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オーバー・ペネトレーションズ

オーバー・ペネトレーションズ#3−7

 クイックゴールドは倒れ、彼の配下であったマネー・セントやアインも捕縛され。一人の男の速さに支配された時代は、終わりを告げた。一人の男により抑圧されていた世界に、先のことを考える余裕が生まれようとしている。
「心通じる……まさかアイツも、俺と同じことを思っていただなんて」
 地下の自室にて。ボーイからゴールドの死に様を聞いたヒカルは、力なく俯いた。
「お前がやるべきことは、こんな薄暗い所に篭って妙な機械を作るのではなく、陽の下で、クイックゴールドと話し合うことだったな」
 タリアならともかく、オウルガールの物言いには、遠慮と加減というものがなかった。
「相変わらず厳しい。昔を思い出すよ」
「私が言えた義理ではないが、あまり他人を他人に重ねない方がいい」
「そうだな。分かってるさ」
「ああ。この世界に来て、この結果を見て。それでも学べないのなら、死んだ方がいいな」
 自らが歩みかけていた道の、最悪の末路を目の当たりに出来た。この報酬に比べれば、アインの相手など安すぎる。
「俺も学びました。自分が何故、バレットボーイであるのか。クイックゴールドのことは、絶対に忘れません」
 自らを見失い、暴虐に走った、もう一人の自分。悪夢とも思えるクイックゴールドの存在を、ボーイは心に刻み込んだ。彼は反面教師であることを望んで死んだ。ならば、都合よく、彼のことを忘れるわけにはいくまい。
「そう言ってもらえると助かる。ありがとう、二人共」
 勝手な召喚に怒ることなく、彼らはクイックゴールドに満足な終焉を与えてくれた。バレットとしても、スメラギ=ヒカルとしても、まず頭を下げることが必要だった。
「わたしにはありがとうはないんですか?」
 憮然とした表情で部屋に来たアブソリュートは、頭を下げるヒカルを見て、いきなりそんなことを要求した。
「ああ。特に無理を聞いてくれて、ありがとう。しかし、随分と不機嫌だねえ?」
「帰る前に調整してもらおうと思ったら、散々文句を言われました。死ぬ気か、正気かと。ああもう、それはそれはネチネチと。あれなら、帰ってからキリウに頼んだ方がマシでした」
 なんて嫌味な、なんて分からずやな。愚痴りたい気分であったが、全部自分に返ってくるので、アブソリュートは自重した。
「まあまあ。よし、これで三人揃ったわけだ。帰る準備は出来ているな? 機械の起動は助手に任せている。帰還のポイントは、この世界にワープした時に居た場所で。だいたい、同じ所に出るようにするから」
 この世界のアブソリュートであるヒナタは、ヒカルの優秀な助手ということになっていた。オウルガールとボーイに説明すると、また色々と面倒くさいことになる。転移装置やアブソリュートの手術も行える、正体不明で優秀な助手だ。
「ああ。それでOK!」
「私も問題ない」
「ここに来た時の屈辱を思い出せば、別に何処でも。ん? そういえば、あの足手まといのご令嬢は? 邪魔すぎて放り出しましたか? 金以外役に立たない人間なんで、ウチの世界的にも要らないですけど」
 ふいに、アブソリュートの姿が消えた。帰還の一番手となったのは、彼女だった。
「何故先に戻した?」
 アブソリュートに飛びかからんとしていたオウルガールを、ボーイが羽交い締めにして必死に止めていた。光速の羽交い締めだ。
「いや……アレ以上突っ込まれて、お前さんの正体がバレてもいいんなら」
「大丈夫だ。此方のアインを殴りまくることで、人の記憶を消去する術を学んだ」
「アレ機械だから! スタンガンでタコ殴りにしたら、人は死ぬから!」
 二人のバレット総がかりで、オウルガールのツノを収める。ある意味、バレットとボーイの初共闘シーンだ。
「まあいい。帰ってから、痛めつければいいことだ」
 どちらにしろ、この世界にいる間は休戦協定を結んでいたのだと、オウルガールは納得した。帰ってからの反動が、恐ろしいことになりそうだが。
「あー、そうしてくれ。あくまで、ヒーローのルール内で。よし、次はノゾミだ。順繰りだぞ、順繰りー」
「こっちの世界に丸投げかよ……でもヒカル兄さん、俺達が行っちゃってもその、大丈夫なのか?」
「ん? ああ、こっちの世界のことね。なあに、なんとかなるさ。元々、既に世界を揺るがすような能力を持つ連中は、殆どゴールドに狩られ済みだし。生き残りのアインとセントも、どうやらもう、まともに動ける状態じゃあらしい。この世界は、超人のいない世界になる。それだけさ。ああ、精神的ね。精神的に、恐怖で動けない。お前らが、殺っちゃったわけじゃないから」
 なお、大やけどで病院に担ぎ込まれたインパクトは、存在自体を忘れ去られている。少なくとも、ヒカルの言うところの超人にはカウントされていない。
 このままゴールドがただ死んで、アインやセントが支配を引き継いでしまうよりはずっと良い。この先、この世界がどうなるかは分からないが、おそらくそれは、二人のヒーローとヒロインの意思では、どうにもならないことだ。
 ひょっとしたら、ゴールドを満足に死なせてやっただけで、抑圧されながらも平穏だった世界を、かき乱してしまっただけなのかもしれない。答えを知るだけの時間は、無い。
 だが、彼らオウルガールとバレットボーイが、敢然と悪に立ち向かう様は、多くの人々の目に映った。正しいヒーローの姿が人々の心に焼き付いていれば、多少はマシな流れに向かう。そうであってほしいし、多少信じてもバチは当たるまい。
「そうだなあ、またやばくなったら……呼ばせてもらっていいか?」
「それでもいいけどさ。ただし、今度は都合を聞いてからにしてくれよ? 兄さん」
 アブソリュートに続いての帰還者、二番手としてボーイが消えた。
「最後は私か。先程も言ったが、良い経験をさせてもらった。何より、お前の顔は懐かしかった」
「俺もだよ、オウルガール。いや、タリア。数年の誤差がある筈なのに、俺と違って君は変わっていない」
「そうだな。私は、変わらぬことに固執しすぎていた。だから、歳をとっても、オウルガール。ガールなんて、年不相応な名をずっと名乗っていた。死人が、帰って来る筈が、ないのにな」
 オウルガールとヒカルは同時に手を差し出す。二人は、固く手を握り合い、別れの挨拶とした。お互い、姿形や存在が一緒でも、それぞれ共にいた者ではないのだ。両者ともに、納得できぬ悲しさを、理解してしまっていた。
「ありがとう。おかげで色々吹っ切れた。奥さんを大事にな」
「気づいていたのか?」
「当然だ。私は、名探偵とも呼ばれた女だぞ」
 何故かやりきれない顔を垣間見せ、オウルガールも二人に遅れ、自分の世界へと帰っていった。

