- 2007.10.09 Tuesday
- 小説 > Original > 近世百鬼夜行
死骸の群れがどんどんと弾け飛んでいく。大人、子供、老人、男性、女性、死した人は老若男女問わず様々で、哀れなクグツとして使われている。だが、元は生者であった事を哀れんでいたら戦えない、情けや哀憫を向こう側に置いているからこその勇姿なのだ。巨大なチェンソーを無理やり片手に持ち、空いた手にハンマーを携えるセブン。押し寄せる死者の群れはどんどんと再生できぬほどに細切れにされていく。
『やらせるかぁ!』
死者たちを押し退け、怪物の炎の髪がセブンを捕らえる。凶器を持ったままセブンは上空にぶら下げられる。数多の黒髪が獲物の身を食い尽くそうと襲い掛かる。
黒髪が一瞬で蒸発する。蒸発の原因は、獲物の前に割り込んできた火車のせいだ。火車は足でセブンを捕まえる髪を薙ぐ。飛行能力を持たない両者は真っ正直に落下した。
空中で火車を捕まえる黒い影。
「まったく人にあそこまで連れてけと言うなら、後のことを考えておけ」
「結果オーライでいいじゃないか。お前の相方には俺の兄弟を貸してやるよ」
翅を広げ飛ぶGが、己の両手でぶら下げた火車に呆れた様子で問う。先ほど火車がセブンの前に割り込んだ際も飛ぶGに途中まで送って貰い、上空への到達を可能にした。
空中で静止する両者に襲い掛かる黒髪、隙間を縫う飛行でGは全ての触手を回避するが、こんがらがる事もなく黒炎は二人を追尾し続ける。
「どうする?」
「一気にカタをつけようぜ」
「了解ッ!」
高速で上空にGは離脱し、黒髪も追い続ける。黒髪も最初は順調に追いかけていたが射程の限界を迎えたのか、徐々にスピードを落としていきやがて完全に引き離されてしまった。
Gは上空で雲の中急旋回し、急降下をしかけた。起動は先ほどまでのルートの逆走、途中には黒髪が群れている。引力を最大限に利用したGの飛行はもはや黒髪に捕獲できる速度ではなかった。黒髪の包囲網をあっさり貫通し隙間をぬって飛んでいく、Gにぶら下げられた火車の全身を炎が覆った。赤い炎に当てられて、彼らの近くにあった黒い炎の髪のいくつかが消滅する。火車をまとう炎はやがて彼の片足に収束していき、全ての火を宿した片足は赤を通り越し白色に輝いた。
「……こりゃ、好調だ」
火車は何故か自嘲げな顔を浮かべた。白色に輝いた足は、先程握りつぶされたはずの足。短時間で火車の足は完全に回復を遂げていた。
「駄目だ! もう俺がもたない!」
飛行に少し揺らぎが加わる。いくら不死身のGといえども、火車の高熱に当てられての長時間の高速飛行は不可能。しかも動きはだいぶ無茶だ。翅の一部が高熱に負け、少し溶け始めている。
「軌道を一直線に合わせてくれ。目標に一直線になったところで……」
言わずもがな、目標とはあの顔面の怪物の事。Gはなんとか地上の怪物を目視し、無理やり軌道を合わせる。無理な軌道の変化に負け、翅が数枚千切れてしまった。だが、犠牲の分狙いは正確。
「離せーーーー!!」
火車が叫んだ瞬間に、Gは手を離す。一直線の高速飛行から一気に解き放たれた火車は、まるで戦闘機から投下された爆弾のように一直線に目標へ突撃する。突き出された片足の白色が、一層輝きを増した。
地上に着くまでに猫のごとき宙回でセブンは落下速度を緩める。地面に付く直前には綺麗に直立の体勢を保っていた。そのまま直立で着地するセブン、しかし着地した地面はやけに安定感が無かった。足元にあったのは、
「……何をしている?」
「アニキにアンタの足になれって頼まれたんだよ! くそ、俺らに飛行能力があれば」
「今度は飛行機に憑こうぜ、前輪の!」
自転車の輪入道兄弟達が居た。セブンは狭いサドルに見事に直立で立っている、お互い妖怪であるとはいえウルトラC級の軽業だ。周りには焼けた死骸が転がっている、彼らがセブンの落下地点を確保していたのだろう。
「足か。このままの乗り方の私の足になってくれるなら、任せてもいいが」
「なめんなよ、いくらアネキとは言え俺らの力を甘く見ないでもらいたい!」
