デッドプール チームアップ! 天体戦士サンレッド 後編
決戦は涼しい夕方になってから。悪の組織フロシャイムと、天体戦士サンレッドの決戦。もはや日常と化した決戦が、ここ児童公園で始まらんとしていた。
「フフフ、我らの宿敵サンレッドよ。同情を貴様に捧げよう。数多の勝利という幸運のツケを払う為に、究極の不幸が海の向こうよりやってきたのだからな」
不幸の到来を予言するヴァンプ将軍。将軍の背後では二人の戦闘員が「イー!」と声を上げ、蠢いていた。
天体戦士サンレッド、通称レッドはいつも通りの格好だ。真っ赤なマスク以外は、サンダル履きのラフな普段着。時間つぶしのパチンコには勝ったようで、タバコ数カートン入りのビニール袋を、腕にぶら下げていた。
「……」
レッドは黙っている。黙すレッドを尻目に、ヴァンプ将軍が言葉を連ねた。
「不幸の体現者、その名は殺し屋デッドプール! 数多のヒーローや怪人を殺害してきた、プロ中のプロ! サンレッドよ、貴様もデッドプールの悪魔の業績に、名を連ねるがよいわ」
「……おい」
ついにレッドが口を開いた。ドスの利いた、とても低い声で。
「ど、どうしたんですか、レッドさん? そんなに不機嫌そうに」
気圧されたヴァンプ将軍は、あっという間に何時もの腰の低さへと戻った。仰々しい口調と悪役らしい口上は、仕事前のお約束みたいなものだ。
「つまり、俺を殺す為に殺し屋を呼んだんだな?」
ヴァンプ将軍に詰め寄るレッド。
「ええ。本部が派遣してくれました」
「よし分かった。それはいい、それは」
普通、殺し屋に狙われるなんて状況、良くはないのだが。むしろ最悪だ。でも、本人がいいと言っているのだから、いいのだろう。
「んで。その俺を殺しに来た殺し屋デッドプールってえのは、アレか……?」
レッドはビシっと仕草に怒りを込め、デッドプールを指差した。
「イヤッッホォォォオオォオウ!」
「シーソー、シーソー」
「よーし、次はブランコだ! ヘイ、タイザ! 後ろから押してくれよ」
「ぜんりょく?」
「モチロン、全力でだ!」
やべえ、公園すげえ楽しい。デッドプールはレッドとヴァンプ将軍を尻目に、狼怪人タイザとめいいっぱい遊んでいた。
「ウヒャー! 意外にタイザくんパワーすげー! 飛べる、これなら飛べるぞー! ぐぎゃっ」
「とんだーとんだー、そんでおちたー」
ブランコから飛翔したデッドプールは、グギィと妙な音を立てて首から着地した。
首が90度折れたデッドプール、ピクリとも動かず、倒れたままだ。
妙な沈黙。まず動いたのは、
「おいコラ。フロシャイムの本部は俺をナメてんのか……」
マジギレ寸前のレッドだった。ヴァンプ将軍の胸ぐらを掴み、至近距離で睨んでいる。ヤンキーのガンたれとは、こういうモノなのだろうか。
「お、お、落ち着いてくださいレッドさん!」
「やかましい! 本部経由の殺し屋なんだよなー? 俺を殺す為、直々に呼び寄せた。そ・れ・が、なんでこんな底抜け脱線野郎なんだよ! 本部がナメくさるなら、今から支部一つ壊滅させるぞ、コラァ!」
「わー! ストップストップ!」
「ちょっと待ってください、お願いですから待ってください!」
戦闘員もこれはヤバいと、必死でヒートアップ中のレッドを止めにかかる。ちなみにタイザくんは、飛んできた蝶蝶を追って、何処か行ってしまった。彼もまた、自由人だ。
「よし、分かった待ってやる……これでいいな、よし殺す!」
「わー! 理不尽だー!」
もう、ヴァンプ将軍や戦闘員では止められなかった。この正義の味方の暴虐を止められる者は、誰もいないのだろうか。
「ヘイ、待つんだ、ウェザーレッド! ヴァンプ将軍からヤニ臭い手を離すんだ!」
いや、いた。何時もであれば、レッドを止められるのはとある女性しか居ないが、今日は違う。不死身の男、デッドプールがいるのだ。
「人を懐かしい名前で呼ぶ前に、その頭をどうにかしろよ!」
