魔法少女F~1~

※以前唐突にアップした、
魔法少女F~A~
魔法少女F~B~
魔法少女F~C~
この3話と大体地続きです。

 陽の光と小鳥のさえずりを目覚ましに起床。シェフの用意した朝食を優雅に口にし、悠々とお見送りの車に乗り込み登校する。この街で最も裕福かつ名士としての名声を持つハナカゲ家の当主であるハナカゲ・シズナは、こんな朝を迎えているだろう。最も陰鬱な彼女には似合いませんが。口さがない同級生たちは、嫉妬混じりでこんな陰口を囀っている。
 当然ながら、彼女はこのような優雅な朝を迎えてはいない。だがきっと同級生たちが彼女の朝を見たら、まず仰天するだろう。何故なら彼女の朝は真逆すぎるのだから。
「498、499、500!」
 規定の回数を終えたシズナは、腕立て伏せを止め汗を拭う。腕立て500回、本来1000までは行きたい所だが、今後の予定が詰まっている以上、仕方ない。
 この時間、太陽は未だに登っておらず、部屋は人工的な明かりで照らされている。だが、この部屋はそもそも何時になろうとも陽が差さない。彼女は地下で一人、黙々と鍛錬を続けていた。篭った空間で、汗は蒸気となり生暖かい熱気となっていた。使い込まれた様々なトレーニング用具が、嬉しそうにテカっている。
 スポーツブラとスパッツという軽装のまま、シズナはトレーニングスペースの脇にある巨大なコンピューターの前に座る。映画館のスクリーンもかくやと言ったモニターに浮き上がる、様々な街の情景。首に巻いたタオルで汗を拭いながら、シズナは写った景色を一つ一つ確認する。せいぜい、裏通りの見つけにくい所で酔っぱらいが寝ているぐらいで、他平和な物だ。シズナは匿名で警察に酔っぱらいの事を通報した後、目的の物が見つからなかったことを再確認する。安堵と失望、感情は半々であった。
 コトッと、分かりやすい音を立てて置かれる皿とコップ。皿の上に乗るのは、新鮮なレタスが添えられたスクランブルエッグとトースト、コップになみなみと注がれたのは牛乳であった。
「……これは?」
「朝食です」
 朝食を持ってきたメイドは、眉一つ動かさず答える。
「朝は時間が惜しい、だからゼリーやレーションで良いと言いましたよね? それに、飲み物はスポーツドリンクが良いと」
「駄目です」
「駄目?」
 主の希望は、一言で切り捨てられた。
「お嬢様は食事も鍛錬の一部に加えておりますが、本来食事とは癒やすものです。あのような味気ない食事の一貫、例え神が許して本人が許容しても、私がこの家の台所を預かる限り、絶対に認めません」
「でも」
「認めません」
 シズナより一回りだけ年上なメイド。だがその言には、並の年長者を容易く越える威厳と強さがあった。シズナはしぶしぶと、望まぬ朝食を舌に乗せる。
「おいしい」
 思わず出た言葉、スクランブルエッグは好みである半熟、トーストはカリッとしつつホワっとしており、牛乳も疲れた身体を癒してくれる程よい暖かさ。
 自ら口にした言葉に気づき、シズナはハッ!とメイドの方を見る。彼女は、満面の笑み、してやったりな笑顔を浮かべていた。
「いったい、どれだけ一緒に居たと思っているんですか? お嬢様の好みは熟知しています。勿論、栄養面にも気を配っております。私に全部お任せいただければ、きちんと毎食おいしい上に、鍛錬に応えるだけの栄養補給も出来ますよ」
「考えておきます」
 シズナはコップを手にし、プイっとメイドから顔を背ける。本音ではその方がいいと分かっていても、独立独歩、自らのイメージや目指した物を優先したいシズナにとって、こうも手のひらに乗せられるのは我慢が出来なかった。
「分かりました。汚れたお召し物は、シャワールームの洗濯カゴに突っ込んでおいてください。シャワーをしている内に、新しい下着と制服は用意しておきますので。そうそう、カラスの行水でシャワーを終えて、私の準備を出し抜いてやろう。なんて事は考えないようにして下さいね?」
「そんなこと、考えていません」
 声は平静を装っているが、その裏の裏には悔しさが僅かにある。十年来、付き合ってる人間でないと分からないぐらい奥に。20代にて、ハナカゲ家の家事全てを一人で取り仕切るアカネ・リンとはそんなポジションの人間だった。幼い頃から共に育ち、姉のようにシズナを見守り続けた末ついに彼女の無茶も認めた彼女は、シズナがシズナであるために欠かせぬ人間である。
 食事を終えたシズナは、手を差し出したリンの手にタオルを渡す。
「後片付けは、しておきますので」
 そう言うリンに後を任せ、シズナは広大な地下室を後にする。
 自宅のワインセラーや倉庫であった地下の空間をぶち抜き作った、大広間の如き空間。鍛えるためのトレーニングスペース、コスチュームや武器を収めた保管庫、装備をアップグレードするための研究場、街を見渡す目となり耳なり頭脳にもなるコンピューター。この空間全てが、シズナが魔法少女であるために、必要な物だった。 

