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オーバー・ペネトレーションズ#3−6

 アブソリュートが作った氷の防壁を、セントの硬貨は突破することが出来なかった。逆に、セントが硬貨で作った防壁は、アブソリュートの火炎に耐えられなかった。
「ふうむ。これはまいったね」
 こんなことを言いながらも、セントは余裕綽々だった。見栄にしては、やけに実がある。
「降伏すれば、同じ悪役のよしみで、半殺しですませてあげます」
「おお。怖い、怖い。だがアブソリュートよ、貴殿が死んでいるうちに、このような物が出来たのだよ」
 セントはなんと、懐から紙幣を取り出した。まさか、紙幣を汚らしい紙と言い切る男が紙幣を持っているとは。しかも、取って置きとばかりに出してくるとは。ついでに言うならば、紙なんてものは、良く燃えるのだが。
 超能力で操られた紙幣は、氷の防壁を容易く破壊した。更に紙幣は、アブソリュートの火炎を完全に防ぎきった。紙幣の嵐に防壁ごと切り裂かれたアブソリュートは、地面に角が刺さっていた紙幣を拾い、自分の勘違いに気がついた。
「金属!? 金属製の紙幣ですか、これ!?」
 あまりに馬鹿らしい、そもそもコレを紙幣と呼んでいいものか。紙のように薄く作られた、金属製の板。紙幣型の硬貨とでも呼んでやればいいのか、とにかく馬鹿らしい。なにより、セントの肖像画が刻み込まれているのが、最も馬鹿らしい。
「我輩がゴールド様に従った理由はこの極限の金属紙幣よ! ゴールド様は、この紙幣を作るためのバックアップだけでなく、流通の手はずまで整えてくださった! いくら造形が優れていても、流通せねば貨幣にはならぬ!」
 見れば流れ弾ならぬ、流れ貨幣を野次馬が争い奪い合っている。彼らの必死さや貨幣に刻まれている数字を見る限り、流通どころか、おそらく世界屈指の高額貨幣だ。
「なんかもう、バカですか。みんなバカなんですね」
 この金額ならば、切り裂かれたコスチュームの修繕費に十分足りる。思わずそんなことを考えてしまった自分も含めての、アブソリュートのバカ負けだった。


 アインは、チェーンソーに変形した自身の両腕を振るう。蠢く刃を、なんとオウルガールは拳でさばいた。接触する度に起こる電撃が、アインのチェーンソーを焼き切った。
「アイン対策は万全。なんてことが言いたそうなツラだな、おい!」
 オウルガールのナックルには、高電圧スタンガンが装備されていた。電撃を纏ったパンチは、アインの鋼鉄の身体と内部部品にダメージを与える。
 無表情を装いながら、オウルガールはこの世界の自分に感心していた。この装備は思いつかなかった。あちらの世界に帰ったら、早速導入しようと。
 アインの火力を恐れぬまま、オウルガールは一心不乱に殴り続ける。
「こ、コイツは……これだから苦手なんだよ! しょうがねえ、奥の手だ!」
 脚部が展開し、ジェット噴射で空を飛ぶアイン。逃がすものかと、マントを広げたオウルガールの動きが、唐突に固まった。
 広場に設置してある、クイックゴールドの巨大石像、そんな趣味の悪い石像の胸部がぱっくり開いている。穴に見えるのは、明らかに石製ではないメカニカルな輝き。空飛ぶアインは、怪しげな石像の穴に、自らの身体をはめ込んだ。
 開いていた胸部が閉まり、石像が大きく揺れる。石の外装にヒビが入り、石像の中に隠されていた物が姿を現した。
「見たか! オレ様の最強ボディ! こいつがありゃあ、テメエなんざグッチャグチャのペシャンコよお!」
 自由の女神サイズの巨大アインが、ゆっくりと動き始める。意味もなく石像を建てたとは、初めから思っていなかったが、この中身は想定出来なかった。
「……頭が痛い」
 この程度の頭痛や予想外は、逃げ出す理由にならない。逃げ出す市民を背に、オウルガールは巨大アインめがけ構えた。


