Amecomi Katatsuki PUNISHER VS Kiritsugu Emiya~Side P~ 2

 駆けつけた時、既に魔術師は死んでいた。だが、犯人と目される衛宮切嗣はまだ現場に居た。有無も言わさず、魔術師殺しを殺してやろうとしたものの――
 パニッシャーは、己の予想が外れた事を、認めざるを得なかった。
 この男に、魔術師らしいカッコつけなどない。その程度の相手ならば、既に第一射で蜂の巣にしている。
 だが、彼はアパートの一室から躊躇いなく逃げ出した上に、反撃を繰り返しつつ撤退。持ち込んだ武器弾薬の大半を使っても、仕留め切ることが出来なかった。
 そして、遂には――。
 暗がりから飛び出してくる影、だが警戒中のパニッシャーは、容易く影に向けナイフを突き立てる。狙いは脇腹の大動脈。即死には至らずとも、失血による致命傷に至る箇所だ。
 しかし、狙いは外れ、逆に肩口を切り刻まれる。骨にまで達した傷、押さえつけたくなる衝動を抑えこみ、代わりに影の腕を掴み上げる。冷徹を顔に貼り付けたような若造が、そこに居た。
 自らのナイフを投げ捨て、開いた手で切嗣の手にしたナイフを取り上げる。床に投げ捨てたナイフは、自分が使っているタイプと良く似ていた。
 捻り上げた腕を掴み、投げ捨てる。足元に転がった切嗣の顔面めがけ、膝を落とす。膝から伝わる、地面の硬さ。逃げおおせた切嗣は、再び物陰に消えていた。
 高さはなくとも、広さを持つスーパーマーケットの屋上。物陰も沢山あるこの場所に逃げ込まれてからずっと、大不調であった。追い詰めた獲物が、一転して牙を剥いてきている。
 何度か決められるタイミングで、するりと逃れられている体たらく。時折聞こえる、無機質な呟き。衛宮切嗣は、自身も魔術師である。そんな基本的なことを思い出す。おそらく切嗣は何らかの魔術で、自身を補強しているか、パニッシャーに負担をかけている。逃げられる度に感じる妙な違和感は、きっとその証明だ。
 いやしかし、随分とまた、地味な魔術だ。偉そうにドクターなんて冠を付けている連中は、もっと派手に偉そうに魔法を使っていた。だが、この速度への干渉は、そんな魔法よりも怖ろしい。もし、殺し合いに慣れていない超人ならば、とうに殺されている。彼の犠牲となった、数多くの魔術師のように。
 こうなれば、評価を改めるしかあるまい。彼は浪漫ではなく、実利を追求する男だ。非効率的なトンプソン・コンテンダーの使用も、おそらく必要性があるからだ。
 そんなパニッシャーの高い評価を覆すように、物陰に潜んでいた切嗣が、パニッシャーの横から無防備に現れた。横目で見れば、なんとも無機質な男だ。ただ目的や任務をこなす、血の通った機械。その顔には、不利を覆した喜びも無い。この鉄面皮を、表情が顔に出やすいスーパーヴィランたちは、見習うべきだ。
 パニッシャーの胸、髑髏の片目が弾け飛ぶ。銃弾が、左胸に直撃していた。
 切嗣に動きは無い。あの男は囮であり、本命は別の場所。あの高層ビルの屋上にいる何者かの狙撃だ。
 なるほど、自分は全く違うタイプの男を使っているが、切嗣が使っているのは、当人と似たタイプの人間か。そんな事を思いつつ、パニッシャーは背から屋上の隙間の闇に、落下してしまった。