魔法少女F~1-2~

四月一日の怪異

 自分は仕事の都合上、納品のため学校を回ることがありまして。今日は小学校を二つばかし回ったんですよ。まあ一つ目は、ニュータウンの新しい学校でして、特に何事も無く終わって、次の学校へ。
 問題は二つ目の学校にありまして。古い街の奥にある、小学校。雨風にさらされ、傷んだコンクリートの校舎。
 外見以上に、ああこれは古い学校だなという条件は二つありまして。まず一つ目は、校舎や校庭の配置がおかしいこと。例えば、来客用の駐車場から入口に向かうのに、非常に距離があったり。二つ目は暗いこと、太陽に関係なく廊下や室内が常に薄暗いこと。
 今日行った学校は、まず車が入れないぐらいに狭い駐車場、校舎内に入るのに校舎裏まで回らされた上に、押してくれと書かれたインターホンは無反応で、オートロックな筈の扉も絶賛開放中。中に入ってみれば、大人がすれ違うのがやっとな廊下に、日の明かりをまるで数年以上浴びていないような淀みある暗さ。完璧です。嫌な意味で完璧です。
 暗く案内板もない廊下を勘で歩き、嫌に明るい事務室で所定の手続きを完了。再びそそくさと元きた道を戻り、出入口に差し掛かったその時。
 居たんですよ。出入口に一番近い教室に、俯いた少年が。襟足まで伸ばした髪の少年が暗い教室に一人。後ろ姿で顔は分からなかったものの、一人ただ座っている。まあ、そういう趣味の子がいてもいいだろう。平然を装い移動して別アングルから教室を見てみれば、教室には誰もおらず。これで、見間違いかヤバい物を見たかの二択になりました。
 ただ、どちらにしても答えは一緒。素知らぬ顔をして、そそくさと去ることのみです。実際こういうのって、反応するとノッてきますからね。そりゃあそういう物だって、無視するような人間と、怯えて気にしてくれる人間ならば、後者にやる気になります。だから、スルーが一番なんです。
 冷静に外に出て、置いてあった自分の靴をつっかけるように履いてから深呼吸。豪胆を装っていたものの、息が思わず止まっておりました。これでもう後は帰るのみ。そう思っていたのですが、つい上を見てしまったんです。
 ああもう、居ましたよ。お約束とばかりに、一階の教室から数秒で三階の廊下の窓ままで移動した少年が。輪郭からして、まず間違いなくあの子。暗くて姿形はよくわからないものの「ああ、笑っているな」と言うのが何故か理解できる。子供らしい朗らかな笑み、なんてワケはなく、ニタァとした笑み。底冷えしてくるような嫌な笑みだ。その笑みが、ずらりと三階に並んでいる。同じ顔をした十数人の子供が、全部の窓からこっちを見ているんですよ。
 多分、怖さや何か「見たくない」という気持ちがあったんでしょう。無意識に力のこもった瞬きをした瞬間、窓から子供達は消え、ただの陰鬱な校舎に戻ってました。立ち止まっているだけで、恐怖が沸き上がってくる状態。もう急いで帰りましたよ。この精神状態で、校門の開け閉めがきちんと出来たのは、一つの奇跡です。
 しかしコレ、今日の日中の出来事なんですよね。春休みなため、校舎に人気はなくとも、校庭からは遊んでいる子供達のまともな喧騒が聞こえてくる状態。夕暮れや夜ならともかく、こんな人気のある真っ昼間にこういう目にあったことは無い。
 あの職員室や事務室の、過剰なまでの明かりの多さ。もしかして、大人はアレが居ることに気づいているんじゃないだろうか。

Deadpool&TaskMaster~伝統芸能総本家~

 街を歩く彼を見て、誰もが振り返る。それは決して、彼が外人だからという訳ではない。
「デッドプール、INニッポーン! リターンズ!」
 中身が日本人だろうとなんだろうと、変な赤タイツを着たオッサンがハイテンションでスキップして、時折バレエのようにくるくる回りつつ移動してたら、誰だってちら見するし道を開ける。先程は、ヤクザもそそくさと避けてくれた。
「ニッポンの皆さん、コンニチワ。好きな食べ物はオスシ、ニンジャとゲイシャに会いたいデス。もうこーんなハリウッドアッピール!もいらない昨今。だってオレちゃん、日本デビューしちゃったからね。地上波で! 動画配信で! さあ見ろ見ろ、ニッポンよ! コレが、デッドプールだ!」
 かけられたタスキに金字で書かれているのは、“ディスクウォーズ 人気ナンバーワンヒーロー!”の称号。まるで宴会部長か今日の主役か、デッドプールは三次会の大学生レベルで浮かれ狂っていた。
「ディスクウォーズで1億5千万人のファンが増えた以上、今後露出は増やして行くべきだと思うんですよ。なんなら脱ぐことも厭わないので、コロコロは近日中にヌードピンナップのスペース開けとけよ!?」
 出版不況の荒波を乗り越えてきた、児童漫画雑誌潰す気か馬鹿野郎。
「ああん!? ヒップとかシットとか、子供にバカ受けなシモネタお下品なんでもありな雑誌に、全裸載ったっていいだろうがよ!? いや待て待て、全裸でオレちゃんがピシっとポーズを取ったら、その裸身はシモネタではなく芸術? おいおい、ありがとうな地の文。オマエのお陰で間違いを犯さずにすんだよ」
 極楽な勘違いをしているデッドプールは、ええじゃないかばりに踊り狂ったまま、目的地に到着する。
「この間、かのディスクウォーズも放映している大放送局テレビ東京にて日本の職人ピックアップな番組やってたんだけどさ、ハポネスの凝り性というか職人技すげえわホントーって事で、せっかく日本にいることだし、オレちゃんもそれを体感したくなりました!ということで、コンニチワー」
 ガラガラと引き戸を開け、中に入るデッドプール。やってきたのは、包丁やナイフがショーケースに飾られている、刃物の専門店だった。
「いらっしゃいませ……!?」
 一歩間違えれば強盗の格好をしたデッドプールにおののく店主、思わず机の下の警報ボタンに指が伸びかける。
「ワーオ! リッパーパラダイス! ちょっと聞きたいんだけどさ、ここって刃物研いでもくれるんだよね? 最近、使っている物の切れ味が落ちまくっててさー。だからメンテのついでに、職人技を体感してみたくてね」
「はあ、当店でも研磨請け負っておりますが、あまり特殊な物は対応できないので、一先ず品をお見せしていただけますか?」
「オーライ! 頼んだよーチミ」
 デッドプールの背中やタイツの下にベルトのポケットから、出るわ出るわの刃物類。日本刀、ナイフ、手裏剣、クナイ、サイ、ポケットモンキー……は間違いだったのでポケットに戻す。形大きさ、特殊すぎる刃物類。唯一ある共通点は、どれも使い込まれていて、凶器として扱われた痕跡があることぐらいだ。
「最近、出番が多いせいで、手入れ怠っちゃってさー。ダメなら新しいの買ってもいいから。でもこの日本刀は大丈夫だよね? 血がついてるとは言っても、デケえサメとナチス残党ぐらいしか斬ってないし。ああ、こっちのナイフはボブの膝に」
 デッドプールの言葉を遮り、鳴り始める警報。這々の体で逃げ出す店主。近づいてくるパトカーのサイレン。
「おいおい、いくら自分のところで請け負えないからって、店の自爆スイッチ押すコタぁ無いだろ? パラメーター“恥”が70以上になったら、HARAKIRIする民族なだけあるわー……」
 やって来た二人組の警察官に両手を引きずられ連行されても、デッドプールの口は止まらなかった。