 山を越え谷を越え、僕らの街も越え。海ですら走り抜けるボーイとゴールドにとって、地球は平地と変わらなかった。二つの光速の輪が、地球を何度も囲む。
「破壊、硬貨。あの二人の純愛は理解が出来る。だからこそ、途方もない夢を叶えてやった!」
「お前が愛しているのは速さか!」
「俺の手元に残ったのは速さだけ。ならば、速さに全てを捧ぐしかないだろう!?」
 走りながらも、時折殴りあう。言葉と拳をかわしながら、二人は走り続ける。
「世界同士、自分同士の最速決定戦。悪くない、勝てそうなのだから、更に悪くない」
 光速と語るしかない速さ、言葉に出来ぬ速さであったが、二人を比べた場合、ゴールドの方が僅かに先行していた。全てを速さに投げ打ったと言っているだけあって、彼の走りは洗練されている。更に、彼にはボーイに無い武器があった。
 ゴールドの両腕部から、殺傷力の高そうなブレードが姿を表した。
「ありかよ!?」
「悪いが俺は、なんでもありだ」
 慣れた動きで、ゴールドはブレードを振るう。大きく身体を動かしボーイは回避に成功するものの、当然体勢は崩れ、速度も僅かながら遅くなる。
「そして、これで終わりだ!」
 ゴールドは片方のブレードを、もう片方のブレードで叩き斬る。割れて地面に落ちたブレードが、脇を遅れて走るボーイの足元に落ちた。ブレードを避けるものの、足がもつれてボーイは転んでしまう。しかしボーイはここで無理に立ち上がらず、転がり続けた後、自然な動きで戦列に復帰した。
「なんという収拾力……」
 勢いを殺さず転がり、めげることなく立ち上がり、走り続ける。動きもガッツも、大した物だ。
 自分がほくそ笑む間もなく復帰したボーイの姿に、ゴールドは半ば感心する。ブレードを落とす動作とこの驚きのせいで、再び二人は横並びとなってしまっていた。
「お前、アインはともかく、キリウやオウルガールは知らないんだろ!?」
 殴りかかりながら、ボーイが聞く。
「キリウは知らん! オウルガールは、バレットの情けなさの原因だろ!?」
 ゴールドはボーイの殴打を捌きながら答える。彼にとっての二人は、見たこともあったこともない、軽い存在だった。
「そうだろうなあ。キリウと競って、オウルガールに絞られりゃ、これぐらい誰でも出来るさ!」
 ボーイの一撃が、ゴールドの頬を捉える。ゴールドは歯を食いしばり、揺らぐことなく耐え切った。横並びの状況は、何ら変わらない。
 自らを縛る枠をぶち壊すことで、新たな可能性を手に入れたクイックゴールド。
 枠の中で必死に耐え続け、自らを高め続けたバレットボーイ。
 二人のスメラギ=ノゾミは、互角のまま、地球を回り続けた。



 高熱と凍結。基準値越えの耐久試験を、セント印の金属紙幣は容易く乗り越えた。金属の嵐が、アブソリュートを包み込む。
「これぐらいで、くじけません!」
 自らを囲む嵐を、アブソリュートは水蒸気爆発で吹き飛ばした。炎と氷の同時使用による、奥の手。奥の手を使わなければいけないほどに、この世界のセントと金属紙幣は難敵だった。紙幣に切り刻まれ、既にコスチュームと柔肌に、看過できない切り傷が出来ている。
「フフッ、そのようなみっともない状態で言われてもなあ。挫けたほうが、楽ではないか?」
 相手は既に奥の手を使っている、セントもアブソリュートが追い詰められていることを見抜いていた。硬い金属紙幣が、彼の勝利を祝福するかのように、セントの周りを舞っていた。
「まだまだです。まだまだ」
「意地っ張りをつづけるようなら、加減できぬよ? まずはその、ガッツを叫ぶ喉から潰そうか」
 セントが指を鳴らし、金属の蝶が一直線にアブソリュートを狙う。アブソリュートは両手を構えるものの、氷でも炎でも合わせても、セントの金属紙幣に勝てぬことは、既に証明されてしまっていた。
 アブソリュートが選んだのは、炎であった。今までの炎とは比べ物にならない豪炎が、金属紙幣を溶かすどころか、跡形もなく焼き尽くす。
「吾輩の金がぁ!?」
「後で調整が必要になるんで、あまりやらないんですけどね。キリウに怒られますし」
 アブソリュートは手を振ることで誤魔化そうとするものの、左手の火傷の痛みは、おいそれと消えなかった。
 右手から炎、左手から冷気。これがアブソリュートの普段のあり方だ。だがしかし、互いの相反する属性を無理に揃えた時、アブソリュートは、絶対的な温度を使役する。アブソリュートの取って置きを越えた、奥の手であった。なにせ、低くない確率で、心臓に直結する高低温発生装置に異常が発生してしまうのだから。
「アブソリュート! 吾輩の金を」
 大波の如き氷河が、全てを飲み込む。周りの空気と金属紙幣、ついでに言葉ごと、セントは凍りついてしまった。
「まあいいです。もう一人のわたしに、見てもらってから帰りますから」
 死線を何度も平然と往復し、アブソリュートは凍傷を負った右手に、暖かな息を噴きかけた。


