ザ・サムライ~超人対黒騎士~

 ※このカテゴリーで公開されていない、これ以前のお話は上のNovelコーナーにHTMLで置いてあります

 土蔵でトレーニングしていた俺の目の前に現れた黒い騎士は、いきなり“セイバー”と名乗った。
「士郎! 無事か!?」
 土蔵の扉を蹴り壊して、自称セイバーであるネプチューンマンが中へ雪崩れ込んでくる。後ろには遠坂の姿もあった。
「来たか贋作。セイバーを名乗るのであれば、せめて剣くらいは持つがいい」
「なんだテメエは。この俺の豪腕こそが剣、貴様こそそのような華奢な身体でサーヴァントを名乗るとは、おこがましい!」
 対峙する二人のサーヴァント。
 セイバーを名乗る物が二人、つまりどちらかがニセモノで、どちらが本物かという争いだ。
 黒騎士は、一見華奢な少女のように見えるが、身体を黒い鎧で固めており、黒一色に赤の染が入った長剣を携えている。
 対するネプチューンマンは、いつもどおりの黒タイツにレッグウォーマーに水牛の鉄鋲付きベストの格好。剣なんか当然持っていません。
 同じクラス名を名乗っていながら、両者は好対照だった。共通点は黒いバイザーとネプチューンマスクと、どちらも仮面を被っている事のみ。
 どちらがセイバーかと聞かれれば……
「ユーウイン」
「おめでとう、あなたがセイバーよ」
「当然だ」
「ちょっと待て二人とも!」
 俺と遠坂の判定に意義を立てるネプチューンマンだが、そう言われましても。どうみてもセイバーはあの黒騎士の方だろ、剣持ってるし。今までの付き合いとか友情とか色々加味してもセイバーの名はあっちの騎士のものだ。
「ええい、御託はいらん。真のセイバーを決めるのは力のみ。来い黒騎士、貴様を倒し、その黒い仮面と一緒にセイバーの称号を剥ぎ取ってくれるわ!」
 思いっきり悪役のセリフだこれー! そもそもタイトルじゃあるまいし勝ったからって称号は貰えんだろ。
 そんなネプチューンマンを見た、黒騎士改めセイバーは黙して剣を構える。
「よかろう、貴様の勇気に免じて許そう。私に勝てばセイバーの名はお前のものだ。叶わぬ事ではあるがな」
「いやいや、負けても勝ってもセイバーはお前だ!」
「そうよ、それとこれとは話が別よ!」
「お前らセイバーが俺じゃなにか問題が有るのか!?」
 うん、問題が有る。だから俺たちは必死でアピールしているんだ。
 言葉はここまでと、セイバーは剣を斜めに構え駆ける。ネプチューンマンも呼応し横に跳んだ。
 土蔵に空いた二つの人間大の穴を見て俺は思った。
 お前ら、せめてどっちかは入り口使えよ……

 あの華奢な身体を見て俺は勘違いをしていた。セイバーはランサーやライダーのように技や宝具でネプチューンマンの力に対抗すると思っていたのだ。
 肩をぶつけ合い、肉体で競り合うネプチューンマンとセイバー。体格はセイバーの方が圧倒的に負けているが、彼女は一歩も退いていない。膠着を嫌い、両者が一歩退く。ネプチューンマンの至近距離でのジャンピングニーパットがセイバーの顔面めがけ打たれた。だが、セイバーは剣の腹でネプチューンマンの巨躯を受け止め、なおかつ弾き返した。
 あのセイバー、ネプチューンマンに力負けしていない。てっきり技巧対力になるかと思っていたんだが。この戦いに近い戦いは対バーサーカーだ。強力同士の力のぶつかり合いという、わかりやすく単純な戦いだ。
「衛宮くん。一応聞くけど、まさかアレが考え無しの力のぶつかりあいだと勘違いして無いでしょうね?」
「……違うのか?」
 土蔵から遅れて出てきた遠坂が、呆れたように頭を振る。
