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デッドプール チームアップ! 月姫 後編

 遠野家の庭は邸宅に負けず立派である。だだっ広く、使用人も少ないのに、それなりに整えられた庭。そして防犯設備も並以上である庭を、白い影が闊歩していた。人間基準の防犯装置なぞ、彼女にとっては、遊び道具にもならない飾りでしか無い。夜空を思うがままに跳び回る。
 吸血姫は、飛び乗った枝をしならせ、一気に跳躍する。弾丸の如き勢いで狙うのは、屋敷の窓。志貴がいるであろう、彼の自室の窓だ。
「しーきー!」
 満月のせいか、妙にハイテンションなアルクェイド。窓に飛び込んだアルクェイドは、窓に縦横無尽に張られていたゴムに引っ掛かった。アルクェイドの勢いを包み、そのまま反射しようとする幾重もの強化ゴム。
「うわ、なにコレ!?」
 アルクェイドは驚きながらも、窓枠を掴んで何とか踏みとどまった。ぎちぎちと、ゴムは張り続けている。どんだけ頑丈なゴムなのか。
「スゲエ。ゴムをしならせ、なおかつ反射に耐えてるぜ! これ、SHIELDから頂戴した、ハルクやジャガーノート用のゴムなのに! まさにワンダーパワーなガール! 略してワンダーガー……ダメだダメだ、こいつは余所の会社のヒロインだ。おいそれと口には出来ない。ワンダーガールだなんて口に出来ないよ!」
 アルクェイドの眼前に現れたのはデッドプール。手で、おおきな鳥の羽を弄んでいる。
「それ、こしょこしょー」
 デッドプールは羽で、耐え続けるアルクェイドの鼻をくすぐった。
「ぷふぁ! あはははー……うわっ!」
 笑って力が抜けたアルクェイドは、ゴムに弾き飛ばされた。ぴゅーんと、やけに遠くに飛んでいく音がした。
「なるほど。アイツが、ご当主の言っていた邪魔者ってヤツだな。よしメガネ、オマエは勉強を頑張れ。オレは再び、オマエのベッドでトランポリン競技を極める作業に戻るから」
「できるかー!」
 机に座り、宿題と格闘中の志貴が叫んだ。
「落ち着け落ち着け。落ち着けメガネ。オレのお仕事は、オマエの監視なんだ。オマエの勉強を邪魔するヤツを追い払って、メガネが逃げないように監視してくれって言われてるんだよ」
 リアリィ?と、外人らしい聞き方と仕草をするデッドプール。遠野家に雇われた彼の任務は、志貴の監視だった。
「それは分かるけど、分かるけどさ。どう考えても、ベッドでトランポリンをしている人間も邪魔なんだけど。あと、メガネ呼ばわりは止めてくれ」
 自分の素行に問題があるのは分かるけど、こんなのをお守りに付けられるまでのことをしてきたのだろうか? 「してきた」と言う声と「してない」という声。志貴は後悔と理不尽さに苛まれていた。
「オレだって不満さ! この部屋、なんもねえ! TVもねえ! ラジオもねえ! ついでに車も走ってねえ! コハクさんの部屋に今すぐ駆けこんで、ゲームでもしたいって気持ちを必死に抑えてるんだぜ。トランポリンぐらいが何だって言うんだ。オマエの部屋から、もしかしたらトランポリン競技の金メダリストが生まれるかもしれないんだぜ。分かったか、ボンクラ? じゃあ、そういうことで」
 立て板に暴れ水、追求不可のガトリングガントーク。さんざんまくしたてて、デッドプールは再びトランポリン競技に戻った。
「もういい、好きにしてくれ。あと、ボンクラよりは、メガネの方がいい」
 それだけ言って、諦める志貴。少しだけノートに物を書き込んだ所で、言い忘れていたことに気がつく。
「ああ、あと。そろそろアルクェイドが戻ってくるから気をつけろよ」
「え? さっきのブロンド? 無理、無理。あんだけの勢いでぶっ飛ばされたらね、普通帰ってこれないって。どんだけチートなんだよ、オマエの彼女。まあ確かに、ブロンドの例に習って、頭だけは軽そ」
