- 2005.04.14 Thursday
- 小説 > TYPE-MOON
静かな気配の衛宮邸備え付けの道場で考える。
全ては終わった。
戦争も終わり、闇に呑まれた主も還り……全ては丸く収まった。
ならば私はどうすれば良いのだろうか?
私が呼び出された目的は聖杯戦争に参加する事、戦争が終わった今――
――私がココにいる意味があるのだろうか?
そもそも私以外の皆には活きていく糧があった。
セイバーは信頼を超えかけた主への想いに、食と言う新たな喜び。
アーチャーは自身を手段を問わず救うという命題。
バーサーカーには狂化しても捨てられなかった程の主への忠誠心。
キャスターは主への思慕、陳腐な言い方ではあるが愛を手に入れた。
アサシンと言われていた佐々木小次郎は戦いを、どのような形でも現界して剣を交じわせ合うという快感。
戦いと言えばランサーも小次郎と一緒で戦いを求めていたのだろう、彼の場合はマスターの方針でその力を充分に振るえなかったが。
真なるアサシン、無我に生きる山の翁にも糧はあった、殺戮という糧が。
そして先の戦争のアーチャーであったギルガメッシュ、彼の糧はセイバーへの狂愛……その想いは戦争終了後も彼を世に残らせた。
私はどうなのだろうか?
少なくとも狂愛と殺戮は無理だ、その糧は自らも狂わせかねない。
食は趣味に、主への愛は性癖に、それぞれあわないので無理だ。
命題……彼は現界した時点でそれがあった、私には世に其処まで深い思いは無い。
戦い、これは相手がいて成り立つものだ、もはや戦争が終わった今では私の全力をぶつけて受け止められるだけの人間は近場には居ない、一方的な力をぶつけるのは殺戮と同意義だ。
忠誠心、これが自分には一番合っている様な気がする、桜は仕えるに十分値する主であるし彼女も私が傍らに居る事を喜んでくれている。
しかし彼女は私が仕える事は拒否した、彼女は私との関係は主従ではなく友人でありたいと言った。
友人という関係を対等な関係を築くには忠誠心はあってはならぬ余計な物だ、よってこれは除外。
……困った、現世に残る理由を見つけるはずが逆に無い事を浮き彫りにしてしまった。
生きる意味が無い生というのは緩やかな拷問だ、意味が無い生を積み重ねる事に何の意味があろうか?
「やっほー何してんの? 」
私の深刻な悩みとは対照的な能天気な声が無人であったはずの道場に響いた。
閉じていた目を開け声の発生元に眼をやる、其処には士郎の姉的立場であり桜の所属する弓道部の顧問である藤村大河がいた
「タイガー……どうしたのですか? 今日は士郎と桜は二人とも出かけておりますが」
「あ、そうなの? 皆で食べろってお爺ちゃんから美味しい和菓子貰ったからきたのにー……って」
急に言葉をピタリと止め私の方を睨み……
「私はタイガーじゃなーい!!!」
凄まじい顔と迫力で絶叫した、子供がこの同時攻撃を直撃されたら精神が飛ぶだろう。
大河と話しているとこういう奇襲があるので油断は出来ない。
「ライダーさん、私は大河、藤村大河!! タイガーじゃねー!! 」
しまった、地雷を踏んだ。
「……すみません、どうも日本語の発音に慣れなくて」
とりあえず私の身分は日本文化調査の為にギリシャから来日した『ライダー』という名前の学生という事になっているのでこう言う言い訳も成り立つ。
……ライダーという本名の人間は世界的に見ても珍しいと思うのだが彼女はあっさり認識してくれた。
まあ聞いた話によるとセイバーが名乗ったときにも『へーセイバーちゃんか』と直ぐに納得したらしい、ココまで行くと人の良さとかそういうレベルの問題ではないような気がする。
「む? 藤村さんじゃ他人行儀だし……それなら良し! てっきり士郎辺りに『藤ねえはタイガーって呼べよ』とでも言いくるめられてるのかと思ったよー」
鬼の表情から一変して菩薩の表情に戻る大河、ころころ変わる表情は見てて楽しいが指導者を職にする人がこれでいいのだろうか?
