デッドプール チームアップ! 涼宮ハルヒの憂鬱 前編

 小春日和で頭が寝ぼけていたと言わせてもらおう。授業が終わって、“所要のため少し遅れるわ、ちゃんとあたしを出迎える準備をしておくように”と今の俺以上に寝ぼけたことをハルヒが言い出して、SOS団の部室に着いて、定位置に陣取っていた長門に挨拶して、席に着いた所で、メイド服の朝比奈さんがスススっと出してきたお茶を飲んで。ここでようやく、何かがおかしいと気付けた。
「おい、長門。これはどういうことなんだ?」
「……ユニーク」
 そりゃ確かにユニークだよ。ただコレは、笑えるユニークではなくて、困るユニークだろ。
「ふぇ? どうしたんですか、キョンくん?」
 まずは、俺が反省しなきゃいけないな。部室でメイド服を着て、かいがいしく作業をしてくれる人=朝比奈さんと、思い込みすぎていた。
 よし。俺は反省した。だから正々堂々と、目の前の赤い物体にツッコむぞ。
「誰だ、お前!?」
「え? 朝比奈みくるですけど……」
「俺の知ってる朝比奈さんは、俺より背は低いし、変な赤いマスクは被ってないし、赤いタイツの上にメイド服を着たりなんかしないし、筋骨隆々でも無いからな」
 俺より背が高くて、変なマスクを被っていて、筋骨隆々な男は、なんでばれたのか!という顔をしていた。いやいやお前、まさかメイド服を着ていれば朝比奈さんに化けられると思っていやがったのか? 口調まで真似やがって。
「どうせ小説だから、口調さえ真似てれば、バレねーなーと思ってました。キミはこのトリックを見破れたかな!?」
「何を言いたいのか知らんし、誰に向かって指さしているのかも分からんが、とりあえずお前は、日本全国の推理作家に土下座してくれ」
「すいませんでしたー!」
「ホントに土下座したー!?」
 謎の赤タイツはメイド服をキチンと折り畳むと、三つ指をついての見事な土下座を披露した。なんでコイツ、正体が外国人っぽいのに、ここまで綺麗な土下座が出来るんだ。
「それは、どげせんを読んだからと、言わせてもらおうか! 長門有希ちゃんにも、こうやって漫画を読んで欲しいところだね。まあ、この話は原作準拠だから、徹夜でゲームなんてしたりしないだろうけどねー」
 長門のほっぺたを突っつこうとする赤タイツ。長門は片手で本を押さえたまま、ぺちっと叩く。それでも諦めない赤タイツと、触らせまいとする長門。つんつんつん、ぺちぺちぺち。最初はゆっくりだったものの、やがてやりとりは光速へと。元より超人的な長門はともかく、同じぐらいの速さで付いて行っている、この赤タイツは何者なんだ。
「誰と聞かれたら答えなければなるまいよ! 俺ちゃんの名前はデッドプール。アメリカで大人気、日本で話題沸騰中、スカンジナビア半島ではどうだか知らない、正真正銘のカナディアンスーパーヒーローだぜ!」
 スパイダーマンのパチもんっぽい男は、いかにもそれっぽい派手なポーズを取って大仰に名乗りを上げた。長門の頬を突く作業は止めないまま。
 長門よ、なんならそのまま、その赤いのの指を折ってもいいぞ。俺が許す。

 遅れてやって来た古泉の反応は凄まじかった。
「まさか! 本当にこの方に会えるだなんて!」
 古泉のこんなに驚いた顔を、俺は初めて見た。滂沱のごとき涙を流し、跪いて手を取る姿は、まるで聖者を迎えた信者のようだ。このスタイリッシュなハンサムマスクマンは、古泉にそこまでさせる程のナイスガイだと言うのか。
「ご存じないのですか!? 彼こそ、X―MENのゲストキャラからチャンスを掴み、スターの座を駆け上がっている超時空ミュータントのデッドプールちゃんです!」
 怪訝な顔をしている俺を見て、古泉は興奮混じりの口調で説明してくれた。デッドプールさんがキラッ☆と輝いたように見えたのは気のせいか。いいや、気のせいではない。俺も一作品の主人公として、是非あの方のように……やべえ、あそこの主人公、不審そうにオレを見てるぞ!? まいったな、『デッドプールの一人称の乗っ取り計画!?』がどうやらバレたみたいだ。驚愕の主人公の座を、しれっといたただこうと思ってたのに。
 こうなったら、このSSごと自爆を……いやいや、そこまでする必要はない。大丈夫、落ち着けオレ、俺ちゃん落ち着けー……。よし、落ち着いた。サイクロップスの女関係のように落ち着いた。このまま返還すれば、バレない。バレないから、オールOK! じゃあそういうコトで、主人公元通りな! 

