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空の境界 童夢残留〜序〜

 伽藍の堂にある、馴染みのソファー。ソファーに身を任せ、両儀式は寝ていた。


 深淵から喜悦が式を覗いていた。
 どうしょうもなく、深くて暗い筈の深淵が明るく笑っている。どうしょうもない矛盾、吐き気のする矛盾がニタニタとしている。アレは、今まで会った事がないタイプの異常者だ。浅上藤乃、巫条霧絵、彼女達が異能者だとすれば、深淵に潜む者は異常者。たかが人間なのに、全てを飲み込むような。白純里緒、彼の名がふと浮かんだものの、彼とは違う。あの深淵の格は更に上、存在を認めたくないくらいの極上だ。
「生きているのなら、神様だって殺してみせる。いいねえ、いいセリフだ。でもまだ甘い」
 深淵から異常が顔を覗かせた。ドーランを塗りたくった真っ白な顔に、口紅で真っ赤な唇、真緑に染まった髪に真紫の安っぽいスーツ。極端で歪な道化師、彼は胸のコサージュを弄りながら笑っていた。
「オレだったら、死んだ神様だって笑わかせてみせるぜ。覚悟を決めろよ、殺人鬼!」
 ケタケタケタケタ、気色の悪い笑い声をあげる道化師。ああ、コイツは殺してもいいのかもしれんと、何かが囁いている。しかしでもコイツは、常人だ。異常ではあるが異能ではない。自分の命をもてあそんで楽しんでいる。ならば、決して殺してやるものか。
「深淵への一歩、オレが導いてやるよ」
 道化師は自分の両顎を捕まえると、手加減なしで捻った。ごきゃりと音がして、道化師の口から血がダクダクと流れる。頚椎を自分で捻り、道化師は絶命した。なのに彼の笑い声は止まない。
 なんて、馬鹿らしいんだろう――


 悪夢ではなく、嫌な夢。この馬鹿らしい男の顔を、嫌になるほど見る羽目になるだなんて、誰も予想していなかった。もちろん、現実でだ。

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