 ブチブチと強化ゴムが千切れ、ついでにデッドプールの言葉も千切れた。一陣の白い風が、未来の金メダリストを掻っ攫って行った。急に静かになる志貴の部屋。ちょっとの後、庭から銃声や爆音が聞こえてきた。肉の裂ける音や叫び声も聞こえる。
「悪いな。たぶんアルクェイドは、そのチートってヤツだ」
 とりあえず勉強に没頭する志貴。これぐらいのやかましさなら、耐えられないレベルではなかった。


「なるほど、このメガネをデートに誘いに来たのか。いいねいいね、ビバリーヒルズだ。ビバリーヒルズ・コップだ。違った、青春白書だ。邪魔しちゃまずかったな」
「でしょ? でしょ? 志貴、この人、良い人だね。なんてったって、話せば分かる」
 静寂を保てたのは短かった。和解して、志貴の部屋に戻ってきたデッドプールとアルクェイドは和気藹々としていた。デッドプールは血まみれで、アルクェイドも服や髪が焦げているのだが。あと出来る事なら、その状態で他人のベッドに腰掛けないで欲しい。
「……悪いけど、アルクェイド。今日は俺、宿題をやらないと色々マズイんだ」
 志貴が申し訳なさそうに言うものの、
「えー! そんなのいいじゃない、遊ぼうよ」
 そんなアルクェイドは、話して分からない悪い人だった。
「ああ、そうだ。最近、グールやリビングデッドがやけに増えてるのよ。デートのついでに、怪しいところを覗いてこない?」
 それは果たして、ついでで済ませていい話なのだろうか。それでも、一応は気になる話だ。
「まさか、アイツが残したヤツか?」
「ううん、多分違う。一応気になる所を見つけてきたから、ちょっと顔を出してみようかと」
 なんか新しい店が出来てたから、ちょっと寄ってみよう。それぐらいの口調だ。まあ最も、アルクェイドの実力ならば、それくらいの気安さでも平気なのだが。傲慢でも何でもない、しっかりと実力に裏打ちされた余裕だ。
「それなら、ほっとけないか……」
 勉強より、迫り来る危機。志貴の心が勉強から徐々に離れていく。
「そうでしょ? だから行こう、ね?」
「いいんじゃないか? どう考えても、放っておくの選択肢はバッドエンドへのフラグだぜ? 一緒に行くを選ばないと、あの地味眼鏡と二人っきりのハチミツ授業コースだろ。しっかりしろよ、主人公!」
 よく分からないことが混ざっているが、デッドプールもアルクエイドを援護する。地味眼鏡とは、先程帰ったシエルのことなのだろうか。「ドキドキ授業は、シエルじゃなくて知得留先生ですよー」という声が何処かから聞こえてきたが、あえて黙殺しておく。
 それにしてもデッドプールは一応監視役なのに、志貴を堂々と見逃してもいいのか。
「大丈夫、大丈夫。オレも行くから」
 いそいそと準備を始めるデッドプール。そういう心づもりだったのか。ある意味、納得のいく展開である。
「いや、それはダメだろ」
 でもしかし、あまりに適当すぎて、思わず志貴がツッコんでしまった。
「ダメ? いやまあ、監視下にいりゃあいいんじゃないかなって。こういう、臨機応変さがオレのウリだし。邪魔者はちゃんと一回追っ払ったし」
「うんうん」
 追っ払われて、また戻ってきた邪魔者が同意していた。
「絶対秋葉が怒るから。俺はどうにかなるけど、俺のせいで人がクビになるっていうのは流石にちょっと」
 あまりの自由さに、志貴の気が引けてきた。普段なら、言い訳しつつ、勉強をほっぽり出して出かけてしまうのに。なんだかんだで、自然と監視役として働いているデッドプール。反面教師の道を、ひたすらに走る男の説得力だ。
「クビ!? 馘首!? You're Fired!? あーそりゃマズいな。クビは良くない、外出と勉強を両立させなきゃいけないのが難しいところだな。考えろ、デッドプール。考えろ、考えろ……感じるなよー考えろ! よし、いいこと思いついた! コレで行こう!」


「で、これはどういう事なんでしょうか?」