「待て……なんだそのアネキとか言うのは」
「兄ィが去り際にアンタの事をそう呼べって言うから」
セブンは嘆息し、サドルの上に乗ったまましゃがみこむ。喧嘩中のノリかと思っていたが、どうやら火車は本気だったらしい。
「付け加える。アネキという呼び名もやめてくれれば任せる……」
「了解でさあ! 行きましょうアネゴ!」
「アネゴの力、見せてくださいよー!!」
「それも違う……!」
やっかいな怪物の触手の相手は火車達がしている。ならばこちらは死骸達を片付けるのみ。四方八方を囲む死骸達の間を、直立不動のセブンを載せた輪入道が疾走する。立ちふさがる死骸も彼女らの軌道の近くに居た死骸も一緒くたにセブンの両手に携えられた手斧により肉塊と化す。その姿はまるで死神の行進、むしろ爆走だった。
「アネゴ、こうなったら奥の手でさあ!」
「本来なら兄ぃとの合体技なんですが、アネゴなら合わせられる筈です!」
「いやだからそうじゃなくてだ」
「いくぞ、後輪のー!!」
「おうよ、前輪のー!!」
輪入道達は車体を少し傾け、円を描く軌道で大きく高速で何周も回る。高速の円運動に巻き込まれた死骸達は散っていく。しかしただの円運動では終わらず、やがて輪入道達の軌道通りに竜巻が生まれ、遠いところに居た死骸達も吸い込まんとす。
「なるほど」
輪入道達の意図を理解したセブンは凶器を取り出す。無数の凶器を五指で挟み、竜巻の中央に一気呵成に飛び出した。
竜巻は全てを巻き込まんとする勢いで死骸を吸い続ける。竜巻の吸引に耐えられたのは、巨大な体を持つ怪物のみ。怪物の巨大で全てである顔面が醜く歪んだ。
無色の竜巻が血のように赤く染まる。内部で行われているのは、殺戮の博覧会なのか。竜巻が止み、輪入道達が止まった瞬間に天から血の豪雨が降り注ぐ。死骸は全て竜巻に吸い込まれていた、老若男女関係なしにもはや肉塊であることも許されない程に血へと還元されてしまったのだ。豪雨の中、全身が赤く染まったセブンがぬめりと動く。
『死骸を片付けたぐらいで調子に乗るなぁ!!』
怪物の咆哮が地面を揺らすが、そんなものに怯える者はここに誰もいない。
怪物の、窓であった片目にチェンソーが突き刺さり、もう片方の目を投擲されたハンマーが粉々に粉砕する。怪物は雄たけびを上げ、伸びきったおのれの髪をざんばらに振り乱した。
そして、最後の一撃が全てを葬らんとしている。
白色光と化し弾丸のごとき勢いを持った火車の飛び蹴りが、怪物の真正面を穿つ。怪物と化した建物が火車の軌道にそって削れていく、怪物の中心に火車という弾丸が着弾した瞬間、怪物は爆発し四散した。爆発の噴煙が晴れた後に見えたのは巨大なクレーター、そしてクレーターの中央にはヒーロー然として構える火車の姿があった。
「アニキ……」
「やったやったぜえ!!」
輪入道達が勝利に歓喜し自転車ごと踊り狂う。しかしセブンと火車は構えたまま辺りを見やる。そんな緊迫した空気の中、上空からGが落下してきた。人型の落下跡を残すと言う、ギャグ漫画的な着地だ。
「なにやってるんだオマエ。勝利して気を抜くからこういうことになる」
「テメエらの竜巻にぶっ飛ばされたんだよ」
等身大の穴からGの体を引き上げたセブンは辺りを見やる。激戦の影響かだいぶあちこちが崩れていたが、未だ各所に黒い炎は健在だった。
「とりあえず主犯格は倒したから、やがて消えるだろうさ。所詮は擬似的な炎、地獄の炎じゃないんだからな」
『そ』『れ』『は』『ど』『う』『か』『な』
「!?」
Gの予測を否定する怪物の声が聞こえてくる。怪物の姿はもはや無いのに、声だけははっきりと響いていた。声の源は、各所に燃え残っている黒き炎の全て。集合していた意識がバラけかけている。文章を分解した単語、それをまた分解した文字の一つ一つをバラバラに各所の炎が発している。狂った文字の羅列はどこまでも気色が悪い。
『も』『う』『お』『わ』『り』
「そうだ、終わりなんだ。終わりなんだから、黙ってろ」
『で』『も』『た』『だ』『で』『は』『お』『わ』『ら』『な』『い』
