べるものではない。殺した数は多くとも戦った回数はゼロ。吸血鬼型という生まれは一流だったが、その兵器としての成熟は三流以下だったのだ。
そんな彼女が選んだ手段は、
「片腕などなくても貴女を葬るには十分ですわ!!」
回復をせずに戦う事だった。再びその腕から真空波が放たれる。
だが、先ほどまでの両腕の連射とは違い今度は片腕。当然連射の速度は遅くなり、勝手が違うせいか標準も甘くなる。
「やれやれ」
アーリィの脇を外れた真空波が通っていく。
運よく一発の真空波がアーリィへ向かっていくが、虫でもはらうかのように装甲をまとった左手でペシっと叩き落す。
「悪い。アンタに付き合うのメンドくなってきた。終わらせるわ」
アーリィが背中の羽に手をやる。すると翼が外れ、羽が収束し、やがて翼は一本の刀となった。
その刀を右手に携えアーリィは吸血鬼に向かい、走る。徐々に近づく事で真空波の標準が合うようになったが、それも左手で簡単に打ち払っていく。
そして刀のとどく距離となった時。アーリィの姿がふっと掻き消えた。
「な? ど、どこに」
吸血鬼は周りを見やるが、アーリィの姿はどこにもない。
だが、その姿を確認する前に上から風を切る音が聞こえてきた。
「上!?」
吸血鬼が音に気付き上を向く。
上空から降ってきたアーリィの刃がその額に食い込んだ。そのまま刃は首から体を突き抜け、吸血鬼の体を縦にかち割った。
「ギ、ギャァァァァァァァッ!!」
両断された体を腕で押さえようとするが、片腕では到底かなわない。無駄な抵抗の後に吸血鬼は脳天から真っ二つとなり、絶命した。
アーリィはそれをめんどくさそうな目で見て、吸血鬼の血を浴び汚れた顔を拭う。血を浴びた装甲は、その紅さを一層と濃くした。
燃え上がる建物の周りを村人が囲む。
その目は火を見つめるせいからんらんと輝き、それが集団で連なる様は一種の狂気を感じさせた。
「ちょいとゴメンね」
その狂気の輪にあっさりと割り込む何者か。
「よっと」
その人は引きずってきた物体を火の中に投げ入れた。辺りに火葬を思い起こさせる肉の焼ける嫌なにおいが漂う。
「な、な、な……!?」
「何やってるって、吸血鬼型の狂化兵士は念入りに葬らないとよみがえったりするんだよ。ま、それほどタフな奴には見えないけど一応な」
驚きで声が出ない村長に装甲を解除し、踊り子姿に戻ったアーリィが答える。
「で、では、あなた様があの忌々しい吸血鬼を?」
「まあ一応」
なによりの証拠は炎の中で燃えている死骸だ。
アーリィがそう答えた瞬間に、村人たちは一斉にアーリィの前に集まりひざまづいた。ポリポリとほおを興味なさそうに欠くアーリィに村長が代表して礼を述べる。
「ありがとうございます! あなた様のおかげで」
「てい」
「たずがりぃ!?」
頭を垂れる村長の脳天にかかとが刺さった。
「村長お!?」
「さっきオレが捕まったときなんて言ったか覚えているやついるかー? 覚えてる奴いたら手ぇあげろよ」
アーリィの質問を受けた村人の間に嫌な空気が漂う。
「どーしたー? 誰も覚えていないんなら無差別に暴れるぞコラ」
「あ、あとで必ずヤキ入れるですぅッ!!」
「正解ッ!!」
勇気を出して手を上げた村人の顔面に靴がめり込む。
「というわけでヤキ入れるから一人も逃げるなよーお前らー!!」
わあと村人たちが蜘蛛の子のように散らばった。
「こうして村は一人の暴れ者の手によって壊滅しましたとさ。めでたしめでたし」
「してねえよ!!」
長い一本道を爆走する一台のジープの運転席で勝手なモノローグを流すオンジに、後ろの席で寝転がるアーリィがツッコむ。
「まあ僕が止めましたからね」
「よく言うぜ。ギリギリまで止めなかったくせに」
助手席に座って地図を見やるロッシュがはははと笑う。