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オーバー・ペネトレーションズ#3−6

 アブソリュートが作った氷の防壁を、セントの硬貨は突破することが出来なかった。逆に、セントが硬貨で作った防壁は、アブソリュートの火炎に耐えられなかった。
「ふうむ。これはまいったね」
 こんなことを言いながらも、セントは余裕綽々だった。見栄にしては、やけに実がある。
「降伏すれば、同じ悪役のよしみで、半殺しですませてあげます」
「おお。怖い、怖い。だがアブソリュートよ、貴殿が死んでいるうちに、このような物が出来たのだよ」
 セントはなんと、懐から紙幣を取り出した。まさか、紙幣を汚らしい紙と言い切る男が紙幣を持っているとは。しかも、取って置きとばかりに出してくるとは。ついでに言うならば、紙なんてものは、良く燃えるのだが。
 超能力で操られた紙幣は、氷の防壁を容易く破壊した。更に紙幣は、アブソリュートの火炎を完全に防ぎきった。紙幣の嵐に防壁ごと切り裂かれたアブソリュートは、地面に角が刺さっていた紙幣を拾い、自分の勘違いに気がついた。
「金属!? 金属製の紙幣ですか、これ!?」
 あまりに馬鹿らしい、そもそもコレを紙幣と呼んでいいものか。紙のように薄く作られた、金属製の板。紙幣型の硬貨とでも呼んでやればいいのか、とにかく馬鹿らしい。なにより、セントの肖像画が刻み込まれているのが、最も馬鹿らしい。
「我輩がゴールド様に従った理由はこの極限の金属紙幣よ! ゴールド様は、この紙幣を作るためのバックアップだけでなく、流通の手はずまで整えてくださった! いくら造形が優れていても、流通せねば貨幣にはならぬ!」
 見れば流れ弾ならぬ、流れ貨幣を野次馬が争い奪い合っている。彼らの必死さや貨幣に刻まれている数字を見る限り、流通どころか、おそらく世界屈指の高額貨幣だ。
「なんかもう、バカですか。みんなバカなんですね」
 この金額ならば、切り裂かれたコスチュームの修繕費に十分足りる。思わずそんなことを考えてしまった自分も含めての、アブソリュートのバカ負けだった。