声が潰えると同時に、辺りの気温が一気に上昇する。あまりの高熱に、Gの残った薄い翅がチリチリと焼けた。
「なんだこの熱さは!? 尋常ではない!」
「前輪の、俺らの体も!」
輪入道達が乗り移っている自転車の金属部が溶け始めている。
セブンは細いキリを取り出し、手近な炎に近づける。キリの先端が一気に融解した。
「源はこの炎だな。一欠けら一欠けらがこの熱さ、凄まじい」
「……もし本物の地獄の炎がこれぐらいあるのなら。地球どころか太陽系の惑星を全部焼いてお釣がくるんだが」
所詮は擬似的な獄炎であり、灼熱地獄の炎と比べるべくも無いのだが。
「でもなんつうか、日本全土ぐらいは焼き尽くしそうだな」
「それはまたたまらない話だ。この位置じゃどうやっても逃げ切れないぞ」
セブンはある程度達観して、先程使ったキリを手でもてあそぶ。キリは二度・三度宙に浮かんだ直後に木製の取っ手部分ごと一気に焼失した。黒い炎の熱ではない、それ以上の熱がどこかから発せられている。
「ア、アニキ……?」
「いくらなんでも熱くなりすぎですぜ?」
熱源はクレーターの中央、火車の体がどんどんと熱くなっている。地面が融解し、黒き炎と一緒くたになって蒸発している。
「そうか、まともな炎ならこいつ等を浄化できる」
Gの記憶にあるのは、輪入道の炎に焼かれ死したモウリョウ。黒い炎は普通の炎に弱い、正気を取り戻した火車の炎なら黒い炎に競り勝つ事は十分に可能だが……
「アイツもひょっとして自爆する気なんじゃないか?」
「なんでだ!?」
「兄ぃがそんなことする必要はねえよ! もう終わったんだよ!」
メルトダウン状態の火車の様子から、冷静に推理するセブンに輪入道達はくってかかるが。
「強いて言うならケジメか」
Gの言葉に、セブンが深く頷く。
なんだかんだ言っても、事の始まりの責任は火車にある。もはやこの街のいたる所が黒き炎で汚染されている。もはや、街を浄化するには街ごと一気に焼くしかない。黒い炎はもはや、ひとかけらも残しておいては危険な存在となってしまったのだ。
全員が発熱源の火車の元へゆっくりと動いていく。輪入道達はともかく、セブンとGにはそこまでの義理は無い。ただ、ここまで覚悟を決めた男の信念を聞かずに去るのはあまりに損な話だ。
「あいつら、俺を火種に燃え上がったが、火種にも無駄に力を残していきやがった」
クレーターの外に陣取った四人に対して火車が言葉をかける。周りの四人も辛いが、発熱源である火車は肥大した熱を抱え込んでもっと苦しいはず。しかし、火車は至極冷静だった。
「ま、しゃあねーよな。やった事のケジメはとらんとよ。お前ら、またしばらく別れるけど勘弁な」
「アニキ……」
「俺らも、俺らも一緒に逝かせてください!」
「一緒に逝くって時点で駄目だ。俺は今から一勝負かけるが、死ぬ気は無い。この爆発で生き残って」
心中を否定し、火車はセブンへと向き直る。
「お前と、もう一度やりあう」
その目に怯えも恐れも無い。ただ、純粋に闘志が燃え盛っている。そんな彼の様子を見て、Gとセブンは己の見識の間違いを自覚した。この男に自爆するつもりだが死ぬ気はない。己の全てを出しつくし燃やし尽くした跡から必ず這い上がってくるつもりだ。ケジメをつけた上で、生き残ろうとしている。
「わかった。私は待っている、だから戻って来い」
「兄弟達とイイ女が待っててくれるんだ。こいつあ漢として、帰ってこなきゃまずいよなぁぁぁ!?」
セブンの返答を受けた火車は、最後に絶叫し、親指を突き立てたまま炎を己の全身に纏う。もはや等身大の火柱、発熱も限界を超えもはやこの場で見守る事は不可能だ。
「行くか」
Gがまず退却の一歩を踏み出すが、激戦の疲れからかよろけてしまう。脇に居たセブンが察して受け止め、肩を貸す。ありがとうと頭を下げてから、Gはあることに気がついた。
「セブン、お前の肌も随分と暖かくなったな」
「いきなり何気持ち悪い事言ってるんだ、離すぞ?」
「そいつは勘弁願いたい」
Gは心底愉悦そうに笑った。
