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近世百鬼夜行〜四〜

 雑踏は彼を笑い、彼もまた雑踏を笑う。
 華やかな若者が集う渋谷に似合わぬ一人の侍。街に似合わぬ自分を笑う人々を一笑にふして、人が最も多く集まり、車も途絶えることの無い駅前交差点の中央に座す。信号など守る気も無い、以前に意味を知らない。人々は何事かと遠目に見守り、車は邪魔だ邪魔だと嘶きを上げる。とりあえず煩い車を、彼は刃の二振りで断ち切った。
 彼の四方八方を囲んでいた車が次々と真一文字に裂かれて行き、次に縦一文字に割れ、最後には細分化して残骸と化す。ドライバーがどこに行ったのかはわからない。ただ、残骸には明らかに赤い異物が散りばめられていた。細かすぎてなんなのか認識できないのがむしろ幸いだ。
「剣は冴え、気も研がれている。来い、この場所に相応しき相手。こちらは十分だ!」
 事態が判らぬ野次馬が集まる中で、カマイタチは独り吼えた。

 カマイタチの所に向かおうとする、五木とカミキリ。しかし、人が多すぎて思うように進まない。掻き分けるには、この人垣は厚すぎた。
「なんだってこんな所に陣取って挑発してきやがった!? サムライの果し合いは人っ子一人いないような寂しい草原で行うのがセオリーだろうよ!?」
「いやボクもさっぱりでして。昔のイタチ兄ぃなら、果たし状とかを送っていたと思うんですが」
「歳月が人を変えたのか? とにかく、これじゃあ着くころには全部終っちまってるぜ。カミキリ、地元民にしかわからない抜け道とか無いのか?」
「このレベルの人ごみじゃあ多分使えないですよ」
 なにかあれば暴動でも起こるのではないかと思えるほどに人が密集していた。夜半という渋谷のゴールデンタイムに、駅ごとせき止められるという事態が混乱を招いている。このままでは原因の人物が何もしなくても、勝手にそこいらで殴り合いが置きそうだ。現時点で小競り合いくらいならそこかしこで起こっているが。巻き込まれたら大幅ロスタイムだ。
「仕方ない。じゃあ俺の知る抜け道を使おう」
 五木が人の波を避け薄暗い横路地へと入っていく。ここを通っても目的地には着きませんよ、というべきか否か迷いながらカミキリもそれに着いて行く。横路地の中ほどで五木は立ち止まり、下にあるマンホールの蓋に手をかけた。
「……クサいのは平気か?」
 五木の問いに、カミキリは苦笑いで答えるしかなかった。