 逃げるオウルガールを、巨大アインが悠然と追う。彼の巨体が動く度に、地面が揺れ、ビルの窓ガラスが割れた。動くだけで、災害並。最強ボディの異名は、伊達ではなかった。
「カーッ! ちょこまかと。セコいヤツだぜ」
 巨大アインの手が、ビルをおもむろに叩く。崩れたビルの瓦礫が、オウルガールの足を止め、逃げ道を塞いだ。
「ペッチャンコになりやがれ、テメエは!」
 巨大アインの足が、瓦礫ごとオウルガールを踏みつぶした。念入りに、何度もグリグリと潰した後、巨大アインは足をどける。胸部が開き、本体のアインが姿を表す。彼は自分オリジナルのセンサーで、難敵の死を確認した。
「本物かどうかは知らねえけどよ。蘇ったオウルガールを殺したとくりゃあ、俺に更にハクが付くってもんよ。ガハハ……ギャーッハッハ!」
 足型のクレーターの中心には、ペッチャンコになったマントとマスクがあった。大笑いするアインの前に、突如影が現れる。影は、巨大アインの顎にかけたワイヤーロープにぶら下がっていた。
「て、テメエは!? ななな! なんだよ、その格好は! え? マジかよ!?」
 マントとマスクを外し、素顔となったタリアを間近で見て、アインはまず驚いた。大開きになったアインの顔にスタンガンナックルが突き刺さる。アインは胸部ハッチを閉じようとするが、間近に飛び移ったタリアの手により、配線コードを引き千切られてしまった。
「この世界において、オウルガールの正体に価値はない。それに、お前がまともに、私の正体を覚えていられるとも思えん」
 タリアの乱打が、アイン本体の顔面を何度も襲う。電撃が弾ける度に、巨大アインの身体も後ろに崩れる。ゆっくり、ゆっくりと、巨大アインの身体が道路や建物を巻き込み、仰向けに倒れた。
「あへあへあへ〜……」
 すっかりバカになったアインに、トドメの一撃を差した後、動かぬ巨大アインの上に、タリアは雄々しく立ち上がった。
 素顔のタリアめがけ、潰れてズタズタになったマスクが投げつけられる。マスクをキャッチしたタリアは、マスクを被る前に、投げつけた者に意図を聞いた。
「私の素顔を知る、絶好の機会だぞ?」
「興味ありません。あなたの正体は次の機会、二度と立ち上がれないぐらいボコボコにした後、涙目のあなたからマスクを剥ぎとった際に確認します」
 そっぽを向きながら、傷ついたままのアブソリュートは答える。タリアは満足気な様子で、マスクを被り直した。