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アメコミカタツキ:ウォードッグス 予告

※ 以下、本文序章の一部を掲載します。

ランサーにとって、今の自分には納得出来ない物があった。
ケルト神話に名を轟かす英雄、クー・フーリン。西欧ならば誰もが知っている英雄であり、英霊。此度の冬木市で行われる聖杯戦争、クラス“ランサー”として召喚された彼は、召喚主であり魔術師であり主であるマスターと共に、聖杯を手にするため戦いぬく筈だった。
だが、ランサーが満たすことを望んでいた戦いへの渇望は、器ごと砕かれることとなる。裏切りによる、マスターの頓死。命令権でありマスターの証でもある令呪は殺害犯の物に、この聖杯戦争の管理者の一人である、言峰綺礼の物になった。
管理者であり、教会の神父でもある言峰が、なんの目的を持ってマスターを殺し、ランサーを奪い取ったのかは分からない。
新たに与えられたのは、令呪の持つ絶対命令権による、言峰への服従と、全てのサーヴァントと一度は戦い必ず自ら撤退するという条件付け。与えられた役割は、戦ではなく諜報。
これでは、ただの走狗だ。
今日もまた、身が焼け爛れるような無念を胸に、教会に帰還するランサー。日はとうに暮れ、深夜と呼べる時間帯だ。
だが、建物には入らず、少し離れた位置から、なんとなしに見上げる。立派や荘厳といった言葉に彩られた外観。だがその中は、言いようもない汚濁で埋められている。
いっそこの教会が現在中にいる主ごと無くなれば、冬木とついでに世界も平和になるだろうに。
「テメエら、今の日本は妖怪ばやりなんだぜ!? ウォッチチ! 西洋のモンスターが出る幕じゃねえんだよ!」
わーわーぎゃーぎゃー、とにかく喧しい声がいきなり聞こえてくる。なんか変な赤タイツが、半魚人やミイラ男といった、いかにもなモンスターに追いかけられていた。刀でザクザク、銃でバンバン。あれだけあたふたしている割には、器用に攻撃を続け、モンスターをあしらっている
「ああ。でも西洋妖怪って言えばー、ブームに乗れる? よし! かかってこい、ドラキュラ配下の西洋妖怪軍団! このデッドプールが居る限り、この世に悪は栄えない! ついでに正義も栄えない!」
赤タイツ改めデッドプールは、モンスター改め西洋妖怪を引き連れたまま、ランサーの脇を駆け抜けていく。
「助けて神父様、悪いドラキュラの配下が、女の恨みでいたいけな人気者をイジめるの! チームアップしようぜ、ジョージ! チームアーップ!」
教会の扉を蹴破り、デッドプールは中に転がり込む。当然のように西洋妖怪も追って教会に転がり込んだ。