 切嗣は警戒しつつ、パニッシャーが落ちた箇所を覗きこむ。予想通り、彼の姿は消えている。落下地点のゴミ捨て場には、落ちた跡と血痕が残っていた。
「狙撃は失敗した」
 トランシーバーにて、狙撃手に連絡を取る。
『申し訳ありません』
 帰って来るのは、切嗣に負けず劣らず、無感情な女性の声。久宇舞弥、切嗣が戦場で拾い上げた、機械たる彼をさらに機械たらしめる、道具にして補助機械だ。
「いや。これは僕のミスだ。彼は、全て読んでいた」
 切嗣は、あっさりと己の非を認める。もう少し、囮らしからぬ振る舞いをしておけばよかった。
 パニッシャーは、切嗣の姿を見た瞬間、自ら身を沈めていた。無防備な頭ではなく、おそらく最も厳重にアーマーで防護している、心臓の箇所で銃弾を受け止めるために。あの髑髏マーク自体、敵の目を引き、撃たせるための細工だろう。
 落下も、飛び降りたのではなく、自ら落ちた物。一度情勢を立て直すため、必殺の手段から逃れるためとはいえ、随分な無茶だ。もし、舞弥の使用していた銃弾の威力が、胸を貫く物だったら。もし、背から落ちて着地に失敗していたら。クッション役のゴミ捨て場に、縦になった鉄パイプや、危険な薬品がそのまま捨てられていたら。
 いったい、どれだけ自分の命を軽く見ていたら、こんな芸当が出来るのだろう。思わず、嫉妬してしまうぐらいに、機械的だ。
『周囲にらしき敵影はありません』
「ニューヨークは、彼の庭だ。こちらの、数十倍の土地勘がある」
 切嗣の身体が、突如押し倒された。トランシーバーが手元から落ち、自身の身体は屋上を転げまわる。
 強烈な拳を、必死で受け止める。指の骨に、亀裂が走った。
 隻眼の髑髏が、こちらを見下ろしている。切嗣を組み伏せたのは、パニッシャーだった。顔や身体の至るところから血を出しているが、全く意に介さず、こちらを殴りつけてくる。
 まさか、即座に戻ってくるとは。小休止も火力の補給も無しか。必死で身を捩ると、あっさり上下が入れ替わった。逆に殴りつけてみせれば、上手くいなされ、また攻守の交代。ゴロゴロと転がっている内に、こうも激しく攻守を入れ替えていては、舞弥も狙撃出来ない。気づくのに、時間はかからなかった。
 転がりつつの攻防は、すぐに屋上の限度を越え、切嗣とパニッシャーは団子状態で下へと落ちる。落ちたのは、道路側。交通量の激しい道、二人揃ってミンチになるところだったが、幸運にも彼らは、トラックの荷台の上に落ちた。
 幸運に感謝する事もなく、切嗣の肘がパニッシャーの鼻を折り、パニッシャーの頭突きが切嗣の額を激しく鳴らす。
 狭いトラックの荷台にて、第二ラウンドが始まっていた。

 千里眼の魔術にて、パニッシャーと衛宮切嗣の争いを見ていたフッド。彼の背筋に、冷たい物がはしる。元々、獣が相喰らいあうような戦いになるとは思っていた。だが、ここまで、熾烈な戦いになるとは。待機している部下たちは、先ほどの演説に当てられ、高揚したままだが、もし二人の殺し合いを目にすれば一目散に逃げ出すだろう。トラックの荷台から、路上へ。路上から、裏路地へ。裏路地から……底冷えするような戦いを振りまきつつの、激しい移動。一体何処で横入りすればいいのか。フッドの経験では、判断がつかなかった。下手に部下を差し向ければ、ただ生贄を捧げるだけだ。
 ボスに必要な素養の一つである、決断の早さ。フッドはこの点において、他の大物に大きく劣っていた。
 自らの力でのし上がってきた他のボスと違い、大悪魔より与えられている能力でボスの座に収まったフッドの脆さは、このようなタイミングで浮き彫りとなってしまう。例えばキングピンならば、スーパーの屋上に二人が転がり込んだ時点で、スーパーを吹き飛ばす火力での包囲殲滅を命じていただろう。
 そして最もマズいのは、二人の戦いを間近で見ていることで、大局的な視点を失ってしまったことにある。
 天窓が割れ、同時にワゴン車がフッドのアジトの壁を破壊し、突っ込んでくる。ガラスの破片と、車の追突、それぞれ三人ほどやられてしまった。
「あ、あああ……」
 魔術師キャラとして普段かぶっているフッドの仮面が剥がれ、情けない声が漏れている。天窓直結、二階の足場から見下ろしているのはパニッシャー。ワゴン車から出てきたのは切嗣。悪魔が二匹、フッド一味を睨みつけていた。
 何故バレた。いやそれより、いつ示し合わせていたのか。会話も交わさず、憎悪をぶつけ合うような殺し合いをしておいて。
「おい! 開かねえ! 開かねえよ!」
 恐怖に当てられ、一目散に逃げ出そうとした男が喚いている。電子ロック式のドアが、外部よりのハッキングで施錠されていた。
「こんなアジトに居られるか! 俺はここから逃げるぜ!」
 窓を壊し、逃げ出そうとした男の額に風穴が開いた。狙撃手が、外に居る。
 血と傷で塗れた顔を拭わぬまま、二人の処刑人は思うがままに動き始める。彼らが動く度に、人の命は散っていく。必死の生存本能による応戦。密室となったアジトは、生死飛び交う銃撃戦の舞台となった。
「何故、こんなことに」
 呆然とした様子で、呟くフッド。
 策を持ってして、獣を殺しあわせようとした結果、手負いの獣が懐で暴れ狂っている。
 自らの手を汚さぬ都合の良い策は、血まみれの手で引き千切られていた。