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近世百鬼夜行

 男は独り、剣を打って生活していた。
 ただ、強い剣を。ただ、鋭い剣を。ただ、美しい剣を。
 誰にも認められぬ、誰にも褒められる事の無い毎日。
 山奥での孤独な生活。扉を叩く者も居ない、孤独な日々。
 そんな家の戸が、今日始めて叩かれた――

「粗末ですまないが」
 来客の事など考えていない粗末な茶碗に茶を注ぐ。
 茶葉も自家製であり、水も山から汲んできたもの。器はともかく、茶は悪くない物の筈だ。
「おう、頂くぜ」
 最も、客はそんなことを気にする輩ではない。器も気にせず、茶を味わう間も無しに一気飲みしてしまう。熱くないのだろうかという質問は野暮であろう。相手は炎を操る妖怪なのだから、この程度の熱さは認識の枠にも入らない。
 火車。それが客の名だ。火炎を操り、人の死体をさらう妖怪。
 その陰惨な行いとは裏腹に、この男は炎のように熱くまっすぐな妖怪だった。かつて、些細ないざこざで戦った事があったが、自分の戦いの中でも五指に入るほどに拮抗し、心地良い戦いであった。
「しかしアレだなあ、こんな山奥で剣を作るだけの生活なんざ、俺には耐えられないだろうな」
 壁に掛けられた無数の剣を眺めながら火車が言う。
 確かにそうだろう。この男はなんだかんだで人好きだ、孤独な生活など一週間も耐え切れまい。そして、人界で生きるのを好む。
「しばらく里と離れているうちに随分と世の中の流れは変わったようだな。その珍妙な格好は何だ?」
「あん? コレの事か? コレはレザースーツって言うんだよ」
「れざぁすーつ?」
「……西洋の服だ」
「ほう。ついに幕府は開国に踏み切ったのか」
「ホント、いつから里に下りてないんだ、お前さんは」
 火車が呆れる。しかし、百年位妖怪にとっては短い時にすぎまい。おかしいのはどちらなのか。
「もう幕府なんてものは無く、日本はおっぴろげになって、剣の時代は終わったんだよ」
「だろうな」
 剣の時代が終わったという言葉を聞き流す。
「あれ!? 驚かねえの!?」
 予想が外れたのか、火車が逆に驚く。こちらの絶望でも望んでいたのだろうか。
「なんとなしに、予測はしていたからな……」
 最後に里に降りた時、なんとなく、居所の無さを感じた。
 侍で有り武士である自分が、何か排他されているような違和感。そもそも、武に生きる侍が平和を享受出来る時代に必要あるのだろうか。
 侍が居なくなるだろうと頭をよぎってから、里に降りようと思う事は無くなった。そうして、ずっと来るべき敵との戦に向けて、毎日剣を打ち続けている。刺激は無いが、毎日に不満は無かった。
「時代が変わった証拠。見せてやろうか」
 火車はそう言うと、服を広げ胸をはだけた。鍛えこまれた胸の筋肉の中央に、十字に紅い線が二本刻まれている。アレはかつて自分が刻んだモノ。二本の閃が、火車にあの美しい傷を付けた。最も代償として、こちらは右腕に火傷の跡を刻み込まれたのだが。
「これは過去の傷。そして、今の傷がコッチだ」
 腹まで服をはだける火車。腹には醜い傷が刻み込まれていた。
 火傷や打撲の跡では無い。これは間違いなく、刃物によって付けられた傷だ。しかし、それにしても醜すぎる。まるで刃物が刺さって爆発したような。裂傷に近いそれに、美しさは全くと言っていいほど感じられなかった。
「コレが現代の主流だ。あんたが山に篭っている内に、戦いから美学は消えた。あげくそよ風の付ける傷が、アンタの名で呼ばれる現状だ。もう、山で燻ぶっていられる状況ではないだろ」
「ううむ……」
 確かに、この傷の美学の無さには恐れ入るが、それ以上に……
 この火車にコレだけの傷を付けられる漢が、世には居るのか?
 はっきり言って、この男は強い。その男に、醜いが私以上の傷を付けた者。会ってみたい、そして鍛えた剣の成果を確かめてみたい。
「久しぶりに会ったあんたの顔は仙人だった。境地に達してはいるが、何の意味も無い、自己満足の境地の連中と」
 山で、長年暮らしていればそうにもなるだろう。殺気を殺し、平穏に好きな事をやって生きる。有る意味一種の人生の理想だ。
「だが、今の顔は剣客の顔だ。殺気に満ち溢れ、触る者みな傷つけるような……俺が会いたかった顔だ」
 剣客など仙人に比べれば普通格下だろうに。だが、この男は戦う人間を好んでいる。この男が来なければ忘れるところだった、私が仙人など目指していなく、戦いを好む人間であった事を。


 火車は家の前で長い間待たされていた。
 なんせ出立を決意してからが長い。女の身支度ではあるまいし、男なんだから5分くらいでちゃっちゃとすまない物か。
「待たせたな」
 扉が開き、待ち人が出てくる。
「ようやく来たか……って、そうだよな。そういう格好して来るに決まっているよな」
 編み傘に着流しの着物に草履、そして腰に指した二本の刀。一方ではなく、腰の両脇にそれぞれ刀を指しているのが奇妙だが、それは間違いなく現代では日光か太秦でしか見れない格好だった。
「何か変か?」
「いや、いいよ……じゃあさっさと行こうぜ。なんせ、朝に出て夕方に着くような場所なんだからよ」
 行きは早朝に山に入り、着いたのは夕方。そして待たされたせいで日は暮れて、既に日は完全に落ちていた。今出たら、山を降れるのは次の日の朝。妖怪なので、夜の山を恐れる必要が無いのは良いことだが。
「いや、待て。実は里に降りる近道があるのだ」
「先に言えよ! 山登ってきた俺がバカみたいだろうが!」
「約束もせずに来た男にどう教えておけと。理不尽な」
 この山の中の住人と、どう連絡をとり約束すればいいのだろうか。
 とにかく、その近道を知る為に着いて行って数分後。
「なんじゃこりゃ」
 進行方向を大きな岩がふさいでいた。
 見たところ、背丈の三倍はありそうだ。そして、苔むして、年月に比例した頑強さを持っていそうだ。
「金剛石だ。この向こうに、里への近道はある」
「まあ、溶かせない事はないけどよ」
 火車の片手に炎が灯る。全てを焼き尽くし、溶かす業炎が燃え上がる。
 その炎が、殺気によって消された。
「!?」
 殺気の源を睨み付ける火車。そこには二刀に手を掛けた侍の姿があった。
「里に降りるには、この岩を容易く断つ業物が出来てから、と決めていた」
 腰を沈め、全身に力を込める。その構えを表現するならば、二刀での居合い。けったいな型だが、放たれる殺気は真剣どころか尋常ではない程のもの。
 一瞬。ほんの一瞬、彼は動いた。それを認知した瞬間、岩に二本の亀裂が描かれ、長年居座り続けた大岩は容易く両断された。
「目標は達成か」
 剣をしまい、近道へと歩いていく侍。その名を火車は呟いた。
「カマイタチか……」
 切る事にかけては日本で並ぶものは居ないといわれる妖怪。何人の人間が、殺された事も認知できない間に殺されただろうか。山に篭っていたのに、辻斬りとしての業が冴えてきている。
 この男の心に火をつけてよかったのだろうか、と火車は今更ながらに考えた。

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