デッドプールが教会に転がり込む数十秒前。教会には二人の男が居た。
「ふん」
言峰の真なるサーヴァントは、不快さを隠さなかった。使い潰すつもりのランサーとは別の、金髪外人のサーヴァントである。黒いジャケットと無地のシャツは極普通の一般人の衣装であったが、王たる中身のせいでやけに華美に見える。
「どうした? 機嫌が悪いではないか、王よ」
十数年前に行われた、前回の聖杯戦争にて召喚されたアーチャー、ギルガメッシュ。そして当時よりマスターを務める言峰綺礼。
王であるギルガメッシュを従者と呼ぶのは似合わぬが、兎にも角にも相通じ合う二人は、此度の聖杯戦争でもそれぞれ思うがままに振る舞おうとしていた。
「ああ、不快だ。我としては、今すぐにでも奴を八つ裂きにしてやりたいぞ」
ギルガメッシュが持つ不快の原因は、先程まで我が物顔で教会に居た、三人目の男のせいであった。
「ああ。アレか。邪魔者ではあるが、わざわざこちらに顔を見せに来たのは、挑発か礼儀か、それとも」
「見下しているのかだ。どちらにしろ、我とは相いれぬだろう。きっと、たぶん」
友の名を付けた鎖を手で遊ばせるギルガメッシュ。
「別に不可侵条約を結んだわけでもない。聖杯戦争を盤としての戦いも何悪くはない。ところで王よ、先ほど届いたこの荷物は、何だ?」
言峰の脇にあるのは、外国より届いた謎の木箱であった。様々な言語による“危険!”の二文字プラス感嘆符が、否が応でも中身の危険性を感じさせてくれる。
「ああそれか。先日、ネットオークションで競り落としたガンマ爆弾と呼ばれる兵器だ。小型の最新型だな」
ギルガメッシュは事も無げに、どう贔屓目に見てもヤバすぎる代物の名を口にした。
「ネットオークションだと?」
「雑種が使うような物とは違う、価値の分かった人間のみが使うサイトがあってな。我も時折覗いている」
人類最古の英雄は、最新の文化文明を見事使いこなしていた。何処かの文化文明と相容れないツインテールの魔術師には見習って欲しい。
「我の財宝の中にも似たような物はあるが、いかんせん爆弾は使いきり。多めに持っておいて、悪い物ではない。だが中々に白熱したオークションであった。我とクリック速度のみで競り合ったあの男、圧倒的な財で潰してしまうのは面白く無いとギリギリまで付き合ってやったが、最後まで弱音を吐かなかったのは大した物よ。業者から“なんとかもう一つ用意出来ました”との言を引き出したこと、我に勝てずとも、それなりの物を得たな」
二人を競り合わせておいて、金額を引き上げてからの在庫あります。真の勝者が誰であり敗北者は誰なのか、言及しないのが優しさである。
「そうか。だがまずは、この爆弾を宝物庫に仕舞ってほしいものだな、王よ」
「ふっ。安心しろ。確かにこの爆弾は、一度爆発すれば、この教会どころか、サーヴァントたる我をも吹き飛ばしかねない威力がある。魔力どころか万物を吹き飛ばす威力だ。だが、信管が無ければ、鉄くずと同じ。そうだな、例えばこの箱の周りに数十の爆弾が撒き散らされない限り、爆発するはずがなかろう」
「助けてジョージ! 助けてカズトモ!」
デッドプールが教会に入って来たのは、この時だった。西洋妖怪に追いつかれたデッドプールはそのまま転倒。中から手榴弾やらグレネードやらといった爆弾が数十転がり出て、木箱の周りに散った。
「……どういうことだ、言峰」
「それは私が聞きたい事だ」
手榴弾のピンが、抜け落ちていた。

いきなり教会が土台ごと吹っ飛んだ。立派も荘厳も爆発炎上。小規模ながらも、キノコ雲がもくもくと立っている。
「……はぁっ!?」
疾風怒濤の展開を放置していたランサーの意識が、ようやく帰って来る。教会がぶっ飛んだらと思っていたら、ホントにぶっ飛んだ。俺のせい? 俺のせいなのか?と、英霊の心も若干ざわめく。
呆然とするランサーの頭に、ひらひらと飛んできた、ミイラ男の包帯の切れっ端が被さった。

冬木教会が謎の爆発を遂げた、次の日の朝。
聖杯戦争のマスターである遠坂凛は、瓦礫の山と化した冬木教会を人気のない墓地より観察していた。いかんせん、教会周辺には警察やらマスコミや野次馬が至るところに居る。あまり堂々と、身を晒すには不都合がある。
「聖杯戦争が始まる以上、誰が脱落しても驚かないって覚悟してたけど。まさか、監督役が最初に吹っ飛ぶって……」
ゲームで言うなら、プレイヤーより先にイベントやルールの管理をするゲームマスターが脱落してしまった状態。以前もそんなことがあったらしいが、いくらなんでも今回は早過ぎる。まだ、プレイヤーが揃っただけで、殆ど何も始まっていない。
「どうやら、魂までは吹き飛ばなかったようだがな」
「見えた? アーチャー」
彼女のサーヴァントであるアーチャー。爆発後より回収された言峰が運ばれた病院、彼は同じく人に囲まれた病院の斥候に出かけていた。
「ああ。言峰は無事だ。外国より研修で訪れた、医師の腕が良かったおかげだと看護師が口にしていたよ。だが、今は警察の監視下におかれている」
「警察!?」
「……なんでも、爆発跡地より、一般社会が看過できぬ物が見つかったらしい。しばらくまともな手段での接触は難しいな」
「何やったのよ、アイツ」
凛の魔術の師であり後見人である言峰綺礼。理想的な聖職者であり、ご近所の評判も悪くない彼だが。正直、凛がマスコミにコメントを求められたら“いつかこうなると思ってました”と、口から滑り出てしまいそうだ。外面はともかく、内面は間違いなくやらかしている人間である。
「爆発の原因はどんな感じで扱われてるの?」
「ガス爆発だとか」
「ガス爆発って、ガス爆発でキノコ雲は出来ないと思うんだけど」
ガス爆発ならしょうがない。ある意味、冬木市の伝統。聖杯戦争のお約束である。
「だがまさか、世間一般にあっさり真実を理解されても困るだろう? つまり、そういうことになっただけだ」
「分かってるけどねー。このタイミングでの事故、どう考えても聖杯戦争がらみ。偶発的な事故とは思えないわよ」
「ソノ(可能性)消しちまうのか。もったいねぇ」
突如背後より現れた第三者の声。凛は魔術の媒介である宝石を手に、霊体化していたアーチャーも実体化。双刀干将莫耶を手に、振り向く。
二人の警戒、ことさら五感に優れたアーチャーの警戒をもすり抜ける。並大抵の相手でないのは、明白だった。
「アサシン!?」
凛は、隠形に特化したサーヴァントの名前を呼ぶ。
「ランサーか!?」
あのセリフはいつぞやの物に似ている。主従二人が呼んだ名は、別々であった。
結局、二人共違ったわけだが。
「ワタクシは善の心に目覚め、禅に目覚めたデッドプール。宜しければ、ゼンプールと呼んでください」
「「誰だー!?」」
白いマスクに白い頭巾らしき布、修行着を着込み、首には大きな数珠。西洋墓地にいるのはまずおかしい、謎の仏教徒がいつの間にか居た。
「あのマスク、アサシンっぽいと思うんだけど」
「長物は持っているが、アレはモップだ。そもそも、ランサーの変装にしても、おかしすぎる」
本人を目の前にして、ヒソヒソ囁き合う凛とアーチャー。ゼンプールは構わずいそいそと、墓磨きに勤しんでいる。目が荒すぎて、墓石が若干痛そうに見えるのだが。
「ワタクシ、ゼンプールは、神父きっての頼みにより。その立場を全部引き継ぐこととなりました。どうぞ、コンゴトモヨロシク」
「はぁ!?」
「見て下さい。この宗教家スタイル、パーフェクトにして完全無欠でしょう?」
「いやいや、アイツ神父! キリスト教! アンタ僧侶! 仏教! ゴートゥー柳洞寺!」
そもそも、僧侶としても格好、主にマスクが婆娑羅すぎるし。
「待て。君は、神父の立場を引き継ぐと言ったな。それは宗教家とは別の立場もか?」
アーチャーの問い。言峰綺礼の立場は複数ある。代表的なのは、聖杯戦争の監督役だ。
早計なのは自分だったが、ただ宗教家としてだけならば、この後の対応もせねばならない。世の中、知ってしまっただけで、子々孫々に累を及ぼす事もあるのだ。
「ワタクシは、全てを引き継ぎました。そう、彼の全てを! そう思って頂いて、構いません。さあ、コレをどうぞ」
凛になにやら袋を渡す、ゼンプール。受け取った凛は訝しみながらも、袋の中身を取り出す。
「とりあえず、アナタの後見人として、服を選んでみました。なんでも、定期的に服をプレゼントするのが、アナタと神父の恒例行事だったとか」
「ふん!」
魔力で腕力を強化しての全力投球。ゼンプールがプレゼントしたレディース用のデッドプールコスチュームは、遥か彼方へすっ飛んでいった。
「ああ、なんたるコト。コレが反抗期! ですが、最近のゼンプールは善。それに新婚早々、いきなり隠し子が発覚しても驚かず受け入れるだけの度量を持っています。さあ! パパでもダディーでも! 好きなように、呼んで! むしろ呼んで下さい!」
「呼ぶか、コノヤロー!」
胸ぐらを掴まんばかりの勢いで、ゼンプールに反抗期な凛。優雅とか、そういうこと常に気にしている場合じゃない。
「だが先程の気配、サーヴァントらしい物もあったような……?」
喧騒に背を向け、先ほどの誤認の理由を思い出すアーチャー。なんというか、育児放棄じみたスルーであった。