 アインは、チェーンソーに変形した自身の両腕を振るう。蠢く刃を、なんとオウルガールは拳でさばいた。接触する度に起こる電撃が、アインのチェーンソーを焼き切った。
「アイン対策は万全。なんてことが言いたそうなツラだな、おい!」
 オウルガールのナックルには、高電圧スタンガンが装備されていた。電撃を纏ったパンチは、アインの鋼鉄の身体と内部部品にダメージを与える。
 無表情を装いながら、オウルガールはこの世界の自分に感心していた。この装備は思いつかなかった。あちらの世界に帰ったら、早速導入しようと。
 アインの火力を恐れぬまま、オウルガールは一心不乱に殴り続ける。
「こ、コイツは……これだから苦手なんだよ! しょうがねえ、奥の手だ!」
 脚部が展開し、ジェット噴射で空を飛ぶアイン。逃がすものかと、マントを広げたオウルガールの動きが、唐突に固まった。
 広場に設置してある、クイックゴールドの巨大石像、そんな趣味の悪い石像の胸部がぱっくり開いている。穴に見えるのは、明らかに石製ではないメカニカルな輝き。空飛ぶアインは、怪しげな石像の穴に、自らの身体をはめ込んだ。
 開いていた胸部が閉まり、石像が大きく揺れる。石の外装にヒビが入り、石像の中に隠されていた物が姿を現した。
「見たか! オレ様の最強ボディ! こいつがありゃあ、テメエなんざグッチャグチャのペシャンコよお!」
 自由の女神サイズの巨大アインが、ゆっくりと動き始める。意味もなく石像を建てたとは、初めから思っていなかったが、この中身は想定出来なかった。
「……頭が痛い」
 この程度の頭痛や予想外は、逃げ出す理由にならない。逃げ出す市民を背に、オウルガールは巨大アインめがけ構えた。


 山を越え谷を越え、僕らの街も越え。海ですら走り抜けるボーイとゴールドにとって、地球は平地と変わらなかった。二つの光速の輪が、地球を何度も囲む。
「破壊、硬貨。あの二人の純愛は理解が出来る。だからこそ、途方もない夢を叶えてやった!」
「お前が愛しているのは速さか!」
「俺の手元に残ったのは速さだけ。ならば、速さに全てを捧ぐしかないだろう!?」
 走りながらも、時折殴りあう。言葉と拳をかわしながら、二人は走り続ける。
「世界同士、自分同士の最速決定戦。悪くない、勝てそうなのだから、更に悪くない」
 光速と語るしかない速さ、言葉に出来ぬ速さであったが、二人を比べた場合、ゴールドの方が僅かに先行していた。全てを速さに投げ打ったと言っているだけあって、彼の走りは洗練されている。更に、彼にはボーイに無い武器があった。
 ゴールドの両腕部から、殺傷力の高そうなブレードが姿を表した。
「ありかよ!?」
「悪いが俺は、なんでもありだ」
 慣れた動きで、ゴールドはブレードを振るう。大きく身体を動かしボーイは回避に成功するものの、当然体勢は崩れ、速度も僅かながら遅くなる。
「そして、これで終わりだ!」
 ゴールドは片方のブレードを、もう片方のブレードで叩き斬る。割れて地面に落ちたブレードが、脇を遅れて走るボーイの足元に落ちた。ブレードを避けるものの、足がもつれてボーイは転んでしまう。しかしボーイはここで無理に立ち上がらず、転がり続けた後、自然な動きで戦列に復帰した。
「なんという収拾力……」
 勢いを殺さず転がり、めげることなく立ち上がり、走り続ける。動きもガッツも、大した物だ。
 自分がほくそ笑む間もなく復帰したボーイの姿に、ゴールドは半ば感心する。ブレードを落とす動作とこの驚きのせいで、再び二人は横並びとなってしまっていた。
「お前、アインはともかく、キリウやオウルガールは知らないんだろ!?」
 殴りかかりながら、ボーイが聞く。
「キリウは知らん! オウルガールは、バレットの情けなさの原因だろ!?」
 ゴールドはボーイの殴打を捌きながら答える。彼にとっての二人は、見たこともあったこともない、軽い存在だった。
「そうだろうなあ。キリウと競って、オウルガールに絞られりゃ、これぐらい誰でも出来るさ!」
 ボーイの一撃が、ゴールドの頬を捉える。ゴールドは歯を食いしばり、揺らぐことなく耐え切った。横並びの状況は、何ら変わらない。
 自らを縛る枠をぶち壊すことで、新たな可能性を手に入れたクイックゴールド。
 枠の中で必死に耐え続け、自らを高め続けたバレットボーイ。
 二人のスメラギ=ノゾミは、互角のまま、地球を回り続けた。