「セイバーは剣術、ネプチューンマンは体術で、二人とも力任せの裏で巧妙なフェイントや駆け引きをくりひろげているわ。お互いの力が拮抗しているからフェイントも駆け引きも効果が出ず、第三者にはただの殴り合いに見える。全く、技量と力を兼ね備えたクラスとはよく言ったものね。真のセイバー決定戦。この戦いで聖杯戦争の勝敗は決まると言っても過言ではないわ」
「いや、セイバーがどっちかはもう決まってるだろ」
「まあそれはそうなんだけど、なんというか場の流れでなんとなく」
 俺たちがこんなやり取りをしている間にも両者の戦いは続いており、両者共に戦いの決め手を欠き、消耗だけしていた。
「ぬう……」
 無尽蔵のスタミナを誇るネプチューンマンが汗をかいている。見えない心理戦の負担はかなりのもののようだ。だがしかし、
「チッ……」
 セイバーも汗をかいている。両者共に体力の消耗が激しい。ならば、そろそろどちらかかここで切り札を出す筈だ。セイバーも今だ宝具を隠している。宝具の使用こそが勝敗のカギを握る。でも、そもそもネプチューンマンには宝具無いけど、あの怪しい預言書以外は。
 セイバーの持つ黒剣が怪しい渦を纏う。コレが私の宝具ですと宣言したわけではないが、嫌と言うほどにアレがヤツの宝具だとわかった。剣が放つ凄まじいまでのプレッシャー。とてつもない魔力があの剣から発せられている。
 いつぞやのライダーの宝具にも勝る予兆。あんなモノがまともに解き放たれたら、ネプチューンマンどころか俺たちも。いや、この一帯ごと消し飛ぶ。
 だがネプチューンマンは怯まない。腰を沈め、己の左腕の肘を右腕で掴む。左腕が放ち始めるスパーク。あの魔力に、地球の磁力で対抗するつもりだ。魔力はともかく磁力は俺には感じられないが、帯同に関して言えば両者は互角。なんか俺の家の窓ガラスがパリンパリン割れているんですが。
「きゃー」
 あ。なんか援護射撃しようとした遠坂が余波に巻き込まれて転がっていく。だから、俺のように地面にしがみついていろとあれほど。
「エクス――」
「マグネット――」
 お互いの気が最高へと到達し、宝具と地球の力のせめぎ相が始まる。
「カリバー!」
「パワー!」
 磁力と魔力がぶつかり合い、爆風でなにもかもが包まれる。ああ、巻き添えで死ぬなと、素直に思えた――

 奇跡的に、衛宮邸は無事であった。ホントすげえな、日本の住宅って。
「ほう……エクスカリバーの射線をズラしたか。中々に面白き力だ」
 余裕綽々のセイバーに対して、ネプチューンマンは、
「フフフフフ、ハーッハッハッハ!」
 笑っていた。筋肉が一層に隆起し、まさしく燃え上がっている。バーサーカーと相対したときでさえ、ここまで盛り上がっては居なかった。
「エクスカリバーか! なるほど、おとぎ話に劣らぬ威力だな」
 約束された勝利の剣、エクスカリバー。俺でもその名は聞いたことがあるくらいに有名な剣。英国の英雄アーサー王の武器というだけでなく、世界最強の剣として歴史に名を記している。そして、つまりあの剣を持つ、あの黒いセイバーの正体は……!
「まさか、正体はそんなか細い少女とはな。会いたかったぞ、アーサー王!」
 遠き英国、円卓の騎士を率いた救国の王アーサー。物語で語られる姿は、たとえばネプチューンマンのような逞しい男性であるが、いざ蓋を開けてみれば王の姿は可憐で華奢で命を狙われている俺でさえ美しいと感嘆できるモノを持った女性であった。
「ヘタこいたー! やっぱ引き損ねてたー! あのセイバー引きたかったー!」
 吹っ飛ばされて復活した遠坂が叫びながら落ち込むという、実に器用な事をしている。いやその、確かにロクでもなかったけど、アーチャーも頑張ってたぞ。そりゃあ俺だって、筋肉ダルマよりも最初からあのセイバーと出会いたかったよ! ちょっと黒いけど!
