Home > 小説 > つよきす > 蟹沢きぬの憂鬱

蟹沢きぬの憂鬱

「おーいバカレオ! 久々にゲーセンでも行こうぜ」
「あっ、悪い、今日は先約があるんだ」
「あーん? オメエなに淑女からのエスコート断ってやがりますか。アレか? またココナッツと先約がーとかぬかすんじゃねえだろうな、ヴォケ」
「……あ。空からブタが降って来てる」
「なにい、マジか!?」


 

「テメーこの野郎、晴れ時々どころか雨しか降ってねえぞって、逃げてるよあのチキン!」
「しょうがねえじゃん、俺らだけで行こうぜ、ゲーセン」
「なんだかんだで、レオと椰子が仲睦まじいのは良い事だよな。あとカニ、流石にあんな嘘に騙されるな。お兄さん悲しくなるから」
「ウラミハラサデオクベキカァ……」
「うわぁん、カニが怖ええよ、スバル!」
「落ち着けフカヒレ。目を合わせなきゃ大丈夫だ。
 ……しかし、こりゃあ厄介な事になりそうだなあ」

「では第一回KKK団の会合を始めるぜ!」
 自分の部屋に集まった、二人の幼馴染に向けてカニは高らかに宣言する。
「……なあ、お前今日の英語の宿題どうする?」
「あんなの解るわけないっしょ、ギブで。俺、祈先生のお叱り個人授業コースでハァハァするよ」
「なに思いっきり無視してやがりますかテメーら」
 話題から逃げようとするスバルとフカヒレの首根っこをひっつかむカニ。
「いやだって、そもそもなんだよその危険臭のする団体名は」
「K……かわいい幼馴染を
 K……ココナッツから奪還する為の
 K……蟹沢きぬの団
 略してKKK団ってコトですよ、わかったか」
「ココナッツから奪還って、カニ、お前まだあきらめてなかったのか」
 他人には解らない過程があって、いや、スバル辺りはなんとなしに関わってはいたが。ここにいる幼馴染連の残り一人である対馬レオと、カニの不倶戴天の敵である椰子なごみはいつの間にか恋仲となっていた。ちなみにレオは不在。カニの部屋から見える、レオの自室の部屋の明かりも消えている、きっとなごみとどこかで一緒にでも居るのだろう。他人の前では冷淡に見えるカップルだが、なんだかんだで仲は良い。
 お隣どうしで意見相通じる幼馴染とよりによってというヤツのカップル、確かにカニから見ればキツい話だ。
「教えただろ。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られちまうぞってな」
 こんな感じで常時嫉妬の炎を燃やすカニを、スバルがいつも抑えていた。ちなみにフカヒレも当初は嫉妬の炎を燃やしていたが、いい加減熱くてウザいとでも思ったのか、なごみの説得によりその炎はとうに沈下していた。説得と言うか脅迫と言うか……とりあえず説得終了後のフカヒレは恐怖でカタカタ震えていたらしい。
 それはともかく、スバルはなんとか今まで言葉だけでカニを収めていたのだが。
「うるせー! 馬がなんだ、そんなんボクが馬刺しにして食ってやんよお!」
 今日はそれで収まりそうに無かった。
「落ち着けよ、カニ。いいじゃないか、レオが恋に目覚めたって。俺らは俺らで大人しくそれを見守ればいいのサ、ハハハー……」
 本当にどんな説得が行われたのか。ちょっと空虚な目でフカヒレが、炎を納める側に回っていた。
「うん。オマエは団員じゃないから帰ってもいいぜ。むしろ帰れ」
「……え? いや、なんかそれはそれで冷たすぎない? 俺も混ぜてくれよ」
 闘志を失った男は要らんとばかりに突き放すカニ。要らんと言われるとそれはそれで不安になるチキン気質なフカヒレ。
「レジで年齢認証にひっかかったのに、レジを替え時間をずらしエロゲー購入を必死に目指す幼馴染は要りません。腕っ節がたつ幼馴染、いざとなると熱い幼馴染が居たらボクの所に来なさい。以上」
「チクショー! 買えてればまだよかったのにぃ!」
 本気でイタい過去を暴露されたフカヒレは泣いて逃げ出した。お店の人に学校やら親に通報されなかったのが実に幸いだった。
「じゃあオレもこのへんで」
 スバルもフカヒレの退散に乗じて出て行こうとするが、それに気づいたカニは引き止めた。
「あん? スバルは別に居てもいいぜ。なんかいい知恵くれよ」
 なにか困難な時、スバルならきっと何とかしてくれる。幼馴染の中での共通の認識だった。だが何故か今回スバルは何故か少し躊躇った様子を見せた。まるで、その問題を解決したくないように。
「ま、しょうがねえか」
しかし、結局スバルは話に乗ってくれた。少し寂しそうなそぶりを見せて。
「おう、スマネーな。で、なんかいい考えないか?」
「ああ、あるぜ。すごい簡単で、俺やフカヒレの助けなんか要らない方法がな。これだけ思い出せば、オマエはココナッツにも姫にも乙女さんとも張り合えるよ」
「思い出す?」
 思い出すという事。それはつまり今は忘れているだけという事、カニの中に勝利の鍵は秘められているとスバルは言っているのだ。
「笑え、笑えよカニ。昔言っただろ、いつでも笑顔を忘れずに――
 椰子とカリカリやり合ってもレオは戻ってこねーよ。自分の魅力で取り戻さなきゃな。少なくとも、笑顔の温かさでオマエに勝てる女は居ない。オレはそう思ってるぜ」
「ボクの笑顔――」
 確かに最近、妙にイライラして素で笑った記憶が無い。笑顔を思い出せば、本当にレオは帰ってくるのだろうか。あの、バカでグズでウジウジしているけど、熱い幼馴染は帰ってくるのだろうか。
「まあ、オレに言えるのはそれだけだ。がんばんな」
 スバルもそれだけ言って部屋を去る。多少の未練の残骸を残して。
 悲しいのか幸いなのか、珍しく思いにふけるカニはそれに気づく事は無かった。


