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ゴリラとなんかちっこいの〜プレビュー版〜

 5月5日のCOMITIA100新刊「ゴリラとなんかちっこいの」の、序盤数ページ分を公開します。
 予告を断片的に流すとしても、二次創作どころか初公開なオリジナル物では、雲をつかむような話に。だったら、いっそ序盤をちょぴっとだけ公開しちゃおうぜ!と、こんな話でして。このプレリュードで、大体のノリを理解して頂き、なおかつ興味を持っていただければ幸いです。それでは、短いですがプレビュー本編をどうぞ。


 地方都市ウェイドシティ。
 先行き不透明なまま進めた都市計画の結果、おもちゃ箱のように乱雑に建物が並んだ街。
 人が多く集まるものの、善き者が稀有で、悪しき者がありふれている街。
 日常生活に、犯罪がごく当たり前のように組み込まれた街。
 今日もまた、誰かの嘆きが聞こえてくる。そんな市民の声を聞きつけたのは、おそらくたぶんきっと、ヒーローと呼ばれる存在だった。


 亀のようにうずくまった店主の尻に蹴りを入れ、強盗は店主の尻ポケットからも財布を抜き取った。ついでに、レジ脇にあったガムもいただこうとする。
「早くしろ! グズグズしてると、アイツが来るぞ!」
 入り口にいる仲間が、男を急かす。仲間は既に、エンジンの掛かったワゴン車に乗り込もうとしていた。雑貨店から奪った金目の物は、全て積み込み済みだ。
「そんなに早くは来ないって。落ち着けよ。なにせヒーロー様は、今頃第一銀行で大物と交戦中だ。こんな並の押し入り強盗に、構っているヒマなんかないさ」
 ウェイドシティには、ヒーローがいる。無償で自警活動なんて物を行なっている、頭のネジの不足を疑う善人が。
 光速の少年、バレットボーイ。彼の速さにかかれば、強盗たちが持っているショットガンなど、何の役にも立たない。
「マジかよ。で、誰と戦ってるんだ? ファクターズのお嬢さんたち? 機械野郎のストロ? やっぱ銀行なら、小銭野郎のマネー・セントか?」
 ヒーローがいれば、当たり前のように悪党もいる。今しがた会話の中で名前が出た悪党は全員、光速に対応できる、何らかの能力を持っている奴ばかりだ。
 彼らと比べたら、たかが強盗など、はるか脆弱でちっぽけで、正気に生きている。
「確か、インパクトの奴だっけかな?」
 両手の衝撃発生装置がウリの犯罪者。衝撃波の使い手、インパクト。装置が生み出す衝撃波を浴びれば、車の一台や二台、簡単に消し飛ぶ。光速の少年も、インパクトの衝撃波を警戒していた。
「馬鹿野郎! あいつじゃのんびりできないだろ! どうせコンマで負けるぞ!? てーか、もう恐らく負けてるぞ!?」
「それもそうだな! 急ごう!」
 ただ。警戒で済むのが、インパクトという犯罪者の限界であった。
 警戒していればまず衝撃波には当たらないし、何より使い手のインパクトが三流の悪党すぎる。度胸も実力も知恵も部下もない。ついでに、勝てない。
 最近ではこうして、街のチンピラにも、正々堂々真正面からナメられていた。
 相手がインパクトではマズいと、二人はそそくさと車に乗り込む。運転席と助手席、二人は並んで座って、同時に驚いた。
「「げぇ!? インパクト!?」」」
 通りの先に、両手の装置を構えたインパクトがいた。まさか勝ったとは思えぬが、逃げ延びたのか。そして、こちらの自分を舐めきった態度を見て、ああしてブチ切れたのか。
 いくら三下でも、一般人から見れば脅威。このまま車を動かしたら、只吹き飛ばされるのみ。
 ゴクリとツバを飲むより先に、インパクトがペラペラと風にとんで消えていく。インパクトの正体は、フロントガラスに貼られたフィルムだった。
 フィルムが剥がれるのと同時に、エンジンがひと泣きして止まった。アクセルを踏み込んでも、ウンともスンとも言わない。
「ふざけやがって! 誰だぁ!」
 助手席の男が、まず怒り心頭で飛び出そうとする。
 ドアを開けた途端、隙間から謎のカプセルが投げ入れられた。割れたカプセルから出てきた粉塵を吸った途端、クシャミが止まらなくなる。
「コ、コショウ!? ヘップシ!」
「外に、外にゲホッ! ゴホッ!」
 転げ落ちるように、二人は無手で車から脱出する。ショットガンを手に取るヒマなどなかった。
 フロントガラスのフィルム。エンジンの停止。コショウ爆弾。クシャミが止まらぬまま、二人は自分たちにイタズラを仕掛けた者の姿を視認する。
