アブソリュートが作った氷の防壁を、セントの硬貨は突破することが出来なかった。逆に、セントが硬貨で作った防壁は、アブソリュートの火炎に耐えられなかった。
「ふうむ。これはまいったね」
こんなことを言いながらも、セントは余裕綽々だった。見栄にしては、やけに実がある。
「降伏すれば、同じ悪役のよしみで、半殺しですませてあげます」
「おお。怖い、怖い。だがアブソリュートよ、貴殿が死んでいるうちに、このような物が出来たのだよ」
セントはなんと、懐から紙幣を取り出した。まさか、紙幣を汚らしい紙と言い切る男が紙幣を持っているとは。しかも、取って置きとばかりに出してくるとは。ついでに言うならば、紙なんてものは、良く燃えるのだが。
超能力で操られた紙幣は、氷の防壁を容易く破壊した。更に紙幣は、アブソリュートの火炎を完全に防ぎきった。紙幣の嵐に防壁ごと切り裂かれたアブソリュートは、地面に角が刺さっていた紙幣を拾い、自分の勘違いに気がついた。
「金属!? 金属製の紙幣ですか、これ!?」
あまりに馬鹿らしい、そもそもコレを紙幣と呼んでいいものか。紙のように薄く作られた、金属製の板。紙幣型の硬貨とでも呼んでやればいいのか、とにかく馬鹿らしい。なにより、セントの肖像画が刻み込まれているのが、最も馬鹿らしい。
「我輩がゴールド様に従った理由はこの極限の金属紙幣よ! ゴールド様は、この紙幣を作るためのバックアップだけでなく、流通の手はずまで整えてくださった! いくら造形が優れていても、流通せねば貨幣にはならぬ!」
見れば流れ弾ならぬ、流れ貨幣を野次馬が争い奪い合っている。彼らの必死さや貨幣に刻まれている数字を見る限り、流通どころか、おそらく世界屈指の高額貨幣だ。
「なんかもう、バカですか。みんなバカなんですね」
この金額ならば、切り裂かれたコスチュームの修繕費に十分足りる。思わずそんなことを考えてしまった自分も含めての、アブソリュートのバカ負けだった。
アインは、チェーンソーに変形した自身の両腕を振るう。蠢く刃を、なんとオウルガールは拳でさばいた。接触する度に起こる電撃が、アインのチェーンソーを焼き切った。
「アイン対策は万全。なんてことが言いたそうなツラだな、おい!」
オウルガールのナックルには、高電圧スタンガンが装備されていた。電撃を纏ったパンチは、アインの鋼鉄の身体と内部部品にダメージを与える。
無表情を装いながら、オウルガールはこの世界の自分に感心していた。この装備は思いつかなかった。あちらの世界に帰ったら、早速導入しようと。
アインの火力を恐れぬまま、オウルガールは一心不乱に殴り続ける。
「こ、コイツは……これだから苦手なんだよ! しょうがねえ、奥の手だ!」
脚部が展開し、ジェット噴射で空を飛ぶアイン。逃がすものかと、マントを広げたオウルガールの動きが、唐突に固まった。
広場に設置してある、クイックゴールドの巨大石像、そんな趣味の悪い石像の胸部がぱっくり開いている。穴に見えるのは、明らかに石製ではないメカニカルな輝き。空飛ぶアインは、怪しげな石像の穴に、自らの身体をはめ込んだ。
開いていた胸部が閉まり、石像が大きく揺れる。石の外装にヒビが入り、石像の中に隠されていた物が姿を現した。
「見たか! オレ様の最強ボディ! こいつがありゃあ、テメエなんざグッチャグチャのペシャンコよお!」
自由の女神サイズの巨大アインが、ゆっくりと動き始める。意味もなく石像を建てたとは、初めから思っていなかったが、この中身は想定出来なかった。
「……頭が痛い」
この程度の頭痛や予想外は、逃げ出す理由にならない。逃げ出す市民を背に、オウルガールは巨大アインめがけ構えた。
山を越え谷を越え、僕らの街も越え。海ですら走り抜けるボーイとゴールドにとって、地球は平地と変わらなかった。二つの光速の輪が、地球を何度も囲む。
「破壊、硬貨。あの二人の純愛は理解が出来る。だからこそ、途方もない夢を叶えてやった!」
「お前が愛しているのは速さか!」
「俺の手元に残ったのは速さだけ。ならば、速さに全てを捧ぐしかないだろう!?」
走りながらも、時折殴りあう。言葉と拳をかわしながら、二人は走り続ける。
「世界同士、自分同士の最速決定戦。悪くない、勝てそうなのだから、更に悪くない」
光速と語るしかない速さ、言葉に出来ぬ速さであったが、二人を比べた場合、ゴールドの方が僅かに先行していた。全てを速さに投げ打ったと言っているだけあって、彼の走りは洗練されている。更に、彼にはボーイに無い武器があった。
ゴールドの両腕部から、殺傷力の高そうなブレードが姿を表した。
「ありかよ!?」
「悪いが俺は、なんでもありだ」
慣れた動きで、ゴールドはブレードを振るう。大きく身体を動かしボーイは回避に成功するものの、当然体勢は崩れ、速度も僅かながら遅くなる。
「そして、これで終わりだ!」
ゴールドは片方のブレードを、もう片方のブレードで叩き斬る。割れて地面に落ちたブレードが、脇を遅れて走るボーイの足元に落ちた。ブレードを避けるものの、足がもつれてボーイは転んでしまう。しかしボーイはここで無理に立ち上がらず、転がり続けた後、自然な動きで戦列に復帰した。
「なんという収拾力……」
勢いを殺さず転がり、めげることなく立ち上がり、走り続ける。動きもガッツも、大した物だ。
自分がほくそ笑む間もなく復帰したボーイの姿に、ゴールドは半ば感心する。ブレードを落とす動作とこの驚きのせいで、再び二人は横並びとなってしまっていた。
「お前、アインはともかく、キリウやオウルガールは知らないんだろ!?」
殴りかかりながら、ボーイが聞く。
「キリウは知らん! オウルガールは、バレットの情けなさの原因だろ!?」
ゴールドはボーイの殴打を捌きながら答える。彼にとっての二人は、見たこともあったこともない、軽い存在だった。
「そうだろうなあ。キリウと競って、オウルガールに絞られりゃ、これぐらい誰でも出来るさ!」
ボーイの一撃が、ゴールドの頬を捉える。ゴールドは歯を食いしばり、揺らぐことなく耐え切った。横並びの状況は、何ら変わらない。
自らを縛る枠をぶち壊すことで、新たな可能性を手に入れたクイックゴールド。
枠の中で必死に耐え続け、自らを高め続けたバレットボーイ。
二人のスメラギ=ノゾミは、互角のまま、地球を回り続けた。
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