デッドプールの首は曲がったままだった。曲がったままで雄々しく立っている。
ゴキ、バキ、グキ。無理やり、力任せに首を直すデッドプール。レッドの怒りに、水が差された。水の正体は、無痛不死身を地で行くデッドプールへの興味だ。
「おもしれえ」
レッドはヴァンプ将軍から手を放し、デッドプールと向き合う。何時ものフロシャイムの怪人とは違う。予感がデッドプールへの評価を書き換えた。
「おもしろい、おもしろい……さてさて、そんな面白くなるかな? ハンドガンで赤い的を狙い撃ちだぜ、バンバンバン!」
デッドプールは二丁の拳銃を取り出し、両手で構えた。腰を引き、上背で相手を狙い打つ。デッドプール独特の二丁拳銃スタイルだ。
「あの。ちょっとスイマセン」
引き金を引こうとしたデッドプールを、ヴァンプ将軍が止めた。
「ここは住宅街なので、出来れば拳銃は止めてもらえると。音や流れ弾がご近所の迷惑になりますので」
たとえ世界征服を企もうとも、ご近所の迷惑にはならないようにする。フロシャイムの鉄の掟にして、高い技術力を持つ彼らが世界征服を成し遂げていない理由でもある。
「……まあいいけどさ。さっき、鯖の塩焼きご馳走になったし」
しぶしぶと拳銃を仕舞うデッドプール。決戦場に来る前に、ご飯をご馳走になった身としては仕方がない。調子にのって、3杯もお代わりをしてしまったことだし。
「じゃあ次はコレだ! サブマシンガン!」
「銃器関係はちょっと」
「まあいいけどさ。さっき、ナスの味噌漬けご馳走になったし。じゃあ次はコレだ! 手榴弾の詰め合わせ!」
「それじゃ銃よりウルサイですよ」
「まあいいけどさ。さっき、キノコの味噌汁ご馳走になったし。じゃあ次はコレだ! ニンジャソードこと日本刀!」
「駄目ですよ、銃刀法違反です。さっきの銃を止めたのも、それがあるからですよ」
珍しく無言になるデッドプール。もう他に、ご馳走になったものは残っていなかった。足元に、武器が散らばっている。
「……どうすりゃいいんだよ!」
「俺に聞くなよ! 俺もいつもそんな感じなんだからよ!」
デッドプールは素手でレッドに食ってかかった。デッドプールはレッドの胸ぐらを掴み、レッドも掴んでいる。両方共、やけっぱちだ。
「なんだなんだ、日本はこんなにヒーローの活動が制限されてるのかよ! 帰るぞ、人気ヒーローのデッドプールさんがアメリカに帰っちゃうぞ!」
「知らねえよ! 帰れよ! あん? ちょっと待て、ヒーロー?」
レッドが先に気がついた。二人の間に、重大な齟齬があることに。デッドプールの口からヒーローという単語を聞いて、ヴァンプ将軍も「え?」と驚いていた。
「そうだよ! 全米8位の人気ヒーローだよ、ヒーローもどきのチンピラめ!」
「いや、俺は正真正銘のヒーローだ。それよりなんで、お前、ヴァンプの手下やってんだよ。あいつ、悪の組織の幹部だぞ」
「だってご飯奢ってもらったし。え!? 悪の組織!? 全然、それっぽく見えなかったぞ!?」
「それに関して、責めるつもりはねえよ……。とにかく、ヒーローなら、俺を手伝え。今から、アイツらボコるから。ヒーロー同士の同士討ちなんざ狙いやがって。あやうく、大問題になるとこだったじゃねえか。おいヴァンプ、どう落とし前付ける気だよ。ああん?」
「えー!?」
レッドの怒りの矛先が、理不尽にヴァンプ将軍の方へと向いた。デッドプールはせっせと地面の武器を回収してから、
「あやうく、暖かいメシに騙されるところだったぜ。実はこうなることを見越して、殺し屋のフリをしてたのサ! まんまと騙されたな、ヴァンプ将軍!」
「ええー!?」
これまた理不尽な物言いを付けた。というより、完全なホラだ。
ジリジリと、ヴァンプ達へとにじり寄る、デッドプールとレッド。デッドプールは刀を抜き、レッドは指をポキポキ鳴らしている。
「え? え? えー……」
ヴァンプ将軍に出来るのは、あんまりな展開に困惑することのみだった。
