映画デッドプール感想~バーリ・トゥードver #3~
映画デッドプール感想~試写会ver~
映画公開記念 デッドプールを知るためのQ&A
映画デッドプール感想~上映後ver~
映画デッドプール感想バーリ・トゥードver#1、#2の続きとなる#3です。前回に引き続き、ネタバレに小ネタ解説と、なんでもありなバージョンになっております。なので読むのは、鑑賞後推奨です。
映画デッドプール感想~試写会ver~
映画公開記念 デッドプールを知るためのQ&A
映画デッドプール感想~上映後ver~
映画デッドプール感想バーリ・トゥードver#1、#2の続きとなる#3です。前回に引き続き、ネタバレに小ネタ解説と、なんでもありなバージョンになっております。なので読むのは、鑑賞後推奨です。
公式配信によるレッドマンが、ついにこの話を配信。新三大レッドマンのレッドファイト! みたいな企画を立てた場合、高確率で取り上げられるであろうエピソードが、この53話。観れば分かるのですが、ラスト20秒位の展開が神がかってます。シナリオ、カメラワーク、アクション、BGM。全てが明後日の方向に飛んでって、上手く空中合体した結果、これはもう伝説でしょう。語られるだけのことはある!
映画デッドプール感想~バーリ・トゥードver #3~を作成中なのですが、一度言及しておきたいものの、映画の内容から外れる話がありまして。映画デッドプール感想に組み込むのもアレなので、ちとここに書いてみます。題して、X-MEN:ZEROのデッドプール(以下ZEROプール)はそんなにあかんかったのかというお話。
ZEROプールはX-MEN:ZEROのラスボスとして登場。ミュータントであるウェイド・ウィルソンを改造。オプティックブラストやヒーリングファクターやテレポート能力を移植したものの、その結果、外見は醜いものとなった上に、口も縫われ喋れなくなり、ウェイドの意思すら感じられない悲劇のミュータントとなっております。
こうやって書くと、「行き過ぎたミュータント実験の結果」や「ミュータント能力の移植成功例」と、わりとしっかりデッドプールの要素が残っています。オプティックブラスト照射後は目の周りに特徴的な黒い縁が出現、ウルヴァリンの爪のように飛び出してくる爪は二刀流、テレポート能力はコミックスにおけるテレポート装置を連想と、能力的なギミックも実は大外しではありません。
ZEROプールを個人的に評するなら、“ZEROラスボス仕様のデッドプール”。赤タイツで普段のノリのデッドプールって、正直X-MEN:ZEROの物語のラスボスには向いてないと思うのですよ。つーか、ウルヴァリンの無くした記憶を追うシックな物語なので、べらべら喋ることもシメを飾る敵としては多分向いてないです。そしてテーマにあるのが、ウェポンX計画の悲劇なので、こうして悲劇を全面に押し出して、さらにラスボスに相応しい強さの象徴たるデッドプールは、作品全体で見た場合、おそらく本家より馴染んでいます。
確かにビジュアルやキャラクター的に望んだものでないし、公式が開き直ってネタにするのも分かるのですが、当時許された状況や物語のバランス的に、ZEROプールは出来る限りのデッドプールだったという見方もアリだとは思うんですよね。映画デッドプールのエイジャックスやネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドなんかも、コミックスでの彼らと比較した場合、ZEROプールもビックリなレベルで違いますしね。まあわりと、映画X-MENシリーズは良くも悪くもアレンジを思い切るイメージがあります。
ZEROプールは、いじりがいのある存在なものの、それを物差しにX-MEN:ZERO全体の評価や当時を否定する材料にしてしまうのは、ちと違う気がします。