 志貴の様子を見に来た秋葉。怒り半分、困惑半分。なんでこんなことになっているのか。当事者でない秋葉には、分からないことであった。
「いやー。わたしもなんでこんなことになったんだろうって、考えてたんだけど、わかんないのよ」
 当事者もよく分かっていなかった。
 志貴の部屋に、志貴とデッドプールはおらず、何故かアルクェイドが席について志貴の宿題をやっている。秋葉の困惑は当然だった。と言うより、アルクェイドも困惑している。
「ところで妹。日米修好通商条約って1850年締結で合ってるよね?」
「知りません! 合ってますけど、知りません!」


「どうしてこうなった」
「頼むから、お前が言わないでくれ。頼むから……」
 一方その頃、デッドプールと志貴は、アルクェイドが怪しいと目をつけていた場所に居た。二人きりで。

 日本は日々、新陳代謝を重ねている。古い建物が朽ち、新しい建物が出来る。この繰り返しだ。こんなサイクルの中、時たま、朽ちて壊される筈の古い建物が取り残されることがある。取り残された建物は、ただ朽ちていくだけ。この廃工場も似たような物だ。広大な敷地はそのままで、朽ちた建物と夜の闇だけが、ここにはある。
最悪な日々ー♪ 乱闘してでもー72時間生き残れ! デッド・ライジング! デッド・ライジーング!
「俺、帰ってもいいかな」
 そんなことはお構いなしのデッドプール。色々とどうでもよくなった志貴は、デッドプールを置いて帰ろうとする。
「ジャスタウェイ! 違った、ジャスト・モーメント! おいおい、寂しいじゃないかよ、メガネ。オレをこの怪しい場所に、一人置いて行く気か? あんまりに冷たいじゃないか。泣いちゃうぞ?」
「いや、あんた、色々大丈夫だろ」
 精神的にも、実力的にも。
 デッドプールはチチチと、人差し指を振った。
「分かってる。オレは分かってるんだぜ、メガネ? オマエがその眼鏡を取った時、すげえ力を発揮するって」
「……誰に聞いたんだ?」
 志貴の眼鏡は、只の眼鏡ではない。能力と狂気を抑える、魔眼殺し。その眼は、万物の死の点と線を見抜く直死の魔眼。点をなぞればなんで斬れ、点を突けばなんでも死ぬ。志貴にとって忌まわしくもありながら、ここまで命を繋いでくれた眼。
 出来る事なら、人に教えたくない力だ。他人の口から他人へ伝わったのなら、なおさら――。
「誰にも聞いてないけど。いやさ、オレの知り合いに似てるんだよ、オマエ。オレの知り合いにも、日常生活でメガネをかかせない男がいてな。その男とオマエが似てるんで、ああ、このメガネがメガネを外したら、きっとスゲエことになるんだなって。だから連れてきたんだけど、違う? 違うなら、別に帰ってもいいぜ」
 赤いマスクで表情も目も隠れているが、デッドプールに嘘を言っている様子は無かった。どうやら本当に僅かな仕草だけで、志貴の目に何かあると見抜いたらしい。この男、鋭いのか鋭くないのか分からない。
「いや、ならいいんだ。分かったよ、俺は帰らないよ」
 納得というより、バカ負け。志貴はデッドプールに付き合うことを了承せざるを得なかった。色々疑ってしまったことへの、せめてものお詫びだ。
「な!? 当たってただろ! クイズに当たって、ニューヨークへご招待だ!全然嬉しくねえけどな! なにせ、オレにとっては帰りのキップだ。じゃあさっそくだけど、その眼の力で、あっちにいる団体さんをどうにかしてもらえるかな?」
「え?」
 デッドプールの視線の先には、暗闇で揺れる、無数のグールがいた。見える数は5、しかし感じる気配は無数。どうやら、アルクェイドの勘は外れていたらしい。事態は既に、デートのついででは済まないことになっている。間違いない、ここを何者かが根城にし、グールを繁殖させている。
「こうなったら、しょうがないか」
