せめて狩人らしく

 ティガレックスの咆哮が地を揺らす。なまじ遠くで聞けば鼓膜が裂け、近くで聞けば身をも裂く咆哮も、遥か遠くであればただの大きな隙でしかない。
 轟砲【大虎頭】の照準がティガレックスの眉間に合わさる。轟砲というヘビィボウガンの素材はティガレックスであり、【大虎頭】は特に強力な個体の素材から作られた一品だ。多少当たりがブレる事があり、散弾や属性弾が一切撃てないものの、威力は絶大でリロードも早い玄人好みの一品だ。
 そしてこのティガの頭蓋に似たボウガンは、ティガレックスを大量に狩って来た証でも有る。
「グオォォォォォォォォォ!」
 同族の敵と言わんばかりに、ティガレックスは激しい雄叫びを上げ憎きハンターへと突撃する。怒りの余りに体の各所の血管が激しく膨張し、茶色の表皮を透かして浮き出ている。
 当たれば必死の突進を前にして、ハンターは構わず弾を撃った。通常弾がティガの頭をかすめ、何発かがティガの目をかする。しかし視界を少し邪魔されたくらいで、ティガの突進は止まらない。狩人と轟龍の距離はあと僅か、数秒後に狩人はティガの咢に砕かれ肉塊と化す。もはや回避も間に合わぬ、狩人の必死は絶対的であった。あそこで欲を張らずに素直に逃げていれば、避けられた物を。
 だが、必死の運命を容易く覆すのが狩人であり人の可能性。この可能性があるから、人は怪物と互角以上に渡り合えるのだ。
 絶対不可能なタイミングで、彼女は回避に成功した。自ずから転倒し、ボウガンをすぐに構えた。
 彼女の纏う衣装は、多少違う部分があれど迅竜ナルガクルガの素材で作られている。ナルガクルガは素早い竜であり、ナルガで作られた装備品は使用者に彼の竜の素早さを与える。この装備をしているからこその奇跡の回避であり、必然の回避であった。
 ティガレックスの牙は獲物を見失っても勢いが殺せず、とんでもない物を噛んでしまう。彼が噛んだのは巨壁。悠久の時を生き抜いてきた硬い岩壁を噛んでしまったのだ。ティガは牙を引き抜こうともがくが、怒りの牙は壁に深く食い込み抜けない。
 動けぬティガの各所を、貫通弾が貫いた。爪が割れ、牙が砕け、片目が潰される。だが、ティガの怒りはそれぐらいの痛みでは収まらない。轟竜の怒りは、負傷の残酷さを凌駕するほどに激しいのだ。
 牙が砕けたおかげで自由になったティガは、憎き狩人へと向き直る。向き直った瞬間、最後の貫通弾がティガの脳天を貫いた。

 ハンターの集う場所である酒場。酒の臭いとタバコの煙が届かぬような端の場所の席に、二人のハンターが陣取っていた。
「見ろ。これが希少なティガの天鱗だ。G級に分別される強力な個体しか持たない、珍品だ」
 天鱗を手にしたモノは大地を轟かせる力を手に入れる。伝説や御伽噺で語られる逸話である。
「くれ!」
「やらん」
 机の上に乗せられた天鱗をギャレンが取ろうとするが、ヘイヘが一足早く仕舞ってしまった。
「いいじゃねえか、また狩ってくれば」
「アホゥ。これは貴重な一品なんだ。G級を狩っても、絶対貰えるとは限らんからな。私でも二枚目、一枚はこの大虎頭に使った。天鱗はティガ装備の高級品を作るには必須の品だからな。欲しいなら自分で狩ってこい」
 必須のわりに希少な素材である天鱗。わざわざこんな隅の席を取ったのも、多くの目に触れさせたくないからだ。強盗やスリに合うのもバカらしい。
「しかし……」
「ん?」
「俺は上位のティガを倒すのも精一杯なのに、アンタというハンターは」
 自身の武器であるガンランスのシルバールークを撫でながらギャレンが愚痴る。武器としてシルバールークはそれなりであるし、彼の着るザザミSもよい防具だ。装備的には上位ティガ相手に五分以上に渡り合える。足りないのは腕だけだ。
「誰だって最初から上手くいく筈が無い。私だって始めの頃は酷かったさ」
 くいっと酒を大仰にあおってから、ヘイヘは自分がハンターになりたての頃の話をし始めた――