墓場から少し離れた位置にて、一人のサーヴァントが独り言をブツブツ呟いていた。
「そうなんだよなー、あのクソ神父、本当に全部譲りやがったんだよなあ」
しゃがみ込み、槍を手に、落ち込んでいるのはランサー。どうせ何をしても死なないが、全が襲われたら立場上助けに行かねばならない。なにせ、今のランサーは病院の言峰ではなく、あそこのゼンプールだ。
ランサーのマスター権は、再び新たなマスター、今はゼンプールに引き渡されていた。
マシから最悪、これ以上悪くはならないだろうと思っていたら、最悪の彼岸の向こう、良くわからない地平へとすっ飛んでいってしまった。
「え? 何その青タイツ。オレちゃんのライバルポジション!? それとも、誘ってるの? オレちゃんにサイクロップスになれって? 先輩になれって?」
「ああー。そのゲイ・ボルグ? とりあえず撃つの止めとこうよ。だいたいそれさあ、必殺の武器なせいで、基本“外しただと!?”って驚いたり舌打ちするポジションじゃん? オレちゃんさあ、心臓ぶっ壊された程度なら、最速数コマ、遅くても次回までには復活するキャラなんだから、打つのは止めとこ? ゲイ・ボルグに耐えきったり逸らしたりって、もうお約束的な所があるしさー。読む人も書く人も飽きてるでしょ?」
馬鹿にされているような気はするが、言葉の端々のぶっ飛び方のせいか、全く腹が立ってこない。教会が吹っ飛んだ直後、一人だけ平然と瓦礫の中から這い出てきたデッドプールとのファーストコンタクト、そして一戦交えつつの会話である。
確かに心臓を貫いても、肉塊に突き刻んでも気がつけば蘇っていたし。ランサーに食らいつくだけの技量を持っている。不死性と強さは買うが、いかんせんアレである。実にアレすぎて、今後どうなるのかがマジで怖い。怖すぎる。こんな恐怖や生の実感など、知りたくなかった。
「自害すっかなー……」
不穏当なことを言い出すランサーであったが、ふと何かを察知し、眼が動く。
「クソッ! クソッ! せめて私が成り代わる筈だったのに! これを期とし、影より聖杯戦争を、思うがままに操るつもりだったのに! またヤツのせいで、台無しになってしまった!」
木に頭を打ち付けつつ、木の根っ子をガシガシ蹴って。なんか必要以上に追い詰められている言峰が、悔しがっていた。
アレは違う。言峰ではない。本人が病院にいる以上に、ああいう悔しがり方はまずしない。ああやって表に自らの真意を出せるほど、まともではない。それにあのコメント、偽物パワー全開である。
ランサーは跳んでいた。俊敏に、獣のごとく、純粋な穂先として。手にする朱槍の先端は、俯く偽言峰の延髄を狙っていた。
甲高い金属音が、火花を散らす。ランサーの一撃は、刃がついた謎の杖、その先端にて止められていた。
「なるほど。ケルトの勇者なだけはある。語られるに相応しい実力はありそうだ」
即座の反応、ランサーの一撃を止めるだけの力と技量。先ほどまでの混乱から即座に立ち直るだけの見栄。色々な意味で、言峰とは違う能力を持つ者。ランサーは深追いせず、一度退いて距離を取った。
「テメエ、何者だ?」
「そう思うなら、狩衣を剥いでみるがいい」
「生憎、前のマスターの意向で、最初は様子見しか出来ないんでね」
軽口を叩きつつ、ランサーは得体のしれない物を持つ偽言峰を見抜こうとしていた。この男、どの英霊とも違う。内部に秘めているのは、底知れぬ強大さ。元より無いか、損なっているか。今回の聖杯戦争に参加しているサーヴァントが、システム上まともに持てないもの。英霊という、人の魂同士の闘いに、持ち込めないもの。ランサーも、捨ててきた物。
偽言峰の中には、純粋な神性。神しか持てぬモノがあった。
偽言峰の身体に走るノイズ。幻影は解け、現れたのは、大きな二本の細長い角付のヘルムが特徴的な、魔術師めいた優男であった。だがアレは、魔術師ではない。れっきたる、神だ。
「ならば見せてやろう、後輩。我が名はロキ。アスガルドから始まり、やがて全てを支配する定めを持つ、大神よ!」
羽織ったローブが、威風で揺れる。王の中の王である我様とは、ひと味ちがう威厳にして、ひと味ちがううぬぼれ具合だ。
「……チッ! 閉ざす者かよ!」
閉ざす者、終わらせる者。直接のかかわり合いは無いものの、ロキの名と名が意味する物を、ランサーは知っていた。ロキの悪行が綴られた北欧神話とランサーことクー・フーリンの活躍が刻まれたケルト神話。語られる土地や文化に差があれども、距離はそれなりに近い。
「もう一人のトリックスターは脱落したようだが、今度は私が聖杯戦争を支配してやろう」
「失敗したってわめいていた奴がか?」
「ふん。あの程度は、洒落にすぎない。本当の神の力、新たなるラグナロクを見る日は近いぞ」
ロキは体ごと霧となり消える。多少怪しい、面白おかしいところはあれども、中々に倒しがいのある存在に見えた。
「こりゃあ、自害するのは損かもしれねえな」
「ランサーさん、食事の準備が出来ましたよ。今日のご飯は前任者の指示通り、マーボーです」
気を取り直したランサーの所に、悲観の源なマスター、ゼンプールがやって来た。
「いらねえから! つーかテメエ、なんでそこ律儀なんだ!? いちいち、無駄に律儀なんだ!?」
「失敬な。ワタクシとしては、この近所の中華屋より取り寄せた麻婆豆腐にアクセントを加えております。そう、メキシカンらしくチリソースやタバスコを。陰陽の合体により、辛さはさらなる物となっておりますよ?」
「せんでいい、せんで! メキシカンって、お前メキシコ人だったのか?」
「いえ。ワタクシはカナダ人です」
「メキシコ関係ねえ!」
「なら、メープルシロップを入れろと?」
「……いや、それは止めよう。一瞬辛さが緩和できるかと思ったけど、最終的に大惨事だ。そういや、あの嬢ちゃんと子守は?」
「既にお帰りになりました。最終的に、ドクターストップ的な感じで」
「何をした、何をした、テメエ」
「気をそらすために、色々と。ブッキョウパワーによるハラキリや、セッポースキルによる脱衣など。後見人の話が途中だったので、今度は家にお邪魔して、続きをやらなくてはなりません」
「知りたくもねえけど、嬢ちゃんの家より先に、まずどっかの寺に土下座してこい」
「ふふふ、托鉢ですよ、タクハツ。最も、この善性に溢れたゼンプールは仮の姿。夕方5時よりは……」
ゼンプールは、己の法衣を脱ぎ捨てた。
「デッドプールのお時間だー! よし! オレちゃんと一緒に、天下獲りに行こうぜ? ランサー! ゼンプールは表の顔、真の姿は聖杯戦争参加者デッドプール!」
「いやお前、そういう演出するなら、下に赤いの着込んどけよ! フルスロットル全裸じゃねえか!」
ゾンビの如き肌と、ゾンビの如き顔と、ゾンビとは真逆の堂々とした姿勢。生きるゾンビの如きデッドプールは、墓の真ん中で全裸仁王立ちだった。

