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さよなら絶望ヒロイン

「シナリオ追加決定ー!!」
 イリヤが嬉しそうにはしゃいでいる。その姿は、純真で邪気など一切ない。
 PS2版Fateでのシナリオ追加の発表。追加となれば当然ありそうなのは皆が望んだイリヤルートの追加だ。そうなればイリヤはメインヒロインとなるのだから喜びは当然だ。
「いやーついに私のルート追加だよう。いやーめでたいねえ」
「あはは……あるといいですねルート」
「私のルートが解禁された日にはあぶないなー人気投票一位確定だよ。みんなー恨まないでね」
 桜がどうしようという笑みを浮かべる。
 藤ねえが究極銀河無敵級の勘違いをしているのだが、つっこみを入れたところで誰も幸せにならないので放っておく。
「ねえねえ、お兄ちゃんはどんなコスチュームがいい? やっぱりブルマは鉄板?」
 ブルマ装備でシナリオを進めた日には、俺の理性が爆発してソ○倫に真っ向から喧嘩をうる展開になりかねないがこの発言の問題点はそこではない。
――あまりに無神経すぎる。
「……チッ」
 舌打ちして動こうとする遠坂の動きを片手で制す。怒りの瞳でこちらをみやってくるが、こちらも真剣な瞳で見つめ返す。俺の覚悟をわかってくれたのか遠坂は大人しく身を引いてくれた。
 『お兄ちゃん』と呼ばれたんだ、兄として妹の過ちは正さしてもらう。
 パン――!
 甲高い音が鳴った。
「え……? シロウ……」
 俺に頬を叩かれたイリヤが呆然として俺を見つめる。小言を言ったことはあったが、手を出したのはこれが初めてかもしれない。
「すまない、イリヤ。だが今のお前の行動は酷すぎた、だから兄として叩いた」
「そうね。イリヤ、いま貴女はとても軽率なことをしたわ」
 遠坂がどこかで聞いたような台詞で援護してくれる。
「軽率……? なによそれ。自分のシナリオができそうだからって喜ぶのがいけないことなの?」
「いや、そうじゃない」
 なんだかんだで人気はあるが結構本編では心臓えぐられたりと不憫な扱いのイリヤが喜ぶのに罪は無い。むしろそれは俺も嬉しい。
「ならなんで……?」

シナリオが削られる桜の前でその振る舞いはないだろ?
「あ……!」
 イリヤも自分の過ちに気づいてくれたようだ。他人が不幸になっているところで自分が喜びを振りまくなんていうのはやっちゃあいけない事なのを。
「勝者になることを認めないわけじゃない、ただ敗者を必要以上に貶す事は許せないわ。あの娘の姉としてね」
 自然に桜の事を妹と呼ぶ遠坂。先ほどの怒りの様相から見ても、もう二人の間の不自然なしこりは完全に消えたんだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 桜がしつこく自分に絡んでいた藤ねえを桜チョップで昏倒させてこちらにつめよってくる。
「どうした? 桜」
「いや、私のシナリオが消えるとかそんな情報ないですよね!?」
「情報は無いけど確定じゃない。あんなエロシナリオを家庭用ゲーム機に移植できると思ってたの?」
「言うに事欠いてエロシナリオってなんですか!! 私のシナリオのキーポイントは純愛ですよ純愛!」
 メインヒロインが主人公を殺すポイントがいたるところにあるあのシナリオを純愛と呼ぶのは語弊というか広辞苑への挑戦だと思う。
「そうよね、私すっかり忘れていた……増えるシナリオがあれば削られるシナリオもあることを。ゴメンなさい、サクラ。私が無神経すぎたわ」
 笑顔で桜の手を握るイリヤ。自分の過ちを素直に認める辺り、色々な意味で彼女は純粋なのだ。
「ふふふ……ははは……」
 笑顔で手を握り返す桜。
 でもなぜだろう、あの笑顔を見ていると背筋が凍りつきそうになるのは。
「桜シナリオのカット? そのようなことがある筈がありません!」
 色々ギリギリな桜を救うため、その従者が力強い宣言とともに姿を現した。


「桜シナリオ。それはFateの総まとめ的なシナリオです。全ての元凶ともいえる臓硯との決着に聖杯の終焉と、物語の肝として絶対に必要です。確かにあのシナリオを家庭用にするには多大な苦労がかかります、ぶっちゃけ最初っから書いたほうがまだマシなのでは? とか思いますがそれはそれ。桜シナリオの消滅は絶対にありえません!」
 ライダーの解説は最もなのだが、俺たちはシナリオが削られるとは言ったが消滅とは言っていない。そこまでリアリストではないので念のため。
「ありがとうライダー……私、貴女を召還してよかった」
「それはこちらの台詞ですよ、サクラ。私も貴女以外のマスターは考えられない」
 よい雰囲気で見詰め合う桜とライダー。その信頼関係は大型のダムのように強固だ。
「あれ? でもさっきライダー『桜シナリオが1から書き直された場合、ヒロインはきっと私に変わってライダーシナリオとなっているでしょう。具体的にいうなら人気投票とかの関係で』って言ってなかった?」
 幼女の無垢なる言葉の刃により、二人の信頼関係にあっさりヒビが入る。ピシリと堤防が決壊するような音が他人の俺にまで聞こえてきた。
「いけませんバイトの時間を忘れていました。私はここでしつれぶふぉ!?
 冷や汗をぬぐい逃亡を図ったライダーが愉快な声とともに黒い影に飲まれる。
「くうくうおなかが鳴りました♪ どうしましょう先輩。私、急にお腹がすいてきました」
 蒸着!? と突っ込みたいくらいに迅速に桜は黒桜へと変身していた。やっぱこの人を家庭版に出すにはすごい労力が必要そうだ。
 気がつくとイリヤが完全装備のファイナルモードで既に守りの体勢に入っている。てえか助けてはくれないんですね。
 遠坂の姿は既に消えていた。ついんてーるが影からはみ出ていたことから行き先が容易に想像できるがそれも直ぐに飲み込まれてしまった。
 藤ねえ? ……吸い込まれたんじゃない?(自信なさげ)
「ちょっと待て桜、えーとアレだ……」
 このままでは俺も影に飲み込まれてしまう。適当な言い訳を考えてみるがどれも上手くない、だが何もしないよりはマシだろう。
「最近巨乳はCEROの審査に引っかかるんだYO!」
「さよなら先輩」
 久々に影に飲み込まれていく感触を味わいながら俺は思った。
 ――やっぱ家庭用には無理だよこの人

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