火柱となった火車から一本の火柱が立ち上がり、天を突く。天をた火柱はどんどんと太くなっていき、死したこの街を一気に飲み込んでいく。後に、遠くで街の様子を見ていた社長はこう語っている。
まるで、街が極厚の火の巨大なドームに包まれたみたいだったと。火車は黒い炎を超える熱を出しながらも、街一つの中に無理やり圧縮したのだ。
数日後
「ここで最後だねえ」
街への道を封鎖する作業を監視しながら、社長は手元の地図に印をつける。めぼしい街道から裏道や山道まで、全ての街に通ずる道に印が付いていた、最後の印をつけた瞬間に街は完全に封鎖された。金網に張られた看板の立ち入り禁止の赤い文字に寂しさを感じる。この町の住民だった人たちが、各々どういう道を歩んでいくかは知らないが幸せであって欲しい。あんな不幸な目にあったのだから、そのぶん幸せになる権利が彼らにはある筈だ。
社長の報告と消防署長の証言を受けた結果、街は復興することなく封鎖される事が決定した。反対意見も少なくは無かったが、反対意見の全てが街に行った事もない人物から発せられたもの。地元の住民までほぼ総意で街を捨てる事を承諾していては立つ瀬も無い。
復興作業を請け負うはずだった社長は、復興作業より遥かに規模の小さい封鎖作業を行っている。一応、黒い炎を警戒して従来より遥かに広い範囲で設定しての封鎖だった。
「社長」
「ん?」
「五木さん知りませんか? ちょっと渡していた図面があったんですけれども」
「はいよ」
社長は事前に五木から預かっていた封筒を、現場監督に手渡す。
この作業には五木と那々も着いて来ていた。街から逃げ出すときに、姿の見えなかった両者だがいつの間にか被災者の輪の中に加わっていた。行方不明になっていた事情やどうやって非難してきたかとの問いに二人は一切答えなかったが。別に生きてるんだから問題ないと、社長は判断し追求はしなかった。
本来ならば彼らを連れて来るほどの作業ではなかったのだが、一応この一件の関係者でもあるし、本人達もよろしければと打診してきたので、那々も五木も封鎖作業の補助をしていた。
「ところで那々ちゃんも居ないんですが。社長知りませんか?」
「あーあの二人ならちょっと野暮用があるって二人でどっか行ったよ。作業終了までには戻ってくるってさ」
那々の手には花があった。きっと二人で花でも備えに行ったのだろう。
「二人でですか。社長」
「ん、なんだい?」
「あの二人ってその、つき合ってんですかね?」
「んー?」
「ほら、なんだかんだいってあそこの会社、五木さんと那々ちゃんの二人だけじゃないですか。つまり男と女の二人っきり、しかも那々ちゃん住み込みだから普通に同棲してるじゃないですか」
「なるほどねえ」
難しい問いだと、社長は考え込む。確かに客観的に見るとだいぶ親密な二人ではあるのだが、恋人というカテゴリーに入るかといえば少し違うような気がする。
「いや、たぶん、本人達でないからなんとも言えないけど。恋人とかそういう関係じゃないと思うんだけどねえ」
「それは良い事です」
「? なんで人の恋愛事情が良い事なんだい?」
「いやーそりゃあ俺らのアイドル那々ちゃんの恋愛事情は気になるワケでして」
見れば作業員の作業の速度が随分と遅くなっている。明らかにこちらの会話を聞いているようだ。
「じゃあ、ココはもう一人のアイドルである私の恋愛事情を」
「あ。いかんいかんこの図面持ってかないと現場に混乱が」
現場監督がそそくさと去っていき、作業員達も全ての注意力を己の行っている作業に注ぎ込みいそいそと作業を進めていく。
「はっはっは、君ら給与査定覚悟しとけよ」
アイドルの恋愛事情云々はさて置いて、あの二人の関係はなんと例えればいいのか。殆ど言葉を交わさずに相通じれる者があの二人にはあるが、なんせ二人の関係には清清しいほどに男女特有のドロっとした性欲の感情が無い。お互い不能ではあるまいが、あれだけ親愛を重ねている他人の男女なら少しは臭いがあってもいいはずだ。
「ああ、そうか。他人じゃないんだね」