「なあレオ。今からどっかいかねえ?」
 数日後、再び竜宮でレオを誘うカニの姿があった。スバルの忠告が効いたのか、その言葉は幾分柔らかくなっている。ちなみに今、竜宮にはレオとカニ、そして少し遠くで仕事しているスバルしかいない。一応、ソファーで祈先生が寝てはいるが。
「悪い。ちょっと今からじゃ無理だな」
 レオの返事は否であった。別にココナッツ関連ばかりでなく、最近、何か目標が定まったのか色々と忙しい。しかも静かに燃えてきたせいか姫の信頼も厚くなり、生徒会での仕事も増えている。まさに今、対馬レオは青春を生きていた。
最も、そんな事はカニの知ったこっちゃねーのだが。そしてカニは暴れだすはずなのだが。
「ああ。それじゃあ仕方ないよな、ウン」
 今日のカニはニコニコとしていた。すごい、作り笑顔で。
 そのカニの様子を遠目で見ていたスバルが「そういうことじゃねえんだよなあ」と頭を抱えている。
「……カニ。大丈夫なのか、お前」
 レオもカニの異変に気がつく。胸倉つかまれるより、怒鳴られるより、こっちの方が怖い。
「ん? 大丈夫だぜ。なんせボクは太陽がジェラシーするほどの暖かさを持った女だからね。笑顔を絶やさないわけにはいかないのさ」
「それなんて没個性アイドルの持ち歌?」
「とにかくだ。ボクは笑顔でにこやかにオメーを見守っていてやるから、気にすんな、ウン」
 ジャンジャンジャーン! ジャジャジャジャジャーン!
 無駄に闘争心を押さえつけているカニを尻目に鳴り響く、高らかしい音。レオの携帯が鳴っていた。レオは自然にそれを手に取る。
「はいもしもし……なごみか、どうした今日は花屋の方が忙しいって……」
 今日この場になごみはいない。実家の花屋の手伝いのため早めに帰宅していたのだ。
「ああ、思ったより仕事が早く片付いて……ああ、うん、このあと会えるかって?」
 目の前で仲睦まじい会話を聞かされているカニの額に、怒りの四つ角が浮かぶ。作り笑顔+四つ角はアンバランスでなにかすごく恐ろしい。
「いやまあ、ウン、遅くてもいいならなんとかなるけど」
「ふざけんじゃねーぞ、このヤロー!!」
 怒りの臨界点を超えたカニが絶叫する。
「オメー、さっきダメだって言ってただろうがよ! それであれか、ココナッツの誘いにはヒョコヒョコとってオメーこれは歴史上まれに見る屈辱ですよ! カノッサカノッサ!」
 きっとカノッサがなんなのかカニは知らない。食べ物の名前とでも思っていそうだ。
「お前今はって聞いてきただろうが、用事が済めばどうにかなるよ。ってえか笑顔はどうした。笑顔は」
「はん、今のボクは怒り面だね。笑いの下には冷血と怒りが隠されているのさー!!」
 カニはレオに踊りかかり携帯を奪い取った。
「もしもしココナッツ? レオは今日、ボクと遊ぶからオメーと会うヒマなんか無いんだよ。オメエは店のサボテンのトゲの数でもカウントしてな!」
 そう言って、カニは携帯を勝手に切ってしまった。
「おまえ何してんの!? 人の電話勝手に取って返事するなって昔教えただろうが!」
 レオも流石に怒るが、
「うるせー! たまにはボクにも優しくなりやがれ! さびしくて枕濡らしてんだからな! 今日ぐらいは付き合ってもらうぜい」
 それ以上にハイテンションなカニが無理やりに押し切った。
 カニは比喩でなくレオの首根っこを捕まえてズカズカと外へ出る。太陽のような暖かさどころか、台風張りに荒れ狂いまくっていた。


「まあ、万事オーライ? なんだよなあ」
 竜宮に残されたスバルが一人つぶやく。当初の予定とは遥かに違うが、一応今日に限り、カニはなごみからレオを奪い取る事に成功した。笑顔の力など微塵もない暴走的な力でだが。しかし、あの暴走的な手の負えなさもカニの魅力ではあるのだ。欠点でもあるのだが。
「ま、レオ一人じゃ大変だろうしなあ。オレも行きますか」
 スバルもそういい残し竜宮を後にする。後にはすやすやと眠る祈だけが残った。
「春は短し、皆、恋せよ……ですわね」
 寝言なのかなんなのか、しかし竜宮で独り眠る祈は確かにそう呟いた。

Trackback:0

TrackBack URL for this entry
http://risotto.sakura.ne.jp/sb.cgi/267
Listed below are links to weblogs that reference
蟹沢きぬの憂鬱 from 肉雑炊
トラックバックはありません。

Home > 小説 > つよきす > 蟹沢きぬの憂鬱

Search
Feeds

Page Top