「遠坂……、今度プロテインを奢るぜ」
 テメエじゃねえ、頬を赤らめるな筋肉ダルマ。
「会いたかったとは言ってくれる。なら、相応の馳走をしなくてはな」
 セイバーは黒いエクスカリバーの切っ先をネプチューンマンに向けている。彼女の言う馳走とは、紛れも無く心底恐れられるような殺気。
「そりゃあそうさ、英国出身の超人でアンタを知らぬ超人は居ない。誰もがアーサー王の伝説にあこがれる。最も俺は、アンタを倒してみたいと願っていたがな!」
 お前、もうサムライとか名乗る気も無ぇだろ。とにかくネプチューンマンをやる気にはなっている。再び両者は対峙して、お互いが気を探りあい……。 
 ふっと風を切る音が耳に入った途端、二人の間に何かが隕石のごとき勢いで落下した。土砂が吹き上がり、土煙が視界を曇らせる。きっとあの煙が晴れたら、庭がエライことになってるんだろうなあ。明日、藤ねえにどう説明しようか。
 予想通り土煙が晴れると、庭に大きなクレーターが出来ていた。クレーターの中央に居るのは、見た事も無い新たな謎の女性サーヴァント――
「お前はメシア! あの時のメシアじゃないか!」
 ネプチューンマンに名を呼ばれたそのサーヴァントは、肯定の証にゆっくりと頷いた。メシア、つまりは救世主の事か。俺が聞いた知識に、そんなクラスのサーヴァントは居ない。また予測外の事態が起きている。
 黒いボンテージのファッションと紫色の長髪にはなんとなく見覚えがあるが、特徴的なのは眼鏡ッ娘である事だ。あんな眼鏡が似合う知的なお姉さんに俺は見覚えが無い。いや、正直どっかで見たような気がするんだけども。
「まさか、貴女が生きていただなんてね。てっきり、主とともにリタイアしたと思っていたのに」
 遠坂がメシア相手に因縁深そうなセリフを言っている。なんだ、遠坂の関係者か。じゃあ俺が知らなくてもしょうがないな。
「生きていたのね、ライダー!」
 そうかそうか、あの女サーヴァントは実はライダーだったのかって、オイ。
「あのさ、遠坂」
「なによ士郎」
「前にも言ったけど、ライダーは新都で俺達が倒したんだが」
 新都ビル屋上での一大決戦、ザ・サムライのオーバーボディを捨てたネプチューンマンによりライダーは屋上から落下して、主の慎二もダブルレッグスープレックスを喰らって目下入院中だ。そのライダーがまさか、こんな所に居るわけが無い。
「だって……アレはどう見てもライダーでしょうが」
「おいおい遠坂、ライダーは確かマスクレディだぞ。あの人が顔につけているのは眼鏡じゃないか」
 メシアはくいっと眼鏡をかけ直して、眼鏡の存在を強調する。実に良い仕草だ。
「そうだぞ、遠坂。ライダーは確かに俺が倒した、その証拠はここに有るぞ」
 ネプチューンマンはマントを取り出すと、マントの裏地に貼り付けられた二枚のマスクの一つであるライダーのマスクを見せた。いつの間にライダーのマスクを拾っていたんだ。
 ところで、ライダーのマスクの脇に貼り付けてあるもう一つの白い骸骨面はなんなんだろうか。あんなヤツと戦った記憶が俺には無いんだけども。
「いやいや、だからああやって魔眼殺しの眼鏡をかけてるんでしょうが。どう見ても、メシア=ライダーでしょ!?」
「なんでさ?」
「このマスクに誓って、アレは別人だぞ遠坂」
「空気読んでください、凛」
「そのツインテール捥ぐぞ」
「なにこの私だけが悪いって空気は!?」
 男二人どころか、メシアもセイバーも遠坂を責めている。いやだってその、いきなりライダー=メシアみたいな事を言い出すからさ。
「空気の読めない凛は置いておくとして、士郎にネプチューンマン、このセイバーは罠です。あくまで彼女は時間稼ぎ、真の悪意は柳洞寺に」
「それ以上は言わせん!」
 セイバーはいきり立ち、メシアに突進する。メシアは大きく避ける事はせずに寸前で身を翻し、軽やかに宙に跳んだ。
「フライングレッグラリアーット!」
 セイバーの喉元に突き刺さるメシアの膝、真正直に突き刺さった一撃は不沈のセイバーからダウンを奪う事に成功した。メシアの真名が誰だとしても、強い。ネプチューンマンと互角以上に渡り合うセイバーをああも簡単にあしらうとは。
「絶対アレ嫌味よね、長い足を見せびらかして……」
 みんなに責められてヘコんでいる遠坂が恨み節で呟いている。いやその、胸はともかくとして遠坂も美脚の部類には入ると思うけどさ。
 とにもかくにも、謎の第三者の乱入により戦いはいっそう読めぬ方向へ動こうとしていた。