一日一アメコミ~12~

バットマン:ノーマンズランド3

《あらすじ》
ゴッサムシティが封鎖され、数ヶ月の時が経った。無法地帯に適応する人間、限界を迎え逃げ出そうとする人間、未だ希望を捨てていない人間。様々な問いと直面し答えを求め続けているのは、バットマンたちヒーローやジョーカーたちヴィランも、ゴッサムに居る以上同じであった。誰もが混沌に慣れ始めている。そんな状況を一人でぶち壊しかねない大嵐のような男が、ついにゴッサムに姿を表す。男は恐怖も躊躇もなくゴッサムに足を踏み入れ、バットマンたちをあしらいつつ、たった一人で勢力図を塗り替えてしまう。彼の名はベイン。かつてバットマンにも勝利した智勇兼備の怪物の来訪は、ゴッサムに何をもたらすのか。ノーマンズランドで常に刻まれる終末時計の針が、大きく動こうとしていた。

 

 全4巻のノーマンズランドも、ついに折り返し地点を突破。今巻はロビンやジョーカーを主人公とした短編やタイイン誌がメインと、いわゆるアンソロジーとしての趣が強い中、縦軸の出来事となるのは“バットマンを倒した男”ベインの襲来。ノーマンズランド発生時にはゴッサムの外にいたものの、今回ついにある目的をもって来訪することに。バットマン撃破の源となった麻薬ヴェノムとは縁を切っても、バットマンを策にハメてみせた頭脳とバットマンの背骨をへし折るほどの強靭な肉体は未だ健在。しかも銃弾一発が貴重品となったゴッサムに、大口径の重火器を大量に持ち込んでくると、もはやコーエーの三国志における蛮族よりも危険。三国志の辺境国家のお仕事は、クソ強くて無軌道な蛮族と上手く付き合っていくこと。ベインはそこにチート級の武器と何らかの計画が加わるのだから、そりゃタチが悪い。混沌に慣れきった結果、在る種の平穏となったゴッサムに一石を投じるだけの存在。それが、ベインという男の価値。このノーマンズランドの王にもなれる男が、支配欲と引き換えに巻き起こす事件とは――?

 今巻は性質上様々なキャラが主人公を務めているわけですが、まず取り上げたいのはスーパーマンならぬクラーク・ケントが主人公の『慈雨』。ノーマンズランド初期、パワーバランスを崩す存在としてゴッサムに来訪した結果、途方も無い敗北感を抱くことになったスーパーマン。自分はゴッサムでどう振る舞い、何をすべきだったのか。その答えが、ただの一市民クラーク・ケントとしてのゴッサムへの再訪。スーパーマンとして力を誇示せず、農家の息子としての知識で作物を育てようとしている人の手助けをし、争いに巻き込まれそうになったら気弱な一市民として振る舞う。たった一人ですべてを解決しようとして失敗した結果、そこで心折れること無く、何が出来るのかを数カ月間考え続けてみせ、なおかつ実行する。やはり不屈こそ、スーパーヒーローの証なのでしょう。
 それはそれとして、争いに巻き込まれた際のスーパーマンの一般人ムーブは面白い。うっかり発射された銃弾をヒートビジョンで溶かしつつ、バットマンが来ているのを理解した瞬間、暴徒に殴られた痛みで動けないふりをする。ただ弱いふりをしてやられるのではなく、演技をした上で無駄な被害が出ないように気配りできるからこそのスーパーマン。まあ、スーパーマンを殴ったヤツの手の骨は折れたがしゃあない。殴られて痛いふりをしているスーパーマンの隣で、やばい本気で痛い! 鋼鉄でも殴ったの俺!?ってなってるのはわりとシュールだけど。

 そして俺がノーマンズランドの中でももっとも好きなエピソードに挙げたい一本が、このエピソード。100ブロックの土地の守護者となった元警官のボック、通称ハードバックが、街に取り残された子供たちを救うための戦いに挑む『地下坑道』。ヒーローやヴィランよりも市民に近いボックの視点で描かれる、今のゴッサムの熾烈な日常。僅かなヒントを目にしたことから始まる、街に取り残された子供たちの脱出計画。ノーマンズランドがどんな作品であり、どんな世界観なのか説明するのに、もっとも最適な一本と言ってもいいはず。
 ボックの健闘やバットマンやロビンの手助けは称賛すべきものなのですが、この作品で大きな役割を果たすのは犯罪紳士ペンギン。ノーマンズランド初期の時点で物資をかき集め、強大な勢力を持ちつつ、物流も抑えてしまったペンギン。時には悪党として、時には商人として、時には情報屋として、とにかくいろいろなノーマンズランドのエピソードに出てくるキャラです。この『地下坑道』でも、ボックと商取引をしつつ、脱出ルートと引き換えに無理難題を押し付けてくる男として登場するのですが、このエピソードで自らの身に起こった不幸とほんの少しの偶然をきっかけに、地下坑道からの脱出に苦戦するボックを助けるために参戦。この機を狙ってボックと子供たちに襲いかかったチンピラを蹴散らしてみせると、他のノーマンズランドでのエピソードでは見られないくらいにヒーローしてます。ボックを助ける言い訳を作りつつ、作戦終了後ボックと共に意気揚々とゴッサムに凱旋する姿がまたいいんだ。ペンギンは守銭奴でロクでもないヤツだけど、ときおりこういう愛嬌や人間らしい姿を見せるから、どうにも憎めないんだよなあ。

 一人の超人では街は救えず、ほんの少しの善意が思わぬ奇跡を生む。ノーマンズランドの性質が、よく出ている巻とも言えます。逆に、一人の悪党が街を揺らし、ほんの少しの悪意が恐るべき事態を招くことも証明されてしまっているわけですが。善をなすのは難しく、悪を行うのは容易。現実世界でも言えることですね、コレは。