「ひぇ~~! 来ないでー!」
 雪山を逃げ回るハンターを巨大猪ドスファンゴが嬉々と追いかける。
 ハンターは真っ正直にまっすぐ逃げているが、いくら優れたハンターの足とはいえ真っ正直に猛獣の突進から逃げられる筈が無かった。
 ドスファンゴに突き飛ばされ、ハンターが無様に転がる。寒さから身を守るためだけに特化されたマフモフコートでは、ドスファンゴの突撃でさえ致命傷だ。
「う、うっ……」
 ハンターはなんとか起き上がり、双剣を構える。ボーンシックルという初心者用の武器といい、回復を待たずにすぐに立つ判断の未熟さといい、このハンターはモンスターにとってカモ同然であった。
 甘い構えのハンターめがけ、ドスファンゴが牙を突きたて突進する。
 ガシンと激しい金属音がし、ドスファンゴの突進が無理に止められる。獲物であるハンターと狩人であるモンスターの間に、まともな狩人であるハンターが割り込んでいた。ドスファンゴの牙を、大剣ヴァルキリーブレイドの腹で抑えている。
 ドスファンゴに動揺がはしった。自分の突進を抑えられた事ではない、新たに現れたハンターの顔は、自身の下位種であるブルファンゴに瓜二つであったのだから。
 ヴァルキリーブレイドの太い刃が、横殴りにドスファンゴを殴り倒す。続いての振り下ろしの一撃がドスファンゴを叩き潰した。
「今だヘイヘ、行けえ!」
「はい! サバキさん!」
 ヘイヘの双剣が、ドスファンゴの脳天に突き刺さった。

 二人のハンターが死んだドスファンゴから剥ぎ取りをおこなっている。
「ハンターになって初狩猟なんだから、気にする事はないさ」
 ファンゴの顔そっくりのファンゴフェイクがトレードマークのハンター、サバキ。彼が己の頭そっくりのファンゴの頭を切り取っている姿は、まるで前衛芸術のような奇抜な光景だ。
「ううっ、私も未熟です」
 剥ぎ取った大猪の皮に身を埋めながら、初心者ハンターであるヘイヘが恥ずかしげにしていた。
 ヘイヘという少女がハンターギルドの門を叩いたのは、つい先日の事である。初心者どころかハンターのイロハも知らぬヘイヘを最初ギルド側は追い返そうとしたが、その場に居合わせたサバキが彼女の育成を引き受け、師匠兼後見人となった。アイテムや武器の扱いに基本的なマナーといったハンターとしての基礎を学ぶこと一週間。今日のドスファンゴの狩猟が彼女のハンターデビューであったのだが。
「サバキさんが居なければ負けてました」
「そうかもな」
 実に無様なデビュー戦であった。サバキの割り込むタイミングが一歩でも遅かったら、クエスト失敗となっていただろう。
「駄目ですね、私。また雪山草集めからやりなおします」
「いいんじゃないか? これで」
 すっかり落ち込んでしまったヘイヘを尻目に、サバキは至極暢気であった。
「いいんじゃないかって……?」
「ハンターが最後に頼るべき物は、武器でも防具でもアイテムでもアイルーでもない。それは自分自身が身につけた経験だ。観察眼がモンスターの動きを見抜き、経験が優れた策を作り、知識が策を選別する。経験が無ければ優れた武具もただの棒切れでしかない」
「経験は敗北からも学べると?」
「敗者にはなにもやるな。しかし、敗者が勝手に学ぶのは自由だ」
「……」
 経験者の言葉は得して若人には重い物であった。そして、役に立つものであった。
 ドスファンゴから逃げる際に、ジグザグに走っていれば避けられた。ガードで受け止めるのも一つの手。ドスファンゴの弱点は牙に護られた顔面。これだけの事が今回のクエストで学べたのだ。きっともう一度このクエストに挑戦すれば、よりよき結果と新たな経験が得られるはずだ。
「一度の戦いでそれだけ学べたと言う事は、随分と冷静な観察眼を持っているな。ひょっとしたら、ヘイヘは剣士よりガンナー向きかもしれん」
 ヘイヘの学んだ事を聞いたサバキは、嬉しそうにこんな講評を付けた。

 ヘイヘがボウガンという自分に合った武器を見つけ、上位ハンターへの道筋を歩み始めるのは少し先の日の事である。そしてそれは、師匠であるサバキがハンターを引退する日でもあった。