血縁関係が無いのは知っているが、あの二人の関係は兄妹か姉弟という関係に似ている。互いが欠けたところを補いあい、また相手から自分の足りないところを学んでいく。欲も何も無いスッキリとした関係。一応立場的に五木の方が上であるし精神的にも熟達しているので、兄妹なのだろう。最も、もしこれが耳に入ったら那々はすごく不満そうな顔をするだろうが。
最も、兄妹間には血縁という一線を越えられない不可避の壁があるのだが、それが元々無い兄妹の場合はもしかしたらその内、互いを補完し合うのは恋人や夫婦も同じ事であるし――全く想像できない二人ではあるが、先の事はわからない。
「社長ー」
先程逃げ出した現場監督がいけしゃあしゃあと戻ってきた。
「監督、ちょうどよかったよ。血の繋がっていない兄と妹のチョメチョメってどうだい?」
「叶わない、ファンタジーだと思い続けています。てえか、なに考えてるんですか、仕事中に」
「はっはっは、ファンタジーに溺れてたよ。で、なんだい?」
「あーまあいやたいした事じゃないんですがね、一応報告しておかないと」
「ふうん?」
モウリョウの攻撃により潰されたお堂、ここからは街が良く見えた。眼下の街は廃墟ではなく、綺麗さっぱりとした焼け野原と化していた。火車の最後の炎により、黒い炎は一欠けら残さず浄化された。
かつて地獄から零れ落ちたカケラをこんなところに押し込んでおいたのがいけなかったのか、火車がここを寝床に選んだのがいけなかったのか、そもそも彼に無駄な力の渇望を与えたセブンとカマイタチの強さがいけなかったのか。もはや、真実は不明だし探っても誰も得をしない。
紫の花束を那々は掲げ、天高く投げる。追尾するように投げられた待ち針が、花束の拘束を解いた。花は天に散り、風に乗って街へと流れていく。
「ブーゲンビリア。花言葉は『情熱』。菊よりもオマエに似合った花だ」
本来ならば花束に使えるほどたけの長い花ではないのだが、花言葉から考えればこれほど適した花は無いと、花屋で無理に仕立ててもらってきた。
件の一件から街の完全封鎖までの数日間の猶予、その間に那々と五木は一回街へと包囲をかいくぐり焼け野原の街を探索した。もはや焼け野原となった街に物など何もない、ただ火車がどうなったのかを確認しに二人は侵入した。 火車が自爆した目印となるクレーター跡、周りに比べ一層酷く焼けた地面の中央には何も無く。ただ彼の立っていた場所だけ綺麗なままで土が残っていた。
輪入道達は街から離れるまでは一緒だったが、社長と合流した頃にはいつの間にかどこかに消えていた。仮の体で有る自転車が持たなくて新たな体を捜しに出かけたのか、それとも火車の元へと戻ったのか。それは分からなかった。流石の二人にも全てが終わった後に火車を捜索するだけの余力は残っていなかった。
骨も残さず己を焼き尽くしたのか、それとも輪入道達が回収したのか、それとも……考えてもキリはなかった。死んでいるのか、生きているのかさえも分からない。一応、生きているなら祝福、死んでいるなら鎮魂として花は持ってきた。
「そういやよ」
街を見下ろす那々の後ろに立つ五木、彼の手にも数本のブーゲンビリアがあった。五木は風に花を渡しながら、那々に尋ねる。
「なんで火車と殴り合ってたんだ? お前の好みじゃないだろうに」
「そうだな、好みじゃないな」
「わざわざ敵の土俵に踏み込むなんて、らしくない」
セブンは殴り合いでも十分一線級の実力を持っているが、やはり本来の得手は無数の武器を使った戦い方にある。わざわざ己の持ち味を殺して火車の為に素手で戦うなどらしくなさすぎる。彼女が好む筈の効率的な戦いから最もかけ離れた行為だ。
「でもそれ以上に、あそこまで熱かった男の腐った目が好みじゃなかった」
「腐った目?」
「オマエは直接目にしてないからな。すごかったぞ、アレに憑かれていた時の火車は。ツバでも吐きかけたくなるくらいに」
那々は見なくて幸いだったなと付け加えた。それほどまでにあの火車の様相はかつての彼と接した者なら目を覆いたくなるような有様だったのだ。