「トリック・オア・トリック! 裏の婆さんや、隣の子供にこんなコトしたら大問題だけど、悪党相手なら怒られもしないし、心も痛まない。素晴らしいよね!」
 角砂糖が入った袋と、ガソリンタンクキャップを手で遊ばせながら、謎のいたずらっ子はヌケヌケと言い放った。
「テメエ、ガソリンタンクに砂糖入れたのか! 焼き付いて、動かなくなるんだぞ!」
「うん。知ってる。昔、おとーさんのバイクに入れて、無茶苦茶怒られた。でもこうして、後腐れなくやれる機械に恵まれて、ボクは滅茶苦茶幸せです」
 スプリングシューズを履いているせいで、ピョンピョンと忙しない。ポケットが沢山ついたダブつき気味のコートも、バサバサ大きく動いている。
 跳ねているので、いまいち目算しにくいものの、ちびっ子だと言うのは簡単に理解できた。子供のイタズラにしては、やっていることも対象も危険だが
 いったい、コレはなんなのだろう。攻撃していい物なのかと、男二人が悩んでいると、ワゴン車の後部ドアが弾けるように開いた。後部座席に居た三人目が、ついにしびれを切らせたのだ。
 身長2メートル近い、スキンヘッドの巨漢が車から出てきた。筋骨隆々な身体は、否が応にも鍛えこんでいることを分からせる。更に証拠とばかりに、巨漢は車のドアを易々と引き剥がす。エンジンが焼け付いているとは言え、多少車が勿体ないパフォーマンスだ。
 いたずらっ子を叱るにしても、やり過ぎ。それでも巨漢は、指を力強く鳴らしながら、自分の腰ぐらいまでしかない相手に、じりじりと脅すようににじり寄った。
「ほへー、大きい。やっぱ、牛乳飲むと、大きくなるのかな?」
 一度、二度、三度。三度目のジャンプでようやく同じ高さに。巨漢がこうして力を誇示しても、ちびっ子はただ跳ねるだけで、全く怯えていない。
「でも、ボク知ってるんだ。牛乳よりも、もっといい物があるって」
 巨漢の頭よりも高く、いたずらっ子はただ空を見上げる。強盗三人も、急なよそ見につられ、思わず上を向いてしまう。
 上から、黒い塊が落ちてきた。塊は、ワゴン車の上に落下。廃車寸前の車を、潰れた鉄くずに変えてしまった。
 丸い塊は解れ、その正体を明らかにする。三人の強盗は、思わず目を丸くする。あまりにとんでもない物を目にすると、人間叫ぶより先に、思考が止まる。
「やっぱ、バナナの方がいいみたいだね。ボクも毎朝、バナナを食べよう」
 二メートルどころか、三メートル超。黒く長い体毛と極厚の胸板と丸太のような剛腕。眉間の皺は巌のように深く、難問を前にした賢者の如き面持ち。
「ゴリラだ―!」
 一人の強盗が、ようやく叫んだ。
 降って来たのは、巨大なゴリラだった。眩い宝石が散りばめられた金のネックレスをしていること以外、完全無欠のゴリラそのものゴリラの平均身長である180センチを、ゆうに越えた立派なゴリラ。
 動物園の檻如きでは囚えられそうもないゴリラが、突如街中に出現してしまった。
「ば、馬鹿野郎! 幻覚に決まってるだろ! ゴリラはウンコ投げるから臭いんだ。全然、においなんて」
 極太の指によるデコピンが、鼻を鳴らしていた強盗を叩く。倒れて、何度ももんどり打って、最後は壁にぶつかり。どう見ても、幻覚ではありえない威力であった。
「ギャー!」
 強盗が叫び、先程までいた店の中に逃げこむ。ゴリラは重々しい足取りで、逃げた強盗を追う。
 残された巨漢は、思わずホッと胸をなでおろした。あんな大きく、凶暴な生き物相手に、勝てるわけがない。大きさとは、強さなのだ。
「ホッとした? ねえ、ホッとした? ゴリラが自分のところ来なくて、安心した?」
 丸いサングラスの裏から、他人を馬鹿にしきった目が垣間見えていた。ピョンピョン跳ねながら、ちびっ子は巨漢を馬鹿にしている。あまりに的確で、さらに鬱陶しくて。見る見るうちに、スキンヘッドが赤くなっていく。
「でもおそらく、ハズレじゃないかな。なにせボクは、ヒドいから」
 突如の、宙返りからのムーンサルトキック。低空の一撃は、巨漢の股間を正確に蹴り上げた。
「金的、金的、金的!」
 しかも一発だけでなく、何度も。バネで跳ねまくりながらの、悲痛な連続攻撃。赤い顔がさあっと青くなり、巨漢は股間に手を当て、ひざまずいた。
「トドメのアゴぉ!」
 今までで、一番跳ねのあるキックが、巨漢のアゴを打ち砕いた。前のめりに倒れる巨漢を、ちびっ子はわざわざ派手に跳びながら避けた。
「今の時代、小は大を兼ねる! デカいだけで威張れる時代なんて、アナログすぎるでしょ?」
 今の世の中、何においてもコンパクトが主流だ。
 ちっこいのが巨漢を容易く制した今、やけに説得力のあるセリフであった。