デッドプールとロキ、二人の介入により、ズレるを通り越して崩れ落ちていく聖杯戦争の歯車。あちこちで起こる、カオスな事態。

「なんでも昨日間桐慎二が、身ぐるみはがされアイデンティティたるワカメ……髪も全て剃られた状態で、裏路地で見つかったらしい。心当たりは無いか、美綴嬢」
「そんなワケの分からない事態にコメント求められても!?」

「わたしとバーサーカーもセラもリズも、早く冬木に帰らないとマズいんだけど。どうにかならない、ゴムの人?」
「今我々がネガティブゾーンから帰還してしまっては、地球がアニヒラスに侵略されてしまう。せめてあの軍勢の80%を倒してからでないと」
「イッツ・クローベリング・タイム!」
「――――― !」
「むっしゅむらむらー」
「えーと着火!って言えばいいのかな? それともやっぱ、フレイム・オン!?」

「最近、黒だの白だの赤だの桜だの、まーセイバー増やしちゃって、調子に乗ってるねえ青色! でも本物の人気者っていうのは、一色で十分! 赤だけてやっていけるモンなのよ!? というわけで、お前ら……待たせたなあ! 格の違い、見せつけてやろうぜ!」
「レディプール!」
「キッドプール!」
「ワンワン!」
「ゾンビプール改め、ヘッドプール!」
「「「「デッドプール・コァ、大集合!」」」」
「ワンワンキャン!」
「馬鹿な! 一気に手練が五人に!?」
「違うセイバー! 驚くところ、そこじゃない!」
「五人っていうか、三人と一匹と……一首?」