数時間後、溝の口駅前の居酒屋にて。
「そうだよなー! 別にヒーローに副業なんていらねーよな!」
「あんまこだわると、スパイディみたいに胃に穴が開くだけさ。とりあえず飲もうぜ!」
ビールが並々と注がれたジョッキで乾杯するデッドプールとレッド。二人はあの後意気投合し、居酒屋に繰り出していた。お互い、波長が合ったのだろう。いい加減なところや、定職という言葉から縁が遠い辺りが。デッドプールは肩書きだけは色々持っているものの、全て自由業。レッドは正真正銘のヒモ。お互い、ヒーローという言葉以外に、全く縛られていない。多少レッドは、世間体を気にしているが。
「いやー、オレ、日本でやってく自信がついたよ、サンレッド!」
「おおぅ、よかったじゃねーか。お、グラスが空だなあ。次どうする、ホッピーでも行くか?」
「なんでも来い! 日本、サイコーすぎるだろ! なんせメシも酒も、安くて美味い!」
上機嫌なデッドプールとレッド。夜がどんどんと更けても、二人が飲む酒のペースは、一切変わらなかった。
「ヴァンプさまー。あのねあのね、本部が頼んだ殺し屋さん、都合が悪くなって来れなくなったって連絡があったんだよ! ヴァンプさまが出たあとに」
「電話をとったのがヘルウルフくんだから、上手く伝わらなかったみたいなんだ。ヘルウルフくんを、怒らないであげて」
「ピピピー!」
「デッドプール、コロチュ」
ウサコッツ、ネコくん、Pちゃん、ヘルウルフくん。フロシャイム川崎市部が誇る、ファンシーぬいぐるみ怪人軍団アニマルソルジャーが「殺し屋来ず」の情報を持ってきたのは、全てが終わった後だった。
「うん。怒らないよ。ただ、本部が私の携帯電話に直接かけてきてくれればよかった。そう思っていただけだよ」
ヴァンプ将軍は疲れた様子で、ウサコッツの頭を撫でた。
「あれ!? こ、これ、なにがあったの!?」
ウサコッツが惨状に気づく。カーメンマン、メダリオ、アーマータイガー、ヨロイジシ、様々なフロシャイムの怪人たちが、累々と倒れていた。全員、ボコボコにされている。レッド一人が暴れまわったにしても、ひどい状況だ。
「お前らだけじゃ物足りねえ! おいヴァンプ! 怪人呼べるだけ呼べ!」
「ヒャッホー! モンスター狩りだー! いうなればモンスターハンター! 肉持って来い、焼くぞ、肉焼くぞ!」
「急いては事を仕損じる。連絡の伝達は忘れずに。私、ちゃんと覚えたよ」
ヴァンプ将軍の手には、骨付き肉が握られていた。戦闘中、デッドプールがノリで焼いた物だ。自然と、口へと運ばれる。
「あ。おいしい」
ちょっとだけ、心が癒された。やっぱサンレッドには、フロシャイムだけで当たらなきゃ駄目なんだ。そんなことを考えながら、肉の二口目を口にした。
フロシャイムからの依頼にバツ印を付け、殺し屋になる予定だった男は溜息を付いた。
「いい仕事だったが、仕方ない。アイツに日本にいるとバレたら、厄介なことになる。触らぬ神に、なんとやら」
せっかく遠い日本に来たのに、なぜアメリカからわざわざ危険物がやってくるのか。危険物への正しい対処法、それは触れないことだ。
黒いローブから覗くのは、近代的に象られた骸骨の面。彼の名は鬼教官タスクマスター。稀代のテクニシャンにして、稀代の教育者。殺し屋でも傭兵でもなんでもこなす彼は、デッドプールとは腐れ縁だった。
連絡用に日本で買った携帯が、ピピピと鳴った。
「もしもし」
「あ! タスクマスター!? オレ、オレ。アナタの親愛なる隣人、デッドプール。今、溝の口で飲んでるんだけど、来ない? オマエ、日本にいるんだろ!?」
「……」
タスクマスターは携帯を叩き折り、頭を抱えた。
触らぬ神に祟りなし。しかし、神から触ってきたら、どうすりゃいいのか。なんで俺の所在や携帯の番号を知ってるんだと悩みつつ、タスクマスターも酒瓶を手にした。飲まなきゃ、やってられんと。