『君は完全に包囲されているーすみやかにー』
 拡声器の無粋な音がギンギン自己主張する。カマイタチを囲む人垣の最前列は急行してきた機動隊によって確保されていた。ジェラルミンの盾が鈍く光、四方八方に薄ぼけたカマイタチの姿を映し出す。
 座したまま目を伏せ動かないカマイタチ。そんな彼の様子を見て警官達はその包囲を狭めた。瞬間、警官隊の目の前の地面を何かが疾った。
「入るな。コレぐらいの広さが無いと、何かと不便だ」
 ふうとカマイタチが軽く息を吐いたのと同時に、頑強さと威圧感では定評のある警察均整の盾はその全てが真っ二つにされた。警官隊の動揺と恐怖感と連動し包囲の幅はむしろ元より広いものになった。
 突如、空の満月に影が映る。てるてる坊主を思わせる程に、マントで体を覆ったその影こそが今宵の待ち人。
 影が実像を持ち、カマイタチの上に降って来る。カマイタチは一気に座から脱し、双刀で影の急襲を受け止めた。
「強者の果し合いに相応しい場所、用意しておいたぞ」
 鉈を両手に携えたセブンの姿を見て、カマイタチは口の端を歪める。
「……何処がだ?」
 対照的に冷ややかなセブンがその意を問う。
「優れた決闘は他者の目に触れることで逸話となる。目撃者が多ければそれは伝説ともなろうよ!」
 カマイタチの一刀が動くのと同時に、セブンの一方の鉈もあわせて動く。瞬時の剣撃、それを機に二人の間で交わされる無数の石火。もはやそれは常人では理解も出来ない、達人でも嘆息するしかない速度であった。カマイタチが一歩退き、鉈が宙を切る。鉈の背に合わされる刀、強度という次元を無視し、分厚い鉈は腹から真っ二つに折れた。
「もらった!」
 武器を失ったセブンを急襲する二重の刃。だが、彼女にとって鉈など数百ある武器の一つに過ぎない。新たな武器が姿を現し、力任せに刀を弾く。それはかつて二次大戦中に最も人を殺した近接武器と呼ばれた道具……
「……槍か? いやそれにしては刃が扁平すぎるな、なんだそれは?」
「フフフ、コレを出すのは久しぶりだ。名前だけは教えてやろう、これはスコップと言うんだ」
 セブンが取り出したのは長柄のスコップ。確かに、遠目で見れば槍に見えるが、これは本来土を掘る道具だ。最も、そんな穏やかな目的の為に使うために取り出したわけではない。
 唸りを上げ突き出されるスコップ。ただの突きではない、先端ごと回転したそれはまさしくドリル。下手に身に触れれば、それは全てを抉り取るだろう。「ぬう!?」
 一撃だけならともかく、息つく間もなく突き出される連撃の嵐を捌くのは不可能。今度はカマイタチが退くが、斬撃ならともかく刺突から一足で逃れることは事実上不可能。カマイタチにできるのは二つの刀でスコップを受け止めることだけだった。だが、回転の力は殺せず。容易にスコップは刀を弾きその先にあるカマイタチの顔面を穿とうとする。その先端が鼻先に触った時点で、カマイタチの頭は粉みじんに吹き飛ぶだろう。
 ガツンと大きな音を起とし、スコップが弾かれる。何をしたのかさえ判らない、まるでバリアでも事前に張られていたかのようにカマイタチの眼前の空間が必殺の凶器と化したスコップを弾いた。回転が止まったスコップが切り刻まれる、これぞ数日前にセブンの目をもってしても読めなかったカマイタチ第三の刃。鋭い切れ味を誇りながらも不可視のこの刃を読めるかどうかに勝利の行く先はかかっている。セブンの動きが思案のため止まり、それを良しとカマイタチも距離を取り機会を狙う。この戦いが始まってから初めての、静止の数秒間だった。


 無数の群集の中でセブンとカマイタチの戦いを何人がまともに視認できたのか。千人集まろうとも、ブラウン管を通して数万人の人が見ていようとも、0である可能性は十分にありえる。人外の戦いを完全に理解できるモノは人外だけなのだ。そして、群衆の中にそれを完全に理解する人外が一人居た。
「いやあ、派手なケンカだぜ」
 この戦いの仕掛け人である火車が感嘆する。この場所を提案したのも自分、そもそも山に居たカマイタチを焚きつけたのも自分。だが、まさかここまでの物を見せ付けられるとは思わなかった。火車も拳を握り締め、気合を体に這わせるが、
「イタタあ〜〜」
 腹の傷が疼き、その場にしゃがみ込む。セブンとの戦いの後遺症、内臓をチェンソーで抉られたそれは妖怪といえども容易に治る物ではなかった。
「おいオッサン。しゃがみこんでなにしとんねん。オレの女のスカート覗き込むんちゃうやろうな? それに肩ぶつかっとるんじゃ」
 しゃがみ込んだ火車の胸倉を掴む、ガラの悪そうな大男。無数のピアスに全身を覆うタトゥー。外見だけなら、火車より遥かに強そうだが。
「うるせえボケ」
 大男のアゴに炸裂する火車の拳。哀れ大男は比喩でも何でもなしに、遥か上空へスッ飛んでしまった。ビルの屋上に落ちたのが幸いか。
「ふっ、今俺にできるのはこれぐらいか。情けなイッ!?」
 かっこよく決めようとした火車の足の先にあるマンホールがカタカタ震える。突然吹き飛ぶ鉄蓋、蓋は狙い済ましたかのように火車のアゴに直撃した。「戦いは始まっているか!? ってちょっと目測誤ったか」
「これだけ近寄れれば十分です。もう下水道は……ネズミが……白いワニが、ああ……」
 カタカタと震えるカミキリ。きっと何か下水道で恐ろしい事があったのだろう。
「しっかりしろ、生きてることを確かめろ!」
 カミキリの肩を揺さぶる五木、彼は気付いていないが、その後ろでは火車がアゴを押さえのた打ち回っていた。