「あの邪神にやられたわ……魔術回路を破壊されては居ないものの、ダメージは大きい。しばらく私は、単なるエルフの若奥様でしかないわ……」
「しょうがないわねーみたいな軽いノリで言われても。あと、“若”って……あ。悪りい、なんでもねえ」

「ムジョルニアの名にかけて! 付き合ってもらおうか、英雄の王たる者よ!」
「神か。罪を知らぬ、くだらぬ者。我に声をかけただけで、万死に値するぞ!」

「来たか! 神に逆らう不届き者達!」
「アイツはロキ……まだいたのか。あれからずっと見てないんで、てっきり尻尾巻いて逃げ出したものかと思ってたぜ」
「え? ロキ? マジだわーアイツ、まだ目立ち足りないのかよ。トムだからって調子乗りやがって。こっちはなあ、ライアンなんだぞ! 畏れよ、我が光、某ランタンの光を!」
「ここまで表に出れなかったのは、貴様らがその場のノリで、私の緻密な計画を邪魔しまくっていたせいだろうがぁぁぁ!」

「テメエ……!」
「ランサーが二人!? やだ、どこのマルチプル!?」
「その顔。ヒドいじゃないかクー・フーリン! 彼もまた君と同じ、クー・フーリンなんだぞ? この、狗がなぁ!」
混沌は形となり、知識も常識も第四の壁も、あっさりと崩壊する。
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「なんでも最近、頭に果物を被ったヒーローが、子供にウケているらしい」

 鎮守府に並ぶ艦娘たちの私室。その中で、最も厚い鋼鉄の扉と誘爆にも耐えられそうな外壁を持つ私室にて、姉妹が二人、差し向かいで女子らしいトーク会ををしていた。外面だけは。
「なんでも最近、頭に果物を被ったヒーローが、子供にウケているらしい」
「もうそのヒーロー、今日最終回……び、微妙に遅くない?」
 長門型一番艦である長門が突然言い出した女子トーク力ミクロンな発言に、長門型二番艦である女子力満載な陸奥が若干言い難そうに返す。長門と陸奥、鎮守府屈指の超弩級戦艦姉妹である。
「有事の際、駆逐艦を率いる立場としては、あの娘たちに受けるよう、努力しなければいけない」
「別に駆逐艦だけじゃなくて、軽巡も重巡も率いるけどね?」
「ゆくゆくは、駆逐艦のみの艦隊を常時率いる立場になるつもりだ」
「規律正しく欲望だだ漏れね」
 パワーはあるが燃費の悪い長門、片や燃費はいいがパワーは無い駆逐艦。艦隊戦でも遠征でも、どの使い方でも微妙に相性の悪い組み合わせが、果たして常時となるものか。提督の額に主砲を突きつけながら交渉してみたら、行けるかもしれない。
「というわけで、こうして果物を用意してみた」
 机の上に転がる果物の数々。みかん、バナナ、ぶどう、レモン……よくもまあ、戦地で集められた物だと感心するしか無い量の、多種多様さであった。何故か、明らかに果物ではない、どんぐりや松ぼっくりも混ざっているが。
「集められたのはいいとして、果物を被るというのは、どういうことだろうか?」
「私も詳しくは知らないわ。中をくりぬいて細工すればスイカは被れそうだけど」
「ハロウィンのかぼちゃの要領で?」
「ダメね。やめときましょう」
 鋭い目とギザギザの歯を刻んだスイカを被って登場! 同贔屓目に見ても、ヒーローというより妖怪だ。
「妖怪は妖怪で、最近流行っているから……ダメね。しっかり者の駆逐艦に、憲兵さんを呼ばれる未来しか見えないわ」
「ならば、一先ずこうしてみよう」
 長門は、陸奥のカチューシャ状なアンテナの先端にみかんを刺した。
「出来れば自分で試して欲しいんだけど……」
「ダメだ。なんというか、正月だ。目出度く見える」
「餅に? 餅に例えた? 二段重ねの?」
 陸奥の眼が、少し怖くなってきた。
「ふむ。どうやら何処かで何か勘違いをしてしまったようだな」
「それを言い出すと、根が深すぎて対応できなくなるんだけど」
 陸奥はみかんを引き抜き、アンテナをハンカチで拭いている。
「一度、立ち止まって見なおす必要があるようだ」
 見直すと言い出されても、その場合果物を被ると言い出すよりももっと前、性癖という妹でも触るのに臆する所に突っ込む必要が出てくる。
「それなら、発想を変えてみよう」
 果物を改めて並べ始める長門、その思惑を聞こうとした陸奥の言葉を遮るかのように、甲高い警報が鳴り響いた。