 眼鏡を外す志貴。世界が塗り変わる。線と点の味気ない世界に。死だけが見える、痛々しい世界へ。襲い来る頭痛を抑え、志貴はグールを視認する。線も点も、必要以上にクッキリと見えた。
「行くぞっておい。なんでガッカリしてるんだよ」
 デッドプールは分かりやすく肩を落としていた。がっかりという感情を、全く隠そうともせず。
「出ないのかよ……」
「何がだ」
「ビームが目から、ビーって出ないのかよって言ってんだよ! ああもう、ガッカリだ。メガネビームで、工場ごと吹き飛ばそうと思ってたのに! 楽しようと思ってたのに! 残業手当はつかない予定だったのに!」
「いや、出ないから。ビームとか出ないから」
「なんでだよ! オレの知り合いは出るのに! 女からの誘惑に非常に弱いところや、自分から厄介な事態に足を突っ込んでしまうところはソックリなのに! 約一箇所を除いてソックリなのに、なんで目からビーム出ないんだよ!」
「似てるって、そういうところだったのかよ!?」
 言い争う二人を五人のグールが取り囲んでいた。五人は誰かに統率されたかのように、中央のデッドプールと志貴に一斉に襲いかかった。
 五人の牙や爪が宙を切る。志貴とデッドプールは、包囲をそれぞれ反対方向に突破していた。志貴の手には愛用のナイフが、デッドプールの手には同じくらいの長さのサバイバルナイフが握られていた。
「コイツら、グールじゃないな。死徒に操られている、死者かも」
「そんなことはどうだっていいさ。いい目じゃないか。むしろ、ビームよりオレ好みの眼だぜ」
 崩れ落ちる五人のグール。両断、滅多切り、四分割、グールの誰もが、見事に切断されていた。
「三対二で、オレの勝ちだな」
 勝ち誇るデッドプール。血のついたサバイバルナイフを、勝利の証と見せつける。
「別に勝ち負けなんかないだろ。それに俺は、あんまこの眼を使いたくないんだ」
 志貴は眼鏡をかけ直した。
「ふぅん。まあいいや、なら適当にONとOFFを使い分けてくれ。オレだけじゃ不公平だ。なにせ武器も弾薬も、タダじゃあない。ゲームみたいに、この工場のあちこちに落ちていないかな。リーズナブルなオマエが羨ましいよ」
「羨ましがらないでくれ。本人としては、色々複雑なんだよ」
 背中合わせになる、デッドプールと志貴。まだまだ、闇は至る所で蠢いていた。


 殺し尽せば次に。そこもまた殺し尽くせば次に。まるでアクションゲームのような、シンプルさと適当さ。デッドプールと志貴は、工場の奥へ奥へと向かっていた。
「なんなんだ、コレ。いい加減、シャレにならなくなってきた」
 ぐわんぐわんと、脳内が揺れている。魔眼の使用は、志貴の脳に過度な負担をかける。ONとOFFを切り替えても、連続使用の限界に達しようとしていた。
「なんて言うか、平坦だよな。起伏も無しで長いのは、クソゲーだ。クソゲーに付き合うほど、非生産的なことはないぜ。でも、隠しキャラはいたな。さっき、ツインテールの女子高生を見た気がする。きっとありゃあ、この工場の妖精にしてボーナスキャラだな。クソゲーのボーナスキャラなんていらないから、爆弾投げておいたけど」
「……まあとにかく、そろそろ終わって欲しいよな。俺もクソゲーは嫌いだから」
 二人が飽き飽きしてきて来たその時、いよいよようやく、それらしきモノが居た。
 グールとは明らかに違う妖気。風変わりなマントを羽織った男が、俯いた状態で二人を待ち受けていた。尖った爪を震わせ、低く唸っている。銀色の逆立つ髪が上下に揺れていた。
「キタカ……シンソノオモイビト。シンソノマエにキサマを」
 男の口から、カタコトの言葉が放たれた。口も顔も、彫刻のように美しい。
「イヤッホゥ!」
 男にいきなり飛びかかるデッドプール。男からマントを奪い取ると、手にした日本刀で男の正中線を一閃した。真っ二つになった男の体を続けざまにありったけの銃で蜂の巣に。最後は仕上げとばかりに、ガソリンを撒いてからマッチで火をつけた。
「グワァァァァァァ!?」