「じゃあしょうがないね、最近なんやと忙しい士郎と体重を年中気にしている桜ちゃんは置いといて先にお茶請けにしましょう」
そういうや否や私の襟首を捕まえて茶の間へと引き摺っていく大河、とりあえず私はいいとも駄目とも言ってないんですが……
まあちょうどいい、私は話し下手だ。
この悩みの相談をお茶請けとして出そう。
「ふーむ、なるほどねえ」
でかい羊羹を丸かじりにしながら大河がウンウンと頷く。
……和菓子の取り扱いは良く知らないのだが羊羹とは小さく取り分けて分ける物だと思う。
「つまりあれね。ライダーさんは日本にいる目的が無いのでお国に帰っちゃおうかなーと、でも一回帰ると色々なしがらみで日本に帰ってこれなくなるかも知れないという事ね」
お茶を飲みながら頷く、まさか『戦争が終わって生きる意義がなくなったので天界に還ります』と正直に言うわけにもいかないのであらすじだけ合わせて現実的なストーリーへと書き換える。
うーんと悩みながらお茶を一気飲みして羊羹を流し込む大河、そして何かが憑依したかの様に表情を一変させ私の目を正面から見つめて来た。
「目的って何? 」
「は? 」
「目的が無いとここに居ちゃいけないの? 」
「……」
確かにそうだ、別に目的は義務ではない、しかし無い事は苦痛に等しい。
「少なくともライダーさんは帰る気が無い、なぜなら自分がいなくなり二度と会えなくなれば誰かが悲しむ、それが解らないほど悲しい人じゃないでしょ」
「はい……」
「普段仲がいい桜ちゃんだって、士郎だって、私だって悲しいよ」
多分、いや絶対に桜は悲しむと思う。
少なくとも私が逆の立場だったら急に友と呼べる人間が居なくなるのは悲しい。
「じゃあ残るという事でケッテー。じゃあそれにあたってのココに居る事の目的を私が教えてあげましょう」
ノリノリの大河、だが私の目的を彼女が判断できるのだろうか?
いや、ここまでの問答から見て彼女は一見アレそうだが内実は優れた指導者である事がわかった。
だがコレはいくらなんでも他人に言われて『そうですか』と納得できる物ではない。
「ライダーさんのここに居る目的は……目的を探す事!! 」
ビシ!! と効果音が付きそうな勢いで私を指差す大河
「は?」
とりあえず私にできる事は間抜けな声を上げることだけだった。
いや、なんかコレは堂々巡りのような気がしますが……
「第一、ライダーさん悩みすぎよ。自分はこの為に生きてる!! って確固たる目的持って生きてる人って意外に居ないし」
「そんなもんですか? 」
「そうよ、見つからないまま一生を終える人だって居るんだから。もしかしたら目的は身近にあるかもしれない、それを探すって言うのも立派な命題よ」
……私は難しく考えすぎていたのかもしれない、別に活きる事に大きな目的などいらない。
別に士郎と桜から料理を学ぶとかの穏やかな身近な目的でもいいのだ。
命題……アーチャーが現界した時点で持っていたものだ、さっきは見逃してしまったが注意深く考えていれば既に答えは出ていたのだ。
別にコレは初めから持っていなければならないものではない、現に私は今ここで与えられた。
「タイガー……」
「ん? 」
「貴女は素晴らしい指導者ですね」
掛け値無しでそう思う、人に命題の鍵を与える事ができる指導者が世にどれだけ居るだろうか?
「へへーそうかなあ? やだなあ恥ずかしいよ」
テレて頬を赤く染めながらも私の言葉を受け入れる大河。
この無邪気で穏やかで優しそうな表情は私にはできない。
よし、とりあえずの目的は彼女の優しい顔を自分も出せる様にする事だ。
「ライダーさん、悩みは解決したみたいね」
「……何故解るのですか?」
とりあえず口には出していないので幾らなんでも彼女に解る筈が……
「だって良い顔してたもん」
「良い顔? 」
「うん、凄い晴れた笑顔。ライダーさんみたいなクールな美人がそういう優しい笑顔するのは反則だよう」
「貴女にはかないませんよ、タイガー」
とりあえず目的の端には付いたようだ、この笑顔を目指し――
――明日も頑張ろう