 赤城は、構えた弓を無念そうに下ろす。放った矢、艦載機の攻撃は全て相手の対空防御に防がれてしまった。駆逐や軽巡を中心とした敵艦隊、その対空戦力を一手に担っている空母ヲ級は、まず間違いなくフラグシップ艦だ
 突如、予想だにしない海域に現れた深海棲艦の一団。何らかの意図戦略があるのか、それともはぐれ艦隊なのか。ハッキリしていることは、この海域からすぐの沿岸には、人里があるということだ。
 緊急指令として、鎮守府を飛び出してきた居残り組。問題は、入渠や遠征や出撃と重なった結果、居残り組として出れる艦が三隻しか居なかったこと。幸いは、その赤城を含む三隻が、強者であるということだ。
 動こうとした敵艦隊を取り囲む水柱。41連装砲の火力は、暴威の深海棲艦にすら躊躇や慄きを抱かせた。
「第三砲塔、今日は変なコトしてないわね。計画通りよ」
 砲撃を終えた陸奥が、赤城と並ぶ。鎮守府開設当初から所属していた、大型艦二人。強者と呼ばれる理由は、練度の高さにある。だがしかし。
「計画通りって、外れてますよね?」
 陸奥の砲撃は、全て水面に着弾。高すぎる水柱は、失敗の証である。
「今回は、これでいいの」
 砲撃を外したのに、語気には力強さが。陸奥には、何らかの算段があるようだった。若干語気の裏に、やけっぱち感があるのが気にかかるが。
「そ、そうなんですか? でも……ん? 何か、そちらから甘い匂いがしません?」
 くんくんと、鼻を鳴らす赤城。
「え?」
「この匂いは、柑橘系の匂いと、お餅?」
「なんでよ!?」
 声を思わず荒らげる陸奥。彼女が先ほど立てた水柱は水蒸気も生み出し、敵艦隊を即席の霧で包んでいた。

 視界が晴れた瞬間、目の前の的にあらん限りの攻撃を仕掛ける。言葉はなくとも、深海棲艦は本能で繋がっていた。そしてそれは、自然と作戦となり陣形となる。
 そして、攻撃の最後を担うのは自分だと、ヲ級は理解していた。航空機を使うには視界が必要、晴れるまで、待つ必要がある。
「グギャ」「ギエッ」
 とても短い声が、あちこちから聞こえる。鳴き声とも悲鳴ともつかない声。
「アア!」「ヒッ!」
 ガツン、ゴツン。更なる無骨な音が、ヲ級の心をざわめかせる。
 有視界上にいる重巡リ級も、不安そうな様相を見せていた。
 そんなリ級の前に現れたのは、背の高い女性の影。リ級よりも大きい、戦艦級の影である。
 煙とともに現れたその影の手には、松ぼっくりが握られていた。
「ふん!」
 リ級の頭に叩きつけられる松ぼっくり。叩きつけるというか、強烈な掌底に松ぼっくりがついているだけである。豪腕の一撃は、リ級を一発で撃沈した。
「発想の転換、頭に果物を被せることで、敵を倒す! これならば、いける!」
 煙に紛れ、ゼロ距離レベルまで近寄ってきていた長門が吠える。
 ヲ級の視界が晴れる度に、ぷかあと浮かぶ仲間たちの姿が目に入ってくる。どの船の周りにも、どんぐりや松ぼっくりの残骸が浮いていた。そして気づけば、もはや生き残っているのはヲ級だけであった。
「さて、トドメと行こうか。だが、陸奥にせめて食べられないものを使えと言われたせいで、もう手元に武器になる果物が」
 持ってきた袋をごそごそと探る、長門。しばらく後、彼女は松ぼっくりやどんぐりなど歯牙にもかけぬ、凶悪な面持ちの、まるでモーニングスターのようにトゲだらけの果実を取り出した。
「フラグシップを葬るには、十分そうな果物だな。よく知らないが、ドリアンという名前の実らしい」
「ヲ……ヲ……」
 エリートを超えるフラグシップが怯えている。あんな凶悪なブツを両手で抱えつつ、じりじり近寄ってくる巨女。あの持ち方、上からおもいっきり叩きつける気満々だ。
「ビッグ7の力、侮るなよ」
「ノヲー! ノヲー!」
 あまりの恐怖が、ヲ級の言語機能をちょっとだけ進化させる。一つの奇跡であったが、長門の足を止めるには至らなかった。

 食事が好きなだけあって、食べ物にはちょっと詳しい赤城がドリアンについて解説する。
「アレ、ドリアンって食べられるんですよ。臭いですけど」
「へえ、知らなかったわ。ホント臭いけど」
 水煙が晴れた時、もはや深海棲艦は一匹も残っていなかった。そして、臭かった。あまりの唐突な臭さに、長門も倒れている。
「……使ったドリアンは、この後、赤城が美味しく頂きました」
「いいんですか!?」
「やだ、ノリノリ!?」
 喜びが冗談でない証拠に、赤城の眼はキラキラと輝いていた。

 次の日、再び長門と陸奥は自室で話し合っていた。
「やはり、他人の真似は上手くいかないな」
「分かってくれたのならいいわ」
「私が悪かったよ。でも、なにもそんなに眉をひそめなくても」
「違うわ。まだドリアンの匂いがちょっと残っているのよ」
「随分と入渠したのだが」
 クンクンと、自らの匂いをかぐ長門。自らに付いた臭さを自覚するのは、難しいことであった。
「しばらくは、お休みね。せっかく駆逐艦の娘からの人気が上がったのに、臭いんじゃ台無しよ」
「なに……? やはりあの、果物作戦は有効だったのか!?」
「そうじゃないわよ。普通にみかんやスイカや桃やメロン、食べられる果物を、間宮さんに提供しただけよ。小さい子たちに、優先してあげて下さいって。姉さんの名義でね」
 被るだの被せるだの、余計なことを考えず、普通に集めた物をプレゼントしておけばよかったのだ。シンプル・イズ・ベストと言うより、なんでこう余計なことを考えてしまったのか。集めた動機の時点で、色々間違っていたせいだろう。
「ありがとう。これでまた、一歩野望に近づいたぞ」
「はいはい。少し私もつまみ食いしようかとも思ったけど、最近ちょっとだらけすぎだったしね」
 最近、少しだけ柔らかくなっていた二の腕を摘み、陸奥はため息を付いた。なんか薄い餅を触っているように思えてくる。
「ところで、果物の次は、車を装備したヒーローが子供達にウケそうな予感があるとか」
 陸奥は手で顔を覆うことで、再び神妙な顔をしだした長門を見ないようにした。