小須田部長の溜息
「支社長ー。引き継ぎ、全て完了しました」
「ありがとう、原田くん」
「昭和の生活様式と聞いてましたけど。実際来てみると、色々今風の所があるんですねー雛見沢。メイド喫茶とか」
「エンジェルモートは一応デザートレストランだよ?」
「ところで小須田さん。言われたとおり、東京でシュークリーム買ってきましたよ」
「うん。現地でお世話になった人が、甘いもの好き、特にシュークリームが好きだそうでね」
「なるほど。そういう気遣いは大事ですね。いやー見てくださいよ、最近のスイーツって凄いですよ。見てくださいよコレ、クリームと見せかけて、中にキムチが入ってるんですよ!」
「なんでそんなピンポイントな品物買って来るの? 甘くないし」
「新商品なんで、つい」
「世の中、ついやってしまった行動や、うっかりで命を失う人もいてね。雛見沢にいると、それがよくわかるよ」
「とりあえず、引越しの準備をしてしまいましょう。細かいことはそれからです」
「うん、君の所々麻痺した感覚は、雛見沢向きだね。じゃあ聞くけど、この名刺。これはいるのかな?」
「いらないです。これから支社長は、医学博士になるわけですから」
「医学博士? 北九州大学に医学部無かったよ? 出身大学を調べられるだけで、バレちゃうよ?」
「大丈夫です。社内的な物ですから。それに、慢性的に手の足りない場所ですから、そんな貴重な働き手を逃がすようなことをする人はいませんよ」
「そうなんだ。出向役員みたいなモンかな? ところで携帯電話、これはどうなんだろう」
「それはいりません。専用の電話が、病院側から支給されますので」
「そうだよね。病院だもんね。電波とか、気を使わなきゃいけないよね」
「ええ。ちなみに、支給された携帯電話は、常時身体から離さないようにしてください。万が一が起こった時、携帯が有るか無いかで発見されるかどうかが変わりますので」
「万が一か。それは普通、医者じゃなくて患者に使われる言葉じゃないのかなぁ? じゃあ、このマスク。病院なら、こういう細かな衛生面にも気を使わないとね。最近、何処の病院でもマスクしてる職員さんが多いし」
「これはいりません」
「なんで?」
「市販のマスクじゃ、付けてもあんまり意味が無いんです。せめて、笑気ガスや恐怖ガスや植物性のフェロモンといった物が防げるようなマスクでないと」
「具体的すぎない? ひょっとして、今回も危険なのかい?」
「大丈夫です、小須田さん。会社から、これを預かってきました」
「懐中電灯? いったいこれが何の助けになるのかね?」
「特製のライトです。ちょっとスイッチを入れてみてください。光のなかに、何かが浮かび上がってきたでしょう?」
「んーコウモリ? コウモリのマークが浮かんできたよ」
「その名も、ミニバットシグナルです。ピンチだ!と思ったら、空に照らしてください。そうすれば、どんな状況でも助けてくれる、スーパーヒーローがやってきますんで!」
「屋内だったら? 空に照らせないような場所だったらどうすんの?」
「……」
「わ、わしゃあ諦めんよ!? まさか、レナちゃんから餞別に貰った鉈。コレを持って行かないとマズい!と思うだなんてなあ。出来ればコレは、いらないことにして置いて行きたかったんだけど」
「あ。それはいります」
「だよねぇ!」
「ええ。小須田さんが担当する予定の患者二人のうち一人、キラークロックさんがどうも最近、歯の隙間に肉が詰まって困るって言ってるらしいんですよー」
「歯間ブラシ!? 鉈を歯間ブラシ扱いって、入院いらないぐらい健康体じゃないのかい!?」
「なんでも、心の病とかで。言われてみれば、もう一人の患者さんも元気そうですねー。見てください、大笑いしてますよ」
「がんばれー! まけんなー! 力のかぎり生きてやれー……」
「貴方が、社長に針入りのおはぎなんて贈るからいけないんだッ!」
「観賞用って書くのを忘れちゃってぇ……」