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オーバー・ペネトレーションズ#3−5

 クイックゴールドが、ホワイトハウスの大統領寝室を始めとした、各国首脳の寝室を数分で回り切った時、彼は人類の頂点に立った。地球上に居る限り、誰も光速の男から逃げ切ることは出来ないのだ。
 最速の男の主な要求は、ただ一つ。自分に、何の干渉もしないこと。他にいくつか些事はあったが、それは大したことではなかった
 世界を屈服させたクイックゴールドは、ウェイドシティ市庁舎を住処とした。最初の頃は忙しなく動いていたが、最近はトレーニング場となったラーズタウンの跡地にも出てこない。彼はずっと、改造された市庁舎で、全世界に睨みをきかせている。彼は特に何も言わない。市庁舎脇の巨大な石像も、部下の一人が勝手に作った物だ。
 そんな巨大石像の足元で、長らくこの街で起こっていなかった喧騒が沸き上がっていた。昔は、毎日のように聞こえていた喧騒が。

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オーバー・ペネトレーションズ#3−4

 崩れかけのベランダで、彼女は声を上げた。
「ありました〜」
「ああ。よかったッス」
 一緒に指輪を探していたボーイも、四つん這いから立ち上がる。タリアは銀色の指輪を、既に人差し指に付けていた。付けた後彼女は、眼下に広がるラーズタウンをゆっくり見渡した。
「オウルガールが死んだだけで、酷くなるものなのですね」
「はい。あの人は、それだけ偉大だったんでしょう」
 ラーズタウンが廃墟となった理由は二つある。
 一つは、オウルガールが死んだことによる、パワーバランスの崩壊。目の上のたんこぶが無くなったことで、ラーズタウンの悪人や狂人から歯止めが消えた。ボーイ一人では、彼らの歯止めになり得なかった。
 二つ目は、クイックゴールドの速さだ。ゴールドとなった彼は、遠慮のない速さでラーズタウンの全てを吹き飛ばした。悪人も狂人も、一般市民も建物も。やがて街からは全てが消え去り、ラーズタウンはクイックゴールドの練習場となった。街を埋める轍はみんな、ゴールドが走った跡だ。
 無人となった街に来るのは、くず鉄拾いのスカベンジャーや金目の物目当ての盗掘者ぐらいだ。ちなみに、この世界来たばかりのタリアを襲った連中は、後者だった。彼らは既に屋敷から消えている。這々の体で、なんとか逃げ出したのだろう。
「むむ? なんでタリアさん、オウルガールが死んだことを」
 知っているんですか?と繋げた時、彼女は室内の柱時計の前で指輪を掲げていた。指輪から出た光線が柱時計の鳩に当たる。鳩が鳴き、柱時計が動く。裏には、エレベーターが隠されていた。
「ハイテクな先祖の形見ッスね……」
 タリアはエレベーターに乗り、ちょいちょいとボーイを招く。事情は分からぬが、言われるがまま、ボーイはエレベーターに乗る。錆臭い音をさせて、エレベーターは降りた。
 エレベーターが降りた先は暗闇だった。降りた先に、地面があるかどうかすら分からない。ボーイは、一歩も動けず、ただ暗闇に目を慣らすことしか出来なかった。それでも、この闇では、慣れようもない。
「ここは一体なんなんですか? っいぇあれ? ちょ、ちょっと失礼」
 ボーイは手を隣に振るうものの、タリアに触れることは無かった。
 バチバチと、派手な音を立てて明かりが灯る。キラキラと舞うホコリを手で払いながら、ボーイは驚嘆の声を上げた。
「すげえ……!」
 おとこのこの夢、ひみつきち。洞窟を改造したタリア家の地下スペースは、思わずワクワクしてしまうほどに、素敵な秘密基地であった。巨大なモニターや、怪しげな車に、怪しい機械や実験道具。このスペースを見て、心を滾らせぬ男はいまい。あまりに、夢すぎる。
 モニターの前では、この部屋の主であろう女性がコンソールをいじっていた。
「当然、装備に多少の差異と劣化はあるものの、使えないことはない」
「オウルガール!」
 多少デザインの違うスーツを着たオウルガールが、地下スペースに出現していた。おそらく、この世界におけるオウルガールのスーツなのだろう。
「やっぱ、生きてたんだな! そうだよな、死ぬわきゃないよな、アンタが!」
 余所の世界の話であるのに、ボーイはオウルガールの生存を喜んだ。この人が、死んでいる筈はないと、初めから思っていた。
「いや。この世界の私は、おそらく本当に死んだぞ。基地に足を踏み入れた様子がないし、何よりラーズタウンの惨状を、許さぬはずがない」
 そんなボーイの希望を、オウルガールはあっさりと一蹴した。
「そんな。じゃあ、アンタは誰だよ!?」
「いい加減気づいてくれ、少年。出会った当初とは言わぬが、せめて指輪の辺りで。最悪、エレベーターの後、タリアが消えたところで」
 オウルガールは、現在までボーイの前では外したことのなかったマスクを脱いだ。
「えー……いやいや、それはないだろ。え? 悪い冗談じゃなくて?」
「驚けとは言わんが、悪い冗談とはどういうことだ」
 度を越した驚きは、逆に人を冷静にさせる。しかもこの世界に来て以降の、驚きの連続という下地もある。何より、どうにも信じられない。
 タリアの顔でいつもの物言いをするオウルガールを受け入れるのには、多少の時間がかかった。