今週の真田丸、業が深すぎて困る。過ちの積み重ねにより自身が破滅に足をかけてしまったことに気づいている北条氏政も見ていて辛いのですが、宿敵である北条を滅ぼせる状況にありながら鬱屈としている真田昌幸とこれまた大義なき戦に鬱屈している上杉景勝。
このような負の感情を背負っている面々もそうなのですが、むしろ納得出来ないものを抱えつつも、なんとか押さえ込んでいるメンツ。そして必死に働いている信繁の方が、ある意味ねえ……戦を回避したい戦乱の世に戻したくないとの意思を持つ徳川家康と石田三成が、将来日本を戦乱の世に逆戻ししかねない大戦を起こしてしまう。時代に適合できなかったと北条家を評する信繁が、自身も時代に適合できない者として大阪城に立つ。上手いというより、なんてえげつないストーリー展開。関ヶ原まで行かずとも、近々大変なことになる人たちも多々いるわけで。うわあ、先が気になるけど、怖ええ。
そんな中、唯一純粋な癒やしとなるのが高木渉もとい小山田茂誠。いやなんでアンタ、北条に居るんだよというツッコミすら無意味に思えるくらいの笑み。この青春サツバツ劇場な小田原に、居てくれてよかった! そして小山田様再登場に、しっかりとした歴史的な裏付けがあったようで、ビックリよ。
あの、ところでひょっとして作中人物全員、小山田様に姉上生存!の連絡だけでなく、存在自体を忘れてたとか無いですよね……?
本日、モハメド・アリの追悼番組として、伝説の試合であるモハメド・アリVSアントニオ猪木を放映。日本におけるアリのイメージは、やはりこの試合でしょう。
この試合に関しては、虚の気配を漂わせながら、その試合は実。誰も見たことのない未知の異種格闘技戦を舞台に、世界中を巻き込み入り混じる虚実。誰もがどう捉えればいいのかわからない。
数十年たち、観客の格闘技を見る目が肥えて理解が進んだ一方、数十年の間に出た様々な情報が無秩序に入り混じり、結局のところ惑わされてしまう。モハメド・アリのセコンドを務めたフレッド・ブラッシーが「100年に一度の試合」と評しましたが、ホントこれほど人を惑わし、研究のしがいがある試合が、100年に何度も出てきたら困ります。
ホントこれなあ、最初プロレスの試合として取り決めがあったという関係者の証言も幾つかあるのですが、全部取り決めの内容が違う上に「いやそれやってたら、ブーイングどころか暴動起こってるよ」という案が混ざっていたりと、虚を追求しようとするだけでもカオス。はっはっは、客観的に見て法螺話としか思えない話が定説化してたり、保身やロマンや現実が入り組んでて、資料読むだけならともかく、それを纏めようとすると頭が痛くなってくるぞ。そして場合によってはデケえ火種になりかねないから、結論や仮説をTwitterで呟くのはちょっと躊躇うレベル。
言えることとしては、それぞれのジャンルの一流であるアリと猪木が未知に挑み、また互いのプライドや思惑をぶつけあった伝説と呼ぶだけの価値は十二分にある試合だったのではないかと。
おそらく試合に至るまで色々あった、いや絶対幾つかとんでもないことが起こっているのですが、試合を通しアリと猪木の間にきちんとした縁が出来た。つまり、結果オーライ! ということで。猪木の引退セレモニーへの参加や、湾岸戦争の際、日本人の人質を救出するためイラクに乗り込んだ猪木のツテになってくれたりと、アリはホント、猪木に何らかの好意が無いと無理なくらいに働いてくれています。もはや第三者にはわからぬ縁ですね。
モハメド・アリ。調べれば調べるほど、華やかさや苦難に気圧される、不世出の天才ボクサーでした。改めて、ご冥福をお祈りします。
この時間まで、少し色々な作業をしていたため、申し訳ありませんが本日の更新はお休みさせていただきます。
免許更新の手続きを終えたご老人が警察署から出る際に赤信号をガン無視して即パトカーに捕まるのを見てしまうと、老いることへの虚無感と更新自体の不備を感じてしまうのう……。