 なんなんだ、あのデッドプールとか言うヤツは。あの後やって来た古泉にも、心当たりはなかったらしい。ただ、デッドプールに封書を手渡され、中身を確認したあと、連絡するところが出来たと言い、部室から出て行ってしまった。何やら、焦っていたように見えたが。
 どうやら、コイツは、通りすがりのマッドメンではなく、確固たる目的があって現れたマッドメンらしい。古泉も去り際に、彼を追い出さないようお願いしますと口にしていたし。
 そんな古泉が出ていった後、何やらずっとブツブツと呟いていたデッドプール。主人公だのサイクロップスだの、何の話だかサッパリと分からない。
「これできちんと返還完了! 主人公はチョン君です! まあいいさ、ちっとも惜しくないぜ。愉快なデッドプールワールドは、一人称でも二人称でも50億人称でも、好き勝手に繰り広げられるから」
 もし本当に可能ならば、文学史に革命を巻き起こすであろう表現だな、50億人称。あと、チョンって誰だ。
「さあて、古泉くんはまだかい! いい加減、あたしも待ちくたびれたにょろ」
 だからなんでコイツは、他人の口調を真似してるんだ。どうせ声色は文章じゃ伝わらないからとは、何の話だ。何の目的があって、鶴屋さんの口調なんだ。
「全力全開で読者をミスリードさせてやろうと思ってな!」
 またワケの分からんことを言っていやがるし。
 コンコンとノックが聞こえ、静かに部室の扉が開く。やって来たのは、当然ハルヒではなく、古泉でもない。部室に現れたのは、
「遅くなりましたー……ひゃう!?」
 先程、メイド役を乗っ取られた、朝比奈さんだった。
「ふっ、この部室にメイド長の座は頂いた。もし返して欲しければ、ありったけの胸パッドをオレの前に差し出すんだ。オレはその胸パッドを長門に渡す。これぞ、バストサイズの共産主義計画!」
 いつの間に。デッドプールは、再びタイツの上から、メイド服を着ていた。そもそもアレ、部室のメイド服じゃなくて本人が持ち込んだ物だよな? 朝比奈さんとは根本的にサイズが合わないし。
「わ、わたしそんなの持ってませんよ!?」
「そうだろうな、確かに其れは天然モノだ。だからこそ、お前は必死で持たざる者の為に働く義務がある!」
 無茶苦茶どころの騒ぎじゃねえ。ハルヒも霞むぐらいの無法っぷりだ。長門がじっと騒ぎの方を見ているが、感情が伝わらない分、余計に怖いぞ。
「出来ないのならばしょうがない、別の形で払ってもらうだけだ」
 狂喜の中に、唐突に混じる狂気。デッドプールは朝比奈さんの首筋を掴み、部室へと引きずり込むと、軍用のサバイバルナイフを心臓に突き立てた。口を塞がれているため、叫び声も断末魔も聞こえない。ただ、朝比奈さんは、俺の方に必死で手を伸ばしていた。
 崩れ落ちる朝比奈さんの身体をどうにかしようとするものの、驚きや困惑のせいで足が動かない。結果俺は、彼女が命を失い、地面に伏せる姿を、呆然としたまま見送るしか無かった。
 怒りでもなんでもない、ここまで唐突だと、何の感情も湧いてこない。どうしたらいいのかと、自分を見失うだけだ。唯一まともに動いていたのは、発汗機能。ぞっとするぐらい冷たい汗が、背筋をツツっと流れていた。
「いやーよかったよかった。ギャンくんが、絶叫するタイプの主人公じゃなくて。そのクールさは大事だよ? じゃあそのクールな感覚で、よく見てみようか。お前の知っている朝比奈みくるは、こんな感じでアゴが割れていたか? 顔色が緑だったか? 耳が尖っていたか?」
 俺はいつから、ツボ好きの男が乗るMSになったんだ。
 こと切れた朝比奈さんの目を閉じさせてから、デッドプールは俺に朝比奈さんの死相を見せつける。四角い顎には沢山のシワ。顔は土気色なんて物ではなく、爬虫類の如き緑色。耳はエルフのように尖っている。
 これだけ違う物を見せ付けられれば、嫌でも分かる。この朝比奈さんは偽物、まがい物だ。そうと分かって、ようやく俺の頭から呆然の二文字が消えて行く。しかし、これは一体なんなんだ? 返信が解けた朝比奈さんの姿は、人間には見えなかった。まるで、典型的な異星人だ。ウェルズの火星人や、エリア51という単語が被さる、世間一般の人が想像するであろう宇宙人に、彼女……? 性別の有無は知らんが、とにかくコイツは似ていた。