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オーバー・ペネトレーションズ#3−3

 喉を絞めつけられたオウルガールは、血を吐いた。赤い鮮血ではなく、どす黒い断末の黒の血を。
「フハハハ! どうやらこれで終わりのようだな、オウルガール! 余の野望は達成され、ウェイドシティだけでなく、やがて世界全土を手に入れることになる。覇業に転がる小石が、ここまで余の関心を得たこと。あの世で誇るが良い!」
 片手でオウルガールの喉を掴み、頭上高く差し上げたキリウは、自身の勝利を高らかに宣言した。あと数秒で、タイムリミットを迎える状況。数秒後、作戦は完遂され、世界は本人の言うとおり、キリウのモノとなる。バレットならともかく、オウルガールにはあまりに足りない時間。このチェックメイトの状況において、
「なんだ。その薄ら寒い笑みは」
 オウルガールは笑っていた。キリウですら、不気味がるような笑顔であった。
「これで、いいから、笑えるのさ」
 オウルガールは最後の力で、奥歯に仕込んだスイッチを、強く噛んだ。


 ヒカルが語ったのは、この世界におけるオウルガールとキリウの死に様だった。
「キリウの包囲網を突破した俺が見た物は、塵ひとつ残さず消滅したキリウのアジトだった。オウルガールが何をしたのかは知らないが、彼女がキリウと共にここで消滅したのは間違いない。おそらくここが、この世界とお前たちの世界の分岐点なんじゃないか? きっと、その時俺が死んだんだろ?」
 何よりも優先すべきことは、お互いの認識の摺り合わせだった。平行世界と言ってはいるが、互いの世界の状況は、あまりに違いすぎる。
「その話のシチュエーションには覚えがありますけど、その時、キリウもオウルガールも、ましてやバレットも死んでないですね。二人共生き残って、最後キリウがヴェリアンに送還されてオシマイです」
「あー。ヴェリアンね。この世界じゃもう、消滅した国だけど」
「ウチの世界じゃ、そこの女王やってますよ」
「マジか」
 この状況で争っては、バカ丸出しだ。
 一先ず休戦協定を結んだバレットボーイとアブソリュート、そして巻き込まれた一般人のフリをしているタリアは、ヒカルに案内され、ウェイドシティにある彼の住居へと案内されていた。
 下水道の管理室を改造したらしき部屋は、なにか臭う上に、入り口が水路経由かマンホールだけという不便利さ。あちらの世界における旧バレット現ボーイの住居である古いアパートが、セレブ用の部屋に見える。
「しかし事故とは言うけど……あのタリアさんを、こんな汚い所に連れてきて、しかも隣の部屋に一人で押し込んでおくだなんて。なんか、すげえ悪い気がする」
 ボーイはタリアのことを心配していた。この部屋にいるのは三人のみ、こういう裏の事情を一彼女は知らないほうがいいと、タリアだけは隣の部屋に入れられていた。
「いいんですよ。無知蒙昧な方がお嬢様は幸せなんですから。これもまた、処世術です」
 逆にアブソリュートは、タリアに対して厳しかった。本能的に天敵を察知しているのだろうか。
 ヒカルは何も答えず、部屋の壁に横目をじっとやっていた。