「読めた……!」
 セブンがそう言葉を発した瞬間、彼女は無手でカマイタチに向かい走り出した。
「血迷ったかぁ!」
 カマイタチの双刃が輝く、しかしセブンは頭から滑り込むことで刃を回避する。完全には避けきれずセブンの両肩に緋が奔るが、勢いを殺すほどのモノではない。だが、カマイタチには隠れた刃がある。
 見えない刃にズタズタに切り裂かれるセブン。羽織っているボロ布が飛び散り、血肉が舞う……筈だった。
「なにぃ!?」
 驚愕に目を見開くカマイタチ。斬ったのはボロ布のみ、中身が消えている。自分の視界、上下左右にそれらしきものは無い、ならば。
「刃は三つ、四つ目は無いと踏んだ」
 背後から聞こえるセブンの声、振り向こうとするが首に巻きついた細腕が押しとどめる。細腕の細さに反比例した怪力がカマイタチを完全に拘束する。
「両腕は刀を抜き放つのに使われている、脚に妙な動きは無い。ならば、最後の刃の隠れている場所はここしか考えられない。見えない刃が出る時、オマエの口は妙な動きをしていた。ここに秘密がある!」
 カマイタチの第三の刃の隠し場所は、口。犬歯を交錯させることで生まれる真空の刃が正体。とある忍者がこれを真似、激しい吸息から真空を巻き起こすカマイタチの術を考案したが、本家の刃は手軽さと鋭さで人間の一歩上を行っている。三回軽く歯を鳴らしただけで、三人の斬首が可能。
 セブンが仕掛けたのは右腕でノドを締め付け、左腕でアゴを締め上げる変形のフェイスロック。これでは息が出来ない上に歯を鳴らすことさえ出来ない。浮き上がるカマイタチの体、首とアゴがより一層強く締め付けられる。技はここで終わらず、直後のセブンの動きで最終形を迎える。
 ぶら下げられたまま振り回されるカマイタチの体、首を始点にしたジャイアントスイング、スリーパースイングがカマイタチを完全に捕らえる。大回転するセブンの勢いは微小な竜巻をする程のもの。回転が最大限に達した時、カマイタチの拘束が突如解かれた。カマイタチは回転し、群集の上をすっ飛んでいく。大回転したままカマイタチは109ビルの中腹へ激突し大穴を作った。
 決着――
 では無い、セブンは群集を一跳びし、109ビルへ突入する。決着ではないが、二人の戦場は衆目の広場から、目の届かない室内へと移動した。


 「女子プロの大技 スリーパースイングなんていつ覚えやがった……」
 唖然とする五木。その肩にかけられる熱い手、振り向いた五木のアゴに鉄拳が炸裂する。
「ぐはぁぁぁぁぁ……!!」
 垂直に吹っ飛ぶ五木の体、受身をとるのにも失敗し頭から垂直に地面へと落下する。落下地点は先程までセブンとカマイタチが死闘を繰り広げていた辺り。二人が居なくなったので現場検証をしようとしていた警察官達がざわめく。
「あー……死ぬかと思った」
 派手に落ちたのに平然としている五木を見て警察官達が引き気味になる。
「死ねもしねえくせになに言ってやがるよ」
 群集を掻き分け登場したのは火車。ゆっくり五木の方へ歩いていく火車を職務をけなげに務めようとする警察官が捕らえようとするが、
「邪魔すんじゃねえ!」
 火車の手から放たれた火が彼らを遮る。再び作られる決闘場、火車の手に轟炎が収束する。
「腹痛テエからよ、さっさと決めさせて貰うぜ」
 倒れふす五木へ踊りかかる轟炎。あまりに火勢が強すぎ、五木の姿はもはや確認できない。火葬を目の当たりにされたことで、何人かの群集が絶叫した。 火葬、そんな全うな葬り方が与えられるほどに彼が上等なものか――
 ゆっくりと炎から這い出してくる、黒色の蟲。火車がニヤリと笑う。
 妖怪としての真の姿であるコックローチGへと変化した五木。彼の人型ゴキブリそのものの姿を、マスコミのカメラがしっかりと捕らえていた。

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