「彼女は、アンドロメダ銀河の古代人型種族スクラル人のデービアント・スクラル種。ディービアント・スクラルは変身能力を持ち、どんな生物にでも変身することが可能」
 もし公になれば、世間一般の宇宙人への認識を崩すであろう、正真正銘の宇宙人。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースである長門が、謎の宇宙人について、解説してくれた。
「スクラル人が未来人である朝比奈みくるに化け、なんか神様っぽい女子高生を狙っている。そんな確かな情報が、アメリカのヒーロー業界に流れてきてねー。スクラルは、マジで地球を侵略しようとしているから。そりゃ危険度マックスハート。なんとか早く処置しなければ! しかしなんという幸運、偶然、日本に遊びに来ていた売れっ子傭兵のデッドプールさんが現地近くに! という訳で巨乳スクラル人を処分する仕事が来たワケよ。幸運に感謝しろよ、ラッキボーイ!」
 売れっ子なのに、日本に遊びに来る余裕があっていいのか、傭兵業界。
 つまり、悪の異星人ことスクラル人にハルヒが狙われているから、アメリカのヒーローがハルヒを守る為に動いたというわけか。動き方に問題があるのはさて置いて。
 スクラル人より、ハルヒがそういう人間であるということが、向こうに知れているのが怖いのだが。
「アメリカは、ここの団長さんには絶対手を出さないぜ。基本いくら知っていても非干渉じゃね? なにせ、似たような神様ガールに過干渉して、エラい目に合っているからな。触らぬ神にナントカカントカ。オレもまともにプロフェッサーXの消失……じゃねえや、ハウス・オブ・Mに参加したかったなー」
 アメリカにもハルヒみたいなヤツがいるのか。ハルヒといい佐々木といいアメリカの人といい、神様候補というヤツは結構多いのかもしれないな。
「スクラル人の擬態は完璧。わたしでも、彼らの変身は見抜けない。情報統合思念体からの連絡と、この赤い彼がやって来なければ分からなかった」
 今は分かるが、確かにさっき部室に現れた時は、外見といい口調といい、スクラル人は朝比奈さんそのものだった。長門に見抜けないものが俺に見抜けるとは思わんが、それにしたって悔しい。
 そう言えば、この朝比奈さんが偽物なら、本物は何処にいるんだ。長門相手にも誤魔化せる相手に入れ替わられて、無事でいられるのか。
「本物の朝比奈みくるの居所は、別口で探してるぜ。キャプテン・アメリカにアイアンマンにソーにスパイダーマンにウルヴァリンといった脇役共が必死で探しているから。いやあ、彼ら端役には是非頑張って欲しいですね」
「チェンジ!」
 思わず叫ぶ。流石にそこいら辺の連中の名前は聞いたことがあるぞ。なんで、そういう一流のヒーローが固まって動いていて、肝心要のうちに来たのはこんなのなんだ。頼むから、まともに意思疎通できて、メイド服を着たりしないヒーローに変えてください。
「対スクラル人にはオレが向いてんの。我慢しなさい! まあとにかく、これで仕事の第一段階は終わったわけで。次は第二段階、第二段階」
 デッドプールは、朝比奈さんに化けていたスクラル人をロッカーに押し込めた。今ここの部屋にいるメンツ以外、絶対にロッカーに近づけるワケにはいかんな。特に、そろそろ来るであろうハルヒは。
「第二段階開始! うぉぉぉぉぉ!」
 先程ニセの朝比奈さんを刺殺したナイフを取り出すと、デッドプールは己の両足を切断した。血に塗れた地面にのたうつデッドプールは、切れた脚の人もも辺りを寸断し、切断面同士を押し付ける。なんと、糸や接着剤なんて物は無しに、歪みきった脚が身体にくっついてしまった。しかも、ぴょこぴょこと脚を動かして確かめている。血管や神経が一瞬で繋がったのか? まさかと言いたいが、実際こういうことをされては、納得するしか無い。
「手は……いいや。勢いで誤魔化す! イメージ・インデューサーセットオン!」
 斬った太ももの分、背が低くなったデッドプールは、謎の装置のスイッチを入れた。

「う~ん、いいアイディアが無いわねー。こう、ティン!と来るアイディアは無いかしら、ティン!って」
「わたしにいい考えがあります」
「ん? 珍しいわね、みくるちゃん。積極的じゃない」
「わたしもSOS団の団員ですから、たまには頑張らないと。ダメですか……?」