 クイックゴールドが方向転換したのは、突然のことだった。間に合わぬと判断したバレットボーイは突き抜け、大回りの∪ターンで、円軌道で走るボーイに肉薄する。強烈なカーブに耐えながら、ボーイはここが何処であるかを確認した。
「この場所は」
「そうだ! ここは、元ラーズタウン。今は俺の練習場よ! いい加減、ケリをつけようぜ?」
「上等! 流石は俺。俺もそろそろだと思っていた!」
 無人の廃墟を駆け抜けながらの攻防。右回りのゴールドと、左回りのボーイ。途中何度か接触を重ねながら、二人は街を囲み続ける。
 二人の男が何度も周ることにより、地面はいつになく大きく崩れ始める。街を囲む円軌道は徐々に小さくなっていき、ラーズタウン全域がまるで蟻地獄に呑まれているような様相を呈してきた。外周部に、もくもくと土と瓦礫が溜まっていく。
「何故お前は、ラーズタウンを潰した!?」
「この街が、手に負えなくなったからだよ。街の伝統や歴史に根付いた、腐敗と狂気。根ごと引きぬく以外、選択肢はなかった」
「随分と、乱暴な選択肢じゃないか?」
「守護者がいなくなった街の惨状を知らない男が言うかよ!」
 地下の下水道の腐った水をも踏み越え、二人は地面を削り、走り続ける。速さによって引き起こされた竜巻が、削られた地面や廃墟を巻き上げる。もはやこの空間は、誰の立ち入りも許さぬ、光速の神域と化していた。
 決着の一瞬は、お互い察している。この螺旋の軌道の最後、すり鉢の底に達した瞬間が決着の時だ。円が小さくなることにより、接触の回数も多くなってきた。
「楽しかったぜ」
 ゴールドは、ブレードが残る腕に力を込める。
「楽しいだろ?」
 ボーイはただ、右の拳を握りしめた。
 ついに迎えた螺旋の終焉。二人は、自慢の武器を振るう。振り切ったブレードの軌道は、ボーイの首筋を切り裂いていた。じわり、じわりと血がにじみ出てくる。しかしボーイは、己の傷など構わず、一歩足を前に踏み出した。
「ぐっ、ぐぐぐ……!」
 ゴールドの口から、息と血が漏れる。ボーイの右拳は、下からゴールドの鳩尾を貫いていた。砕けた鳩尾と共に、肋骨もミシミシと折れている。自らの傷に構わず、ボーイはただ、拳に力を込め続けた。ブレードは、薄皮一枚、ほんの僅かな浅さで、頸動脈を切りそこねていた。
 少年の速さが、黄金の速さを制したのだ。
 ゴールドは、自分を乗り越えた者の傷口を震えた手で覆った。
「俺はあの時、満足したが……お前にとっては、日常茶飯事だったわけだ。実に、羨ましい」
 終焉寸前、ゴールドは勝負に満足してしまった。未体験の、自分と同じ、もしくはそれ以上の速さを持つ相手との勝負に。
 しかしボーイにとって、この程度の勝負は日常。何度も、自分以上の相手と何度もしのぎを削り、乗り越えることは、当たり前のことであった。ボーイが喜びや満足を得るのは、勝利の後。この満足に対する認識の違いが、速度勝負の明暗を分けた。
 よたよたとヨロけ、ゴールドはボーイから離れる。ゴールドはいきなり、自分のマスクとタイツの上半分を破り捨てた。傷だらけの顔、そんな顔の傷など生易しく見える、上半身の痛々しさ。ただの傷ばかりではない、刺し傷の後や手術痕まで。肌も既に、土気色に。金色のタイツの下にあったのは、速さにより摩耗した身体であった。
「その身体は!?」
「殺すことや破壊することは、後腐れのない簡単な選択肢だ。だけど、実行するには、それなりの代償が必要になる」
 ファクターズを無傷で排除できるわけがない。ラーズタウンを、ただ簡単に潰すことが出来るわけもない。ゴールドは、正しい代償を払いながら、ここまで独り、走り続けて来たのだ。
「最近じゃあ、ああやって玉座に座っているだけで、精一杯だった。玉座なら、気怠そうにしていても、ただ偉そうに見える。ここまで走ったのなんか、久しぶりだなあ。最後に、いい思い出が出来たよ」
「最後って、まるで死にかけの言葉じゃないか」
「死にかけてるんだよ。俺の身体は、もうボロボロだ。ヒカル兄さんが、平行世界からお前を呼んだ理由は、俺を止めたかったんじゃない。お前に、俺を看取って欲しかったんだ。いやあ、満足だ! ただゆるゆると死ぬより、ずっといい!」
 好きなだけ競える相手と走って、こうして死ぬ。まだ若いが、大往生とも呼べる死に方だ。ボーイにとっても、ある種理想的な死である。だから、何も言えない。
「まさか、最後に兄さんとも心通じるだなんてなー……。どうやら俺は、やはり間違えてたみたいだ。俺の支配による最低な平和っていうのは、やっぱダメだったんだな」
 崩れ落ち、天を仰ぐ顔は、支配者の顔ではなく、少年の顔だった。自身を強烈な抑止力とし、戦争を世界から無くした支配者。強圧により、人々の心を鬱屈とさせた支配者。彼は従兄弟の償いのお陰で、少年に戻れたのだ。
 ズズズと、深くゆっくりとした揺れが、地の底の二人に寄って来る。二人の螺旋の動きにより削りとられ、外周部に積もっていた瓦礫入りの土が、元の場所に戻ろうとしていた。あと十数秒後、この螺旋の穴は瓦礫と土で埋まる。ボーイは動かぬゴールドの手を取るものの、ゴールドは手を弾くことで、ボーイの助けを拒否した。
「どうするんだよ!?」
「俺のこの身体を覚えておけ! いいか、お前は絶対、俺みたいになるなよ!」
 土の壁が一気に崩れ、螺旋の穴が埋まる。
 傷だらけのラーズタウンは、ついにその身を横たえた。街の残骸で出来たぼた山を、穴から脱出したボーイは見上げる。この光景を見ることが、自分がこの世界に招かれた意味だったのか。だとすれば――。
 ゴールド唯一の遺品であるマスクを、ぼた山の頂上、突き刺さっていた鉄骨に引っ掛ける。風にはためくマスクを眺めた後、ボーイは鉄骨を殴る。速さもなにもない拳は、鉄骨を揺らすことすらできない。拳から、ぽたぽたと血が垂れる。
「馬鹿野郎」
 ボーイは、ただそれだけ言って、自らの街、ウェイドシティへと向かった。
 重く、忘れられない、一人のヒーローの、自分自身の死に様であった。

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