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ワカメ同情

 何故僕は奴に勝てないのだろう。混濁した意識で慎二はそんなことを思った。


元々衛宮とて素人同然、魔術の素養はともかく知識では明らかに自分より格下だった筈なのにさっさと自分を追い抜いていき、その勢いで聖杯戦争の勝者となってしまった。明らかにつけられた差、敗者と勝者の境目を埋めるには百万言の言い訳をもってしても不可能だ。
 僕と衛宮の何が違う――?
「それは道場じゃよ」
 どこからか聞こえてくるしわがれた声。慎二はその声に起こされるように目を覚ました。


「というわけでワカメ道場開幕じゃー!!」
 白い道着に身を包み、杖代わりに竹刀を支えにした臓硯が叫び。
「おー」
 当然のようにブルマを装備したハサンがそれに答える。
「一生開幕しなくていいよ!」
 慎二は道場からの脱出を図った。

 しかし、まわりこまれた。


 総ヒノキ板貼りの立派な道場。掛け軸が「アッラー」にだけ書き換えられているぐらいで、作りは某虎道場とほとんど代わりがない。問題は道場主と弟子が奇妙な生物に入れ替わっていることだが。
「小僧とおぬしの違い、それは道場の有無よ。小僧はここで自分にとって最良の選択肢を見出し聖杯戦争を勝ち残った。これぞまさしく主人公特権の象徴。喜べ慎二、おぬしもこれで立派な主人公じゃ」
「ですぞー」
 ハサンの口調が某雛苺の人形の口調っぽくて妙にシャクにさわる。
「まあ主人公云々は置いておくとして……なんでブルマ役がこいつなんだよッ! せめて女呼んでこいよな」
「一応桜とライダーに声をかけてみたんじゃがの」
「はん、デイブとガリーじゃ絵にならないよ」
「ここいらへんの感覚が二人に断られた理由じゃろうなあ」
「ですぞー」
 あの二人がブルマを装着するといろいろと危険だ。なんというかもの凄く風俗っぽい。桜は一応現役なのに。
 最も、ブルマという聖衣を違和感なく完全に着こなせる存在は幼女のみ。どうせ違和感が生まれるのなら、ライダーがはこうが桜がはこうがハサンがはこうが結果は同じ。
「ンなわけあるか!!」
「それはそれとして。アサシンよ、慎二に的確なアドバイスを与えるのじゃ」
「了解ですぞ。まず桜殿にでぶちんと言ったのが間違いです。士郎殿が言えばまだ軽いおちゃっぴーで許されましょうが、桜殿がエニタイムで殺害を狙っている慎二殿が言った場合はそれを動機として殺害に移るでしょう」
「え、僕の命っていつでも風前の灯?」
 正確には殺害に移ると言うか、もう殺っちまったようだが。
「姉がいいのう」
 なんであの時、将来こんなことになると予想できなかったのかと臓硯は涙する。
「ここからが本題ですぞ。あの場合慎二殿が助かる選択肢は……」
急に言葉に詰まるハサン。懐からカンペらしき紙を取り出しぺらぺらとめくる。最後まで紙を見終わった後、頭を抑えてから言い難そうにいった。
「えーと、ライダーに電柱女と言うのが一番楽に死ねる選択肢かと」
「死ぬ以外の結末は無いのかよ!?」
「ありませぬ」
「真顔で答えるなー!!」
 もしもの時は冷酷に振舞えると言うのがハサンのチャームポイントだ。
「まあ安心せい慎二。この道場がある限りお主は不滅じゃ。たとえミンチになろうと、偽者の聖杯に飲まれようと、延髄突き破られようと」
「わーん、もう来ねえよッ!!」
 優しい臓硯の言葉を振り切って、慎二は道場の入り口めがけて突っ走る。入り口を開けたとたんに襲い掛かる光の奔流。これが生への帰還の道なのだろうかと勝手に思ってみた。


「この電柱女ッ!!」


「なるほどー石化されれば甘美な夢を見ながら死ねるって事か」
「クックック、石化したまま砕かれるお主の姿は見ものだったぞ」
「おじい様。いまさら悪役ぶってもその格好では迫力ありませんから」
「ですぞー」
 ただの道場着だが、前にこの衣装を着ていた人間が型月屈指のギャグキャラだった為どうにも笑えてしまう。ところでヒロインってなんですか?
「次は行動を変えてみましょう。バイトに向かうと魔術的にはスゴイけど人間的はちょっと駄目人間な無職が店に面接に来るので、冷たくあしらえばフラグ発生ですぞ」
「死亡フラグじゃん」
 俺戦争から帰ったらこの娘と結婚するんだ的な死亡への予兆が見て取れるフラグだ。類義フラグに腹の中とか外見とかいろいろ真っ黒な妹を欲情のままに襲うと言うのもある。
「あの女子は歩く殺人兵器。彼女の拳にかかれば慎二殿も安らかに死ねましょうぞ」
「撲殺って結構苦しい死に方じゃないのか」
「姉がいいのう」
「おじい様、それ関係ないです」
 どうやら状況は慎二が死に飽きるのが早いか臓硯の脳の賞味期限が切れるのが早いかのデッドレースの様相となってきた。


 生き残る選択肢が無しで死に続ける事は、つまりこれはディアボロ的な無間地獄なんじゃないかなと慎二が気づいたのは、記念すべき100週目にバナナで滑って頭を打って死んだ時だった。

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