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オーバー・ペネトレーションズまとめ

Prologue
#1    
#2   
#3       (NEW)
バレンタインSP

オーバー・ペネトレーションズ#3−2

 女は実験の成功を噛み締めるものの、男の表情は暗かった。
「成功はしたようだけどさ。ホントにあの三人で、よかったのかねえ? そもそも、こんなことをして、よかったのか」
「あの三人ならやってくれる。こう言ってもらいたいですね。是非は今更です」
「そうだな。元より、俺はそんなことを言える立場じゃなかった」
 世界を救う希望にして、自分の情けなさの代償にして象徴。死にたくなる気持ちを必死で抑え、男は物事を成すために、動き始めた。

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オーバー・ペネトレーションズ#3−1

 隣町で不可思議な窃盗事件が発生している。こんなことを聞きつけたラーズタウンのヒロイン、オウルガールはウェイドシティに翼を向けた。
 数時間後、オウルガールは窃盗犯を見つけることになる。彼は、夕焼けに染まる大学校舎の屋上で、体育座りしていた。ただ彼は、黄昏ている。
「お前がやったのか」
「ああ」
 男の隣には、財布の山があった。これは全て別人の財布、ウェイドシティ住人の物である。本日正午、街を歩いていた住人、全ての財布がスリ盗られた。中には、物理的に不可能な条件下でスられた物もある。ただの巨大スリ組織の暴走では、片付けられない事件であった。
「警察のデーターベースに、お前の顔は無かった」
「今日が初犯なんでねえ」
「初めてのスリで、この量、しかも捕まっていないどころか姿も見られていない。いったいどうやれば、こんなスリ業界の歴史を塗り替えるような事が?」
「こうやったんだよ」
「なるほど。良く分かった」
 オウルガールは苦々しさを隠さぬままで、納得した。
 スリの手には、大量のポケットが付いたベルトがぶら下げられていた。オウルガールが使う様々なガジェットが収納されたユーティリティベルトだ。この状況下で彼は、厳格なスーパーヒロインからスリを成功させてみせたのだ。
「この間、田舎に帰った時、ちょっとした事故にあってね。なんか気が付いたら、速くなっててさ」
 並々ならぬ速さ、尋常ならざる速さによって。
「木登り? その年で?」
 奪い返したベルトを腰に巻き直しながら、オウルガールは訝しげに聞いた。
「いっしょに事故にあった従兄弟は重態寸前の重症。向こうの両親大激怒で、従兄弟に会わせてくれねえの。アイツはまだ入院してるのに、俺はこうして。情けないよ」
 タハハと笑う彼は、本当に後悔しているように見えた。速さと言う能力を手に入れたのに、弱気。前代未聞のスリを成功させても、この男には高揚感の欠片も無かった。
「出来るかなっと思って試してみたら、出来ちまった。次はこの街の女のケツを全部撫でてもやろうか。そう思っていたら、隣町のヒロイン様が来た。これって、運命ってやつかね」
「運命?」
「この屋上に誰も来なければ、本当にケツを撫でに行っていた。警察が来たら、そのまま素直にお縄につこうと思っていた。悪党がスカウトにでも来たら、俺もスーパーヴィランってヤツにでもなろうと思っていた。ところが、来たのは予想外の、隣町のヒロイン様だった。この流れで行くなら、俺の行き先は分かるだろ?」
 フフフと、オウルガールは軽く笑った。思わず男も笑う。
 表情を突如一変させたオウルガールは、男の腕を取り、関節を締め上げた。
「痛ー!」
「こうなれば、いくら速くとも逃れられまい」
「逃げる気なんか無……痛!」
「正義の味方が迎えに来たから、正義の味方になるとでも? 脳天気が過ぎる。私はそんな上等な者ではなく、このコスチュームには悲惨や陰惨が嫌というほど纏わりついている。そんな者に、貴様は本当になりたいのか?」
「そいつあ、悪かった。だけどさ、俺はあんたが、正義の味方にしか見えなかったんだよ。だったら、俺がなる。コスチュームを着て、自分が出来ると思う、自分にしか出来ない、正しい道を選んでやる」
 脂汗を流しながら、男は綺麗過ぎる理想を口にする。しばらく男を観察した後、オウルガールは、男を開放した。
「イタタタタ。流石はラーズタウンの守護者、強いなあ!」
「勘違いするなよ? お前を認めたわけではない。まずその、自分にしか出来ないことをやってもらう。試しに奪った財布を、全て元の人間の懐に返して来い。話は、それからだ」
「そりゃそうだ。OK、分かったよ。10分もあれば、十分だ」
「駄目だ。5分でやれ。5分経っても来なかったら、私は帰るぞ」
「うへえ、厳しー。俺、そういうのに慣れてない、文化系なんだけどなあ」
 ぶつくさ言いながら、男は光速の世界に消える。オウルガールの目では捉えられない速さであったが、財布の山はどんどんと小さくなっていた。何度も往復して、持ち主の下に運んでいるのだろう。
 もし積み上げられている物が爆弾なら、あと数分で爆発する状況ならば。オウルガールは仮定し、考える。彼ならば爆弾をこの調子で安全な所まで全て運べる。オウルガールの場合、どうにかして被害を抑えるかの算段しか出来ない。爆発は確定事項だ。
 このように、彼にしか出来ないことがあると言うのは、事実であった。オウルガールは事実を認め、彼の能力も評価する。人格は、全く現状、評価していなかったが。あの軽さは、どうにも受け付けられない。
 きっと理想の道は一致しても、友情は永遠に築けぬだろう。そんな事を考えながら、オウルガールは5分間、待ち続けた。彼はなんとかリミットの2秒前に、戻って来た。
「驚いた。弾より速い男だな」
 帰るつもりでいたオウルガールは、男の速さだけを、賞賛した。