「己の技に全てを賭けたカマイタチに比べれば、火車は弱い。だが、ヤツの性根で燃える物は誰よりも強い。最後に見せたバカみたいな強化は憑かれた影響じゃない。元々ヤツの中にあった炎が、ただ外に漏れただけ」
「なるほど。つまりはまともな火車と戦いたかったから、あんな無茶をしたっのか?」
その質問には答えずに、那々は手元に出現させたスプレー缶をひょいと五木の顔の辺りめがけて後ろ向きのまま投げる。条件反射的に五木が顔を逸らした瞬間、五木の顔面があった空間を鋭い犬歯が襲った。
もはや腐肉を削がれた白骨の状態。しかしまだ死ねない、輪入道の炎が弱かったのか、それとも妖怪である分人より強靭なのか。白骨化したモウリョウが二人を未だ喰わんとしている。
「少しは、なんといえばいいのか、強い敵と戦いたいという戦士っぽい気持ちが私にも芽生えてきたのかもな」
振り向きざまに再びスプレー缶が投げられる、スプレー缶はまるで魔球のようにどんどんと分裂していき、いつの間にかモウリョウは無数のスプレー缶に包囲されていた。
那々は二丁の鉈をモウリョウに向け放つ。回転しながら不規則に飛ぶ鉈は、スプレー缶を破壊し、お互いかち合いながらモウリョウの周りを飛ぶ。スプレー缶は砕けガスを撒き散らし、鉈はぶつかる度に火花を散らす。ガスと火花が相互に作用するまでそう時間はかからなかった。
爆発が白骨のモウリョウを粉々に吹き飛ばす。各部位が辺りに散らばるが、どれもが自然に白灰となり散っていく。ようやくモウリョウは死んだのだろう、なんだかんだで彼が一番の被害者かもしれない。
「最も、ここまで堕ちた相手にまで慈悲はかけないが。五木? 何処に行った。人が真面目に話しているのに」
いつの間にやら消えた五木を那々は探す。当の本人はというと。
「そろそろ、頃合か……」
爆発に巻き込まれ吹っ飛ばされ、木の枝に引っ掛けられながら至極真面目ぶっていた。
「ま。五木ちゃんたちが帰ってきたら撤収といきたいところだけど、まだ見つからない?」
「ええ、どうも誰も本気で身に覚えがないみたいでして」
「んー備品の管理は徹底して欲しいものだねえ、経営者としては」
「申し訳ないです。でも社長、もしかしたら誰かが盗んだのかも」
「森の獣ぐらいしか容疑者が居ないけどねえ。盗むか? 工事用の台車なんか」
「あのでっかい車輪が二つ付いた台車」
「そうそう、人一人乗っけられるぐらいのね。五木ちゃんが帰ってきたら聞いてみよーか」
社長の会社からの帰り道、二人は夜道を歩いていた。月は丸く、人気もない。狸辺りが喜んで踊りだしそうな夜道だ。
「なあ、那々よ」
夜なのに外していないサングラスをいじりながら五木が那々に話しかける。そして、五木はサングラスを外した。彼は体の一部と揶揄されるほどに人前では常時サングラスをかけている、付き合いの長い那々でさえ2〜3回しか彼の素顔を拝んでいない。
五木の目は存外に切れ長で似合わず澄んでる、別に隠さなければいけないほど不細工ではない。むしろ出していた方がだいぶ格好良かった。
「お前さ、帰るか?」
「帰るって、帰るんだろ家に。飲みにでも行くのか? 金もないのに」
「違う、そうじゃない。父親の元に、フランケン博士の下に帰るかって事だよ」
那々が思わず立ち止まるが、五木は歩みを止めない。仕方無しに那々は小走りで五木に近づき、並んで話し始めた。
「どういうことだ? いきなりそんな」
「いや、カマイタチとの一戦辺りから考えてて、火車との戦いでのお前を見て確証に変わったんだ。お前は、もう空っぽの人形じゃないってな」
「……」
「俺がフランケン博士に頼まれた事は、空っぽの心に俺の強靭な精神を注ぎ込んでくれって話だったが」
五木は天を仰ぎ立ち止まった。那々もそれに沿う、二人の脇を誰かの自転車が駆け抜けていった。
「もう注ぎ込めない。なんせ、もう既にお前自身の強い心が宿っている」
人は個々で人、精神を完全に他人に注ぎ込む事なんか出来はしない。精神に感化されたり精神の伝授という話はあるが、これらはコピーではない。他人の精神に接し、己の中にある物をその経験を糧に育てていく事なのだ。