村人大勢を相手にしてのアーリィの大立ち回りは、牢屋から脱出してきたロッシュにより止められた。
なお、力ずくで建物の壁をぶち破り、炎の中から歩いてくるロッシュの姿を見て村人が完全に戦意喪失したのは予断だ。
「ま、おぬしらの大暴れのおかげで村から五体満足で出られたんだ。感謝せんとな」
腰をぬかしている村人を尻目に三人はさっさと逃げ出した。とどまっていては余計な災害に見舞われるかもしれないし、なにしろ村に長尻する理由もなかった。
「でもなあ」
なんとなく納得できなさそうな口調のアーリィ。
「どうした?」
「いや。明らかにあそこの連中は共犯だぜ? 村人全員ではないにしろな」
少なくともあの燃え盛る建物の周りに居た人々は自分たちの行為に対しての罪悪感は無かった。罪悪感が欠如した時点で彼らを被害者と呼ぶのははばかられる。最も殺された人々から見れば、彼ら村人は純然たる共犯者だ。
実際、アーリィも殺されかけたのだが彼女は村人全員を怪物とは見なかった。それは多分、自分達が焦って村を立つ時にこちらを一心に拝んでいる女性を見たからだろう。安い三文芝居の小道具に使われた赤子を抱き、こちらを拝むその姿を。
「そりゃそうじゃろ。村長以下数名は殺した人間の遺物から金になりそうな物を拾って着服してたのだからな」
「へ?」
いきなりの真相の告白を受けてアーリィが間抜けな声を出す。
「ほれ、これでも見てみい」
オンジが懐から取り出した紙をアーリィに渡す。そこには着服したもののリストや死んだ人間の個人情報がメモ形式で書き留められていた。
「無駄に律儀な村長で助かったわ。他にも色々証拠になりそうなものがあったから、これを適当に大きい近隣の警察署にでも持ち込むぞ。ほっかむりして罪を逃れることなどできない事を教えてやらんとの」
人間慣れればどのような状況でも利を求める。盗んできた資料からは人間の度し難いたくましさが感じられた。
「いやー、なかなか正義感にあふれるせりふだね。ジジイ」
「ふふふ、ワシに惚れるなよ?」
「惚れねえよ。で、金になりそうなネタも全部警察に渡す気か?」
一瞬、車を運転していたオンジのハンドル捌きが荒くなった。
「な、なんの事とかのう? ワシャあ最近とんと記憶が遠くて……」
「とぼけるなよクソジジイ。あんたが利にならないことに動くわけないだろ? 警察への垂れ込みはおまけで、本命は村長とかの食い残しの筈だ」
「ちょうど良かった。そろそろ田舎に仕送りしなきゃいけない頃だったんで、助かります」
今まで我関せずの態度だったロッシュも急に話しに乗ってくる。
「この不敬者どもめが……じゃあワシの4:3:3で」
「はあ!? 本気でボケたか? アンタら今回何もしてねえじゃん。ここはどう見てもオレが8でお前らが1:1だろうが」
「それは正論ですが……でも取りすぎじゃないですか、ソレ? ところで、あの炎の中から脱出するの結構大変だったんですが。あんな牢屋ごと燃やすなんて知恵どこから湧いてきたんでしょうね? どう考えてもあの村人たちじゃ思いつかない思い切りの良い策ですが、誰が考えたんでしょうねー」
「貴方達なら……自分で切り抜けてくれると……信じてたんです……」
やけに弱弱しい口調で話すアーリィ。ご丁寧に瞳まで潤ませて、手を胸で組んでいる。
「なにヒロインぶったポーズとっとるんじゃ? はっきり言って似合わんぞ」
「と言う事で3:3:3で残ったお金は最近ガタがきているジープの修理代にでもあてましょう」
「ちょっと待て、オレも金集めてこの装甲早く直したいんだよ! せめて四割にしてくれ!」
手につけたボロボロのブレスレットを指で弾きながらアーリィが叫ぶ。
皮算用で激論を重ねる三人。その結論は、たぶん実際に金を手に入れても出なさそうだ。