 この出会いから数日後、この男、スメラギ=ヒカルはコスチュームを纏い、バレットと呼ばれるヒーローになる。オウルガールの予想通り、ウェイドシティの守護者となった彼と、ラーズタウンの守護者であるオウルガールの間に友情は成り立たなかった。出会ってから、バレットが死ぬまでの間に。築かれたのは、もっと太く、重い絆だった。
 このように、オウルガールの予測は良く当たるのだ。

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オーバー・ペネトレーションズ#2−3

 翌日、ウェイドシティは騒がしかった。
 吸血鬼騒ぎはいつの間にか収まっていたものの、街の至る所が、騒動のせいで傷ついている。人々は修復作業に駆けずり回りながら、キリウという怪物の恐ろしさを身体と記憶に刻んでいた。特に、モノレールの崩落後は、圧巻である。下の道路を埋め尽くす瓦礫と残骸のせいで、ウェイド市の幹線道路一つが使用不能。更に、モノレール自体も使用不能。結果中心街は二つの動線を失い、人の流れが至る所で堰き止められている。
 まずは道路を修復せねば。必死で働く瓦礫の山を解体する土木作業員を見守るように、一人のヒーローが山の上に立っていた。昼のフクロウは、一人のヒーローを探していた。
「……連絡は、いまだつかずか」
 夜通し、オウルガールはレールの滑落現場を見回ったものの、バレットボーイ本人も痕跡らしきものも残っていなかった。ボーイはあの後、ずっと行方不明だ。自宅にも帰って来てないし、連絡もない。逃げたのなら、とうに何らかの接触があるはずだ。
 おそらくボーイの行方を知っているであろう人物、もとい怪物が一匹居る。オウルガールは、探し人をボーイからキリウに切り替えることにした。ヴェリアンの女帝も、未だ行方不明だ。おそらくまだ、街からは出ていないが、もし母国に戻られでもしたら厄介だ。彼女には、キッチリとお灸を据える必要もある。
 ヒーローを探すのは慣れていなくとも、犯罪者を探すのには慣れている。オウルガールは、ラーズタウンの流儀を持ち込むことにした。