自己を鍛え続け、当てもない未知なる強豪を一人待ち続けたカマイタチ。他人に慕われ、炎のごとき性根で実力差の有る相手と五分に渡り合った火車。彼らとの戦いでセブンという妖怪の精神は着実に成長していった。
強者との戦いを効率的な物として捉えるのではなく一つの崇高な邂逅として捉え、己を殺してでも崇高さに殉じる、カマイタチの侍としての精神。
精神をぶつけあうという泥臭い戦いで、一歩も引かず己の資質だけで相手をねじ伏せるという、火車の侠の精神。
二人の精神に加え、無償で敵いもせぬ困難に一人立ち向かっていたコックローチGの不屈の精神の下敷き。かつて無垢であった人形は適度に汚れ個を既に確立していた。
「俺はフランケン博士の真意は知らないが、きっと博士は今のお前を見て目を細めるだろうよ。だから、お前はもうここに居る必要は無い」
「そうか。じゃあ帰るぞ」
那々はスタスタと歩き出した。五木は、そのまま動かず星を眺め続けている。
「那々、いやさセブン。フランケン博士によろしくな」
「何を言っているんだ、オマエは。帰るのは家に、五木清掃所にだぞ」
「なにぃ!?」
慌てて五木は那々の後を追う。那々は構わずにどんどんと歩き続ける、幾度かあせりで足をもつれさせながら、五木は那々の脇にようやくたどり着いた。二人は歩みながら話し続ける。
「父にはこう言われている。『お前はもう大丈夫だと彼に言われたら、自分の好き勝手に動いていい。私の事は気にするな、君が好き勝手に動いている事が私にとっての利益に繋がるとおもってくれていい』」
「好き勝手にか?」
好き勝手に動く事が利益に繋がるとはどういう事なのだろうか? フランケン博士の真意は、五木にも未だに図りきれていない。ひょっとして、セブンという妖怪には最後の最優の人造人間以上の役割があるのではないのかと、思う時も有る。
「だから私はここを離れない、オマエの元を離れない」
いつの間にか、廃屋と見紛わんばかりの五木清掃所本社ビルに到着していた。那々は立ち止まり、真摯な瞳を五木に向ける。サングラス無しで見詰め合うなど初めての経験。五木は、少し頬を染めながらも那々の視線を真っ向から受け止めた。
「いいのか? 給料、安いぞ」
「給料に不満があるなら一日目で飛び出している」
「このボロビル、改築しないぞ」
「住みやすいんだから改築の必要なんか無いだろ」
「これからも余計なおせっかいで物事に足ツッコミまくるぞ」
「上等さ。これからも、オマエの凶器として全ての敵を狩っていこう」
「そうか……」
サングラスを再びかけなおした五木は、駐車場に停めてある軽トラに近づき助手席の裏を探る。そこからはビニール袋に包まれた幾枚かの万札が出てきた。なんだかんだで儲けた金をそこらにヘソクリしているので、けっこう財産自体はあったりするのだ。
「今夜は飲むかー!」
「オマエ、酒飲めないだろうが」
「いいんだよ居酒屋行ってそれらしい事すればいいんだから。今日は肉たらふく食っていいぞ、俺が保障する」
「ホントか? 限界とか超越してもいいのか?」
「ああ、かまわない。むしろ店の肉食い尽くすつもりでやっていい、どうにかなるさ」
「それだけで残ったかいが有るな」
「ははは、こやつめー」
上機嫌の二人は連れ立って、繁華街へと向かい歩きだす。日本妖怪の強豪に名を連ねていた、カマイタチと火車の撃破。小規模ながらも現出しかけた地獄を消滅させる。この一件で今まで草の根レベルで活動していた二人の事は広く知れ渡る事となってしまった。これから二人が遭遇する物事はより困難。しかし、セブンの武力と芽生え始めている武侠心、コックローチGの生命力とそれなりの知恵。これだけ揃っていれば、とりあえずはどうにかなるだろう。
「うむ。旨いな、やはり肉は」
「あ、すいません店員さん。ツケってOK? え、ダメ。そこをどうにか……」
多分。
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