「いーわよ、むしろオールOK。みくるちゃんにそんな潤んだ目で言われて、断れる人が居るわけないじゃない。その一生懸命さは美徳よ! もう何も内容を聞かなくてもOKサインを出すぐらいに!」
 ハルヒの真実を知ってから、早数ヶ月。かつてここまで、怖気が立ったことがあろうか。逃げ出したい。卓を挟んでオセロをしている古泉の顔面にオセロ盤を叩きつけて、窓から奇声を上げてダイブしてしまいたい。
 団長席に座るハルヒに、自分の案を耳打ちしている朝比奈さん、いや……イメージなんたらという装置で、朝比奈さんに化けたデッドプール。いくら足を切って身長を合わせたとはいえ、まさかここまで騙しきるとは。血も肉片も長門の協力により、完全に処理済み。ボイスチェンジャーにより声も変えており、変身しているという事実を知らなければ、俺もハルヒのように気付けないだろう。
「あのですね、こしょこしょ」
「ふんふん、なるほど」
 可愛らしくハルヒに耳打ちしている姿も、まるで本物の朝比奈さんだ。中身はデッドプールなのに。さて、どうしようか。俺は今後、人間というものが信じられなくなるかもしれないぞ。
 じっとした視線が身を刺す。視線の主は、目の前の対戦相手だった。
「あなたの番ですよ」
「あ、ああ。すまんな」
 古泉に急かされ、俺はオセロの白を盤に置く。現在、盤上の情勢は黒有利か。今日の古泉はやけに強い気がする。ゲームにおける弱さが、古泉の代名詞なのに。
「今日は、随分と手を抜いてますね」
「そうか? 俺はお前が強いんだと思っていたが」
「そうですか」
「ああ……」
 お互いの間にはしる、嫌な緊張感。ねっとりとした不信感が、盤上を交錯している。不信感の余波は、長門にも及んでいる。だがしかし、俺達のそんな様子は何処吹く風だと、長門は定位置で読書に勤しんでいた。その考えをうかがい知ることは出来ない。
 この不信の種を植えつけたのは、紛れもなくヤツだ。古泉と長門と俺に植えつけられた種は、放置もできず、先に進む決定打もない、扱うに恐ろしすぎる種であった。

「あー、スラクル人はSOS団にもう一人居るから。これ、確かな情報。なにせ捕虜に自白剤をモニョモニョ。以下検閲」
 自分が朝比奈みくるに成り代わり、全ての後始末を終えて、ハルヒを迎えられるようになった段階で、デッドプールは俺達にこう言った。この頃には、外に連絡に行っていた古泉も帰って来ている。
「これがオレやアベンジャーズだけでなく、そっちの情報ナントカと機関もそれぞれ掴んだ情報だって言うのは、既に確認済みだよな?」
「ええ」
 返事をする古泉と、頷く長門。つまり、ということはだ。この二人のどちらかは、朝比奈さんと同じくニセモノということか?
「という訳で、公平かつ公正な視点を持つライブラの聖闘士ことデッドプールが、オマエたちの誰がスクラルなのかを見極めます。そっちの組織には根回し済みなので、拒否権はないぜ! 超能力者や宇宙人や未来人や異世界人への人脈はワゴンセールできるくらいに余ってるのよ!」
「あの。俺は一般人で、何処の組織にも所属していないんだが」
「ならば自分を信じろ! ミョン!」
 俺は何処の半霊だ。
「涼宮ハルヒの脇に侍って、好き勝手やろうとしていたニセモノちゃんは、はたして誰なのかな~?」
 自分で自分が本物であることを証明するのは、かなり難しいことだ。ひょっとして、俺が自分であることを証明するよりも、この二人が偽物であることを証明することの方が――。
「ぶっちゃけ、オレがめんどくさくなってきたら、三人殺してバッドエンドになります。オレ的には推奨ルート。だいたいここの作者は、ハルヒネタを使う時、成り代わりとかニセモノを使い過ぎなんだよなー」
 相も変わらず何を言っているのか良く解らんが、頼むから朝比奈さんそのものの格好で、ナイフを研ぐのだけはヤメてくれ。

「それはいい考えね!」
 ガタッと、席から立ち上がるハルヒ。
「よかったです。お役に立てて」
 ほっこりと笑う、朝比奈さんの皮を被ったデッドプール。一体何を吹きこみやがったのか。聞くのが、本当に怖い。間違いなく、デッドプールはハルヒに一番近づけてはいけない人間だぞ。
 アメリカのヒーローの皆々様方。現状、スクラル人より、あなた方が派遣したデッドプールの方が、スゲエ厄介なんですけど。