 怯えきっていた店主は恐る恐る顔を上げるものの、何故か店内に戻ってきた強盗を目にし、再びレジ裏で亀となった。
「はひぃ……はひぃ……」
 最も、返って来た強盗は店主以上に怯えていた。なにせ、後ろにはゴリラが迫っている。ゴリラは入り口で身をかがめるなどの賢さを見せ、店内に入ってきていた。
 腕、足、身体、牙、ゴリラの何処に触れても、一撃でおしまいだ事実仲間は、指先に触れただけで、ああも悲惨に吹き飛んだ。
 必死に店内を逃げる強盗の目に、黄色い希望が映る。彼はまるで動物のように、希望に貪り着いた。
「ほ、ほら! バナナだ! バナナ! 食うだろ!?」
 真っ黄色のバナナを、必死でゴリラに向け差し出す。この店が、果物や生鮮食品を扱ってくれていて、本当に良かった。
 バナナを前にし、ゴリラの動きが止まる。
「これやるから! 俺、トモダチ! トモダチ! 乱暴、止めて!」
 涙混じりの懇願が通じたのだろう。ゴリラはバナナを受け取ると、くるりと踵を返し、強盗に背を向けた。
 いくら凶暴でも巨大でも、所詮は獣。餌さえあれば、こうして手懐けられる。
 人間様の知能の勝利だと、確信する強盗。その笑みが凍りつくタイミングは、意外と早かった。
 ゴリラは、毛の中から財布を取り出し、バナナの代金とバナナ本体をレジに置いて戻ってきた。
 金の概念どころか、金額や支払うべき場所を把握している辺り、とても賢いゴリラだ。
「困りますね。このバナナは、店の物であって、貴方の物ではありません。生憎ですが、私はそんな道理を知らぬ者と、友誼を結ぶ気は、全くありません」
「喋ったー!?」
 ゴリラの口から放たれたのは、ウホでもゴホでもなく、冷静沈着な紳士の声であった。しかも、賢さだけでなく、道義も弁えている。
 大きさ、知能、精神性。この森の賢者に、己が優っていることが一つもないのでは。強盗は、ハハハと力なく笑い、覚悟を決めた。

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