 絶叫し、燃え尽きる黒幕らしき男。静寂と気配の消失、どうやら本当にこの男がラスボスだったらしい。クソゲーのラスボスに相応しい、ザコっぷりだった。
「オリキャラだと!? ここまで原作キャラだけでやっておいて、ありきたりなオリキャラがラスボス! 全部台詞がカタカナで、カッコいい謎の美男子! ふざけんなよ、オレが居る限り、こんな適当なキャラは許さねえ! せめて説得力と、適当な強さを持って来やがれってんだ! ポッと出のクセに、原作を凌駕するオリキャラなんて、絶対に認めないからな!」
 なにやらワケの分からないことを叫んで、激昂する赤タイツ。取り残された志貴としては、呆然とするしか無い。
 しばらくがなり立てた後、デッドプールは息を落ち着かせ、しばし珍しい黙考。ポン、と手を叩くと、黒幕から奪ったマントを自分で羽織った。
「さあ来い! 実はこの事件の黒幕はこのデッドプール様だったんだぜ!」
「おいっ!?」
「しょうがないだろ! 実は黒幕との戦いを通して、色々、オマエには言いたいことがあったんだ! こうなったら、オレが黒幕になるしかないじゃないか! という訳で、覚悟しやがれ! 行くぞー!」
 なんという無茶苦茶さか。デッドプールは無茶苦茶なまま、志貴へと斬りかかる。無茶苦茶でも、攻撃は本物。志貴は必死でデッドプールの攻撃を回避する。
「止めろ! これはシャレじゃすまないだろ!」
「生憎、オレの人生は全てがジョークだ。ジミメガネと、変な白猫に会いたくなけりゃ、まず自分のメガネを外すんだな!」
 デッドプールは刀の柄で志貴を殴った。衝撃で、志貴の眼鏡が何処かへ飛ばされる。点と線の世界が、志貴を出迎えた。全てに点と線が這う世界、唯一点が這っていない存在、それは。
「行くぜノンメガネ。狂気の貯蔵は十分か?」
 メガネが眼鏡を外したから、ノンメガネ。分かりやすい呼び名だ。
 デッドプールには死の点が無かった。線は必要以上に這っているのに、点が無い。不死身であると話では聞いていたものの、まさかここまでとは。死の領域を、全力で無視している。
「しょうがないか」
 志貴はデッドプールの手首の線を切った。日本刀が、それを持つ手ごと落ちる。斜めに切れた手首から、どくどくと溢れる血。いくら不死身でも、血を失えば動けなくなるだろう。
 だが、デッドプールは新たな武器を手にしていた。それは、切られてむき出しになった手首の骨。尖った骨の先は正に凶器。志貴の身体を、血で汚しながら斬りつけていく。
「オマエとあの男の違いがあるとしたら、それは覚悟だ。トイレで紙がなくなったら、手で拭いてやる。そんな覚悟が無いから、オマエは苦しんでるんだよ。いいじゃないか、手を洗えばノーカンだ! ちゃんと石鹸で洗うんならな!」
 デッドプールが口にしているあの男とは、女たらしで事態を悪い方に転がし、眼からビームが出る男のことだろう。独特な言い回しのせいで、ちょっとトイレでの判断に問題がある人になっているが。まず、紙が無かったら叫ぶべきだ。
「しょうがないと納得しろ! 事実から目を離さずに、全てを受け入れやがれ! 紙が無いのを認めろ!」
「簡単に言うな……!」
 志貴はデッドプールの懐に潜り、襲い来る勢いを利用しデッドプールを投げた。うっすらと記憶にある、七夜の体術。やけに今日は、技の記憶が鮮明だ。まるで誰かに、引き出されているみたいに。
 転がったデッドプールは、志貴の足を蹴り飛ばす。追って転んだ志貴へと踊りかかるデッドプール。
「簡単だろ! まず能力を認めりゃいいだけだ。それから飼いならすか、無視するか、身をゆだねるか、そこまでやってからのフリープレイだろ。今のお前は中途半端で、どうしょうもない。スゲーカッコイイ能力を持っているのに、全然羨ましくないんだよ!」