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オーバー・ペネトレーションズ〜バレンタインSP〜

 2月13日。ウェイド・HSの教室で、ノゾミは黄昏ていた。
「バレンタインデーかー……」
 周りの情景が、嫌でも愛の日の前日であることを知らせる。今日になるまで、ノゾミはこのイベントの存在を忘れていた。なにせノゾミは、ウェイドシティを守る光速のヒーロー、バレットボーイ。イベントを楽しもうとしても、犯罪行為が一度起これば東西奔走。知っていようがいるまいが、イベントをゆっくりと楽しめる身ではなかった。
「どうしたんですか? やけに黄昏て」
 クラスメイトであるヒムロが声をかけてくる。彼女の手には、チョコではなく物理の教科書があった。まあ当然、13日にチョコを渡すような義理は誰にもないが。
 きっとヒムロは今日も一つ学問を究めさせてくれるのだろう。彼女は、ノゾミに勉学を教えることを楽しみにしていた。ノゾミの一心不乱な集中力が、彼女の好みに合致しているらしい。
「ん? いや、なんでもない」
「今日は13日ですからね。今日男性は、当確がついてウキウキか、明日が読みきれなくてソワソワか、とてもガッカリな顔をしてるかの、どれかです」
「分かってるなら、いじめないでくれ。頼むからさ」
「へ? アテがないんですか? いえすみません、ノゾミくんならてっきり、チョコの一つや二つは……。女子の間でも、評判悪くないみたいですし」
「その評価はありがたいけど、昔はともかく今はなあ。評判が悪くなくても、特に仲がいい人もいないし、おそらくチョコが貰えるほど良いワケじゃない。俺は、憂鬱側の人間だよ」
 陸上部でバリバリのエースをやっていた頃はそれなりにチョコも貰えたが、引きこもり生活を得て、次の年のチョコは0。引越ししたこともあって、過去の人気は何処かにすっ飛んでしまった。
「なるほど。ウキウキかソワソワなら放っておこうと思いましたが、ガッカリですね。なら明日、救いの手を差し伸べてあげます。だからせめて、ウキウキになってください」
「……へ?」
 ノゾミは、ヒムロが何を言っているのか、良く理解できなかった。色恋沙汰から、あまりに縁遠い女性から、いきなり妙なことを言われたせいだろう。
「いらないんですか? チョコ」
「いる。うん、スゲエいるわ。やっべえ、ウキウキだ!」
「ついでですけどね。バイト先で、手作りチョコを作って売るので」
 ヒムロのバイト先は、メキシカンバーのエル・シコシス。メキシカンなのに、バレンタインに平然とかこつける辺り、ホントに分けのわからない店だ。
「わーい、ソワソワだー」
 ノゾミの感情が、微妙にランクダウンしていた。
「喜んでもらえるなら、何よりです。明日あげますから、ちゃんと学校に来てくださいね。じゃあ、今日の授業を始めましょうか」
 サボりぐせどころか、サボリが出席日数の半数以上を占める天才少女に、きっちり学校に来いと言われるという矛盾。そんな矛盾に構わず、ノゾミは迅速にノートを開いた。ヒムロの放課後レッスンを受け始めてから、ノゾミの成績は絶賛急上昇中だった。


 2月14日、バレンタイン当日。ヒムロは主人の居ない席を見て、静かに怒っていた。
「せっかくチョコを持って来て、一時間目から出席してるのに……当の本人が休みとは、どういうことでしょうね」
 あれだけウキウキでソワソワしていたくせに、ノゾミは欠席していた。
 不機嫌なヒムロは、チョコの行き先を考える。あそこで物干しげにしている、ノゾミの友達にくれてやるか、それとも机にでも入れておくか。どれもちがいますねと結論づけ、ヒムロはきっちりと青赤の紙ラッピングされたチョコを、鞄にしまった。


 その頃、ノゾミはと言うと。
「ハーッハッハ! 俺の夢の為に、消し飛べバレットボーイ!」
「うるせー馬鹿!」
 バレットボーイが、一撃でインパクトを倒す。バレンタイン当日、今日は朝からずっと、ノゾミはバレットボーイとしての自警活動を続けていた。なにせ今日に限って、やけに犯罪者が暴れている。偏執小銭狂マネー・セント。下水道の王者ホールキング。処刑拳士ケルベロス。そしてこの、衝撃波の使い手インパクト。出るわ出るわの、有象無象の犯罪者共。学校へ行くヒマなんて、あるわけもない。
「ひ、ひどいぜ……。俺のウリである衝撃波、まだ出してないのに」
「知るか! だいたいお前、朝一で出てきて、今日二回目だろ! 警察につきだしたのに、なんで二回目よ!」
「ふっ。今日に限っては、俺の脱獄のスパンも早くなる。バレットボーイ、貴様の速度を超える程にな!」
 ビシィ!と指を突きつけた一瞬で、インパクトは再度ボコボコにされた。ボーイによる、光速の一人リンチだ。
「こんだけやりゃあ、今日一日は動けないだろう……」
 ズタボロのインパクトを放置し、ボーイは学校へ向かおうとする。忙しかったせいで、欠席の連絡も入れられなかった。授業はともかく、昨日のウキウキやソワソワと裏切る訳にはいかない。
 帰る気でいたボーイめがけ、弾丸の如き小銭が飛んで来る。同時に、スコップの先端が、アスファルトの地面を突き破ってボーイを狙う。横と下からの攻撃を、ボーイはなんとか回避した。
「セント! ホールキング! お前らも二回目かよ!?」
 小銭を武器とするのは、セント。スコップ、しかも地面からとなるとホールキング。小1時間前に倒した筈の二人も、インパクトと同じように復活を果たしていた。これでは、ボーイの衣装を脱ぐことも出来やしない。
 ノゾミも必死だったが、何故か今日はヴィラン達もやけに必死だった。

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