 志貴はデッドプールを必死に蹴り飛ばし、距離を取る。離れた所で起き上がる両者。デッドプールは無事な方の手で、再びサバイバルナイフを手にする。向きあう両者、普通ならここで睨み合うのだが、普通でない男は定石を好まなかった。
 ナイフを逆手に持ち、飛びかかるデッドプール。即座の交差。志貴の首が切れ、血が滲み出た。
「薄皮たい焼きの皮より薄かったぜ」
 皮一枚しか切れなかったと、デッドプールが悔やむ。デッドプールのサバイバルナイフは、根元から切れていた。刃物でさえ、直死の前では切られる物にすぎない。
「元々、本気で切る気はなかっただろ?」
 志貴は構えを解かず、自身の背後に駆け抜けたデッドプールに言う。
「それはノーコメントだ。まあ分かっているのは、オマエは本気だったってことだな。ズルいぜ」
 デッドプールの身体に走る、無数の赤い線。線は傷となり、やがて分断の線に。デッドプールの身体は十七個の肉塊に分かたれれた。唯一無事だったマントが、ぱさりと被り、無惨な肉塊を隠す。
 十七分割、かつて志貴が狂いの余りにやってしまった殺人行為。あの時は、直前も事後も、マトモではなかった。けれども今は、
「本気じゃなきゃ、お前の相手なんて出来ないからな」
 視神経が悲鳴を上げているものの、意識はマトモだった。マトモな頭で、相手の武器を切り、それから肉体を切る。どうやら少し、上のステージに引き上げられてしまったらしい。それが幸か不幸かは分からぬが。
「これほど、家に居ればよかったなんて日は無いな――」
 意識はマトモでも、それ自体は限界。志貴もゆっくりと順序良く膝から崩れ落ちる。限界までやりあい、力尽きた男二人。場所が夕日の川原で、もっと血の匂いが少なければ、それなりの青春群像だったのに。


「ホント、スゲエよなコイツ。ミュータントなら、過程すっ飛ばして即X−MEN入りだぜ。どうせリーダーも、似たようなメガネ男子だしよ」
「へー、その志貴に似てる人、リーダーやってるんだ。でも志貴は、あんまリーダーって感じじゃないけど」
「やっぱあんま似てないのかもな、あのメガネは委員長タイプだけど、どう見てもこのメガネは委員長タイプじゃないから。あ。よく考えれば、あのビームメガネのメガネは、メガネじゃなくてグラサンだった」
「じゃあ、志貴とその人、あんまり似てないよね」
「そうだな。今までの展開が台無しだけど、そんな気がしてきたぜ」
 場所はまだ廃工場。生首のデッドプールと、気絶したままの志貴を膝枕したアルクェイドが話していた。どうやら、結構早い段階で、アルクェイドは志貴とデッドプールを見守っていたらしい。
「展開は台無しでも、結果は残るわ。志貴はあなたのおかげで、自分の力の使い方を少し学んだ」
「起きたら忘れてるかもな。なにせボンクラだ」
「たとえ忘れても、いつの日か思い出す。どんな生き方をするにしろ、絶対に必要な物だから。その時、隣に居る人が誰だとしても」
 良い方向に転びそうだから、アルクェイドは影で見守っていた。邪魔をせず、万が一取り返しの付かないことにならないように。
 アルクェイドは、つむられた志貴のまぶたを優しく撫でた。
「ハッハッハ、グラサンビームと一緒に、もげればいいのに。ところでさ、オレにも優しくしてくれよ。バラバラの肉体、ちょっと繋げてみてくれない? 出来れば縫いあわせてくれるとハッピー」
 まだデッドプールの身体はバラバラのままだった。なんとか頭は無事に?残ったから会話が出来ているが、いかんせん不便でしょうがない。くっつければ治ると、生首が言っている時点で、凄まじい状況だが。
「別にいいけど。たぶん、簡単に治らないわよ」
「治るって」
「いやいや、わたしも昔おんなじ目にあって、再生に苦労したから」
「……マジで?」
「うん。本当」
「……ワオ」
 先の被害者からの、ありがたすぎるアドバイスであった。

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